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また、一緒に花火を観てくれますか

作者: 福部シゼ

初めての短編です

 恋に落ちるって単純だと思う



 私、桜川夏花(さくらがわ なつか)

は小さい頃から体が弱く病気で学校を休むことが多かった。


 高校一年の春、体育館で行われた入学式で舞台の上で長々と話す校長先生。途中で具合が悪くなり途中退室しようかと思ったが、動けなくなるほど頭が痛み退室するにも出来なかった。


 過呼吸になりながら痛みに耐える。誰かに助けてもらいたかったが周りの生徒はこっちを見てくるが『何かやばいもの』でも見るかのような冷たい視線を向けてくる。右隣の少年は寝ているから宛にすらしていない。


「所詮他人なんてこんなものか」などと痛みに耐えながら頭の隅で考える。



 物凄く時間の流れが遅く感じられる。30分以上経ったのではないかと思われた時間は実際には10分程度しか経っていない。


 その後、校長は満足するかのように話をやめて去っていく。


 長過ぎる話に生徒もその場にいた教師でさえも不機嫌そうな顔をしていた。


 夏花の隣に座っていた―――眠っていた少年は教師の「起立」という号令で目を覚まし立ち上がる。


 周りの生徒達も続々と立ち上がり背中を反る者や指を組んで腕を上や前に伸ばす者もいた。


 そんな中隣の夏花が立ち上がらないことに気づいた少年は


「⋯⋯⋯⋯⋯大丈夫ですか?」


 と一言、何故か敬語で尋ねてきた。


 夏花は「大丈夫です」と言って立ち上がろうとするが体制を崩して少年の方に倒れる形になってしまった。


 少年は驚いた様な表情をするが夏花の両肩を優しく両手で支えた。



「やっぱり具合い悪いんですよね?保健室行きましょうよ」


 と言う少年の言葉に無言のまま頷くと恐らく無意識だろうが少年は夏花の手首を掴んで体育館の中を人を避けるようにして歩く。


 少年に手首を掴まれた瞬間鼓動が高鳴った。


 少年は立ち止まって駆け寄ってきた男性の教師に訳を説明して体育館から出た。


 そのまま早歩きで保健室に向かった。



 保健室に夏花を送り届けた少年は何も言わずに去って言った。


 保険の先生に言われるままにベットに横たわり、そのまま数分もしない内に眠りについた。



 親が学校に迎えに来て親の車で帰る途中「名前だけでも聞いとけば良かった」と少し後悔した。



 ――――――――――――――――――



 僕、春瀬悠磨(はるせ ゆうま)は同じ高校の同級生に一目惚れした。


 授業の体育の時間が終わり、喉を潤すために外にある水飲み場の水道の蛇口を捻って水を口に含む。


 悠磨が水を飲んでいると後ろから女子生徒がやって来て隣の上に向いている蛇口を捻った。



 突然、水が噴水のように空に向かって勢いよく噴き出した。僕とその女子生徒は一緒になって頭から水を被る。


「うわっ!」


「きゃ!」


 2人で一緒に驚いて後ずさる。


「あ、すいません!私ちゃんと見てなくて」と頭を下げてきた。



「あ、大丈夫ですから」と慌てて言う。


 彼女が顔を上げ、彼女の顔を正面から見る形になってしまう。率直な感想は「綺麗」だった。


 目が会い少しの沈黙の後、悠磨は視線を下に落とす。彼女の制服が水で透けてピンクの下着が目に入る。


 彼女もその事に気付き「あ、あの」と顔を真っ赤にして口を開いた。


「ご、ごめんなさい!」と頭を下げた後逃げるようにしてその場を去った。



 その彼女が隣のクラスの生徒だと後日知った。




 梅雨に入り、雨が降る日が多くなった。


 想いを寄せる女子――桜川夏花を学校で見かけるたび目で追いかけるようになっていた。


 時々目が合い、咄嗟にを目を逸らす。


 当然告白する勇気もなく、ただ見つめるだけ。


 教室の窓の枠に体重を預けて「桜川さん彼氏いるのかな」などと考えて溜息を吐く。



「おう、溜息なんか吐いてどうしたよ」


 と男友達の秋間和也(あきま かずや)が尋ねてくる。


「⋯⋯⋯⋯⋯いや別に」


「さては好きな人の事を考えてたな」


「へ?な、なに言ってんだよ」


 と慌てふためく悠磨に「図星だな」と笑って答える。



「それで誰だよ」


 と尋ねながら悠磨の隣の窓に凭れ掛かる。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「どうせバレるし、言っちゃえよ」


