魚パワーをGETだぜ!
一部内容の削除と表現の変更、再構成を
行いました。
「ああ困った……全くどうすりゃいいんだ……」
そして冒頭の俺のセリフに戻る訳なんだが。え?やっぱり訳が分からない?ああ、そうだな……やっぱり俺はまだ混乱しているようだ。もう少し詳しく説明するか。
あの時部屋に入って来た男は、俺たちの前まで来ると、目深に被っていたフードを外す。出て来たのは、俺が直観した通り男の顔で、そいつは俺達四人の前で膝まづくと、こういった。
「異世界の勇者達よ。突然呼び出して申し訳ない」
と。そしてここが異世界である事を説明しだしたんだ。
最初、何を言っているのかさっぱりわからなかった。そりゃそうだろう。いきなり異世界だの、勇者だのと言われた所で信じられるものでは無いし理解も出来ねえだろ。
「何言ってんだコイツ?」
ってのが正直な所だ。また男が説明した、この世界の状況と俺達を呼んだ理由がまた笑える。
曰く、この世界は現在人間と魔族が争っている。
曰く、魔族は強力でこの世界の住人では太刀打ちできない。
曰く、その為現在人間側が劣勢であり、この世界の大半が魔族に占領されている。
曰く、魔族に対抗できるのは特別な力を持った勇者だけだった。しかしこの世界にはいない。
曰く、そこで禁断の魔法を使用して異世界から特別な力を持った勇者を呼び出すことにした。
だ、そうだ。笑っちゃうね。なんてベタな話だ。異世界勇者召還とか、今時使い古されて
チープな設定だ。しかもこの世界ではチート的な能力を持つのが勇者らしい。
そして呼び出された俺達が、そのチート的な能力を持つ異世界の住人、つまり勇者だそうだ。
全く、どっかで聞いたような設定と世界観のオンパレードだ。今時のネット小説でも漁れば、もっとマシな設定が出て来るだろう。
だからこれは何かのドッキリか、手の込んだ冗談かと思って居た。
俺と一緒に飛ばされた、高校生の兄ちゃん嬢ちゃん達の名前を聞くまでは。
「僕は前崎拓斗。都立高校に通う一年生だよ」
と、ツラの良い高校生のあんちゃんが名乗ったのは、フード男が俺達に名前を聞いたからだ。
「…………ん?」
と、俺が思わず声を上げて首をかしげたのは、その名前に何故か聞き覚えがあったからだ。しかしそんな筈はない。この兄ちゃんの顔を見るのも名前を聞くのも今が初めてだ。
「マエサキ・タクト……やはりわれらの世界ではなじみのない名前だ……本当に異世界の勇者を召還できたのか!」
と、フード男は興奮したように呟いた。どうやら、本当に異世界人を呼べたのか自身がなかったらしい。そして何やらブツブツと呟き、兄ちゃん――タクトの顔を覗き込むと、
「おお、タクトからは強い光の力を感じる!これこそ勇者に相応しい輝きだ!」
と喜色を露にする。だが……
「んん?」
はて、おかしい。何となくこのセリフも聞いた事がある気が……
「え、えと、私は明理……森野明理です。タックンと同じクラスです」
「モリノ・ミント……貴方からは命の力を感じる……素晴らしい!こ」
「お、おい明理!人前でタックンはやめてよ!」
タクトの時と同じく顔を覗き込んで、嬉しそうに言うフード男に、タクトの声が重なるが、俺はそんなことをお構いなしに首をひねりまくる。
「ん……んん?タクトにミント……?この名前どこかで……それにこのセリフ……」
初めて聞く筈なのに、やはり覚えがある。どこかで聞いたんだ、このセリフ。そしてこの後に続くセリフは確か……
「『我らの世界では生命の力を宿す物は珍しい。それもここまで強力なのは初めて見る。流石は異世界の勇者だ』とかなんとか……」
「我らの世界では生命の力を宿す物は珍しい。それもここまで強力なのは初めて見る!流石は異世界の勇者よ!」
思わず漏れた俺の呟きとフード男の声が重なる。
「「え?」」
と、再び俺とフード男の声が重なった。思わず二人で顔を見合わせる。
「……何故私と同じ言葉を……?」
「あ?ああ……偶然……そう、偶然だよ偶然!気にしねえで続けてくれ」
笑いながら誤魔化す俺に、フード男は訝しそうな顔をしていたが、やがてもう一人の少女の方に向き直り、
「して、貴方様のお名前は?」
と尋ねる。確かこの貧乳嬢ちゃんの名前は――
「あたしは大鳥……」
「確か来夢……そう、オオトリ・ライム!タクト達とは別の学校の、陸上部に入っている、弾丸チーターって呼ばれているスポ根とおねショタマンガ大好き女だ!」
