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全能の耐性持ち 〜でも不幸耐性はありません〜  作者: 月の旦那
第一章 健康な家畜
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健康な家畜

 窓から差し込む鈍い朝日で目を覚ますと、今度は石材ではないちゃんとした天井があった。

 しかし病院の天井ではない。こんな天井知らない。

 ついつい天井に関するあの有名な名言を言いたくなったが、著作権云々が怖いので胸のうちに留めた。

 部屋の内装を見た感じでは外国の貴族部屋のようだ。貴族の部屋なんか見たことないので断言はできないが、日本の庶民感覚では高級そうな感じは分かる。ベッドも枕もあの広間のものより断然寝心地良さがあった。


 あれ?そういえば何でこんな部屋で寝てるんだ?


 寝起きしたばかりのぼやけた思考がその疑問の答えを探そうと記憶を掘り返し、刺激的な記憶が脳裏を過ぎった。

 電流を流されたみたいに、びくりと反射的に体を起こした。


「大丈夫かマイ健康ボディ!?」

「きゃっ」


 すぐ側から声が聞こえる。

 声の主を見て思わず吹き出た。


 ものすごい美人がいた。しかも修道服のメガネをかけた巨乳のシスターさん。

 修道服からでもわかるほど豊満な体のラインがくっきりと浮き出ている。むしろ修道服だからこのわがままボディがくっきり見えるのではないか。はっきり言おう。かなりえろい。


 しかしこの段階ではまだ驚かなかった。自慢ではないが通院期間が長かったおかげで美人のナースさんとの出会いには困らなかった。それに入院中は色々とお世話もしてもらったのでパンチラとか乳当てなどのラッキースケベ体験にも耐性がある。そのおかげで女性に対して戸惑うことなどほとんどない。


 驚いた点はシスターの見た目というか、種族的なもの。しかも人種なんて地球の国際的な問題ではない。

 このシスター、どう見ても人間ではないのだ。性格とかの比喩ではない。見た目がだ。

 別の人外に見えるほどブサイクな容姿をしているわけではない。前述のように、彼女は美人だ。

 しかしその姿は人間とは思えなかった。


 紫色の肌と爬虫類のようなぎょろっとした金色の目玉。頭の側頭部から生えた羊のようにねじ曲がった黒いツノ。背中からはみ出すほど巨大なコウモリのような黒い翼。ゆらゆらと揺れる先端が三角の悪魔のような黒い尻尾。

 コスプレや特殊メイクなんてちゃちなものではない。まるでゲームに登場するサキュバスのようだった。


 ……ゲーム?


 目の前の回答はあっさりと浮かんだ。今の状況がいわゆる転生ものなら、ありえないものではない。普通なら馬鹿馬鹿しいと笑うような内容だが、置かれている状況自体が常識の範疇にないのだ。

 建物の内装を見た時から予感はあった。しかし敢えてその可能性を放棄して、外国という想像を立てたのは、その可能性が至極面倒なものだからだ。


 Q.さて、転生ものの定番とは?


 A.『異世界ファンタジー』


 異世界に転生した主人公が転生特典を使いながら無双して魔王になったり、病弱な体で貧困生活をしていたらいつの間にか貴族間での争いに巻き込まれたりと、平和や日常からかけ離れた運命に翻弄されるストーリー。大抵の話が抗争に巻き込まれるか巻き込むかのデッドorアライブという爆心地。


 ため息を気付かれないように浅く吐いた。

 なぜすぐにそれが思い浮かばなかったのだろうか。いや、失念していた理由は明確だ。


「浮かれすぎた」

「はい?」

「あ、いえ。あはは……ただの独り言です」


 慣れた作り笑いで誤魔化す。

 健康な体でこんな真似はしたくなかったが、やはりこういう表情はどこでも応用が利くので便利だ。


「気がついたようですね。お加減はいかがですか?」

「ええ、特には、何も…」


 いかがも何も、以前の自分なら心配停止しそうなくらい動揺中です。


 目覚めたら魔王の配下のみたいな人が見下ろしているのだから堪ったものではない。

 恐ろしげな見た目に反して声は天使のように優しいが、その爬虫類の双眸を見たら安心感なんてものはなくなった。

 本人には睨んでいるつもりはないのだろうが、通常時でもその目つきはヤクザのガン付けよりも威力がある。蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事だ。

 シスターのメンチ切り怖い。


 だが落ち着けおれぇ!目を見て話すのが苦手なら首元を見ろと進路指導の先生が言ってた!