 と黙る悠磨に対してそんなことを言う。



「⋯⋯⋯⋯⋯隣のクラスの桜川夏花さん」


「うお、マジか!レベル高いな」


 と和也はからかってくるかのように笑って返してくる。


「それで、告るのか?」


 と聞いてくる和也に「そんな勇気ないよ」半笑いで返す。


 チャイムが鳴り、悠磨と和也はそれぞれ席に向かった。



 ―――――――――――――――――――


 入学式の日に夏花に声を掛けてくれた男子生徒が隣のクラスの「春瀬悠磨」だと最近になって知った。


 学校で偶然見かけた時に気付いたが、名前が分かったのは本当に最近の事だった。


 彼と話す勇気が出ず、まだあの日のお礼を言えていない。彼の事を考えたり、彼と偶然目が合うと鼓動が高鳴るのを感じた。


 なんとか話す機会を得ようと外の水飲み場で近付こうとしたが緊張し過ぎて失敗してしまい下着を見られてしまった。


「変な人って思われてたらどうしよう」と考える。



「春瀬君、彼女いるのかな」などと独り言を呟いてみる。今のところ、彼が女子と2人きりで歩いている所を目撃したことはない。


 その事に安心している自分がいる。必ず1日に1度は彼の事を考える。「これは恋なのだろうか?」

 自分の気持ちがよく分からない。



 ――次の日


 学校は休みで朝から雨が降っていた。


 今日は用事がある。入学式の日に具合が悪くなってから1週間に1度病院に通うことになっていた。


 白の手提げバッグと傘を持って外に出た。病院まではバスで行かなければならない。その為に家から少し離れた場所にあるバス停まで傘をさして雨の中を歩く。



 ―――――――――――――――――――



 悠磨は今日和也と映画を観に行く約束をしていた。その為、朝ご飯のトーストを急いで食べて身支度をしていた。


「雨の日に映画とか⋯⋯⋯⋯⋯しかも男子と」などと呟きながら手を動かす。


 時間がかなり迫ったいたので傘を持って急いで家を出た。


 映画館までは少し距離がある。徒歩だと厳しいが、自転車なら行けない距離でもない。けど雨の中自転車をこぐ気にならなかったのでバスで行くことにした。


 バス停までの道を早歩きで進む。


 バス停に着くと先客がいた。傘で顔を確認出来なかったが傘が女の子用の可愛らしい物だったので恐らく女性だ。


 背は悠磨より少し低い。その女性から少し離れた場所でバスを待つことにした。



「桜川さん、休日は何をしてるんだろう」と考えて溜息が出る。その溜息に女性がコチラを振り返る。


「え?」と思わず声が出てしまった。何故なら目の前の女性が「桜川夏花」だったからだ。


「こんな偶然があるのか」と考えてしまう。「でもせっかくのチャンスなのだから何か話したい」と考えていると


「あの、同じ高校ですよね?」


 と彼女が口を開いた。


「あ、うん。そうだね。えっと僕は春瀬悠磨です。君は桜川夏花さんだよね?」


 と思わず聞いてしまった。「1度も話したことのない彼女の名前を知っていたら変態と思われてしまうだろうか?」と後悔した。


「はい。そうです。隣のクラスですよね?」


 と彼女は優しく答えてくれた。


「うん」


 と答える。「会話を続けなきゃ」と思うがなかなか言葉が出てこない。顔が真っ赤になっているのが分かる。


「そ、その、デートなんですか?」


 と彼女が恐る恐る聞いてきた。


「ち、違うよ!友達と映画を観に行くんだ。あ、友達って言うのは男で。そもそも彼女とかいないしって何言ってんだろう⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 と物凄く全力で否定してから自分がバカだと気付いた。恥ずかしさで更に顔を赤くして俯く。



 その時、バスが丁度走って来て目の前で停車して扉が開く。どうやら降りる人は1人もいないようだ。


 彼女は傘を閉じてバスに乗る。それに続いて悠磨も傘を閉じてバスに乗った。


 バスの中は空いていて彼女は前の方に座った。彼女の隣に座りたかったが首を横に振ってバスの後ろの方まで歩く。結局、後ろから2列目の左側に座った。


 バスの中は静かでとても居心地がよかった。バスは何回か止まった後に「○○映画館前」とコールされ、降車ボタンを押した。


 少ししてバスが止まり、扉が開いた。悠磨は立ち上がって前に進む。


 彼女の座る席の横を通り過ぎる時「それじゃあ、また学校で」と聞こえてきた。悠磨はそのまま歩き続けて料金を支払いバスを降りた。



 バスの扉が閉まり、バスがゆっくり走り出す。


「空耳だよな?」と呟いて映画館へ向かった。



 ――――――――――――――――――――



 ――ドクン


 と桜川夏花の心臓が繰り返し鳴っている。


 物凄く緊張している自分がいる。「彼女とかいないし」という彼の言葉がずっと耳から離れない。



「良かった」と安心している自分がいる。


 初めて沢山話すことが出来た事を嬉しく思う。


「また、話せるといいな」と目をつぶって心の中で呟く。



 ――――――――――――――――――――



 夏になった。


 気温は段々と上がってくる。


「なあ、お前夏休み何か予定ある?」と和也が話し掛けてくる。


「なにもないけど」と答える。


「それじゃあさ、一緒に海行かないか?」


 と聞いてくる和也に「お前と2人でか?」と聞き返す。


「そんな訳ないだろ!夏休みに海行くって言ったら女子連れて行くに決まってるだろ」



「そうなのか」と適当に返す。


「あのな、もう少し興味を持てよ。お前にとっては良い報告だからさ。んで、親が海の近くのホテルのチケットをくれたんだよ。それで偶然塾が同じ女子誘ったら友達連れて来てくれるって」


「それのどこが僕にとって良い報告なんだよ?」と疑問に思って問う。


「いや、それは当日のお楽しみだろ?それで勿論来るよな?」


 と満面の笑みで聞いてくる和也に「まぁ、暇だし行くよ」と答えた。


「期待はしてないけど良い事ってのも気になるしね」と心の中で呟いた。



 あっという間に夏休みになった。


 カバンに水着と着替え、タオル、財布を入れてサンダルを履いて家を出る。集合場所は学校の近くの駅になっている。


 途中でバスに乗って駅に向かう。集合場所の駅に着くと和也とショートヘアの女子が1人居た。


「よおっ」と和也が手を挙げてきたので、こちらも手を挙げて返す。


「それじゃあ行くか」と悠磨が言うと


「あ、1人トイレに言ってるからちょい待ち」


 と返された。見ると女子の足元に荷物が置いてある。女子は自分の荷物を手で持っていたので違う人の物だと分かる。


「えっと、隣のクラスの佐藤です。よろしくお願いします」と女子に頭を下げられた。


「ゆ、悠磨です。よろしくお願いします」

 と頭を下げ返す。



「遅くなってすみません」


 と後ろから女子の声と走ってくる音が聞こえるので振り返って、驚いて目を見開いた。


 何故なら近付いてくる女子の事を知っていたからだ。綺麗な長い髪をした「桜川夏花さん」に目を奪われる。恐らく心も⋯⋯⋯⋯⋯


 などと考えた所で頭を横に振る。そして和也を睨んだ。和也は顔を逸らして悠磨と目を合わせないようにする。


「あ、あの今日はよろしくお願いします」


「う、うん。よろしく⋯⋯⋯⋯⋯」


 と答える。この場から逃げたくなる。あの日以来桜川さんとは話せていない。


 鼓動が高鳴り、落ち着かない。きっと顔は赤くなっているだろう。


「それじゃあ、行きますか」と和也が仕切って他の人は頷く。そんな感じで電車に乗って1時間足らずで目的地の海に着いた。



 白い砂浜と青く澄み渡っている様に見える海は綺麗でまるで悠磨の恋心のようだった。


 それぞれ水着に着替える。


「お前、何で桜川さん連れてくるんだよ」と和也に問い掛ける。


「いいじゃん!これを機に距離を近づけたらさ、告白とかさ」


「まさか、良いことってこの事?」


「そうだけど」


 と言う和也に半分呆れる。「まあ、確かに良いことだけどさ」と呟く。


「は、春瀬くん」と呼びかけられて振り向く。そこには桜川夏花が立っていた。



 彼女の水着姿に釘付けになる。色白で綺麗な肌、膨らんだ胸、細い手足。「こんな幸運があるだろうか⋯⋯⋯⋯⋯まあ、1回下着見てるんだけど⋯⋯⋯⋯⋯あれは事故だったし、一瞬しか見なかったし⋯⋯⋯⋯⋯それにしても綺麗だよな。スタイルいいし⋯⋯⋯⋯⋯」


