5. 夢と熱病に魘されて
ぼくは底都に立っていた。
思わず、周囲を見回す。いつも通りの、静かな底都がそこには広がっていた。
静寂の中、コォオオ、とただひたすらに稼働する機械の音だけが、響き渡る。
――どうしてだろう。ぼくは地上にいたはずなのに。
もしかして、今までのことは悪い夢だったのだろうか。
そんなことを考えながら、ふと、上空を――天井を、見つめる。すると、いつの間にか大きな穴が開いていた。
穴からは、眩い光が差し込んでいる。
その光に、思わずぼくは視界を閉じた。
再び目を開くと、ぼくは、地上に立っていた。
眼前には草木と大地だけが――初めて見たときと同じ、美しい地上の世界が広がっている。後ろを見ると、見たこともないような石でできた建物がいくつもあり、そのなかに、やつらがいる。
底都の建物は、コンクリートと呼ばれるもので作られていた。四角く、いかにも丈夫そうな見た目をしていた。けれど、地上の建物は、透明だったり、真っ白だったり、とてもきれいで輝いて見えた。もちろん、地上にもコンクリートの建物はいくつもあったけれど、ぼくたちの押し込められている建物――つまりはやつらの住処は、真っ白な施設だった。
足元を見つめると、大きな穴がぽっかりと開いていて、中では底都が崩れていく。穴は、少しずつ大きくなっていく。ばあちゃんが、セリカが、町長が。みんなが闇の中に落ちていく。
ぼくはただ身体を動かすこともせず呆然とその様子を見つめていた。
どうして、ぼくはここに一人で立っているんだろう。
ふと、気がついたように、今度は天井を――上空を見上げる。すると、輝く星々の間から、何か大きなものが落ちてきているのが見えた。
じっと目を凝らす。どうやら人のようだ。落ちてくるのを待っていると、その容姿がだんだんとはっきり見えてくる。
――ソラだ。
はためく衣服が、まるで羽のように見えた。
それは、かつての世界で言われていた、天の使いのような。まるで、神様が地上に降りてきたような。そんな錯覚を、ぼくに覚えさせた。
ぼくは落ちてくるソラを、両手で受け止めて――。
◆
「――て。ねえ、起きて」
ソラに起こされて目を覚ました。何か、変な夢を見ていた気がする。けれどいくら考えても、夢の内容は泡沫の如く次々に消えていってしまった。
「早く起きないと、朝ご飯を食べ損ねるわよ」
そう言われて、身体を起こそうとすると、違和感があった。なんだか身体が怠いし、喉も痛い。何とか起き上がったが、足取りがおぼつかずソラに支えられてしまった。
「大丈夫? なんだかうなされてたわよ?」
「大丈夫だよ。でも、なんだかボーっとして」
大丈夫と答えるが、うまく体が動かない。周りではみんな――無口な四人を除くみんながぼくを心配そうに見ていた。
「鼻声ね。風邪かしら」
「風邪……?」
「そう。体温が上がって、身体の調子が悪くなる病気のこと」
ああ、だからこんなに身体が重いのか。鼻も詰まって声がこもっている。
前のなんとか症のときにも思ったけれど、地上は身体に悪いことばかりだ。底都にいたころは病気なんてかかったこともなかったのに。
ソラはぼくの額に手を当ててから、やっぱり風邪ねと頷いた。
ソラの手は、ひんやりとして気持ち良かった。ソラが手をすぐに放してしまったのが残念で、少し見つめていたがそれにソラが気付く様子はない。
「今日は休みましょう。ほかのに伝染したら良くないわ」
「でも……」
「大丈夫よ。わたしもついているから」
「それじゃあ、ソラも風邪になっちゃうんじゃ、ないの? ぼくが、他の部屋に移る、とか」
「だめ。一人は暇だし、どうせあなたが休むとわたしも作業はできないもの」
「大丈夫、だよ」
なんだか、今日はソラが優しい気がする。なんでだろう。
そう考えるが、やっぱり頭がうまく働かない。
――頭が痛い。
頭が割れそうになり、視界はぼやける。膝から崩れてしまい、ソラの胸に倒れこんだ。
そのまま目を閉じたぼくの鼻腔に、ソラの匂いが届く。なんだか、安心する。
突然倒れたぼくを見たソラが、驚いたような大きな声でやつらを呼ぶ声が、遠くで聞こえた気がした。
いい感じのペースで投稿できているのが逆に不安……。