失shi恋tsu連ren鎖sa
【恋愛】失shi恋tsu連ren鎖sa
好きな人の好きな人に恋人ができた。
*
部室に入ると気に入らない顔があった。
ジャージに着替える、気に食わない顔。
「渡島、お前、田部井と付き合うのか」
田部井。暗くて、どんくさくて、目は細くて、肌が荒れていて、ぽっちゃりしている。同学年の男子は「ブス子」とか「ブス美」と呼んでいる。
「・・・・・・ん・・・・ああ」
色素の薄い短髪に色白の肌。線が細く、釣り目に顰めっ面。顔立ちは端整だと同性の俺でも思う。
「そっか・・・・」
肯定の返事が嬉しかったが、残念だった。あの人が悲しむかもしれないから。
「なんで、だ?あまり人の色恋沙汰に興味ないだろ、お前」
いぶかしむように渡島は俺を睨んだ、と思ったら口の端を吊り上げるように笑う。
こいつに限って、冷やかしはないと思う。誰彼とよく一緒にいるというのはあるが、対応の仕方はみんな同じ。嫌われているやつだろうと、仲の いいやつだろうと、おそれられているやつだろうと、いじめられているやつだろうと。そしてそれが異性だろうが同性だろうが。
「引く手数多だろ・・・・って言うとなんか俺が嫌味なやつみたいだけど、なんで田部井にしたのかなって・・・」
ああ、と渡島は着替える手を休めることなく口を開く。
「あの時告白してきたのが田部井だから」
「告白したら誰でもいいのか・・・・?」
「・・・・田部井とは前からメールしてたぞ。恋愛感情で好きなのか分からない、が、嫌悪感は無い」
「そーなの」
「ああ」
田部井を脳裏に思い浮かべてみる。うん、無理だ。
「渡島は」
俺は言いかけて、躊躇った。それに渡島は首を傾げた。
「なんだ」
「コクられなくても、気になる人とか、いなかったの・・・・?」
自分で何故か過去形にしてしまい、不思議に思う。
「さっきからさ、何かはっきり言いたいことあるんじゃないのか」
渡島はいつもと同じような語調でそう言った。怒っているわけではないが、機嫌を損ねると毒を吐かれ散々嫌味を言われる。
「ん・・・・・だからさ、その・・・・さ・・・・あれだ」
俺は視線を泳がせた。部室のロッカーの下が汚いこと、窓の桟に埃が溜まっていること、ガラスに手形があることなどに気付く。
「俺、着替え終わったから先行くわ」
その言葉で焦った。外で話せる内容ではない。
「た、つ、みや先輩の気持ち、は・・・・」
「あぁ・・・・?なんで龍宮マネージャーが出てくるんだよ」
1学年上のマネージャー・龍宮先輩は多分渡島のことが好きだ。本人に直接言われたことじゃないから、話しちゃっても・・・・・大丈夫だよな?
「いや・・・・・ね、ほら・・・・」
多分誰より、俺は龍宮先輩を見ている。でも龍宮先輩は多分誰より渡島を見てる。
「お前の気持ち、だろ。それ」
渡島も、じゃぁ、俺の気持ちに気付いているのか。
龍宮先輩はマネージャーだから、きっと絶対渡島には好意を伝えない。伝えられない。渡島もきっと気付いている。でもそんなだから、はぐらかして、誤魔化して。龍宮先輩の好意に気付かないふりをしている。
「ちげぇよ・・・・」
仮に渡島が告白しても、俺が告白しても、龍宮先輩は断る。マネージャーだから。
「こんに~ちわ~(=´▽`=)ゝ」
部室の扉が勢い良く開かれる。
「おーっす」
「ちっす」
お調子者で精神年齢5歳の白江だ。
「渡島~、田部っちゃんと付き合うの~(*`W´)?」
そう訊ねながら白江はワイシャツのボタンを外しだす。
「ああ。そうだ」
「なんで~?外見とか気にしないの~?」
そう、それが言いたかった!
「田部井な。別に、不潔とかそういうんじゃないだろう。身だしなみはしっかりしていると思うが」
「ほぉ~(^w^)」
「外見がそんな大事なのかよ」
ルックスいいヤツが言うと嫌味だよなと思う。
「・・・・・いいや。そんなことねぇよな」
俺は笑った。
*
部活の休憩の途中で、龍宮先輩が部室に向かうのが見えた。
「ごめん、ちょっと抜ける」
「うん(б3б)」
近くにいた白江にそう言って、部室に向かった。
「龍宮せんぱーい」
部室に入ると、隅で蹲っている龍宮先輩がいた。
「あ、天城君」
ふわりと笑う先輩はそこにはいない。嬉しさと悲しさ。2つの想いが犇めき合った。
「渡島、付き合っちゃいましたね」
龍宮先輩の視線が俺から、床に向いた。
「知ってたの」
「なんとなく」
龍宮先輩は口の端を吊り上げるように―渡島と同じように―笑う。
「そっか」
龍宮先輩が渡島を見ているよりも、俺のほうが龍宮先輩を見ていた。時間の長さじゃないの分かっているのに。たった一言で今の関係をぶち壊せる。その後の言葉も全部意味を成さなくなる。
「ごめんなさい・・・・・・っ」
拳を握り締めた。龍宮先輩の好きなヤツが付き合ってよかったと思った。龍宮先輩の失恋が嬉しかった。
「なにが?」
マネージャーだから、みんなと同じように接しなきゃいけない。だから龍宮先輩はあいつを見ているしか出来ない。龍宮先輩は渡島を好きで、けれど何も出来ないから、俺も何も出来ない。
「いいえ・・・・・。あの、渡島のどこが好き、なんすか」
「みんなに、同じように接せられるところ。同じすぎて、悲しいくらいに」
龍宮先輩は同じように俺達に接してくれる。でも俺は龍宮先輩を見ていたから、渡島を好きなのが分かった。
「好きでいられることが、喜びだったのに。もう好きじゃいられないね」
龍宮先輩は笑う。渡島の笑い方じゃない。そんな風に言うなよ。そんな風に笑うなよ。
「そんなことないっすよ・・・・・」
ありきたりな慰めと励ましの言葉。何人もが口にする言葉。この人のために、自分なりの言葉が俺には浮かばない。
「ほら、休憩時間、終わりだよ」
龍宮先輩が部室から出ていく。
俺は、渡島が好きな龍宮先輩が好きで。でも2人が結ばれるのは悔しくて。でも嬉しくて。
あの言葉を言ったら、終わり。その後のどんな言葉でも意味は無くなって、全てがぶっ壊れる。
-END-




