翔は悩んでいる
「ったく最近さー、家に変な人が住み始めてさー、しかもそいつ、
何もできないくせに妙にプライドが高くて共同生活がおくれるような奴じゃないんだよ。
この前もさー…。」
そう、あれは一週間前の夕方のことである。
「洗濯物たたんでおいてね。俺はトイレ掃除しておくから。」
「洗濯物のたたみ方など知らん。」
「じゃあ俺が教えるから。」
「ふんっ!お前が俺に物を教えるなど百万年早いわ。
そもそもそのような雑用、俺はやる必要がない。すべてお前がやっておけ。」
話し終えると、また、そのときの苛立ちが蘇ってくる。
ったく、人の家に厄介になっているというのにあの態度は人間としてどうなんだ?
「…という訳だ。あいつの性格って絶対共同生活に向いていないんだよ。
で、結局あいつは何もせずに、すべて俺に押しつけられるんだよ。」
こうして俺が不満を言っているとき、静乃はというと、
さも聞いているのが面倒だといわんばかりの表情で他人言のようにそして不思議そうに言った。
「ヘー、それは大変ね。それにしても何でそんなことになったの?」
「父さんが、家がないらしいからウチで預かることにしたらしいんだよ。」
「ヘー、あなたのお父様は相当のお人よしなのね。」
静乃は父さんのことを少しひいたように言った。
この野郎、家族をばかにしやがって!許さん。
…あ、今の俺って結構親思いのすばらしい子供なんじゃないの。
そういう訳で一応父さんをフォローしておく。
「まー、そこが父さんのいいところでもあるんだけどな!」
「そーですよねー。翔くんのお父さん、
困っている人を助けずにはいられないなんて正義感の強くていい人じゃないですかー。」
「それよりここは自習室よ、勉強しておきましょうよ。」
「そうか、じゃ、俺は宿題終わったんで帰るよ。」
「えー、もう終わったんですか。けっこう難しくててこずっているんですけどー。」
いや、入学したばっかりで基本しかやってないからそんな難しくないだろう。
いや、自分ができるなどとつけあがってはならない。そう、俺にとって謙虚は最大の美徳なのだ。
「宿題なんて私も終わっているわよ。終わったならプラスαで勉強しなさいよ。」
「相変わらず静乃は真面目だな。俺は宿題だけで十分だよ。
俺は静乃みたいにプラスαの勉強はするつもりはない。トップには興味がない。」
「ヘー、あなたのその努力している人を小バカにするような態度、少し腹立たしいわね。
今日はもう帰るわ。」
そう言って不機嫌そうに静乃は教室を早歩きで出ていってしまった。
あーあ。悪いことしちゃったな。
静乃はプライドが高かったからなこういう態度は腹が立つに決まっているよなー。
「いいんですかー。やっぱり仲直りした方がいいんじゃ…。」
「そーだな。あいつは誰よりも努力しているからな、
勉強においてもスポーツにおいてもな。
やっぱりあの態度はまずかったな。次の日にでも謝っておくよ。」
そーいえば昔からそうだったよな。
なんかあいつは俺に張り合ってくる節があるんだよなー。
やっぱり人一倍努力しているあいつにとっては、俺のやっていたこと、
そしてこれからも続けていくであろうそれが気に食わないんだろうな。
「うん。それがいいですよー。」
そのあたりでバス停に着いたので、会話はそこで打ち切り別々に帰ることにした。
「じゃあ俺はここなんで、また明日な。」
「はい、また明日一。」
佐々木さんと分かれて、5分位歩くと家だ。
何も考えず、いわゆる思考停止状態で歩いているとあっという間に家の前だ。
「ただいまー。」
そう言うと部屋にもどろうとする。
ああ…部屋にいくとまたあいつがいるんだろうな…。
まー、初日よりは多少打ち解けた感じはするけど…。
「ただいま。バイオレーンズ。」
「よう、帰ったか。早速だが、インターネットを使いたい。
このパソコンの使い方を教えてくれ。」
「へいへい。」
まあ、面倒だが、これからいつまで共同生活をおくることになるか分からんからな。
仲良くしておけるものならそうしておいた方がいいだろう。
こいつ、雑用こそは俺にすべておしつけてやらんが、
必要だと思ったことには自分でやろうとしているからな。
ま、俺は頼られて嬉しくないわけではないのだ。
「…とまあこんなものだ。分かったか?」
「おう分かった。感謝するぜ。」
「じゃあ俺は勉強しなくてはならないんで、邪魔するなよ。」
「お前の邪魔して何になるっていうんだ?
