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平穏主義者の活動録  作者: ペーパードライブ
11/24

取り戻した日常

 「いってきまーす。」

 「いってらっしゃーい。」


 家の鍵を締め、ここ一週間よりも軽い足取りで家を出てバス停まで向かう。


 昨日のこともあってか、

いや、もろ昨日のことが原因で俺は少しうれしくなっていた。

 だって、静乃から本当の優しさみたいなものが俺に向けられていると思ったんだもの。


 俺だって人間だ。外面はクールに徹していても、中身はまた別だ。

 そんなことを思いながら歩いていくとバイ停に着いた。そこにはすでに静乃が立っていた。

 声をかけようか一瞬ためらうが、何とか口を開く。


 「よ、よう、おはよう。」

 「あ、あら、お、おはよう。」


 俺は静乃にあいさつをする。

 何だか少しどもった感じのあいさつになってしまった。


 ここ一週間も、バス停で毎日会っていたので

一応あいさつぐらいはかろうじてしていたのだが、本当につらかった。


 声をかけても俺の方を無表情な顔のままでちらっとこちらを向くだけで、

その後何事もなかったかのようにこちらを無視し続けるのだから。

 美人が無表情な顔を向けてきたときの怖さは本当に異常だ。


 まあ、あれは自業自得というもので仕方が無かったのだが…。

 しかし今日は良かった。


 声をかけられた静乃は動揺したのか、肩を一瞬びくつかせこからこちらを向いた。

 だが、こちらを見た瞬間、言っている最中にも関わらずすぐに自分の足元に目線を落とす。

 それを見て俺もつい静乃から目線を逸らしてしまう。


 やはり、昨日までほとんど全くといっていいほど喋らなかったので、

仲直りしたとはいえ、すぐには前のように何も気にせずにべらべら話すというのには無理がある。


 それ以上は俺も静乃も口を開くことなくただただ気まずい時間が過ぎていった。

 そうするうちにバスが来たので乗り、二人席に静乃が窓側、俺が通路側に腰掛ける。


 となりの席に静乃が座っているというのもいつもと変わらない。

 だが、昨日まで重たく険しい雰囲気であったこの状況も今ではそうでもない。

 

 昨日、実は静乃は俺のことも考えてくれていたと改めて知った。

 それによってジレンマに悩んでいた俺の心に余裕ができたのだ。

 だが、気まずさは依然として存在している。

  

 窓側の席に座っていた静乃は、相変わらず俺の方には一切顔を向けず、窓の方を見ていた。


 やはり昨日言ったことを少し恥ずかしがっているのだろうか?おそらくそうであろう。

 自分の言動を後から冷静に考えてみると、

「俺なんであんなこと言ったんだよ!」と恥ずかしく思ってしまうことがよくある。

 

 え?なんで人の気持ちが分かるかって?

 それはな、俺も昨日言ったことを今、恥ずかしいと思っているからだ。


 昨日は静乃の思わぬ優しさに圧倒されて、

 つい、くそ真面目な口調で「努力する。」なんて言ってしまった。

 人前ではクールに徹することを信条としてきたのに…!


 まあ、あの状況ではああ言ってしまう。

 むしろ、そこでもクールに徹して、

勇気を振り絞って言ったであろう静乃の提案をはねのけようものなら、

それは人間として最低だ。


 それに俺の感じている恥ずかしさなど静乃のそれと比べれば大したことはない。


 ではやはり、この気まずい雰囲気を打破するためには俺から話しかけるべきだろう。

 正直何から話せばいいのかさっぱりである。

 しかし、このまま時間を過ごしても俺だけでなく静乃の方もますます気まずく感じるはずだ。


 一歩を踏み出せ、翔!たかが相手に話しかけるだけじゃないか!


 「あ、あー、えー、き、昨日はありがとうな。協力してくれるみたいなこと言ってくれて。

あ、あのー、その、なんだ、今までまわりからの非難におびえて、逃げてて…、

だけど、俺、それら全部から逃げずにやってみることにしたから。」


 「えっ、あ、うん。」


 会話はぎこちない。そりゃー、昨日のことをまた話し出すとこうなる。

 思わず目を静乃の顔からそらしたくなるのを必死で抑えながら真剣に話す。

 一方の静乃の方は、未だに下の方を見たまま、話を聞いている。


 「その、だから、たとえ俺が非難されることになっても、俺をかばう必要はない。

俺をかばってお前にまで風当たりが強くなったりしてもその…あれだろ?

俺は単純にお前の厚意がうれしかった。だからやることにした。

だからその…、もう一度言うけど、ありがとう。」

 

 ところで、なぜ、気まずくなるのを分かっていながら昨日の話を持ってきたかだが…、

静乃に感謝を伝えたかったというのもある。


 だが、それ以上に女の子に恥ずかしく思わせたまま過ごさせるなんて駄目だろ?

 ならば俺が心の底で思っていることを本気で暴露して

さらに恥ずかしさの上書きをするのが一番だ。


 「何を本気のことを言っているの。馬鹿なんじゃないの?

実力通りの結果を出すなんて当然なんだけれど、今さらなんなのかしら?」


 俺が話し終えると静乃は俺の方を向いた。

 そして片手を口の前にやり、薄ら笑いながら俺を罵倒する。


 ほらな、いつも通りに戻った。作戦成功だ。一件落着。

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