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5話

「さて、日も昇ってきたし出発するか」


 一晩たっても追手はやってこなかった。いくら屈強なオークとは言え、真っ暗な森の中を探し回るのは気が引けたのだろう。


「それで、どこへ行くつもりなの?」

「ひとまずは一番近くにあるイニーの街へ行くつもりだ。あそこなら人間が多いからオークたちはやって来れない」


 他の集落では人間との交流が始まっているところもあるらしいが、うちの集落は閉鎖的で森から出ることは基本的にない。そういう意味ではエルフと似ているかもしれない。

 

「ふーん、それなら行くわよ」

「え、一緒に来るの?」

「悪い?」

「てっきりエルフの里に帰るのかと……」

「…………」


 気まずい沈黙が続く。もしかして地雷踏んじゃった? エルフはほとんど里の中から出てこないと言うし、よっぽどの事情があるのだろう。

 

「いや、いいんだ。言いたくないなら事情は言わなくてもいい」

「…………で……よ」

「ん?」

「家出してきたのよ! それで帰り道がわからなくなっちゃったの!」


 家出かよ! 里を追い出されたとかもっと重い理由を想像しちゃったじゃないか。


「そもそも、このあたりにエルフの里があるって聞いたことがないんだけど」

「エルフの里はたくさんの転移魔法陣で外部と繋がってるの。そのうちの1つに急いで飛び込んだから、出てきた場所がどこかわからなくて……」

「それならその魔法陣がこのへんにあるはずだから、そっちを探したほうがいいんじゃない?」

「外部から転移するには専用の護符が必要なの。あのときは余裕がなくて持ち出せなかったから……」

「つまり行く宛がないと」

「……そうよ」


 ようするに、マリーは俺達と同じ状況なわけだ。そもそも街に安全に入るためには彼女の幻影魔法が必要となってくる。それを抜きにしても俺としては嬉しい話だ。正直ここでお別れだと思ってたからな。


「ソータ、顔がにやけてるぞ」

「うるさいなあ」

「そんな態度とってもいいのかな? マリー、実は昔ソータに……」


 俺は慌ててパックの口を抑えた。パックは小さいので片手で十分だ。


「2人とも仲がいいのね。それにしてもどうして妖精族がオークと一緒にいるの? ずっと不思議だったのだけど」

「それにはね、友情とロマンの詰まった壮大な物語が……」

「ないだろそんなの。まあ、しばらく一緒に旅するわけだし話しとくか」

「いいのかい? 信じてもらえるかはさておき、あまり話したい内容じゃないだろ?」

「いいんだよ。それにマリーなら馬鹿にせずに聞いてくれる気がする」

「はいはい」

「ここにずっといるわけにもいかないから歩きながら話すぞ」


 俺は今までのことを話した。自分が別の世界で人間として暮らしていたこと、死んだこと、気がついたらオークになって転生していたこと、そこでパックと出会ったこと。

 荒唐無稽な話で信じてもらえたかどうかはわからないけど、マリーは最後まで真剣な顔で聞いてくれた。


「――というわけなんだけど何か質問ある?」

「質問というか疑問だらけね。正直言って信じられないというのが本音だわ。でも、別の世界があるというのは間違いないのよね。神々の世界があるのだから」


 この世界では神というものが実在している。現代においてはほとんど姿を見せなくなってしまったが、創世期には神々が大地に降り立ち、奇跡によってこの世界を作り上げた。その名残は残っており、その最たる例は魔法だ。魔法は神々の奇跡の模倣である、とパックから教えられた。


「まあ、いきなり信じてもらえるとは思ってないよ。俺も自分のことじゃなかったら、でたらめな話にしか思えないし」

「そうね、それならこれからたまにでいいからあなたの世界のことを聞かせて。さすがに妄想ですべてを語ることはできないだろうし。それで判断することにするわ」

「おう、まかせとけ」

「おいおい肝心なことを言ってないじゃないか」 


 パックはそう言って俺たちの間に入ってきた。


「それは伝える必要ないと思うんだが……」

「いや、中途半端なのはよくない。一緒に旅をするならこっちの目的を伝えないと」


 そもそも『このこと』については俺自身もまだ信じきれていない。でもパックの言うことなのだからあながち間違っていないのだろうとは思っている。


「これは正直俺も半信半疑なんだけどな。どうやら俺の寿命はそう長くないらしい」

「へっ?」


 マリーは気の抜けた声を出した。突然なにを言い出すんだみたいな反応をしている。その気持ちもわからなくはない。俺だって他人にいきなり「もうすぐ死ぬんだ」とか言われてもどう返したらいいかわからない。


「正確にはいつ死んでもおかしくないって感じかな。1ヶ月後かもしれないし1年後かもしれない。もしかしたら10年後かもしれない。ただ明日にも死ぬとかそういうことはないらしいから安心してくれ」

