8. カイトとソラ
普段より少し長め & 読みにくいかもしれません。
ぼくの話って言っても、話すことはあんまりないんだ。
ぼくが底都で暮らしていたころ、ぼくはばあちゃんと二人で暮らしていたんだ。お母さんはぼくが生まれたときにそのまま、お父さんは底都拡張のための掘削作業中に落盤で亡くなったらしい。
お母さんはカイナ、お父さんはナオトって名前で、その二つをくっつけてカイトってつけたんだって。単純だなあ、なんて思いもしたけど、二人と一緒なんだから大事にね、ってばあちゃんはいつも言ってた。
それからは――そうだな、ばあちゃんと暮らすために最低限のことしかやってこなかったような気がする。
ぼくは、というか、底都ではだけど、人はみんな作業といっても、食べ物――植物とか動物を育てるくらいしかしてこなかった。だから、ほかのことは何も知らないし、地上のことなんて、誰も知らなかったと思う。
でも、みんなが言っていたんだ。人類は、自らの罪によって、創り出した化け物――やつらによって地上を追われた。あの化け物を絶滅させることが我々の悲願だ、なんて。
そんなことを言っているくせに、誰も行動をしない。もちろん、地上にはやつらがいるから偵察なんて出来ない、というより、地上への道がわからなかったんだ。どれくらい上に掘ればいいのかも、誰もわからない。
何度か挑戦はしたみたいだけど、結局うまくいかずにそのままだったみたい。
だから、ただ生きていただけ。底都は、生き地獄みたいだった。何もなかった。
それを、やつらがぶっ壊してくれた。
あの日も、植物の世話をしていたんだ。小屋に居たら、大きな音が響いて、天井から大きな石が落ちてきた。こんなことは初めてだったから、急いで小屋から飛び出して、そこで、光を見たんだ。
こういう言い方は不謹慎だけど、ぼくはあのとき、期待していたんだ。地上の光を見たとき、ああ、やっと何かが変わるんだって。
だから、みんなが殺されても、何とも思わなかった。ぼくはあまりほかの人と関わらないで家の中でばあちゃんと話しているか、食べ物の世話をしているかだったから、かな。もう関係ないと思えたのかもしれない。
ばあちゃんの死を見ていたら、また違ったかもしれないけど、でも、なんだか現実じゃないみたいだった。
地上は、夢みたいな世界が広がっていたんだって、そう思ったよ。ばあちゃんがいないのは寂しいけど、でも、ばあちゃんは言ってたんだ。死んでも悲しまなくていい。ただ、死に物狂いで生きれば、何かいいことがきっとある、って。だから、前を向いて生きろって。
そのあとは、ソラも知っていると思うけど。ソラ達と一緒に、今まで何とかやってきている。
ぼくは、ソラに会えてよかったよ。
ぼくに、知らない世界を教えてくれる。だから、ここにきてからは何もかもが新鮮で、面白いことばかりなんだ。
◆
ぼくの話を、ソラはただ無言で、ぼくの眼を見てしっかりと聞いてくれていた。ぼくが話し終えると、ソラは少し俯いた。
「ごめんなさい。あなたのコロニーを見つけたの、わたしなの。わたしと、六十五番」
ぼくは驚かなかった。なんとなく、予想していたのかもしれない。あの夢――ソラが地上に落ちてくる夢、ぼくが地上に立つ夢を見たときから、その予感がしていたのか。あるいは、最初から。
「でも、わたしもあなたと会えてよかったと思ってる。底都の人には、申し訳ないけれど、カイトと会って、わたしも変わったと思うもの」
そう言ってくれると、素直に嬉しかった。ぼくも、ソラに会えてよかったともう一度告げる。
本当に、外に来てから刺激的な毎日だった。
地上から見る景色はもちろん、やつらの技術――機械や薬などには目を見張るものがあった。