 と考えた所で頭を横に振って考えるのをやめた。


  「ど、どうかな⋯⋯⋯⋯⋯」と彼女は俯いて聞いてきた。


「ど、どうって⋯⋯⋯⋯⋯き、綺麗だと思います」と顔を赤くしながら答える。


 俯いていたが彼女の顔も赤くなっている事がハッキリと分かった。



 その後、4人で遊んだ。水をかけ合ったり、少し泳いでみたり、ビーチバレーしたり⋯⋯⋯⋯⋯。


 彼女と一緒の思い出を作る事が出来るのが凄く嬉しかった。


 少しして彼女がジュースを買ってくると言い出した。


「春瀬くんは何が飲みたいですか?」


「僕も一緒に行くよ」と答えて一緒に歩く。


 気まずくて互いに無言のまま歩き続ける。



「今日、来てよかったです」と彼女が小さく言った。


「僕も凄く楽しいよ」


 彼女の方を見ると目が合った。鼓動が急に高鳴る。


 暑い太陽のせいだろうか、彼女の顔は真っ赤だ。


「そ、それにしても今日暑いよね」


「そうですね」


 また、互いに無言になる。


 彼女が小さく深呼吸をして「よし!」と拳をつくって呟いた。


 彼女が悠磨の方を向く。


「あ、あの、これからは名前で呼んでもいいですか?」


 と更に顔を赤くして尋ねてきた。


 少し驚いて彼女を凝視してしまう。体が震えていた。


「うん。いいよ。夏花さん」


 と笑って答えた。正直物凄く嬉しかった。嬉しくてどうしていいか分からない気持ちを深呼吸して落ち着かせる。



 その後、4人分のジュースを買って戻った。




 夜になる。


 泊まるホテルは海から住宅街を歩き、森に入った中にある。徒歩で移動して男子と女子に別れて部屋に入る。


 一日中遊んだので疲れて早めに寝たかったのだが和也が「肝試ししよ!」と誘ってきたので断れずに参加することになった。



 メンバー分けは和也と佐藤さん、悠磨と夏花さんに決まった。大きくホテルの周りを迂回することになり、和也と佐藤さんが最初に出発した。


 20分後、悠磨と夏花さんも歩き出す。


 真っ暗な森の中を懐中電灯1つで歩く。彼女は怖いのが苦手なのか右腕に掴まってくる。


 腕に柔らかい感触を覚えるが、なるべく意識しないで歩く。


「⋯⋯⋯⋯⋯夏花さん大丈夫?」と声を掛ける。


「う、うん、大丈夫」と強張った声で返された。


「もしかして怖いの苦手なの?」


「⋯⋯⋯⋯⋯う、うん」


 と短く返された。


 彼女の力が強まり、更に密着する。



 歩き続けると何故か森の終わりが見えてきて、森を出る。森の外からは海が見える。夜の海は昼間とは違った感じに綺麗で目を奪われた。


 彼女の力が弱まり、「うわぁ」と目を輝かせ声を上げた。


 そんな彼女を見て「近くまで行く?」


 彼女は驚いたような表情をして「ふふふ」と笑った。


「え?どうしたの?」


「いつの間にか敬語じゃなくなってますね」


 と笑って言われてから「そういえば」と自分でも気付く。



 そのまま海まで歩く。


 夜の海。綺麗な海。好きな彼女。



「好きだ!」いっそ伝えてしまいたい。この気持ちを伝えることが出来たらどんなに楽になれるだろうか⋯⋯⋯⋯。


「綺麗ですね」とこちらを振り向く彼女の笑顔に心が締め付けられる。


「うん」と短く答えた。


 棘に刺されたかのように胸が痛くなる。苦しくなる。



「もっと彼女と一緒にいたい」そう思うから⋯⋯⋯⋯⋯。


 一緒に花火を観たいと思ったから⋯⋯⋯⋯⋯。


「夏花さんに話しがあるんだけど⋯⋯⋯⋯⋯」ダメかもしれない。でも、後悔はしたくないから


「はい」彼女が顔を赤くしてこちらをじっと見てくる。


 その目に顔を赤くして口を開く。


「1週間後の花火大会、一緒に行ってくれませんか?」


 目をつぶって頭を下げておねがいする。


「⋯⋯⋯⋯⋯はい」


 その言葉に耳を半分疑ったが、頭の中が整理出来るようになってきて理解が追いつく。


「それってオッケーってこと?」


 と嬉しくて聞き返してしまう。


「うん」彼女は涙を流して笑って答えた。



 その後、ホテルに戻って他の2人と合流した。



 ――――――――――――――――――――



「どうしよー」


 と桜川夏花はホテルのベットにうつ伏せで寝転がる。


「どうしたの?」と一緒の部屋の佐藤雪菜(さとう ゆきな)に聞かれてあの事を思い出して顔を赤くする。


「⋯⋯⋯⋯⋯来週の花火大会一緒に行くことになった」



「え?それってデートじゃん」


 と目を丸くする雪菜に「やめてよー」と起き上がって枕を軽く投げる。



「べ、別にそんなんじゃないし」


 と俯いて呟く。


 そんな夏花を見て「⋯⋯⋯⋯⋯嬉しいくせに、素直に喜んだら?」


 と親友は笑って言った。



「嬉しいけど、どんな風に接したらいいのか分からなくて⋯⋯⋯⋯⋯」


「そんなの好き!って気持ちを伝えるように接すればいいんじゃない?」


「⋯⋯⋯⋯⋯どんな風に?」



「そうだなー⋯⋯⋯⋯⋯胸を押し付けるとか?」


「なっ、何言ってんの!?」


 と夏花は顔を真っ赤にして慌てふためく。


 そんな夏花を見ながら笑って「冗談だって〜」と言う。


「まあ、手ぐらいは繋ぎなよ」


 と言う親友に顔を赤くしたまま俯く。



 ――――――――――――――――――――



「⋯⋯⋯⋯⋯どうしよう」


 と悠磨は和也に聞こえる音量で呟く。


「ん?どうした?」と聞いてくる和也に


「夏花さんとデートに行くことになったんだけど、どうしたらいいのか⋯⋯⋯⋯⋯」


「ん?告れば?」


「いや、それは早い気が⋯⋯⋯⋯⋯」


「うーん、でも多分両想いだぞお前ら」



 と言う和也に「え?」と驚いく。


「今日の桜川さん見てて思ったんだけど、多分お前の事が好きだと思うぞ」



「⋯⋯⋯⋯⋯そうなの?」


「いや、そうじゃなきゃデート断るだろ」


「そういうもん?」


「うん」と和也は頭を縦に振る。



「マジですか」と独り言を呟く。



「ハァ⋯⋯⋯⋯⋯お前は俺を残して大人になるんだなー」


 と溜息を吐いてそんなことを言う和也に


「な、何言ってるんだよ!」と顔を真っ赤にして叫ぶ。



「ん?だって本当の事だろ?」


 と真顔で聞いてくる和也に何も言えずにベットに寝転がる。



「まあまあ、色々と話聞かせろよ」


 と親指を立てる和也に「言うわけないだろ!」と怒鳴る。



 そのまま2人とも寝てしまい⋯⋯⋯⋯⋯。



 次の日も夕方近くまで遊んでから帰ることになった。




 ――花火大会、当日



 待ち合わせ場所にした橋の上でスマホを触りながら夏花さんを待つ。



 突然「悠磨くん」と呼び掛けられて振り返ると浴衣姿の桜川夏花が立っていた。


「待ちました?」と聞いてくる夏花さんに「全然」と笑って答える。


「じゃあ、行こうか」と一緒に歩き出す。



 ――――――――――――――――――――



 一緒に歩きながら屋台を回る。唐揚げや綿あめなどを買って一緒に食べたりしながら楽しい時を過ごす。



 悠磨くんと一緒に過ごす時間は凄く楽しくてあっという間に時間が過ぎていく。


 一緒に歩いていると雪菜に言われた事を思い出して顔を赤くする。



「ちょっとは積極的にならないと駄目かな⋯⋯⋯⋯⋯」と心の中で呟いて「よし!」と覚悟を決めて手を隣で歩く彼の手に近付ける。


 少しずつ近付けて、ふっと


 彼の手に触れた。彼は少し驚いたようにこっちを見てくる。夏花は恥ずかしくて俯いてしまう。



 彼は少しすると、急に夏花の手を握った。


 今度は夏花が驚く番だった。恥ずかしくて彼の顔を見れない。きっと顔は真っ赤になってるだろう。


 溶けるような幸福感に胸を締め付けられる。


 幸せがたまらなく嬉しい。


 大好きな彼と手を繋げることがこんなにも恥ずかしくて、嬉しくて、幸せなことだとは知らなかった。


 きっと、この幸せな気持ちを生涯忘れることは無い。



 ――――――――――――――――――――



 花火の時間になった。



 悠磨の心臓の音は激しく鳴り響いている。今までにこんなにも緊張した事があっただろうか


 いや、きっとなかった。凄く緊張しているのに、苦しいのに、凄く幸せだ。


 人混みの中、夏花と一緒に人を避けながら進んでいく。さっきから体温が下がらない。



 少し歩くと人が少ない場所に出た。


「ここでいい?」と聞くと「はい」と聞こえた。


 顔を真っ赤にして俯く彼女。この時間が永遠に続けばいいのに⋯⋯⋯⋯⋯



 でも、そんなことは無い。時間はゆっくり流れて空に打ち上げ花火が上がった。


 ――バン!


 と一気に空が明るくなる。空に咲く夏の花。


 花火の光は2人を照らす。悠磨と夏花は一緒に顔を上げて空を見上げる。


 きっと今年の花火は今までで一番美しい。



 次々と空に花が咲く。咲き乱れる花火は夜空に輝く。


「綺麗⋯⋯⋯⋯⋯だね」


「はい。私、花火大好きなんです」


「⋯⋯⋯⋯⋯僕も好きだよ」と言って彼女を見る。花火のように綺麗に輝く彼女。花火を見つめる彼女の横顔が愛おしくて涙が出そうになる。


 今日、告らないときっと後悔する。1歩踏み出さなければ、いつかきっと後悔する。


 だってこんなにも心は満たされている。好きだって気持ちに。彼女の事で⋯⋯⋯⋯⋯。



 だからこそ、


 この気持ちを伝えたい。



「夏花⋯⋯⋯⋯⋯」


「はい」と彼女がこちらを見つめてくる。


 拳を握りしめ、口を開く。


「す、好きです!付き合って下さい」


 目をつぶって少し早口で放った言葉。彼女からの返事はない。



 恐る恐る目を開けて彼女を見た。


 彼女は涙を流しながら手でそれを拭い⋯⋯⋯⋯⋯。


 その顔にまた心を奪われる。


「ごめんなさい。私、嬉しくて⋯⋯⋯⋯⋯涙が止まんなくて⋯⋯⋯⋯⋯私も好きだったから。だから―――」


 その言葉に心が更に締め付けられる。そして優しく彼女を抱き締める。


 そんな2人を花火が優しく照らす。



 優しく彼女の唇にキスをする。



 人生でたった1度だけの高校1年生の夏


 僕はきっと、この気持ちを永遠に忘れない


 花火に照らされながら彼女に告白したことを、キスを交わしたことを、彼女のことを⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。



 互いに顔を離し、「来年もまた、一緒に花火を観てくれますか」と彼女が笑う。


「勿論だよ」笑って答えてから再び唇を重ねた。







 夏休み中、数回だけデートを重ねた。悠磨はそんなに忙しくなかったが、「夏花」が忙しかったそうで数回しかデートが出来なかった。


「別に焦ってはないけど⋯⋯⋯⋯⋯」と少し物足りなさを感じて自室のベッドに寝転がりながら呟く。


 悠磨だけが空回りしているのだろうか?

