剣と魔法と乳揺れと
俺達は予定通りにミサンテ村で一泊した後、その日の昼前にはアルバン砦に到着した。
「た、助かったぜ……もうケツが限界だ……」
馬から降りた俺は自分の尻をさすりながらぼやく。馬なんぞに乗るのは生まれて初めてだからな。結構な振動が来るんで尻が裂けるかと思ったわ。昔の人は馬に乗り過ぎて痔になる事があったと言うが、ありゃきっと本当だね。
「ええ、さ、流石に厳しかったですね。鞍で股が擦れるのもキツイですね……」
俺と同じように、腰やら股やらを撫でながらタクトもぼやく。見ればミントもフラフラとしているし、ライムは何やらジジイみたいに中腰でヨタヨタと歩いてやがる。
一日とチョットしか馬に乗っていないのに情けないとか言うなかれ。現代人には馬での移動ってな中々骨が折れるもんなんだぜ。身に染みて実感したからな。
そんなこんなで砦に到着した俺達は昼食の後に早速訓練をする事になった。
初日と言う事で先ずは剣の訓練。俺達が城で渡されたのは、タクトが両手で持つ剣、ミントが弓、ライムが女性でも扱いやすいと言う短い槍。
そして俺に渡されたのは何故か短くて軽いショートソードだった。
「何で俺だけやたらとチッコい武器なんだ?」
俺がクラウスに聞くと、
「勇者達の特性に合わせて選ばれた、と聞いています。テツ殿の場合は一般人と変わらないと言うお話でしたので、初心者でも扱いやすいショートソードが選ばれたのかと」
との事。なんかもうテツで固定されちまった感があるのであまり気にしない。……ああ、嘘だ。正直テツって言われるとなんか丁稚奉公とかチンピラっぽくて嫌なんだよな。
「いいじゃない。武器も短ドスで正にチンピラ感でているんだし」
俺のぼやきにライムが「ケケケ」とムカつく笑い方をする。ドス言うなショートソードだショートソード!俺も自分で何となく似合ってる感じがしてゲンナリしてるんだからよ!
ったくガキ共は大人に対する口の利き方を知らねえな。まぁ、俺も高校生ん時はあんなモンだった様な覚えがあるけどよ……
などと言う事がありつつも、俺達は一人一人に教官が付き、それぞれ武器の扱い方を教えられる。持ち方に立ち位置と言う基本中の基本から、武器の振り方。初日と言う事でごく簡単な訓練から始まったのだが、正直、包丁以外の刃物に慣れていない俺には中々難しい。
そしてそれから三日程経つと、タクト達は勇者の力も手伝ってか、それなりにサマになった動きが出来る様になっていた。
……俺はどうなんだって?そりゃぁ今日俺の担当になったマキティネスがこう俺を褒める位には成長しているみたいだぜ。
「タクト様やミント様、ライム様は物覚えが良すぎて教え甲斐がありませんが、テツ様は物覚えが悪すぎて教え甲斐がありすぎます。もう少し何とかなりませんか?」
だ、そうだ。……ああそうだよ、初日と全く変わらないへっぴり腰だったよ、フン!
そして武器の練習と同時に魔法の訓練も開始されている。魔法とは特定のワード、つまり呪文によってこの世界特有の魔法粒子、マーナを呪文使用者の精神エネルギーを媒介にして様々な現象を引き起こす物だ。
強力な呪文になればなるほど、呪文が長くなり、同時に必要なマーナ量と消費する精神エネルギー量も増加する、と言う、まぁゲームの魔法に理屈をつけた様な感じのものだ。なので、先ずは呪文の文章を覚える事から魔法の訓練は始められる。
「ま、呪文、とは言ってもキーワードとなる『力ある言葉』とやらの組み合わせと、それを接続する文言を組み合わせただけだからな。実際に覚えるのは『力ある言葉』だけで良かったりするんだよな。途中の接続文は結構人によって違くても平気らしいぜ」
と、教官役の魔導士の事前説明に、俺はタクト達に補足して教えてやる。
「な、何故異世界の勇者であるテツ様がその様な事をご存知で……?」
俺の言葉に四騎士の中では一番魔法に長けていると言うマキネティスが驚いた顔をしている。
そりゃぁ、この辺の説明は小説で読んだからな。使い方は分からなくても理屈だけでいいなら俺でも理解している、ってもんよ。まぁ理解しているのは理屈だけだからな……
「実践だとダメダメっスねテツ様は」
ピクリとも魔法が発動しない俺にカンダルフがあきれ顔で言う。
呪文は覚えられた(と言うか小説に出て来るから知っている)んだが、どうにもこのマーナと精神エネルギーを反応させる、ってのが今一分からん。
悪戦苦闘している俺を尻目に、タクト達は、
「ライトニングブリット!」
ピカッ!