 一旦視線を首元に移す。

 さっきよりはマシだが、これ視界の下の方に胸元がチラつくので動揺はむしろ大きい。

 今の俺の姿はさながら性に興味を持って異性の教師を意識しているエロガキだな。

 不可抗力です(真顔)


「ではなぜあの場所にいたのか…話してもらえますか?」


 そういえば昨日もそんな感じの事で警告されてたな。

 正直にいえば特に理由はない。ただ、体を動かすという建前で大人を探していただけだ。

 しかし、花瓶の件をごまかす時に適当に言った理由の中には『トイレ』がある。夜中に子供が起きる定番理由だ。 


「トイレに行こうとして……」

「トイレは逆の方向ですよ」


 はい、自爆しました。

 いや、トイレの場所とか知らないよ。そもそも記憶の引き継ぎされていないからね。

 しかも神様の言う通りに進んだ結果、早くも転生者という事実が露見しかけるとか。

 そこんとこどうなんですか神様!‥‥‥て、神様頼りだった俺にも非があるんですけどね。


「そうなんですか!あれ?寝ぼけてたのかな?」


 とりあえず子供らしい口調で誤魔化す。

 子供が落ち着いた態度でごまかすとかえって何かあるんじゃないかと怪しまれるものだ。限度はあるが、子供なら大げさな方が怪しまれ難い。子供のときの経験則だ。


 そんな自分をシスターは暖かな目で見ている。だからといって、雰囲気に騙されて警戒心を解くわけにはいかない。

 こういう人に限って心の中では何を考えているかわかったものではない。そう思うと、不思議と暖かい視線が獲物を見つけた捕食者のものに見えてきた。

 おねショタ事案発生!おまわりさあああんんん!!


 俺とシスターの心の壁はまだ険しかった。

 A◯フィールド全開!


「体にまだ麻痺が残っているようでしたら、しばらくこの部屋で寝ていても構いません。午後の運動時間は休んだ方がいいかもしれませんね」

「運動!したいです!」


 シスターの言葉は効果抜群だ。

 A◯フィールド突破されました!


 しかし仕方がないじゃないか。

 だって運動だよ?体を動かせるんだよ?最高に健康的じゃん。


 生き生きとした即答にすこし驚いた様子のシスターだが、和かに微笑みを返した。

 笑うとだいぶ見た目の印象が変わる。外見は悪魔のようだが、表情は聖職者のような頬笑みだ。


「どうやら大丈夫そうですね。では畜舎に戻って朝食にしましょうか」


 また畜舎か。そういえば昨日も言っていたな。

 家畜小屋で食事するような不衛生な趣味はない。

 ジョークにしても不健康すぎる。


「あの、できればもう少し清潔な場所で食事したいんですけど」

「清潔?……畜舎よりきれいな場所など、二号館にはないと思いますが?」


 えっ、何それ超不衛生。

 最初に目覚めた広間や廊下の方が綺麗に見えたんですけど。


 もしかしたら自分はこの世界では身分が低いのだろうか。

 畜舎に止まりながら働くようなアルプスの少女並みの生活。

 清潔なベッドで寝ていたのは、おそらく入院中だったから?それなら病衣を着ていたのも納得がいく。

 だが自分は死ぬ間際に、裕福なところに生まれたいと願った。

 現に転生の願いが叶っているなら、他の願いだって聞き届いている可能性はある。すべての願いが聞き届けられたのなら、自分は金持ちの家庭に生まれてきたはずだ。畜舎で働くような環境にいるとは考え難い。


