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全能の耐性持ち 〜でも不幸耐性はありません〜  作者: 月の旦那
第一章 健康な家畜
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家畜の情報収集と渇望の涙

 廊下に出ると、すぐそばの窓ガラスを背にして立った。

 冷たい窓が喧騒の後の熱が冷めていくようで心地いい。


「で、本当に忘れたのか?」

「えっ?」

「だから、本当に記憶が飛んでるのかって聞いてるんだ」

「う、うん」

「はぁ……何を忘れたんだ?」


 隣に立つNo.013が高圧的に聞いてくる。身長が自分よりも高いせいか、ちょっと、いや、かなり怖い。

 これは日常会話をしながら情報を引き出すのは難しい雰囲気だ。危険だが、少し踏み込んだ質問をするべきか。認識の差異を確認するにはちょうどいい。


「あー、ちょっといいかな?」

「何だよ?」

「いろいろ忘れてるみたいだからさ、ここでは当たり前のこととかも忘れてるかもしれないんだ。例えば、魔族の人の前では言ってはならない事とか」


 No.013が廊下の左右を見渡す。どちらも人の気配はない事が分かると、声を潜めた。


「……今なら大丈夫だ。来る前に済ませろ」

「ありがとう。じゃあ、ここでは人間が魔族に飼育されているんだよね?」

「あぁ、そうだ。それは覚えているんだな」


 No.013が安堵したように息を吐く。説明が省けたと思っている様子だった。


「ここでは二種類の家畜がいる。食肉や皮革にされる二等家畜の通常加工用家畜プロセス。俺たち一等家畜の商標入り家畜ブランドナンバー

「商標入り家畜?」

「No.を与えられた最も品質の良い二等家畜だ。より良い品質にするために二号館での生活を約束され、一等家畜はより手間をかけて育てられる。その分かなりの金も掛かっているから、当然、買い手は金持ちの魔族だ」


 手間暇かけて育てた家畜。いわゆるブランド商品か。

 大概の消費者は金より質で選ぶから傷があるだけで買い手が減る。金持ちの貴族なら尚更質のいい物を欲しがるのだろう。だから健康や見た目を重視している。

 だが、どうして買われることにこだわる?買われたとして、その先に何がある。


 想像通りなら、その先の未来は回避すべきなものだ。


 小さく息を飲んで、その先を聞いた。


「買われた子は、どうなるの?」

「……大体は死ぬ」


 あぁ、やっぱり。


「番号で用途が決まっている。奇数は食品加工用だから買い手の専属のコックに料理されるか、そのまま食われるか。偶数は皮革加工用だから基本太らせてから殺して皮を剥がれるが、最近だと爪や目とか別の部位を欲しがる客がいるから必ずしも殺す必要はない。そういう家畜は欲しい部位だけとって生かし続けるか食われるか。食用よりは味は劣るが普通の人間よりは美味いらしい。まぁ、結局買い手によって俺たちのその後は変わる」

「僕らは皮革になるんだよ」

「私は食べられるの」


 淡々の続く言葉と無邪気な微笑みに身の毛がよだった。

 元は人間の発想なのに、その対象が豚や牛から人間に変わるだけで、どうしてこれほど狂気的に思えるのだろう。どうしてこの子供たちはそれを笑いながら享受しているのだろう。


 まるで前世の自分だ。

 絶対的な死を受け入れて、抗うことを諦めた自分が目の前にいる。


 胸が苦しくなって、胸元の病衣を掴んだ。


「ほとんど死ぬわけか……売れ残ったほうがいいんじゃないか?」

「売れ残ったとしても20歳を越えれば本来の役割通りに加工されるだけだ。どの道殺される」


 逃げ場はまったくない。しかし、そうなるとますます分からない。

 買われるということは死ぬことと一緒だ。なぜわざわざ死にに行く必要がある?


 そこで『大体は死ぬ』と言った言葉が頭の中で繰り返された。


「でも、大体は死ぬ、ってことは、生き残れる可能性もあるんだよね?」

「あぁ、稀だがな。だいぶ前に容姿の良いのが愛玩用に買われた。自分から進んで売り込んでいる奴はそれを狙っているんだろう。No.077がいい例だ」


 なるほど、殺されるならペットとして飼われるほうがマシと考えているのか。

 No.077は容姿も悪くはないし、黙っていればフランス人形のように愛らしい。人間の趣味嗜好や感性なら買い手はいるだろう。その後、どういう可愛いがり方をされるのかは考えたくはないが。


 しかし生きられる可能性はあった。

 今はその一筋の希望に縋り付く他ない。


「特に第三世代サードナンバーはそう考えているやつが多い」

「第三世代?……そういえば、さっきも第一世代ファーストナンバーとか言ってたけど何なの?」

「生まれた順番によって子供たちは区分されている。最初に生まれた一桁のNo.を持つ第一世代ファーストナンバー。次に生まれたNo.010からNo.50のNo.を持つ第二世代セカンドナンバー。その次に生まれたNo.051からNo.100のNo.を持つ第三世代サードナンバー

「俺はNo.001だから第一世代。No.013は第二世代。君らは第三世代か」


 その言葉に三人が笑顔で頷いた。


「第一世代は一等家畜の中でも高品質だが規定の水準が高いせいで選ばれたのは少数だった。第二世代から用途別に品質の規定を変えている。第三世代の年は豊作だったから品質が良いのが多く選ばれた。だが性格はNo.077みたいなのが大半だ。自分は選ばれた家畜だと勘違いしている」


 高品質少量生産から、消費者のニーズによって多品種少量生産への移行。生産者意識の高い製品選定だ。

 実際に選ばれた子供たちが選民思想を抱くのも頷ける。No.077の自信の表れは選ばれた誇りから来るものだった。少数高品質の第一世代に対抗意識から、ああやって反抗しているのだろう。


「それにしても意外だな」

「ん?何が?」

「おまえ、結構喋るんだな。それとも記憶が飛んでいるせいか?」

「……えっ?」


 待て待て待て。ステイ&ウェイト……あ、なんか摩擦を奪う◯タンドぽいって落ち着け自分。


 周りが普通に接して来るから気にはしなかったが、この体の以前の人格はどういう奴だったんだ。

 お喋りが苦手なシャイボーイ?それとも無口なクール系の厨二病を拗らせて痛い子?


