逆襲
バイオレーンズが例の女と一緒にバスを降りて行ったのは一瞬の出来事だった。
本当、よくあんな状況で犯人を名乗り出て、
挙げ句の果てには、すべて自分のペースに持っていけるものだ。
小心者の俺には絶対無理。
場の空気を完全に支配していたバイオレーンズがいなくなったせいか、
バスの中の雰囲気は微妙なものになっていた。
それと、窮地を脱した俺は安心感を得ることができた。
しかし、それは同時に、静乃にされた行為によるショックを思い出させるということでもあった。
静乃の顔が見れない。怒りでではない、恐ろしくて見ることができないのだ。
今まで仲が良いとまではいかなくても、ここまでされるほど恨まれてはいないと思ったのに…。
近くに静乃、そしてさっきまで俺を犯人扱いしていた乗客がいる状況に息苦しさを感じる。
その息苦しさに潰されてしまいそうになり、
まだ自分のいつも降りるバス停ではないがとっさにバスの降車ボタンを押してしまう。
思いの外バス停は近かったみたいですぐに停車した。
皆から逃げるように体をちぢめて急ぎ足で降りる。
そこで静乃も俺も別れの挨拶をすることはなかった。
バスに降りた二人は対面している。
「ふーう、さーて、俺を警察署にでも連れていくのかい、イ・ン・テ・リー・ジェ・ン・く・ん・よー!」
勝ち誇ったような顔で相手をあからさまに煽っているのはバイオレーンズ。
手を首の後ろでくんで相手を見ている。そしてそれを笑顔で受け流している相手の女。
するとそいつはポケットに右手を突っ込みその数秒後、
体格・髪の毛・服・顔が瞬時に変わった。
金髪でスタイルもそこそこ良く、ギャルっぽい感じの女からの変化先は
少々やせていて紫がかった黒髪を持つ小柄な青年であった。
風貌が変わっても笑顔だけは全く変わらない。
「ヘー、あなたが乗っていたのは少し意外でしたね、兄さん。」
「残念だったなー、翔をはめようとしたのはどうやら失敗しちゃったようだなー、
邪魔な翔を警察に拘束させられなかった訳だし!
全く、卑怯な手を使うからこーなっちゃうんだよ!はーははははは!」
「何を言ってるんですか、兄さん。
僕はそんな彼をはめようなんて卑怯ことしませんよー。
彼が痴漢をしたのは事実ですよー?
僕は、痴漢をするような人間は警察に預けた方が世の中の為になると思っただけですよー。
それがたまたま彼だったって事ですよー。世の中的には紛れもなく僕が善で、彼が悪ですよー!?」
兄が煽るのに対し、弟も煽り返す。やはり兄弟、似ている点もあるものである。
だが、インテリージェンの発した言葉にバイオレーンズの余裕の表情は一変、険しいものになる。
「おい……、嘘をつくんじゃねーよ…、あいつにそうさせたのはお前だろうがー!」
バイオレーンズは感情を露わにし、手を首の後ろからはずして下に降ろし、
インテリージェンに対して怒鳴りつける。
なお、それでもインテリージェンはにっこりとしたまま余裕の表情を一切崩さない。
「俺は見てたぞ、あいつは自分の意思でやったんじゃねー。
あの静乃とかいう女に無理やり何も知らないままやらされたんだ。
そして、あの女の行動はお前の指示に…」
「言い訳ですかー!兄さん。」
バイオレーンズが話し終わらない内に、それを大声でインテリージェンは遮る。
バイオレーンズの方はその声に圧倒され、押し黙る。
「ま、いいや。話はそれますが兄さん、あなたは敵対民族を征服するときその征服手段を気にしました?」
「…ふん、お前みたいに作戦にこだわって結局成果を上げられないなんて馬鹿なことはしない。
大事なのは手段ではない、結果だ。」
バイオレーンズは静かにそして素っ気なく話した。
自身のことを批判されていたにも関らず、
インテリージェンはにやっと不気味な笑みを浮かべ、すぐにもとのにこやかな笑顔へと戻った。
「そんな結果だけを重視するあなたが、何故彼のことになると急にプロセスを重視しだすんですか?
おかしな話ですねー。彼は痴漢をした。これは揺るぎようのない結果です。
兄さーん、自分の考えに一貫性を持たせましょうよー。
説得力がないんですね、低脳さんは!」
「……てめえ…。」
インテリージェンは穏やかに話しているものの、言っている事は相手を苔にする内容である。
いつもなら必ず相手に殴りかかっていっていたであろうこの状況においても、
バイオレーンズは下を向いて肩をふるわせながら挙を強くにぎりしめ、黙っているだけであった。
「あなたがここに来るのは予定外だったので今は殺しません。
ちゃんと目的も果たせましたし…一旦退散しますよ。ではまた、にいーさん!」
インテリージェンは最初からの笑顔をまったく崩さず、歩いてその場を去っていく。
それを追っていくこともなくバイオレーンズは未だにそのままの姿でじっと動かずにいた。