俺は自分のためにならないことには基本ノータッチだ。」
共同生活してもう1ヶ月たつってのに、相変わらず憎まれ口なのは変わらんな。
まあ、こいつがいて俺に増えた負担といえば、
こいつと仲良くするということだけだからな。別に構わんが。
「しかしお前は毎日毎日机について勉強してんのな。
弟もそんな感じで毎日なんかいろいろやっていたねー
…ま、俺は努力なんてしたことなんてさらさらしなかったがな。」
お前はだめ人間だったんじゃねーか。
あー、これって静乃が一番嫌いなタイプだわー。
弟がいるらしいけど、そいつもこんな兄もってさぞかし迷惑してたんじゃないのかー?
「俺にはいわゆる才能っていわれるものはないからな。
努力するしかないんだよ。他人に努力している姿を見られるなんて、
努力をひけらかしているようで嫌だったんだが…共同生活をおくっている以上は仕方ないな。」
「ヘー、俺にはよく分からん世界だな。」
「………」
「そういえば今日は中間テストの返却だわね。自信はあるかしら?」
「さーね。どうだか。」
いやな時期が来たよー。
テスト返却がいやになってしまうなんて、3年前の今ごろは思ってもいなかっただろうなー。
「おいみろよ、あれが中間テスト総合点トップの白井さんだよ。」
「本当だ!頭脳明晰、スポーツ万能、おまけに美人で可憐、
これぞ完璧美少女って感じだよなー。」
さすがだな。中学の頃もこんな感じで静乃ファンみたいなのいたよなー。
長いことつきあってるからあまり気にしたことないけど、
顔もけっこうととのっている方だろうしな。
そりゃ一男子からも人気でるわ。…でも女子の方は…まあ、考えすぎか。
「さすがだな。今回もいつも通り安定の1位だな。良かったじゃん。」
「あなたは…どうだったの?」
やはり、毎回テスト返却時にはこういう微妙にやりづらい空気なんだよなー。
「俺は…318人中…151位って感じかなー。」
…気まずい…って、静乃、これは子が親に成績表を見せるときの雰囲気だよ…。
普通、学生同士の成績に関する会話ってもう少し楽しい雰囲気でするものなんじゃ…。
「えっ、静乃さんたちって頭良いんですねー。」
「佐々木さんはどうだったの?」
「私は…、まあ、秘密ってことで…あはははは…。」
まあ…これで少し場は和んだ…かな…?いや…やっぱ無理か。
「やっぱり…あなたのそういうところ…嫌いだわ。
あなた本当は私なんかよりもずっとできるでしょ。
自分より格上の相手に手加減されるっていうのはなんというか…
悔しいっていうか気持ち悪いのよ。本気でやっている私が馬鹿みたいじゃない!
…お願いだから…本気でやってよ。」
静乃のその表情はいつものように怒っている…というよりは、
目に涙を浮かべながら悲しそうな表情をしていた。
このことで怒っている静乃は今まで何回も見てきたが…
今回でさすがに我慢ならなかったのだろう。
この前のこと、謝るタイミングを完全に失ってしまった。
やっぱり俺が変わるしかないのか…。いや、無理だ…。
「いや、お前のことを冷めた目でみて馬鹿になんてしていないし、
むしろ尊敬している。気を悪くしているのなら毎度のことごめん。
でも俺は…お前の期待にそうことはできない。悪い…。」
「そう…仕方のないことなのかもしれないわね…。でも残念だわ…。」
そう言って静乃はゆっくりとその場から立ち去った。
「え…いったいどうしたんですか…。
なんでテスト返却でこんな空気になっちゃったんですか。」
「まあ…昔からいろいろあってね…。」
俺は無理矢理笑顔をつくって佐々木さんに対応する。
しかし、場の空気は最悪だ。
自分のせいで本来無関係であるはずの佐々木さんには、
変な気を使わせてしまって申し訳ない限りである。
「すまないが、今日は1人で帰らせてくれないか。」
さすがにこの空気で2人で帰れば過去を詮索されかねない。
そして何より、今は1人でいたい気分なのだ。
「そうですね。では私は少し自習してから帰リます。
テストの成績悪かったし、復習しなきゃですね。」
そう言う佐々木さんはあくまで笑顔。
しかし、その笑顔はいつも俺たちに見せるものとは完全に別物だ。