思わず大声で叫び――貧乳嬢ちゃん――いやライムが「ブホッ」っと吹き出す。
「な、何でアタシの名前をっ!ていうか何でそれを!?誰にも話した事が無い秘密を、何で知っているのよオッサン!」
「テメエ、オジサン言ってたのにオッサンかよ!そして俺はまだ二八だオッサンじゃねえ!」
「十分オッサンでしょ!それよりなんで人の秘密知ってんのよ!アンタストーカーか何か!?」
反射的に言い返した俺に、躊躇なく言い返してくるミント。このノリの良さにこの気の強さ。間違いない。俺はコイツを――否、こいつ等を、この世界の事を知っている!
「待て……待て待て待て待て待て待て待て待て!」
俺は思わず額を抑えて吐き出すように言う。ミントは確かに俺が思わずバラした事に反応している。そして、俺の記憶とほぼ同じセリフ――今のは聞いた事が無いが――を吐いている。
とすると、これはあれだ。あの世界だ。
俺が昔――高校生の頃に読んだ小説。その小説に出て来る世界にそっくり――いや、目の前のタクト達、俺がおかれた状況、その後の展開その全てが、小説その物の世界だ。
「嘘だろ……異世界に飛ばされただけじゃなく……小説の中に入り込んでるってのか!?」
「な、何一人でブツブツいっているのこのオッサン……?キモっ!」
頭を抱えて考え込む俺に引きながら、心底気持ち悪そうにミントがいうが、俺は気にしている余裕が無かった。
「でも待て……だとするとおかしい……」
そう、おかしい。これがあの小説の世界だとすると、一つだけ大きな違いがある。
「……一人足りねえじゃねえか……」
そうだ。小説では最初に呼び出される勇者は全部で四人。確かに今ここに居るのは四人だ。しかし、小説に出て来るのは俺じゃない。そもそも俺とは全く別の名前だし、年齢も確か二二の筈だし体格も全く違う。
確か名前は速野小路勇作とか言う、スカした名前で、身長だけは俺と同じ位だが、痩せ型でヒョロりとした感じの俺とは違い、ガッチリした体形の、いかにも体育会系って感じの気の良い大学生のアンちゃんだった筈だ。
と、そこまで思い出して、俺はある事に気が付く。
俺がこの世界に飛ばされる直前、親方がクシャミをかました後にぶつかって来たアンちゃん。やたらとガタイが良い、見るからに体育会系の大学生風の男。
「あいつだ!アイツがユウサクだ!ハヤノコウジユウサク!」
「む?ユウサク……それが貴方様のお名前で?」
俺の独白が聞こえたのか、フード男が聞き返してくるが、
「違う!俺は山田鉄太郎だ!ユウサクじゃねえ!ユウサクはあん時の野郎の方だ!」
と、これも反射的に返すが、もしあいつが本当にユウサクだとしたら。本当はここに居るハズのユウサクが居なく、変わりに俺がここに居る、と言う事は。
つまり俺とアイツが入れ替わった、と言う事だ。そしてそれが意味する事は――
「……もしかして、俺がユウサクの立ち位置に居るって事か?」
もし俺の考えが間違っていないのなら。この世界――俺達が飛ばされた異世界が、本当に小説通りの世界ならば。そして本来の登場人物の代わりに俺が巻き込まれたのだとしたら。
「オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ!マジか勘弁してくれ!」
今度は両手で頭を抱えてしまった。何故なら俺が読んだ小説の結末は。
――登場人物が全員不幸になり悲惨な最後を迎える、完全無欠のバッドエンドのお話だった。
しかも。俺が立たされているユウサクの立ち位置は……
『主人公の成長を助ける為だけに真っ先に犬死にする』と言う、主要人物の中では実にアッサリとこの世界から退場してしまう勇者だった。
俺がビッシリと汗をかいて固まっていると、その間にフード男はライムの力を見ている。何でも大地の力だそうだ。そういやそんな設定だったな。
「して……貴方様の名前は……テツ……何とか様でよろしいか?」
「鉄太郎だ!勝手に端折る……」
「ではテツ。貴方様の力は……むむっ!?」
「って聞いてねえし!」
勝手に人の名前を短くしたフード男は、俺の顔を覗き込むと急に難しい顔をした。
「………………魚の力?」
「……………………は?」
思わず固まる。そりゃ確かに板前だから魚は毎日触ってるけどよ!何だよ魚の力って?DHA豊富で血液サラサラってか!?それともエラ呼吸でもしろってのか?
