満月忌憚
私の名前は美影 影美。変な名前が少しコンプレックス。名前から根暗に見えるらしい。
「エーミ!刃物少女って話、知ってる?」
幼馴染みの親友・関谷沙梨弥が私に訊いた。
刃物少女。名前だけなら知っている。随分昔のことだけれど、ある女生徒が狂った教師にありとあらゆる刃物でめった刺しにされたという凄惨な事件だ。彼女の霊がまだ成仏できずにいるという話。
「うん、知ってるよ」
サリヤは目がぱっちりと大きく、睫毛が長い。可愛くて、男子にも人気がある。見た目軽い感じだけれど、根は優しくて、温かい子だ。
「刃物少女をね、呼び出そうと思うの!今日の夜・・・・うーんと、9時!」
サリヤの後ろにいた男子数人は拍手を起こす。
「美影さんもやるってよ~」
ひゅーと口笛を吹く人もいる。男子は苦手だ。あまり関わったことがない。
「え・・・・・わたし・・・・」
やるなんて言ってない。私、一言もやるなんて言ってないよ・・・・・。
「ごめん。サリヤ。今日習い事入ってるの」
「え、エーミ、それ今日だっけ?」
「ううん。この前休んだから、振り替えてもらったの・・・・」
「え~。そうなの?分かった。仕方ないよねっ!長柄さん誘う~!」
長柄さんはサリヤと親友。けれど私とはあまり関わりがない。長柄さんは男子のアイドル的な存在だ。
「お~、マジか~!!ひゃっふ~」
男子はより盛り上がる。大丈夫かな、とは思ったけれど、私は霊なんて信じてないから。
「じゃぁ、職員室からいろいろ借りなきゃな!」
「オレ、ここに泊まる準備してきたんだぜ!」
放っておこうと思った。別に止めるつもりはない。やりたいことを私が止める権利なんてないから。
って思っていたんだよ。そのときまで。
6時まで部活をやって、そのまま学校から向かっている、7時半から始まって8時半に終わる習い事の帰り道だった。
ヴーヴーヴー
携帯電話が鳴った。サブディスプレイに母親の名前が表示されている。
「はい、もしもし・・・・?」
『エーミ?ちょっと、アンタ、真面目にやってるわよね?』
お母さんの叱りつけるような、心配するような声が携帯電話の奥から聞こえた。
「え・・・・?うん、何が?」
よく話が飲み込めなかった。
『沙梨弥ちゃん、まだ帰ってないんだって。だからアンタ、何か知ってるんじゃないかって』
「え、そうなの?」
とぼけてみたけれど、サリヤたちは今学校。それを言うのは裏切りだ。
「分からないな~」
『ああ、そう。分かった・・・・・』
そう言ってお母さんは電話を切った。
あの場にいた面子しか分からないけれど、サリヤと長柄さん。黒木くんと斉田くんと雨宮くんと岡本くん。他にも誰か誘ったのかな。
8時半と15分。携帯電話のメインディスプレイに表示された時計を見つめた。9時集合って行ってたから、まだだ。
「美影!」
ふと背後から名前を呼ばれ振り向く。岡本くんだ。
岡本くんは茶髪の髪に、黄色のカチューシャをつけている。明るい性格をしていて、人懐っこい笑みをよく浮かべている。
「あれ?岡本くん」
「習い事の帰りか?」
「うん」
走ってきたようで、膝に手を当てて息切れを起こしている。
「サリヤたちと学校にいるんじゃなかったの?」
「う~ん、断った!」
私は首を傾げた。なんでだろう。噂では岡本くんは長柄さんのことが好きらしいのに。
「だってよ~、観たい番組があったんだよ~」
岡本くんはへにゃっと笑った。そういえばいつも教室でその番組について熱弁しているっけな。
「そうなんだ」
「これから行こうかなって思ってさ!断っちゃったけど!」
「ちょっと難しいよ。9時ジャストに着くのは」
「ううう・・・・どうしよっかなー」
岡本くんは両手を後頭部に当てて、私の周りをくるくる回った。
「刃物少女信じてる?」
そう訊くと岡本くんの瞳が一度私を捉えて、また頼りない笑みをふにゃっと浮かべる。
「どうだろ」
「そっか」
「学校の7不思議みたいなやつだろ。どうなんだろうな、実際」
「今、家の人から電話来ちゃってさ。サリヤと家族ぐるみの付き合いなんだけど・・・家に帰ってないって心配してるみたいで」
「関谷と?だから仲良いのか。タイプ違うと思ってたんだよな」
岡本くんは、ぽんっと掌を拳で軽く叩いた。自分でもそう思う。地味な私と、イケイケなサリヤ。家族ぐるみの付き合いじゃなかったらきっと仲良くなんてなっていないと思う。
「・・・・・・本当に心配なら、行った方がいいかもな」
岡本くんは真剣な表情で月を見上げている。え?っと聞き返すと、またふにゃっと笑うだけ。
「どういうこと?」
「こういう月の日は、よくないよ。・・・・・・刃物少女さんからしたら、絶好のチャンスなんだろうけど」
そう言われて私も岡本くんの視線の先を辿った。真ん丸く輝く月。綺麗で、どこか不気味。
「地球の外のことなんて、刃物少女さんには関係ないんだろうけど、この光がどうも・・・・ね。残虐性を増すと思うよ」
狼男みたいものじゃない、と岡本くんが言った。
「・・・・・・」
「心配なの?」
岡本君が、落ち着かせるような笑みを浮かべてそう訊いた。そんな話を聞いたら普通は心配になる。私だって全く信じていないというわけではないから。
「少しは・・・・・」
「それなら、行こうよ」
「え・・・・」
「・・・・っていうと、なんかアレだな。頼む!一緒に来てくれねぇ?」
そう言われて気付いた。なるほど、岡本君も怖いのか。それで行くに行けなくなってしまったのか。
「あ・・・・・う、うん・・・・」
そうして流されるように頷いてしまう私。それに自分が気付くよりも速く、岡本君は私の手を掴んで走った。冷たい手。私も。
「遅刻したけど、ま、大丈夫だろ」
運動が苦手な私が、男子の、しかもクラスで1、2、を争う運動神経の持ち主の岡本くんの速さに強制的に付き合わされるのはきつかった。
ここから学校まではいつも10分はかかる。それなのにその半分の5分で着いてしまった。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
私は屈んで息を切らしていた。身体がかっと熱くなっていて、額にうっすらと浮かぶ汗を制服の袖で拭う。冷たい風が心地よかった。岡本君は息一つ乱さず、目の前を黙って見据えている。息が整ってくると、岡本君の視線の先を見た。何があるのかは知っている。
月の明かりの所為か、時間の割りに学校がぼんやりと視界に浮かんでいる。窓は全て塗りつぶされたように黒く、桟が浮かんでいる。職員室のある位置も。ここにサリヤたちが忍び込んでいるのかと思うと不思議な感覚がした。
【完】