「ちょっとどういうことなのよ!」

「まあまあ落ち着きなよ。詳しいことはボクが説明するよ」


 パックによると彼には魂が見えるらしい。そして、俺の魂は前世の記憶が残っている影響か人間の形をしているそうだ。器はオーク、中身は人間。この不安定な状態がいつまでたもたれるかはパックにもわからない。こんな状態の生物は初めて見たからだそうだ。

 

「つまり、器と中身が一致していないのが問題なのよね?」

「その通り! それならどちらかを正しいものにしてしまえばいいというわけさ」

「そんな魂か身体を作り変えるなんて、まるで神の御業だわ……。――――まさか!?」

「おっ、気づいたかい? それを可能とするものがこの世には2つあるのさ」

「邪神と賢者の石……」


 邪神とはおよそ1000年前に現れた凶悪な悪魔である。動物を魔物に、ヒトを魔族に作り変えるという魔法を生み出してしまった。それのせいで神々の怒りを買い、神々と争うことになったのだ。

 しかし、神々は直接この世界に干渉することを自ら禁じてしまっている。そのため実際に戦ったのは勇者と呼ばれる人物だ。

 勇者は並み居る魔物や魔族をなぎ倒し、邪神との一騎打ちに持ち込んだ。そこで神から授けられた賢者の石を使って邪神を封印したという。

 これ現在伝わっている勇者物語だ。

 

「そう、ボクたちは邪神封印の地、ンガイの森を目指しているのさ」


 ンガイの森は海を越えた先、隣の大陸にあるという。詳しい場所も実際に行ってみないとわからない。そもそもこの物語だってかなり昔からあるみたいだし、どこまで正しいかはわからない。それでも俺はパックのことを信じたいと思っている。この世界で初めての友達だからな。

 

「まあそこまで重く受け止めないでくれ。おとぎ話をたしかめに行くってのも普通の人からみたら無謀な冒険だし。何より俺はこうして元気だからな」

「ひどいなあ。ボクの話を信じてないのかい?」

「そんなことないって。そこまで重く受け止めて欲しくないってことだよ」

「…………」


 そう言えばさっきからマリーは黙り込んでしまっているが大丈夫だろうか? 俺達の話に呆れたのか、それとも命に関わる重い話だから引いてしまったのだろうか。

 

「えっと、マリー、さん……?」


 マリーの様子をうかがおうと振り返ると、マリーは突然顔をあげて両手を掴んできた。


「うお!?」

「すばらしい、なんてすばらしい話なの! あの勇者様の軌跡を追う旅だなんて。ぜひ、ぜひ一緒に行かせて!」


 ぐいぐいと迫ってくるマリーに困惑しっぱなしの俺。というかマリーのお手ての感触が、感触があああああああ。それに至近距離で話しているせいでどこからともなくいい香りが……。

 はっ、いかんいかん。こんな森のなかで興奮している場合じゃない。しっかりするんだ。

 この方法は取りたくなかったがいたしかたあるまい。俺はオークの裸を思い浮かべることで冷静さを取り戻した。

 

 マリーの話をまとめると、どうやら勇者の物語に憧れたのが家出の原因らしい。里の外部から持ち込まれた勇者の絵本を大層気に入ったマリーは、自らも勇者になるべく特訓を開始した。その結果、里の子どもたちの中では敵なし、大人たちともいい勝負ができるようになったのだ。そこで外の世界へ出たいと両親に申し出たのだが、両親は激怒。部屋に軟禁されてしまったのだとか。

 

 エルフの里は閉鎖的だ。その点においてはオークと似てるかもしれない。そんなことをエルフに言ったら怒るだろうが……。

 エルフは揃いもそろって美形が多いため人間に誘拐されることがあった。そのためエルフたちは外部との接触を断ち、森の奥深くに引きこもるようになってしまったのだ。現在では部分的な交流も始まってはいるが、いまだ許可された一部の人しか入ることはできないという。マリーの絵本はそういった商人が持ち込んだものだろう。

 

 そして、軟禁生活に嫌気がさしたマリーは家出を決意。夜、寝静まった頃に脱出したのだ。

 その後は森の中をあてもなくさまよい、偶然オークの集団に遭遇。戦闘で負けてしまい連れ去られた集落が俺たちの集落だったというわけだ。

 

「な、なるほど。事情は大体わかった。とりあえず、その、手を離してくれないか」

「えっ、……。きゃああああああ」

「シーッ、静かに! 獣とかが寄ってきちゃうだろ」


 マリーは自分の手を見つめながら何やらぶつぶつとつぶやいている。目が虚ろで正直怖い。

 しばらくして折り合いがついたのかマリーが声をかけてきた。


「なにもなかったわよね?」

「えっ」

「な、に、も、なかったわよね?」

「は、はい!」


 マリーさん、笑顔が怖いです。


 