底都にも空気を綺麗にする大きな箱――機械があったけれど、ぼくは操作の仕方を知らないし、作り方に至っては誰も知らないと思う。あれは、誰がどうやって作ったのだろう。
考えれば考えるほど、底都での暮らしは不思議だ。やつらに追われて地下に潜ったにしては、設備が整いすぎているような――。空気のクリーンはもちろん、植物や動物に至るまで。さらには井戸から水を引き込み人工河川を作り、あまつさえあの巨大な空間に住居を創り出す、なんて。
そんなことが、果たして可能だろうか。
――現在のぼくたち人類の知識では、不可能だ。しかし、かつてのやつらを創り出したころの人類には、可能だったのだろうか。
あるいは、最初はそういった機械や設備を開発できる人がいたのだろうか。それとも、設備を整えてから、地下に避難したのか。
そうだとしたら、やつらは脅威ではあったが、即座に攻め入られるようなことはなかった、と言うことなのか。
そもそも、人類は何故、やつらを創り出したのだろうか。
駄目だ――考えが、まとまらなくなっていく。
ぼくが思案に耽っていると、ソラの言葉に遮られた。ぼくはハッとソラに向き直る。そうだ、ぼくは今ソラと話していたんだった。
慌てて思考を頭の隅に押し込める。
「じゃあ、次はわたしの話」
聞いてくれる、と訊ねるソラに、ぼくは迷わず首肯する。
◆
「わたしがあの人たちに作られた、って前にも言ったと思う。デザイナーチャイルド、って言ってもわからないわよね。親から生まれるんじゃなくて、遺伝子を操作して作られた人間。それがわたし。わたしは、偽物で、作り物。だから、わたしは自分のことを化け物だと言ったの」
「えっと、どういうこと?」
「簡単に言うと、親から生まれるんじゃなくって、作られたの。物みたいに」
「……ソラには、お父さんとお母さんがいないの?」
「うん。わたしは実験のために作られたの」
「実験?」
「人間の子供を捕まえるための実験。地上に適応させるための注射、受けたでしょ。あれの、被験体。あの薬を作るために、六人の赤ん坊が死んだわ。だから、わたしが七番。最初の成功例で、やつらの作った化け物」
「…………」
「それあと、三人赤ん坊が作られた。その三人も投薬に成功して、そうして薬が完成したの」
「その三人は、どうしたの」
「わからない。たぶん、別の部屋にいると思うけれど。そのあと、あの人たちはコロニーを見つけて子供だけを集めてきた。わたしたち、七番から十番の四人は、しばらくの間四人だけで過ごしていたの。といっても、特に話をするわけでもなかったから、わたしは毎日本を読んで過ごしていたのだけど」
「そう、なんだ。それでソラはいろいろ知っているんだね。……ねえ、ずっと気になっていたんだけど、やつらはどうして子供だけを集めているの?」
「わからない。あの人たちは、十番の実験に成功した後、これで人類を救える――って、そう言っていたの。よくわからなかったけれど、みんな喜んでたから覚えてる。なのに突然、子供だけを集めて、新人類、なんて名乗り始めた」
「人類を救う……やっていることは真逆じゃないか。それに新人類って名乗り始めたのは最近なんだ」
「ええ。そのあと、三十人くらい子供が集まってからだったかしら。わたしたちも、ほかの子供たちと同じように部屋に分けて入れられたの。でも、他の子たちはわたしのことを奇異な目で見ていた。当然ね、突然やつらがコロニーからではなくやつらの下から連れてきた子供だもの」
「……でも、ソラはぼくと同じ、人間だよ」
「ありがとう、カイト。気にしてないよ、もう。カイトが一緒だもの。でも、それからペアで活動するようになって、カイトの前に三人、わたしとペアになった子がいるの。三番目は六十五番。その前の二人は――」
「どこかに、消えちゃったんだよね」