「付き合うってわかんねー」と呟く。そもそも初めて恋人ができて嬉しくて、勝手に盛り上がって⋯⋯⋯⋯⋯。


 両想いって分かったあの夏以来、キスはしていない。ハッキリと拒まれてはないけど雰囲気的に出来ない。


 もしかしたら悠磨に勇気がないだけなのかもしれない。会う日は付き合う前に比べたら多くなったけど、週に1、2回程度しか会えていない。


「恋人ってこんなものなのか?」

 誰かに相談したいが相手が⋯⋯⋯⋯⋯。


 と顔も思い浮かべるが⋯⋯⋯⋯⋯和也しか思い浮かばない。和也も以前、恋人が出来たことはないと言っていたのでハッキリ言って頼りにならない。


「でも、抱え込むよりマシかな?」と考えてスマホを手に取る。


 ――――――――――――――――――――



 最後に「悠磨くん」とデートしてから4日が経過していた。夏花は夏休み後半少しだけ忙しくなった。


 まあ、溜め込んでいた宿題を消化するのも大変で忙しかったが、それだけではない。


 病院に通う回数が以前より増えた。病気の事は悠磨くんには話していない。勿論、余計な心配を掛けたくないというのもあるが、ハッキリ言うと病気の事で仲が疎遠になったら嫌だという心配の方が大きい。