 そんなこともありつつ俺たちは1日中歩き続けた。しかし、さすがに日も暮れてきて危ないので野宿することにしたのだ。


 飯に関してはそのへんの野草や木の実、あとは例のごとくマリーが仕留めてきたうさぎを食べた。俺も狩りは得意なんだが罠を使うことが多いため時間がかかる。罠の材料もない現状、肉の調達はマリーの独壇場だ。

 

 そしてマリーが強固に主張したため、今回は交代で見張りを立てることにした。最初は俺が見張りをして、途中でマリーに交代するという流れだ。パックは見張りなんてやってくれるわけもないので数には入れない。


 正直この提案はありがたかった。昨日は一睡もしていないから、いい加減眠気が限界に達していたのだ。ちなみに、最初に見張りをすることにしたのは、一度寝たら起きれる気がしなかったからだ。


 焚き火を絶やさないようにしつつ、じっと交代の時間を待つ。このあたりは朝と夜の寒暖差が激しいので結構寒い。眠気と必死に戦う俺にはその寒さがありがたかった。



 ちょうど薪を追加したところで交代の時間になった。俺はマリーを起こすためにテントへと向かう。ちなみにパックは木の上で特製のハンモックに入って寝ている。小さいから持ち運びにも便利だ。


 眠気で朦朧としながらもテントの前にたどり着いた。


「おーい、交代の時間だぞ」

「…………」


 中から返事はない。どうやらぐっすり寝ているようだ。


「……困ったな」


 さて、この場合どうやって起こしたものか。あまり大きな音を出すとパックが起きてしまうし、何より魔物や獣をおびき寄せてしまって危険だ。水をかけるわけにもいかないし、ここは揺すって起こすしかないだろう。


「これはしょうがない、うん、しょうがないよな。起きないマリーが悪い」


 俺は自分に言い聞かせながらテントの中に入った。狭い空間に女の子独特の香りが充満している。嗅覚へのダイレクトアタックによって俺の理性がガシガシと削られていく。


「いかん、このままだと理性が吹っ飛んでしまいそうだ」


 眠気、疲労、マリーの香り、色々なものが混ざりあって俺は爆発寸絶だ。

 そして、いよいよマリーの肩に手をかけようとしたそのときだった。


「――い、いやっ!」


 俺は完全に固まった。まさか起きていたのか!? これは俺が寝込みを襲ったと勘違いされたのでは!?


 なにか言い訳をしようと焦っていた俺だが、どうもマリーの様子がおかしい。

 暗闇の中、よく目を凝らしてみるとマリーの目は閉じている。どうやらさっきのは寝言だったようだ。


 さらにじっとしていると、マリーが悪夢にうなされていることがようやくわかった。オークの集落で襲われそうになったときを夢に見ているようで、「来るな……!」、「やめろ、この豚どもめ……!」とうわ言をつぶやいている。


 俺は冷水を浴びたように全身の熱が引いていくのを感じた。まだ大人にもなっていないのに、あんな目に遭って平気なわけがない。平然とした様子でいるから勘違いしていたようだ。


「た、たすけて……」


 消えてしまいそうな声でささやくのを俺は聞き逃さなかった。なにかできることはないのか。この苦痛をやわらげることはできないのか。

 そんなことを考えているうちに、俺はマリーの手を優しく握りしめていた。


「大丈夫だ。俺はここにいる。助けを求められればいつ、どこへでも助けに行く」


 マリーへ誓いを立てるかのように言葉をかけた。寝ているマリーへこの言葉は届いていないだろう。それでも、少し表情がやわらいだ気がした。


 マリーが落ち着いたところで俺は外へ出た。パックを起こしに行くためだ。


「おいパック、起きろ」


 容赦なくハンモックを揺らして叩き起こす。


「て、敵襲!?」

「そうじゃない、マリーを起こしてきてくれ」

「そんなことのためにボクを起こしたのかい? いくらソータでも怒っちゃうぞ」


 そもそも見張りに参加していないパックに怒られるのは少し癪だが、ここは我慢だ。


 しばらくして、俺の殊勝な態度のなにか感じ入るところがあったのか、パックは怒りを収めてくれたようだ。


「しょうがないなあ、借り1つだよ」

「街に着いたら甘いものをごちそうするよ」

「やったー、絶対だからね」

 そう言ってパックはテントのほうへむかって行った。


 そもそもパックに起こしてもらうように頼んだのはマリーへの配慮だ。夢の中でうなされていた対象のオークが、起きた瞬間目の前にいたら気分を悪くするだろう。かと言って起こさずにそのまま俺が見張りを続けたら、真面目な彼女は気に病むに違いない。そこでパックにお願いしたのだ。


 しばらくしてマリーが起きてきた。俺に対してなにか言いたそうにしていたが、無言で見張りを交代した。俺としては恥ずかしい誓いをして顔を合わせにくいので助かったが。


 なお、マリーの残り香でまったく眠れなかったのは言うまでもない。

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