「そう。二人とも、作業中に目を離した隙にどこかに……でも、誰も信じてくれなかった。あの人たちも、わたしが逃がしたんだと思っているし、子供たちは、わたしがどこかにやったんだと思っている。でも、二人ともどこに行ったのか、本当に知らないの」
「うん、信じるよ」
「でね、それから考えたの。その二人の共通点。それは、二人とも、大人だったこと」
「大人? 大人がここに居たの?」
「コロニーからここに連れてこられたときは、まだ子供――といっても、十五歳とかだったみたい。でも、その二人は最初期のコロニーで見つかった人だった。消えたときの年齢は、二十歳と十八歳」
「……つまり、大人になると、どこかに逃げるっていうこと? 成長したから逃げられると思うのかな」
「そうじゃない、と思う。でも、なんでなのかは、結局わからないままなの。でも、私たちの部屋で大人はその消えた二人だけだった」
「…………」
「それからは、わたしに関わってくる人はいなくなって。六十五番も、ビクビクしながら私とペアを組んでいたの。だから、ペアが変わったとき嬉しそうだったでしょ?」
「そうだったかな。あんまり、覚えてないや……ねえ、結局やつらって何者なのかな」
「何者、って?」
「ぼくは、やつらが昔に人間に作られたんだってことしか知らない。どんな生き物で、どんなふうに暮らしているのかも。それが、少し気になって」
「そう。あの人たちは、ここには全員で十人、だったかな。他にいるかどうかはよく知らないんだけどね。歳をとらないし、言葉を発さなくてもお互いに会話できるみたいなの」
「そんなことできるの? 年をとらないってことは、人間を地下に追いやったときの人もいるってこと?」
「そう、だと思うけれど。でも、わたしは人間を地下に閉じ込めたっていうのがよくわからないのよ」
「なんで?」
「だってそうじゃない。あの人たちはそうしようと思えばもっと前から、それこそ地下に逃げてすぐにでもコロニーを掘り起こせばよかったのに。そうはしなかった」
「……確かに、言われてみればそうだね」
「それに、他にもいるのかもしれないけれど、ここには八人しかいない。そんなの、人間を追いつめるほどのものとはとても思えない。むしろ、人間を地下から出すためになにか時間を弄した、と思うの」
「……地下から、出すために。でも、そうすると結局やつらが何を目的にしているのかってことがわからないと答えは出しようがないのかな」
「……そうね」
「ごめん、ソラの話だったのに、ぼく、質問ばっかりだね」
「いいの。わたしもその方が話しやすいもの」
「そっか。ソラの話はどこまでいったんだっけ?」
「もう、ほとんど話すことはないわ。ペアが何度か変わって、それからは、ほとんどカイトと一緒にいたから。最初はなんだか変わった子が来たなって思ってたの。でも、とっても優しいって、今ならわかるよ」
「ソラも、優しいよ。今回だって、ぼくの看病をしてくれているし」
「そう、かな。そうだと、いいな」
「……ねえ、ソラ。手、繋いでいい?」
「……いいよ。カイトと手を繋ぐと、なんだか安心するの」
「ぼくも。ソラの手は小っちゃいね」
「大きい方がいい?」
「どっちでもいいよ。ぼくはソラと手を繋ぎたいんだから。でも、そうだね。ソラの手は、小っちゃい方がいいな。ぼくの手が包み込めるから」
「ふふっ、よかった。カイトの手も温かい」
「ソラ、もっと笑った方がいいよ。笑った顔の方が、ソラに似合ってる」
「笑うって、よくわからないの。でも、カイトといると、笑っていることが多いかも」
「そっか」
「そうだよ」
「……ソラの手が暖かくて、なんだか眠くなってきちゃった。そろそろ、寝ようか」
「うん。おやすみ、カイト」
「おやすみ、ソラ」
第一部、完。的な……?
次回は期間が開く可能性が高いです。
気長にお待ちいただけると幸いです。