「お、俺って、どんな奴だった?」

「無口で無反応で無表情で無感情。はっきり言って、何考えてるか分からん奴だった」

「こわかったよねー」

「「ねー」」


 シャイボーイと無口クールを通り越して重度のコミュ症!てか植物状態!?

 そんな奴が急に元気になって喋り出したから周りは記憶喪失でおかしくなっていると思っているわけですか。浮きまくりだな畜生。

 どうしよう。これ実はめっちゃ不審に思われてるんじゃないか?今更コミュ症キャラを演じても無理がある。


「できればそのままでいろ」


 え、このキャラでいい?まぁ、その方がこっちは助かるが……。


「いつもNo.002がおまえの代わりに世話を焼いてたんだからな」

「No.002が?」

「いつもNo.002が代わりにヴェジェタルさまとお話ししてたよー」

「いつも一緒なのー」


 以前の人格はNo.002に大変お世話に、もとい甲斐甲斐しく介護されてたらしい。

 広間の様子から世話焼きな子だとは思ったが‥‥。

 今後はNo.002さん、いや、No.002様と呼ばねば。


 そういえば俺と会話した時のヴェジェタルさまは、みんなとは少し反応が違っていた。

 ヴェジェタルさまとは接点が少ないせいか、人格の変化には気付いていなかったのか?No.002いつも受け答えをしていたならありえなくはない。魔族側が人格の変化に気づいていないのなら僥倖だ。


「いいか、これからはあいつに迷惑を掛けるなよ」


 No.013が眉間のシワをより一層寄せて睨んだ。


 そ、そんなに睨まなくても分かってるって。若いうちにそんな顔してるとシワが戻らなくなるよ?

 世話になった分はちゃんと返すつもりだ。世話になりっぱなしで何も返せない辛さはもう十分。


 決心して頷くと、No.013も納得したのかフンと鼻を鳴らす。


「そろそろ時間だ。畜舎に戻るぞ」


 No.013が歩き出すと、その後ろをちびっこ達がひょこひょこ付いていく。

 アヒルの親子を想像した。


 その暖かい後ろ姿に声を掛けた。


「ねぇ」

「‥‥何だ?」


 面倒くさそうに返事を返す彼に、一番言いたかったことを言った。


「君は、どうしたい?」

「何を?」

「生きたい?」


 彼の表情を見逃さなかった。



 無表情。



 何を言われているのか理解できず、固まっていた。


 数瞬の停止だった。


 それからNo.013は言葉を探して、考えて、悩んで。

 泣きそうに、顔を歪める。涙は流れていなかった。


「わからないっ」


 何かを押し殺すような呟きだった。

 泣き顔を隠すために、また一層眉間にシワを寄せ、微かに潤んだ目でこちらを睨んでいる。


「そうか」

「俺は!」


 突然の大きな声に、彼のそばにいた子供たちがびくりと驚いた。

 それから急に黙って、声を絞って言う。


「俺は、おまえが嫌いだっ」

「‥‥そうか」


 その返事にNo.013は一層表情を歪めて、広間の中に入っていった。


 周りを見渡す。誰もいない。

 膝を抱えて、その場に座り込んだ。


「わからないか‥‥そうだよなぁ」


 文化が違う価値観も違う。

 それにまだ子供だ。死ぬ実感がどこまであるか。


 でも、怖いんだ。

 実態のない靄みたいな不安が張り付いて離れない。気を紛らわせないと気が狂いそうになる。


 まだやりたいことだってたくさんある。まだ知らないことがたくさんある。

 何もしないまま、何も残せないまま、唐突に理不尽に終わる。


 そして直前になって気付くんだ。


「あぁ、死にたくなかったなぁ」


 充実した人生ではなかった。生き続けていても、薬漬けの生活だけが待っている。

 きっと、自分が残せるものなんて少ない。何もないかもしれない。

 親切にしてくれた人や両親に恩を返したい。でも役立たずな体で何ができたんだ?


 それでも生きたかった。

 生きて欲しいと、『望まれたかった』。


 瞼を閉じる瞬間の両親の顔を思い出す。

 歪んだ視界からでも両親の悲痛な表情がわかった。でも、



 歪んだ視界に映る悲痛な表情は、どこか安堵を含んでいた。



「ごめん‥‥なさい。父さん、母さん‥ごめんなさいっ」


 何気なく頬に触れる。


 涙は流れていた。











 L1:須藤 悠里

 HP8/8 筋力2 俊敏6 体力15

 MP7/7 魔力8 魔防10 知力19 運1


 種族:人間

 称号:なし

 スキル:なし

 固有スキル:『万能の耐性者』


 耐性

 『精神苦痛耐性LV2』『肉体苦痛耐性LV2』『電撃耐性LV2』『???耐性LV1』

まだ死んだことを引きずってる悠里さん。

でも悲しいことにスキルで強制的に抑制されるんやで。


次回、魔族の先生登場。

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