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平穏主義者の活動録  作者: ペーパードライブ
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かけがえのないもの

 気付いたとき、俺は病院のベッドの上で横たわっていた。


 「目が覚めたか…。」


 ベッドの横の椅子に座っていたバイオレーンズが、俺が意識を取り戻したことに気付いた。


 「俺は…。」


 何故ここに?その経緯を思い出そうとすると脳裏にフラッシュバックしてきた。空中で動かないインテリージェン。コンクリート壁に無数にあいた穴。そして、腹から腸や内臓とともに大量に出血し、倒れていた静乃…。


 「うっ!」


 思い出すと吐き気を催してきた。そうか、俺はあの時…。


 「大丈夫か?」

 「大丈夫…、俺は大丈夫だ…。」

 「それより…、静乃はどうなったんだ?」


 俺は時間がたったからだろうか、前よりは冷静に聞けるようになっていた。


 「…、はっきり言うぞ。」


 静かにバイオレーンズに意を決したように言う。


 「静乃さんは…、病院で死亡が確認された…。」

 「そうか…、やっぱりか…。」


 俺は不思議とその事実を冷静に受け止めることができた。心は悲しみであふれているものの、涙は出てこなかった。あの時流し尽くして枯れてしまったのだろうか。


 「すまない…、俺が巻き込んでしまったばっかりに…。」

 「いいんだ…、いいんだ…。」


 バイオレーンズは再度俺に深々と頭を下げる。それを俺は、冷静さを取り戻した今だからこそ、心の底に形容しがたい複雑な感情がうずいているのを、彼を責めてはいけないという理性で必死に抑えることしか出来なかった。


 「…、奴は、インテリージェンはどうしたんだ…。」

 「あいつも…死んだよ。いや…、この俺が…、殺したんだ…。」


 下を向いてバイオレーンズは言う。肩がふるえ、下唇をかみしめている。人を殺し、自分の命を狙っていたとはいえ、実の弟だ。彼だって、実の弟を本当に殺すことになってしまったことは不本意で、さぞかし辛い決断だっただろう。


 「でも…、これで良かったんだよ…な。これで…。」


 バイオレーンズは立ち上がると、病室を後にした。




 退院すると俺の部屋に手紙がおいてあった。そこにはこう記されていた。


 影路翔様へ


 今まで世話になったな。この世界に来た当初はどうなることかと思ったが、この家に厄介にならせてもらったおかげでずいぶん助かった。そして、ここでの生活は俺にとって新鮮でとても楽しかった。

 さて、突然だが俺はここを去ろうと思う。お前には散々迷惑をかけた。俺がここにいると、弟みたいな奴がまた襲ってきたりしたりするかもしれない。向こうの世界で俺は多くの者から恨まれるようなことをしてきたからな。そういうわけで、もう会うことは無いだろう。今までありがとう、そして、さようなら。

 

                                                               バイオレーンズ



 「ばかやろう…、お前まで居なくなってしまったら…、失ってしまったものが多い中、唯一手に入れたものまで無くなってしまうじゃないか!」


 俺は手紙を読み終わると、涙をぼろぼろとこぼしている自分に気付いた。彼は彼なりに俺のことを気遣ってくれたのだろう。


 そして手紙の通り、それ以来、バイオレーンズが俺の家に戻ってくることは無かった…。



 俺にとっては重大すぎる事件だったが、街にとっては、彼らが主に空中で戦っていたのが幸いしてか、被害はコンクリート壁にあいた無数の穴だけだった。


 空高くだったので二人の戦闘もまわりの人間のほとんどにはただの飛行物体にしか見えなかったようで、一部の人間にだけ少し騒がれる程度だった。


 静乃の件はあの傷口に見合う凶器が見つからず、警察からしても迷宮入りは明らかだったようだった。静乃の両親は、娘の死をおおっぴらにしたくないらしく、学校側には転校ということで知れ渡るらしい。彼女の死を知る唯一の学校の人間である俺には、彼女の両親から転校ということで話を合わせてもらうようお願いされた。

 

 そして、学校で輝かしい成績を修めていた静乃の抜けたことは、生徒や教師の間ではそこそこ話題になったものの、時間が立てばそれらは次第に忘れ去られていった。


 それからは俺以外のすべての生徒にとってはほとんどいつも通りの学校生活を送ることとなった。



 「今日から二年生ですねー。今年も同じクラスですねー。よろしくお願いしますねー。」


 バスに乗っているとしばらくして佐々木さんが乗ってきた。ここでは俺の座っている二人席は…、いつも通り…、一人分空いていたので俺のとなりに自然と彼女は座る。


 「うっくく…。」


 俺はうつむいて、自然と目がうるんで少し声が出てしまった。それに気付いて俺に静かに語りかける。


 「静乃さんの分も頑張って、楽しみましょう…。」


 俺はそれからしばらく、顔を上げることも、しゃべることも出来なかった。

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