「ヒールウエーブ!」
ポワワ~ン
「ストーンブリット!」
ビシィ!
「「「やった~~~~~~っ!」」」
楽々魔法の使い方を覚えて、攻撃魔法や回復魔法をそれぞれ使える様になっていやがった。
「……こんな短期間で……流石は異世界の勇者ですな!……若干一名を除いて」
ディネストが俺の方を見ながらそんな事を言いやがる。仕方ねえだろ、俺にはコイツ等みてえなチート能力ねえんだからよ。教えました、覚えました!って訳にいくか!
「まぁまぁ。初歩的な魔法は誰でも使えるっスから。テツ様も精神エネルギーの使い方を覚えたら使える様になるっスよ。……多分一般人程度には」
この世界では基本魔法は誰でも使えるって設定だからな。攻撃魔法は無理だが、生活レベルに使える、例えば明かりの魔法や火種の魔法は一般人でも使えるらしい。
「つまり俺はこのまま行ってもその程度しか魔法を使えないって事か……」
「多分そうッス」
「……それ覚える意味あんのか?」
「無いっスね。ああ、いや!あるっスよ!覚えれば色々と便利っスから!日常生活が」
「魔王と戦わせられんのに日常レベルの魔法止まりかよ」
何だろうな、このタクト達との差は。俺にもカッコイイ攻撃魔法をくれ!!
「それによ、コレって詐欺じゃねえのかカンダルフよ」
「何がっスか?」
「確かにお前の言う通り、教官の魔法使いはボンキュッボンでバインバインばかりだったぜ?でもよ、実践になったら教えてくれるのは結局テメエとマキティネスじゃねえか」
「ソコはオイラも見積りが甘かったっス。魔法を使う時に色々と揺れる所を楽しみにしてたんスけどね。まさかオイラとマキティの二人だけとは。正直ツマらねえっス」
「だよな。座学じゃローブが邪魔で乳がでかくても関係ねえし、実践じゃマキティネスは鎧着てるからな~んにも揺れねえし」
「そうなんスよね~マキティもせめて鎧を脱いで魔法使ってくれれば良かったんスけどね。あ、でもヤッパダメっスね。魔法教官達のアレを見た後にマキティの胸じゃぁ……」
「……私の胸では何でしょうか、お二人とも?」
俺とカンダルフが男同士の重要事項を話し合っていると、背後に修羅が出現していた。
「お、俺はサイズに関しては何もいってねえぞ!ただ、鎧を着たままではつまら……ゴホゴホッ!動き難かろう、って話をしただけで!サイズの話をしたのはカンダルフだけだぞ!」
「あ、ああっ!き、キタねえっスよテツ様!そこで逃げるっスか!?」
「……テツ様はまだまだ余裕があるようですね。一人だけ魔法の習得が遅れていますから、このまま追加で魔法鍛錬をしましょうか。カンダルフさんもご一緒に」
「え?い、いや、今日はもういいよ、うん!あまり詰め込み過ぎるのも良くないしな!」
「そ、そうっスね!何事も程々が一番っスよ!胸も程々が……ハッ!?」
……OK、流石四騎士で一番頼りになる男カンダルフ!なんか勝手に自爆してくれたぜ!!見る間に、にこやかなまま額に青筋をオッ立て出したマキネティスがカンダルフに詰め寄るのを幸いに、俺はサッサとその場を逃げ出した。
ふと見るとタクトはクラウスとディネストと一生懸命話し込んでいるフリをしていて『そっちの話は知りませんよ』的な態度をしてやがったぜ。しかし俺は知っているぞ、タクト。お前等は俺達の会話で所々頷いてたよな!この裏切り者め!
そして――その横でミントがゴミ蟲を見る様な目で俺の事を見ていたのと、似たような目で俺を見ていたライムの口が「最低」と呟いた様に見えたのは多分気のせいだろう。