9. 発見
ぼくが風邪を引いてから、さらに数日が過ぎた。
すっかり調子の戻ったぼくは、いつものように作業にとりかかっていた。
――いつものように、なんて感じるほどに、ここに居ることが日常になり始めている。
そのことが良いのか、悪いのか、ぼくには分からなかったけれど。ソラのいる日々が日常になり始めている、ということには嬉しさを感じていた。
やつらは変わらず、ぼくたちに穴を掘らせ続けている。
やつらの基地周辺は、あらかた捜索し終えたようで、今回は車と呼ばれるものに入れられ――と言うより閉じ込められ、次の現場に向かっていた。
車は速かった。外には出られないものの、外の風景は見ることができ、通り過ぎる風景の移り変わりに驚いた。
みんなも、これで出かけるのは初めてのようで、リクとササラは騒いでやつらに注意を受けていた。
ぼくも、そしておそらくはカイとシンも、声には出さないけれど、とても興奮していた。
ソラは、普段通り静かにしていたけれど。
そして、翌日。どうやって掘る場所を決めているのかはわからないが、ぼくがここに来てから数十日、ようやく一つ、コロニーを発見した。
見つけたのは、シンとカイのペアだったけれど。
発見したコロニーは、やつらが人間を確保した後、ぼくたちが探索するらしい。
まず、やつらが地下に降りていく。待っている間に、ふとした疑問が湧いて出た。
――底都に穴が開いたとき、こんなに静かだっただろうか。
考えても、答えは出ない。みんなを見ると、不安そうな顔をしたり、目を閉じたりしていた。
なんでだろう。不安が大きくなっていく。
しばらくして、誰も連れないままにやつらが戻ってきた。
膨らむ疑念を抱きながら、みんなについていく。
恐怖と好奇の入り混じったまま、ぼくはそのコロニーに足を踏み入れた。
地下都市の内部は、一見、底都と似た風景に思えた。しかし、すぐに違和感を覚える。
そのコロニーは死に絶えていた。
地下の巨大な空間内に生物の姿はなく、人であったもの――骨や朽ちた衣服などがそこらに転がっている。腐敗した、饐えた臭いが充満している。
ひどい、有様だった。
調査の結果、原因は空気を浄化する機械の故障だったようだ。ここ数年の出来事だろう――そうやつらは言う。
底都にも、同様の機械はあった。地下の密閉した空間でも人が暮らせるようにするための機械だと聞いていたけれど、本当だったようだ。
底都でも、あの機械が故障したらおそらく誰も直せない。一歩間違えば、こうなっていたのはぼくらだったのかもしれない。
そう考えると、背筋がぞっとした。
目を閉じ、静かに手を合わせる。
◆
使えそうな備品――綺麗な衣服や、鉄器などを持ちだすために、街を探索する。
なるべく人の形跡を視界に入れないようにして歩いた。
民家に入り、部屋を物色する。いくつかの部屋を回ると、寝室と思しき部屋に、一つ、骨が転がっていた。
小さな――おそらくは赤ん坊の骨だ。
そっと、手を伸ばす。けれど、触れることはせずに、固まってしまった。
悲しい。何もできない。悔しい。
「どうしたの?」
ぼくが立ち竦んでいると、ソラが心配そうに声をかけてきた。
大丈夫だよ、と返すが、気のない返事になってしまったのが自分でもわかった。
「……赤ん坊ね」
ぼくがその場で動けずにいると、ソラが足元を覗き込み、何があったのかを理解したようだ。
「おかしいんだ。みんなが撃たれたときは、まるで夢だなんて思ったのに。街の中で骨を見たときも、風景の一部として見ていたのに。なのに――こんな、小さな骨が、目の前にあるだけで……」
ぼくの惨めな言い訳に、ソラは僅かに頷きながら、手を握ってきた。
涙が、零れそうになる。
ぼくは、とても自己中心的だ、そのことにようやく気がついた。どこまでも、自分のことが大切なんだ――本当に、最低だ。
それでも、ぼくは生きていくんだ。どんなに汚くても、それがばあちゃんとの約束だから。
「埋めてあげましょう」
「――うん。ソラ、ありがとう」
「なんでお礼なんか言うの」
「……いや。大丈夫、何でもないよ。でも、ありがとう」
ソラと一緒にいると、安心できた。ぼくは大丈夫だと思えた。それは、今度はソラを言い訳に使っているだけなのかもしれないけれど。それでもぼくは、ソラといたいと思うんだ。
ソラはぼくの顔をじっと見つめてから手を放し、骨を両手で拾い上げる。
これは、偽善だけれど。自己満足だけれど。それでも。
「外に行きましょう」
そう言い、ソラは歩き出す。
先を歩くソラは、とても頼もしく思えた。とても、遠い存在に見えた。
――神様が。
熱にうなされ見た夢を、思い出す。ソラが空から落ちてきて。まるで、それは――。
ぼくは、ソラの後を、駆け足で追いかける。
追いつけなく、ならないように。
次も更新遅いです、たぶん。