「No.001、どうかなさいましたか?」


 シスターはまるで名前を呼ぶようにその番号を言う。

 認識番号みたいなものだろうか。

 取り敢えず畜舎を見てから、そこで食事するかどうか判断しよう。


「えーと……とりあえず畜舎まで連れて行ってもらっていいですか?」

「えぇ、構いませんよ」


 ベッドから降りようとした瞬間、体が浮き上がった。シスターに抱っこされたらしい。

 連れてって行ってを、まだ歩きづらいから抱っこしてくださいと、解釈されたみたいだ。

 むにゅっと柔らかい感触が顔に押し付けられる。


 おう……。


 子供ころは特に感慨もなく母親に抱かれていたが、さすがにこの歳で女性に抱っこされるのは照れる。

 当然、健全な男子高校生として邪な考えを抱きかけたが、相手の厚意を汚すような気がして、興奮とか欲情とかはしなかった。

 生真面目すぎる性格は相変わらずのようだ。おかげ付けられたあだ名は『ユーナ・マジ・シンシヤン』という、褒めているのか、貶しているのか、よくわからない異名だったわけだが。

 ‥‥枯れているわけではないよ?


 部屋を出ると華美な彫刻が施された壁と真紅の絨毯が敷き詰められた豪華な廊下に出た。家具や置き物も、あの廊下の物と比べるとだいぶ高価な品に見える。

 シスターに抱きかかえられたまま金色の燭台まで近づくと、あの夜と同様に真紅の火が灯った。


「あら、魔力が漏れていますね」


 出ましたよ定番のファンタジーワード。

 どうやらこの建物の明かりは魔力に反応してつくらしい。日用品に魔力が必要ということは、魔法によって独自に発展した世界のようだ。うん、ファンタジーあるあるだね。


「No.001、魔力を抑えなさい」

「…え?」


 そんな魔力が当たり前に抑えられるように言われても、ファンタジー初心者同然の自分にはどうすればいいかわからない。

 シスターは笑顔で待ってくれている。しかしそれがむしろ急かされているようにも思えてた。うん、小学生あるある。

 取り敢えず魔力を抑えてるっぽい動き『はぁ〜〜〜っ!』をしてみるが、燭台の明かりは弱まる気配すら感じられない。精神年齢的に割と痛かった。


「心を落ち着かせなさい。空気を袋の中に閉じこめるイメージで、まずは袋の口を開かなければ魔力は抑えられません」


 具体的な説明ありがとうございますと心の中で敬礼。早速その説明通りにイメージし、袋の口を開くように体の力を抜いていく。

 これでいいのだろうか。

 シスターに目線を移すと頷いた。正解のようだ。あとはこれをガスの元栓を閉めるように引き締めるだけ。

 空っぽになった肺に空気を入れ、漏れないように体に力を入れた。一瞬、体がぞわっとしたが、その感覚を拒んではいけないような気がしたので我慢する。


「…んっ」


 次第に体がぽかぽかしてきた。運動したあとの体みたい。

 これたぶん魔力より乳酸菌溜まったますわ。


「ふむ……上出来です。その調子なら次の段階、魔法の行使に移っても問題はないでしょう」

「あ、ありがとうございます」


 魔法か。興味はあるが、この体なら戦士系のファンタジー職をとってみたい。

 たしかに魔法が使えたほうがいろいろと便利だろう。褒められるくらいなら才能があるのかもしれない。

 しかしだ。せっかく健康な体があるのにそれを活かせないのはどうなんだ。大地を駆け、大剣を振るい、持てる全ての力を出し尽くす。そんな職業こそこの体を生かせるのではないか。そうに違いない!


