黒いランドセルと薄紅色
黒いランドセルと薄紅色
・過去に殺人事件に巻き込まれ、弟を失ったことを、桜を見つめて思い返す視点主。
*
3年が卒業し、俺等は2年に上る。1年に残るやつも数名はいるんだろうか。俺等が2年の時間を歩むのに、また1年と、同じ時間を歩むのはどんな気分なんだろう。1年分、寿命的には長く生きた気分になるのだろうか。
卒業生が桜の下で保護者たちと写真を撮ったり、教員と話し込んでいるところを俺は渡り廊下から見下ろした。この季節は結構つらい。色々なことを考えさせられ、思い出させるから。
離婚した父と、父についていった兄と弟と、一生の別れをしなければならなくなった日からもうすぐで8年。
お前はしっかりしているから、 母さんを守るんだぞ。
離婚の理由は、社長にまで昇りつめた母とのすれ違い。弟はまだ幼かったけれど、泣く泣く父についていった。兄もそうだ。あの日から苗字も変わった。
父は弁護士。詳しくは知らないけれど、有名だったらしい。それも仇になっていたんだろう。
動機も詳しく知らない。ただ、逆恨みと聞いただけ。
たまたま、俺が父の家に遊びに行った日だった。けれど、それは全然たまたまなんかじゃなかった。
インターフォンが鳴って、父が出た。悲痛な声が聞こえて、男っていってもまだ少年だったけど、そいつは俺と弟のいたリビングに来た。血に塗れた包丁を持って。
弟は何とか、と思った俺は、とりあえず弟に覆い被さったのだけれど、身体中滅多刺しにされたんだっけか。もう犯人の顔は覚えていない。きっと頭が、覚え ることを拒絶したんじゃないだろうかと思った。痛さと熱さにのたうちまわったのも覚えている。泣き叫ぶ弟の声も覚えている。でも、俺もすぐに意識を失った んだっけ。
次になんとか目を覚ましたときは、もう家中火にまみれていた。血痕はないけれど、弟はぐったりとしていたのも覚えている。
俺だけ助かった。
2階にいた兄は行方不明。8年も家に帰ってこない。生きていないことは、何となく理解できている。
父は、即死。苦しんでないだけ、よかったと思った。
弟は、窒息死。首を絞められたんだそう。
俺は、奇跡的に助かった。でも、助かっていないに等しい気もしていた。どうして生きられたのか分からない。医者も、生きているのが奇跡的だと言っていた。
母さんが泣きながら、俺の怪我の状況も知らないで、抱きしめて、もっと泣いた。凄く痛かったけれど、拒むことなんて出来なくて。
離婚ていったって、生きてれば会えるのに。死んだらもう、会えない。
8年。短かった。でも長かった。でも記憶を消すには十分じゃない。
入院中は毎日が地獄だった。身体の痛み。でもそれよりはフラッシュバックと、記憶を共有できる人がいないという孤独感。そしてそれに伴う将来への失望感。
テレビを観ることは禁じられた。精神的によくないんだそう。
入院生活の後半は、個室ではなかったから、同室者の点けたテレビを観ていたっけか。
それで知った。犯人の供述を。
月見里の次男を見つけたので、後を追いました。
それを聞いたとき、焦点が定まらなかった。足元の地面が抜けたような、おかしな浮遊感があった。
俺は、あの惨劇を起こした原因なのだと知ったとき、病院の屋上に行ってしまったことも覚えている。
ただ、ふと、母さんのことだけは頭から離れなかった。
夫と三男が死に、長男は行方不明。どれだけ心細いのだろう?一気に3人を失うのは、どれだけショッキングなのだろうと、まだ母さんのことを思う余裕があったのも覚えている。
校庭の桜は、満開だ。すぐに散るだろう。病院の上から見た桜も綺麗だった。綺麗だと思える余裕なんてなかったけれど。
「渡島君」
渡り廊下からずっと桜を見下ろしていると、部活のマネージャーの龍宮さんが声を掛けてきた。
「・・・龍宮マネージャー。・・・・こんにちは・・・・」
龍宮さんは苦手だ。世界が違う気がする。俺の忌々しい過去を知って、重い気分にさせたくない。
「桜見?」
「え・・・・まぁ」
感傷に浸っているなんて言えるはずもない。
「そっか」
ただふと、誰かに、何となく、ごく僅かでいい、共有できたら、と不思議と思った。
「もうすぐで、弟が、小学校に上がるんですよ」
生きていたら、小学校なんてもう、とっくに卒業している頃なんだけれど。
「・・・え・・・?」
龍宮さんは戸惑ったような表情を浮かべる。嘘じゃないけど、嘘。
「弟、いたんだ?」
多分、この学校に入学した頃から、噂にはなるんじゃないだろうかとは思っていた。俺がニュースになったことがあるってこと。良くない方の意味で。
恐る恐る龍宮さんは訊ねてきた。やっぱり、知っているのか。
「ランドセル、何色がいいか、訊いてくるんですよ」
本当は過去形。
嘘じゃないけれど、嘘だから肯定は出来なかったが、否定もしたくなかった。
「黒じゃ、ワンパターンすぎるかしら?」
龍宮さんは優しい。戸惑った表情から、割り切った表情に変わる。
「いや、俺も黒がいいかなって思ったんですけど、青なんかも最近流行ってるじゃないですか」
本当は黒。黒いランドセルを買ったんだよ。8年も前だと、黒が主流だったから。
「最近は色のバリエーション増えているもんね」
「兄も黒がいいって言っていたんですよ」
また龍宮さんは戸惑ったような表情をしたけれど、すぐに笑みに変えた。
「じゃあ、黒がいいんじゃない?弟さんは何色がいいって?」
龍宮さん、ありがとう。
「黒、ですね」
8年も前は、黒ばかりだから、青なんて選択肢はなかった。
「6年も使うんだから、弟さんの好きな色がいいんじゃない?」
8年前は、もう黒と、赤しか選択肢なんてほぼなかった。
「そうですね。それなら、黒がいいって言っておきます」
ありがとう、龍宮さん。おかしな、空しい茶番に付き合ってくれて。
「桜が映えて、きっと綺麗だよ。入学も、卒業も、桜が咲くからね」
新しい黒も、赤も。あの薄紅色に映えるだろうか。
「埃をかぶったあの黒も、あの薄紅色に映えるだろうか・・・・」
咲くと、いいな・・・・・・
あの子の、黒いランドセルに映えるように。
-END-




