青天の霹靂
目の前に突きつけられた現実を理解することのできた俺は、冷静になろうとする。
いや、こんな状況で冷静になどなれるものか。
え、今の静乃がわざとやったのか…。いやそうではない。
何故かは分からないが、静乃は俺の手を握っただけだ。その…はずだ…。
この女の尻に当たったのはたまたま…。
必死に、そして自分でも無理やりな考え方をしていると分かってしまう。
「静乃…。」
女から目をそらすように静乃の顔をみようとする。
その時の俺の顔は我ながらかなり情けなかっただろう。
正直、今は表情をつくる余裕がない。
しかし一方の静乃は俺に背を向けて俯いていた。
果たして静乃は今、どんな顔で何を思っているのだろう…。
「ちょっとよそ向いてんじゃないわよ。謝んなさいよ。それとも警察行くの!?」
この女のでかい声のせいで俺にバスの乗客全員の視線がそそがれる。怖い。
ほとんどが俺にゴミを見るような軽蔑の視線を送っていて、
一部の大人が野次をとばしている。
近くにいる大人の男なんて今にも俺を警察に連れていきそうな感じで取り囲んだようになっている。
「…いや!俺は!…。」
「何よ!何か言いたそうね。あなた自分のおかれている立場分かってんの!?」
「そうだ!兄ちゃん!ほら!ごちゃごちゃ言ってないでさっさと警察いくぞ!」
「く、…!」
くそ、くそ、くそ!俺は何もやっていないのに。
ここでは俺が何言っても言い訳をしているようにしか聞こえないじゃないか!
「俺、は!…。」
「すいませんでしたー!」
その男は片手を真上にピン!と上げて、
女をはさんで俺と反対のサイドから、俺の声、さらにはバス内に飛び交う野次や怒号を一踏するような大きな声を放った。
「すいませーん、犯人、俺だぜー。そいつじゃないぜー。」
「え……。」
あまりの驚きに頭の中が真っ白になった。え、どういうこと。
だがおかげで俺から皆の視線は外れた。
恐怖が少し和らいで精神的余裕が出来たので少し脳をはたらかせることができた。
えーと、あいつほんとに痴漢したのか?それとも俺をかばって…。
取りあえず誰が言ったのか見てみることにした。…って、あれ?
あいつ、バイオレーンズじゃん!何でここに!?っていうか…何で?
「本当かよ、兄ちゃん、とりあえず謝れよ。そして警察に行こうか。」
冷静になって考えると特にこのおっさんうるさいな。
だいたい部外者は黙ってろよ。
お前みたいな奴がいるから無実の奴が周りの圧力に負けて冤罪になってしまうんだよ。
まあ、俺の場合は自分の意志ではないにせよ、認めたくはないが、
結果的には痴漢になってしまっているし、何とも言えないんだけど…。
「うるっせーんだよ、お前はよー!お前は関係ねーだろーが。
それとも何か?実はお前が痴漢したから罪を他人に押し付けるために
そこまで必死にしゃしゃりでてんのか、あー!」
「……。」
そのうるさいおっさんは、バイオレーンズの圧倒的な気迫に押されてか、
はたまた自分に痴漢の容疑がかかるのを恐れたのか急に黙って引っこんだ。
全く、バイオレーンズの奴言ってることめちゃくちゃだな…。
でも、そのおっさんが悔しそうに引っ込んだのは何がスカッとした。
「周りのお前らもごちゃごちゃ口出すんじゃねーぞ。これは俺らの問題だ。
じゃ、続きを話そうか。俺を警察署にでも連れていくなり何なり好きにすればいいぜ。」
「いや、私はその男に…」
「え、何、警察行くって?まあ行きたくねーけどしょーがねーな。
自業自得だし。おーい運転手さーん、降ろしてー!」
バイオレーンズはその女の言おうとしたことを掻き消すように
わざとらしく周り全員に聞こえるように大声を張りあげて言った。
そして周囲の人間に何一つ口出しさせずにあっという間に
その女と一緒にバスを降りていった。
その女は不満そうにしながらもバイオレーンズの勢いにおされて仕方なく…といった具合だ。
全く、これじゃ完全に頭いかれた奴じゃないか、バイオレーンズ…。でも、ありがとう…。