 というか、筋肉つけたいです。前世はがりがりのもやしっ子だったから切実に思う。


 廊下を少し進むと、中庭に続く渡り廊下へ入っていく。

 渡り廊下は吹き抜けの状態だが外からの冷たい外気が感じられなければ、積雪の跡すらない綺麗なものだ。むしろここにも暖房が入っているように暖かい。

 ここにも魔法が使われているのかな。


 シスターと足並みを揃えながらも、視界はこの不思議な空間に囚われていた。

 いくつになっても好奇心というものはあるらしい。

 シスターが突然とまったので、突き当りまで来たのかと正面を向いた。

 小さな悲鳴とともに体が震えた。

 目の前にあの関電死ドアがそびえ立っている。殺されかけた俺からすれば溜まったものではない。


「ふふっ、大丈夫ですよ。ノブに触れなければ、ただの扉です」


 シスターは安全性を表すようにドアをぺたぺたと触れた。

 俺も恐る恐る触れてみるが別段普通のドアだ。

 不思議がっているとシスターの手がドアノブへと伸びていく。

 静止する暇もなくドアノブに触れたが、あの時のように電流は流れている様子はない。

 疑問に思っているとシスターが答えた。


「以前にも言いましたが、管理者権限や客人権限のない者がこの扉を開こうとすれば下位の微弱な電撃魔法が流れる仕組みになっています。それでも開けようとするなら強い電撃魔法が流れます」


 どうやら昨日の電撃は一種の防犯システムらしい。

 防犯システムにしては些か、いや、だいぶ危険なものだったが大丈夫なのだろうか。


「それって、かなり危険じゃないんですか?」

「畜舎の子供たちの身長で開けられる子はいませんし、命の危険があるものに易易と触れようとはしないでしょう。こんなことは今回が初めてでしたが、これが最後であってほしいものです」


 まあ、わざわざ火中の栗を拾う馬鹿もいないか。

 あ、遠回しに馬鹿にされてないかこれ。


「たまに魔族や魔獣が押しかけてくるので、これらの魔法はその対策だったんですが‥‥‥やはり子供たちには警戒レベル1以上の電流が流れないようにするべきですね。今回は無事ですみましたが、下手をすれば死んでいました」


 ああ、やっぱり死にかけてたんだ。

 そういえば誰かに何か飲まされたけど、あれ薬だったのかな。

 となると、あの女の人が命の恩人になるわけか。


「あの、昨日あの部屋にいた二人って」

「私と私の、客人とでもいいましょうか。あなたを助けたのはその方です。あなたを癒すためにポーションをお与えになりました」


 ポーション。

 たしか異世界だとかなりの高位の回復薬だったはず。

 これはお礼を言っておくべきだろう。それに最後に言っていたことも気になる。


「その人は今どこに?」

「あなたを癒した後、国におかえりになられました。その方の身分ゆえ、あなたにも軽々と名を明かすことはできません」


 名を明かせない身分か。

 王族の姫君でもあるまいし、大方、貴族だろう。

 なら自分の身分はその貴族よりも低いことになる。平民か農民。それ以下となれば奴隷か。

 まあ貴族といってもピンキリだ。願いが叶っているなら下級貴族くらいにはなれるかもしれない。


 話が終わる丁度、あの広間の前で止まった。

 広間の中では病衣を着た子供たちがベッドを片付けている最中だ。他にもツノや羽の生えた大人が数人、寸胴鍋を運んでいる。学校の給食を思い出した。


「はい、 畜舎・・に着きましたよ」

「は?」


 シスターが指す場所はどう見てもこの広間だ。

 子供たちが寝起きするこの場所を、家畜が住む場所だというのだから驚きだ。

 まるで、この子供たちが経済動物のようではないか。


 ‥‥‥いや、まさか。


「シ、シスター」


 一瞬、頭をよぎった想像に声が震えた。

 握った手が汗で滑る。


「ヴェジェタル です。どうしました?」

「シスターヴェジェタル、俺の身分、いや、俺は何ですか?」


 シスターはさも当然のように言う。


「家畜ですよ」


 その言葉に子供たちは何の反応も見せず、広間には金属のぶつかるうるさい音だけが響く。

 そして死に際の言葉を思い出した。


 裕福な所とはいったが、裕福な家庭とはいってなかった。

第一章タイトル回収。

施設の生活は裕福ですよ?

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