 決して命に関わる重い病気ではない。小さい頃から病気がちで学校も休むことが多かったが、親からは「直ぐに治るから心配しないで」と言われている。



 だから完治するまで「悠磨くん」に話す気は無い。嫌われたくない。


 この愛が永遠に続けばいいと心の底から思うから⋯⋯⋯⋯⋯。



 ――――――――――――――――――――



「それは夏花ちゃん、絶対待ってるって」


 と電話越しの声を聞いて「やっぱり相談するんじゃなかった」と後悔した。


「⋯⋯⋯⋯⋯あ、うん」と適当に返事する。


「ともかく、次のデートで絶対キスしろよ!お前が積極的にならないと」


「う、うん。そうだね」と更に適当に返す。


「おいおい、せっかく相談に乗ってんのに何だその心のこもってない声は」


「⋯⋯⋯⋯⋯正直言うと相談したことを後悔してる」


「は?いや、何でだよ!」


「だってお前彼女出来たことないだろ⋯⋯⋯⋯⋯」


「なに、俺に喧嘩売ってる?」


「いや、売ってないけど」


 とやり取りが続く。


「まあ、頑張れよ。じゃあな」


 と和也が言ってくる。


「うん。じゃあ」


 と言ったら電話が切れた。


 だがその後、デートすること無く夏休みが終わった。




 秋になる



 学校が始まって数日、昼の時間になると毎日「夏花」と一緒に屋上に移動して「夏花」の手作り弁当を食べる。


 物凄く上手い。「夏花」の家庭的な場面を発見できて少し嬉しい。


「あのさ、次っていつなら空いてる?」


 と悠磨が聞くと「夏花」の体が一瞬大きく震えた。


「⋯⋯⋯⋯⋯今週末なら時間あるかも。恋愛モノなんだけど一緒に観たい映画があるんだけど」


 と夏花は小さく呟く。


「じゃあ土曜日、その映画観に行こうよ」


「うん」


 と夏花は笑顔で頷いてくれた。



 ――土曜日



 市内の映画館で夏花の言っていた恋愛映画を一緒に観た。


 霊体になった女子高校生と霊感の強い男子高校生の少し切ない物語で最後は少し泣けてしまった。


 夏花も最後は泣いていて⋯⋯⋯⋯⋯帰りは手を繋いで一緒に道を歩いた。



 ――――――――――――――――――――



 映画デートから3日後、夏花は学校を休んで病院にいた。朝から意味の分からない検査で病院の中を歩いたり、座ったり、横になったり⋯⋯⋯⋯⋯。



 医師からは「念のための検査だから」と言われた。こんなに大掛かりな検査は小学校以来で少し緊張した。



 1通りの検査が終わって病室に呼ばれた。そこには30代位の眼鏡をかけて白衣の医師と若い看護師と両親がいた。


 両親の表情は今まで見たことが無いくらい暗かった。まるで人間が絶望するかのような表情だ。



「桜川夏花さん。そこにお掛けになってください」と看護師に言われて看護師の女性に視線を移してから椅子に腰を下ろす。



「⋯⋯⋯⋯⋯夏花さん」と医師が重い口を開く。「今日は1日お疲れ様でした。今から私と御両親から大事な話があります」


 と言われたが訳が分からず「はい」ととりあえず返事をする。


「実は――――」



 と語り出した医師の言葉に耳を傾ける。


 目を見開き、耳を疑う。


 その瞬間目から涙が零れて⋯⋯⋯⋯⋯。


「私の中で全ての時が止まった気がした」




 ――――――――――――――――――――



 デートから4日後。屋上で夏花の手作り弁当を食べながら一緒の時を過ごしていた。


「あのさ、昨日って何で休んだの?」


 と悠磨が夏花に問い掛ける。


「⋯⋯⋯⋯⋯少し用事があって」


 と夏花は少し間を置いてから元気よく口を開いた。


「いつもと変わらない様子の夏花」


 恐らく他者から見たらそう見える。でも、悠磨には違って見えた。


「⋯⋯⋯⋯⋯あのさ、何かあった?」


 覚悟を決めて問う。


「⋯⋯⋯⋯⋯別に普通だよ」


 と彼女が笑って⋯⋯⋯⋯⋯その笑顔は今まで見たどの笑顔よりも暗くて薄い笑顔だった。


「僕で良かったら相談乗るよ?」


「ありがとう⋯⋯⋯⋯⋯でも、本当に何も無いから」



 と彼女が言った後、チャイムが鳴る。


「そろそろ戻らないと」


 と夏花が立ち上がる。


 悠磨は黙って夏花を見詰める。


 この頃少し彼女との距離を感じる。ただの思い込みなのだろうか

 それとも⋯⋯⋯⋯⋯



「どうしたの?」と夏花が首を傾げる。


 その仕草に、夏花の表情にギュッと胸を締め付けられる。



 悠磨は勢いよく立ち上がり夏花に駆け寄って強く抱き締める。


「ひゃ」と夏花が声を漏らし夏花の顔が赤くなるのが分かった。


「⋯⋯⋯⋯⋯キスしてもいい?」


 と夏花の耳元で囁いた。感じていた距離をどうにか近付けたくて⋯⋯⋯⋯⋯ただの思い込みだと信じたくて⋯⋯⋯⋯⋯



 だが「ごめんなさい」と返ってきたのは否定の言葉だった。


「そ、そう⋯⋯⋯⋯⋯」と言って夏花から離れる。


「⋯⋯⋯⋯⋯少し話があるんだけど」


 と夏花は少し低い声で話し出した。


「な、なに?」



「⋯⋯⋯⋯⋯もし、私が別れたいっていったらどうする?」


 少しの沈黙の後、彼女の言葉に耳を疑い、目を見開いた。夏花の方を見るが彼女は俯いていて顔を見ることは叶わなかった。



「⋯⋯⋯⋯⋯冗談だよね?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 彼女は答えない。



「僕は別れたくない」