「後は………………………野菜?」
「だから何だよそれは!光合成でもして酸素作れってのか!?」
そら板前だからな!野菜も魚に負けずに毎日触るけどよ!
「ま、まぁ、『強いて上げれば』これらが強い、と言うだけで……有体に言ってしまえば……」
「言ってしまえば?」
「こちらの世界の一般人と殆ど変わりません」
ヲウ……言い切られた……暫し無言でフード男と無言で見つめあう。
「え?もしかして俺には特殊な力ってのが無いの?」
「ありませんな」
「勇者なのに?」
「勇者なのにありませんな」
そんなバカな!だって俺はユウサクの代わりにここに居るんだろ!?確か小説じゃ、あいつは炎の力とやらを持って居て、序盤では最も頼りになる勇者、って扱いだった筈だ!代わりなら俺にその力が宿ってるとか言うパターンじゃねえのかよ!
「ま、まぁ……異世界の勇者ですから……もしかしたら後で力が発現するやも知れません」
「…………本当か?」
「……だと良いな、と私も思います」
キッチリ俺から視線を外して答えるフード男。
「まぁ、他の三人が飛びぬけていますから一人くらい……」
などと既に諦めの境地に入ってやがった。
「とにかく貴方達の力は分かったから、私達の王と面会してもらいます」
とフード男は言い、俺達4人を伴って、薄暗い部屋から出ると階段を上り広めの小奇麗な、待合室と言った感じの部屋に案内する。勿論ここは王と面会する部屋ではなく、色々と準備があるからここで少し待って居て欲しい、との事だった。
割と広めの部屋には椅子やテーブルがあり、俺たちはそれぞれに適当な椅子に腰かける。タクトとミントは寄り添うようにして座り、ライムは二人の近く――俺からは遠い――に腰かける。俺としても何となくガキ共の側は落ち着かなかったので、三人から少し離れた場所に座る事にした。落ち着いて考えたかったので離れて座れるのは実はありがたい。
この後、小説通りなら王から改めて魔王討伐の依頼がなされるはずだ。俺たちが元の世界に戻る為には魔王を倒すしかない、と言う「お約束」の言葉と共に。
そして取り敢えずの支度金と装備に、この世界に不慣れな俺達の案内役兼護衛役兼見張りとして四名の騎士があてがわれる筈だ。
もうストーリーは進み始めていると言う事だ。途中で降りる事も止める事も出来ない。つまり……俺の命が終わるまでのカウントダウンはとっくになされていると言う事だ。
この小説は全部で八冊、起承転結の四部構成でそれぞれ上下巻に分かれている。つまり今は起章の上卷の導入部分って訳だ。
そして。ユウサクが死ぬのはこの上巻の真ん中のやや後ろ辺りだったはず。要するに俺は後九十ページから百ページ分の命だと言う事。
これでわかってもらえたろうか。いや、分かるよな?こんな状況に陥ったら、出てくる言葉は一つだけだろう?つまり……
「こ、困った……」
と、この一言に尽きるってもんだ……