 そう言い残して早歩きでその場を去る。




 午後の授業――内容は全然入ってこなかった。頭の中にあるのは夏花の言葉だけだった。


「夏花は僕の事を嫌いになってしまったのだろうか⋯⋯⋯⋯⋯」


 もし、そうなら⋯⋯⋯⋯⋯。


 と考えた所で最近の事を思い出す。段々と付き合いが悪くなっていって


 恐らく夏花の中にはもう悠磨は存在していない。


 他に好きな人が出来たのかもしれない。


「別れた方がいいのかな⋯⋯⋯⋯⋯」


 と1人で悩んで抱え込み、授業には一切手をつけていなかった。


 先生の声も聞こえない。



 何もしないまま放課後になった。


 答えなんて出るはずがない。


 でも、彼女の事を考えたら⋯⋯⋯⋯⋯別れた方がいいのだろうか?


 そう思って夏花を屋上に呼び出した。


「どうしたの?」

 と何気ない様子で首を傾げる彼女。


 顔を下に向けて手汗でいっぱいの拳を握る。


 自分自身の体が震えているのが分かる。


「あ、あのさ⋯⋯⋯⋯⋯」声も震えている。情けないな。などと思いながら「も、もし、な、夏花が僕と別れたいって言うならそれでも⋯⋯⋯⋯⋯」


 この先の言葉を口に出したくない。更に拳に力を入れて下唇を噛む。目を閉じて少しだけ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「⋯⋯⋯⋯⋯いい、かなって⋯⋯⋯⋯⋯他に好きな人が出来たんなら⋯⋯⋯⋯⋯夏花が僕と一緒に居て楽しくないって言うんなら⋯⋯⋯⋯⋯別れようかなって」



 そこまで言い終えて恐る恐る顔を上げる。


 ―――彼女の目から1滴の涙が流れ落ちる。そして、それは水道の蛇口を捻ったように大粒の涙となってこぼれ落ちる。



「違うの⋯⋯⋯⋯⋯」


「えっ?」


「今日って時間あるよね?」夏花は手の甲で涙を拭いながら聞いてきたので「うん」と答えた。



「家に⋯⋯⋯⋯⋯来て欲しい」


 夏花の言葉を聞いて一瞬固まる。「家?この流れで?」と困惑していると「今日は無理かな?」と上目遣いで聞いてきてついさっきまで別れ話をしようとしていたのに突然苦しさが込み上げてくる。



「大丈夫だよ」とだけ返事をして⋯⋯⋯⋯⋯そのまま2人で彼女の家に向かった。歩いている間気まずくてほとんど会話すること無く、夏花の家に着いた。


 そのまま家に上がって夏花に案内されるままに彼女の部屋で腰を下ろす。


 まさか初めて彼女の部屋に来る日がこんな日になるとは予想すらしなかった。


 可愛い部屋をソワソワしながら見渡す。



 少しすると私服に着替えた夏花が部屋に入ってくる。


「ごめんね。急に呼んだりして」


「う、うん」



「⋯⋯⋯⋯⋯あ、あのさこれから先、私と会える時間が少なくなっていくとしても私の事を嫌いにならないかな?」



 彼女は下を向いて話し出した。体が震えている。


「会えなくなるってどういう―――」


「実はね私、小さい頃から体が弱くてそれで病院に通ってたんだけど中学からは段々病状が良くなっていて⋯⋯⋯⋯⋯でも、最近になって病状が悪化してきて病院に通う回数も増えてきて⋯⋯⋯⋯⋯⋯だから悠磨くんと一緒にいられる時間がね⋯⋯⋯⋯⋯段々少なくなって⋯⋯⋯⋯⋯それで⋯⋯⋯⋯⋯」


 涙声になりながらも一生懸命に話す彼女。



「⋯⋯⋯⋯⋯だから悠磨くんに辛い思いをさせてるんなら別れようって思ったの。覚悟したのに悠磨くんの言葉を聞いてたら⋯⋯⋯⋯⋯やっぱり別れたくないなって⋯⋯⋯⋯⋯私、弱いから⋯⋯⋯⋯⋯悠磨くんが好きっていう気持ちを抑えられなくて⋯⋯⋯⋯⋯それで本当のことを話そうって思ったの⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯それでね、もし悠磨くんがこんな私でも嫌いにならないって言うなら⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯別れたくない。もっと沢山悠磨くんの隣で笑っていたい。悠磨くんを見ていたい。もっと沢山話したい⋯⋯⋯⋯⋯幸せに⋯⋯⋯⋯⋯なりたい⋯⋯⋯⋯⋯」



 溢れそうになる涙を堪えて夏花に近付く。そして、震えている彼女の体をそっと優しく抱き締める。


「そんな事で君を嫌いになんかならない」


 と耳元で囁く。


「⋯⋯⋯⋯⋯本当に?私なんかでいいの?」


「君がいいんだ。だって僕は夏花の事が大好きなんだから」



 少しの間、2人で涙を流しながら抱き合う。そして、そっとキスを交わした。





 ――その後、夏花の通院の回数は増えていった。限られた時間、出来るだけ多く彼女と一緒の時間を過ごした。


 幸せな時間は少しずつ過ぎていき、季節は冬になった。


 そして彼女は―――入院することになった。



 気温は日が経過するごとに下がっていく。


 夏花が入院してから毎日のように病院に通う。病気にかかっている訳ではないのに病院に通うのが日課になっていた。


 ある時はバスで、ある時は自転車で⋯⋯⋯⋯⋯。


 たわいもない話をしたり、一緒に笑ったり⋯⋯⋯⋯⋯。


 悠磨といる時はいつも笑顔を絶やさない彼女だがきっと辛いはずだ。少しずつ衰えていく彼女を見るのは正直苦しかった。


 目でハッキリと分かるほど彼女は夏に比べて痩せていた。


「大丈夫?」


 と毎日聞いている。夏花は「うん」と返してくれるが大丈夫じゃないことは目に見えている。「大丈夫?」と聞くのが辛い。


 何ヶ月経過したのだろう?


 ある日の朝、悠磨は自宅で目を覚ました。カーテンを開けると外は雪が降っていた。


 その日は学校が休みだったので朝から夏花の病室へ向かった。



「おはよう」と病室の扉を開けて声をかけると彼女は嬉しそうに「今日もありがとう」と笑顔で返してくれる。


「今日は寒いよ」と返す。


「うん⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯悠磨くん。少しいいかな?」



「なに?」


「お願いがあるんだけど⋯⋯⋯⋯⋯外に出たいの」


「⋯⋯⋯⋯⋯うん」


 少し驚いたが笑顔で頷く。


 夏花はベッドから立ち上がろうとするが体制を崩してその場に倒れ込む。


「痛っ」


「大丈夫?」と言って手を差し伸べる。夏花は「うん。ありがとう」と言って立ち上がる。


「立つの久しぶりだから立ち方忘れちゃったのかな?」と笑顔で言う。


「どうしようね。このままじゃ外に行けないね」


 と言ってじっと悠磨を見詰める夏花。


「⋯⋯⋯⋯⋯わかった。おぶってくよ」


 と言うと「本当に?ありがとう」と夏花は元気よく言う。



 仕方なく夏花のことをおぶって「屋上でいいかな?」と言うと「うん」と機嫌の良い返事が返ってきた。


 背中に柔らかい感触を覚える。「もしかして、これが本当の狙い?」と聞くと「バレた?」と彼女は舌を少し出して笑った。



 屋上まで時間を掛けて階段を上って扉を開ける。


 冷たい風が体に纒わり付き、思わず一瞬目を閉じる。


 雪が積もり、白銀の世界へと豹変した屋上には誰もいなかった。積もった雪の中を歩き、屋上にあるベンチの雪を払って夏花を座らせる。


 その隣に悠磨も腰を下ろして「寒いな」と一言声をかける。


「うん⋯⋯⋯⋯⋯ありがとう」


 その声には少し涙声が混ざっている気がした。


 少しだけ気がかりな事がある。それは夏花が立てなかったこと。あの瞬間心を締め付けられた。ずっと言葉には出さなかった「これから先、夏花はどうなっていくのか」という事。


「ふぅ」と夏花が白い吐息を吐く。


「⋯⋯⋯⋯⋯ねぇ」


「ん?なに?」と夏花はコチラに視線を送る。


「⋯⋯⋯⋯⋯君は死なないよね?」



 遂に言葉にしてしまった。一瞬彼女の顔が暗くなった気がした。夏花は地面の雪を手に取り「えいっ!」と言って悠磨の顔面に投げつける。


 顔にフワッと柔らかい感触と冷たい感触


 雪は地面に落下していく。視界には彼女の笑顔だけが映った。


「大丈夫だよ」


 その言葉が嘘なのかどうかをこの時、僕は読み取ることが出来なかった。



 ――――――――――――――――――――



 病室に戻ると悠磨くんは看護師に怒られた。そのまま今日は帰ることになった彼を病室で見送った。



 ――夜、眠ることが出来ずに病室の窓から夜空を見上げていた。外はまだ少しだけ雪が降っていた。



 病室の扉が開いて担当の医師が入ってくる。


「先生」


「聞きましたよ。今日、病室から抜け出したそうですね」


「⋯⋯⋯⋯⋯はい」と少し俯いて返事をする。


「なるべく安静にして下さいね」


「気をつけます⋯⋯⋯⋯⋯先生。お話があります」


「なんですか?」



 私はゆっくりと今の自分の覚悟を、決意を話し出した。




 ――――――――――――――――――――



 少しずつ時間が過ぎていく。春になり、僕と夏花は一緒のクラスになった。


 でも、夏花は学校には来ない。来れない。一緒のクラスだと言うことを伝えた時、少し悲しい表情をしたのを悠磨は見逃さなかった。



 病室の中から見える桜の木。風に乗り、舞う花びら。



 彼女は少しずつ衰えていく。弱々しくなっていく。


 少し辛い。でも、彼女はもっと辛いだろう。勿論口に出す事はなかった。出来るだけ表情にも出さないようにした。


 悠磨の前でわ笑顔を絶やさない夏花。




 そして、夏になる。



 病院に通う事でお金が減ってきたのでバスを使うのをやめて毎日自転車で通うようになった。



「もうすぐ夏休みだね」と夏花が口を開く。


「うん」


「花火の季節だね⋯⋯⋯⋯⋯ねぇ⋯⋯⋯⋯⋯去年の約束って覚えてる?」


 忘れるはずがない。去年の夏に交わした約束を



「うん。覚えてるよ」


「良かった。あのさ、去年の約束を果たしたいの⋯⋯⋯⋯⋯悠磨くんともう一度花火が観たいの」



 彼女は涙を零しながら言った。


 それから和也にその事を話して「病院脱出作戦」を考え出した。


 と言ってもしっかりとした作戦を立てる事が出来なくて最終的に強行突破的なものになってしまった。




 夏休み



 花火の夏祭りまで和也と雪菜さんと一緒に病院まで通った。夏花も含めて計画を立てる。



 そして、夏祭り当日。



 昼まで家で適当に時間を潰す。昼から病院に行き、夏花の病室で時間を潰した。



「いよいよだね。なんかドキドキする」


 と夏花が笑って言った。その笑顔を見るだけで心が和む。癒される。


 夕方になって和也と雪菜さんが合流する。そして、4人で病室を抜け出す。事前に調べたあまり人が通らない道を通って裏口まで歩く。



「ちょっとあなた達」


 と後ろから声が聞こえた。女性の、看護師の人の声だ。


「なにしてるの?」


 看護師の人が少しずつ迫ってくる。


「あの、すいません。ちょっと道に迷ってしまって」


 と雪菜さんが看護師の人の目の前に立つ。


「おい、早く行け!」と和也に背中を押された。


 悠磨は夏花の手を取り、小走りで進み出す。後ろを振り向くと和也と雪菜さんが笑顔で見送ってくれていた。


「ありがとう」と心の中で呟いて走り出す。裏口にたどり着き、扉を開ける。用意されていた自転車に股がる。


 荷台に夏花を座らせて自転車を走らせる。夏花が背後から手を回して抱きつくような形になり、鼓動が物凄く速くなる。


 下り坂を一気に自転車で下る。角を曲がって足を回す。


 少し落ち着いてから「無事に抜け出せたね」と夏花が背後で口を開いた。


「うん。後で2人に礼を言わないとね」


「そうだね」


 更に自転車を走らせて人が居ない橋の上で止まる。


「ここからなら花火が観れるから」


 と言って夏花を降ろして悠磨も降りる。


 病院服の彼女。そして、空に登る火の線。空で弾けて広がる火の輪。一瞬の輝きの後、儚く散っていく。



 次々に火の線が空の海を泳ぎ出す。


 炸裂音と共に灰暗い夏の空に広がり、咲き乱れる夏の花。


 夏の花は夜空に輝く。


 青、黄色、様々な輝きが悠磨と夏花を照らす。川の水面に映る輝き。



 夏花の頬を通って涙が落ちる。


「あのね」と夏花が突然口を開いた。


「私、引っ越すの都会に。少し大きい病院で手術して病気を治したいの」


「え?」その言葉に悠磨が驚きの声を漏らす。


「私達会えなくなっちゃうね」


「冗談⋯⋯⋯⋯⋯だよね?」息を飲んで言葉にする



「そんな心配そうな顔しないで。私は大丈夫だから。絶対病気に勝って戻ってくるから⋯⋯⋯⋯⋯だから私を待ってて欲しいの」



 悠磨は言葉を失う。これ以上夏花が遠くに行ってしまう事に耐えられない。


「私、悠磨くんが大好きだから」


 彼女の震えた声。悠磨は手を伸ばして夏花の手を優しく包み込む。


「ずっと待ってる」



 本当はずっと近くに居て欲しい。でも、彼女の気持ちを無駄にはしたくない。


 きっと夏花は自分よりも苦しいはずだから



「私が帰ってきたらまた、一緒に花火を観てくれますか」



 涙を零しながらも笑顔で聞いてる夏花。


「絶対約束する」


 2人で唇を重ねた。



 数日後、夏花を見送った。




 ――――――――――――――――――――



 夏花とスマホで連絡を取っていた。


 でも、次第に連絡の回数が減っていき、遂には3日に1度連絡が来る位に減った。



 そして、夏花が居なくなってから2週間が経過した頃、連絡が途絶える。



 メールを送っても既読はつかない。電話しても繋がることはなかった。



 病院まで行って医師に訊ねてみたが詳細は分からないとの事だった。



 何をやっても手につかない。いつも頭の中にある事は夏花の事。


 そして、夏休み最後の日。



 スマホが鳴って手に取る。夏花からの着信だった。涙が零れそうになるのを必死で堪えて電話に出る。


 だが、一瞬にして嬉しさが吹き飛ぶ。



 電話に出たのは夏花の母親だった。


 母親の声はどこか悲しみを帯びていて暗かった。


 そして、母親から






 夏花が亡くなった事を知らされた



 ――――――――――――――――――――



 二学期が始まった。でも、悠磨は1度も登校していない。


 家の自室から出る回数は減り、家からは1歩も外に出ていない。和也からのメールも全て無視している。



 夏休みが終わってから2週間が経過したある日。


 母親から「アンタに手紙が来てるわよ。リビングに置いといたから。差出人は確か⋯⋯⋯⋯⋯夏花さんだったかしら」




 その言葉を聞いてベッドから飛び起きる。そして、勢いよく扉を開けてリビングまで走って机の上に置いてある手紙を手に取る。



『悠磨くんへ』


 そこには確かにそう書いてあった。



 裏を見ると


『夏花』


 と名前が記載されていた。



 部屋に戻って早速手紙を開ける。





『 悠磨くんへ


 この手紙はもし、私の病気が治らなかった時の為に書きます。この手紙が悠磨くんに届いた時、恐らく私はこの世にいません。


 悠磨くんの事だから私が死んだらショックを受けて凄く悲しんでくれると思います。でも、しっかり生活して下さい。学校にも行ってください。


 覚えてる?私が悠磨くんに初めて会った時のこと。入学式の日。私は具合いが悪くなって悠磨くんに助けられました。



 その日まで、私は別に死んでもいいと思ってました。その時はまだ重い病気だと知らされてなかったけど別に病気でなら仕方が無いと諦めている所がありました。



 でも、君に、悠磨くんに助けられて変わりました。病気なんかで死にたくないって思いました。


 名前も言わないで去って行く君にお礼も言えず、少し後悔しました。


 その日から学校で悠磨くんを見掛けると目で追ったり、目が合うと恥ずかしかったけど嬉しかったり、どれも初めて知る感情ばかりでした。


 悠磨くんは私の初恋相手なんですよ(笑)



 悠磨くんに下着を見られた時、死にたくなるほど恥ずかしかったな。


 雨の日にバス停で偶然会った時、凄く緊張してたんだから。話せて嬉しかった。


 海での思い出、肝試し、悠磨くんがデートに誘ってくれた時凄く嬉しかった。ありがとね


 告白されてデートを重ねて一緒に弁当を食べて、映画を観て。


 雪の日の屋上。そして一緒に観た花火。


 どれも私にとっては幸せな思い出。死んでも忘れないよ。


 だから悠磨くんもずっと覚えていてくれると嬉しいかな。



 また、一緒に花火を観に行くっていう約束守れなくてごめんね。


 本当はもっと生きたかった。病気を治して悠磨くんともっと思い出をつくりたかった。



 今、悠磨くんに会いたいです。でも、それはきっと叶わない願いだから他のお願いをするね。


 幸せになってね。


 私は幸せだから


 あの日、私を助けてくれてありがとう


 私を幸せにしてくれてありがとう


 愛してるよ悠磨くん


 この手紙にこんな事書くのは変かもしれないけど、それでも書きます。



 もし、奇跡が起きて私の病気が治ったら


 私とまた、一緒に花火を観てくれますか


  夏花 』



 手紙を読みながら涙を流す。頭の中で今はもう何処にも居ない夏花との思い出が蘇る。



 最後の言葉を読んで夏花の笑顔が浮かぶ。いつも彼女がこの言葉を口にする時は笑顔だったから



「⋯⋯⋯⋯⋯約束⋯⋯⋯⋯⋯するよ」



 彼女の笑顔を絶対忘れない。



読んでいただきありがとうございます。


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[良い点]  感動出来るところ。こんなのずるいや。  二人の真っ直ぐさ。  病の中で、二人の思いを確認しあえたこと本当に良かったです。  少なくとも、読む人の目につかなかったと言うだけで、御作は…
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