3. 地上での生活
ここに居る同居人、九人のことは、まるでわからない。
ぼくが男、七番が女の子ということくらいだ。
他はどの子も痩せ細り、髪も伸びきりのようだった。隅で二人でひそひそと話している子たちは、両方男だろうと思う。恐らくはぼくのように最近連れてこられたのだろう、髪は肩ほどまで伸びているが、他に比べて血色が多少良く判別しやすい。
また、六十五番の少女が隣に移されていたので、この部屋以外にも何人かいるということだ。
ぼくが新入りであり、七十三番ということは、ここに居る人間は全員で七十三人、ということなのだろうか。
そのことを七番の少女に聞いてみると、正確には違うと思うけれど他の部屋と交流がないからわからない、と言う。
ぼくたちは何をするのと訊ねれば、旧人類のコロニーを探し、掘り当てる作業だという。
どうやって、と再びぼくは訊ねる。
すると少女は、穴を掘る機械があるの、と言い、明日にでもわかるわよ、と続けた。
最後に名前を聞くと、七番、とだけ端的に告げそれ以降相手にしては貰えなかった。
結局その日は、何も食べなかった。
◆
翌日、ぼくは他の九人と、そしてやつらと共に地上に立っていた。
昨夜は、泥のように眠った。起きてからも、いろいろと考えてしまうかと思っていたが、なんだか現実感がなかった。
昨日寝た部屋、十人が雑魚寝した部屋はどうやら地下だったようで、長い階段を上り、初めて昼を体験した。
昨日ぼくが地上に出た――やつらに捕まったのは夜だったようで、それでも明るい光に照らされていると思ったのだけれど、昼は比べものにならなかった。
周囲は白く光るほど輝き照り付ける、光源が昇っていた。あれは昨日見た夜の星とは違う。星は優しい灯りだったが、陽は容赦なく照り付け、空気を熱し、さらにはぼくの視界も焼いた。
手で目を隠しつつ、やつらについていくと、地面に大穴が開いている場所があった。
見覚えのある建物――底都を、ぼくは上から覗いた。
みんなの遺体はすでに無くなっていた。
やつらが埋めたのか、焼いたのか。わからなかったけれど、それを見ずに済んで安心している自分がいた。
堪らずに目を逸らすと、七番と目が合った。
悲しそうな、憐れむような、そんな目をぼくに向けている。
――その姿、その目が、何故だか頭から離れなくなった。
その穴付近から機材を回収し、再びさらに奥へと進んでいく。
機材はまるで何に使うのかわからなかったので七番に訊ねようとしたけれど、七番はどんどんと先に進んで行ってしまう。
慌ててぼくも追いかけるけれど、みんなどんどん進んで行ってしまって、まるで追いつけない。
しばらくして、息を切らしつつようやく追いつけたと思ったら、みんなは立ち止まって、機材を広げていた。
ここで穴を掘るらしい。
「こっち」
七番がぼくを呼ぶ。
指示に従って準備を進めた。
◆
穴を掘る機械は凄かった。ぼくらは底都を拡張するのに、スコップやツルハシで作業していた。
しかし、そんなチンケなものなど足元にも及ばない速度で、見る見るうちに穴は大きく掘られていった。
機械は二人ペアで使用する。ぼくが操作し、七番が支える。
ぐるぐる回る渦巻く棒が地面を突き進む。あっという間に大穴がぽかりと開く。
しかし、そこに地下への入り口はなかった。
「外れか」
そう呟いたのはやつらだったのか、ぼくたちの誰かだったのかはわからなかった。
次の場所に移動してもやることは変わらず、穴を掘ることだった。
次第に疲労がたまり、機械が思うように操れなく、翻弄されるようになってきた。それでもぼくは未知の体験に高揚していたのか、構わず穴を掘り続け、そして――。
気が付くとぼくは昨日と同じ部屋にいた。
七番も一緒だ。
どうやらぼくは熱中症だか、日射病だかというものにかかってしまったらしい。それは地上に居る時、陽の光を浴びるとなることがあるようで、初めて陽光を浴びて、慣れないためになったのではないかと言われた。
「昨日ご飯を食べなかったでしょう。朝もほんのちょっと。それじゃあ倒れるのも当然よ」
空腹で倒れたわけではないと言いたかったけれど、言っても意味はないのでやめた。
地上はとても不便だ。昼は暑いし、風が埃を立てて身体がごわごわする。
それでも、ぼくは初めてのことに興奮していた。頭が痛かったし、視界がチカチカしたが、それも気にならないほどに。
ふと、気になっていたことを思い出す。もう一度、七番に名前を聞いた。
「名前は七番よ。他には、ない」
ぼくは驚いた。
詳しく話を聞くと、七番は幼い頃からここに居るようで、名前というものはないらしい。
七番――番号も初期のものなのだろう。ぼくは何故だか悲しくなった。
「それじゃあぼくが名前をあげるよ」
そういうと、七番は首を傾げる。
「そうだな。……ソラ。ぼくはきみのことをそう呼ぶよ」
安易な名前だと思った。彼女の瞳が初めて見た夜空に見えたからだ。でも、ぼくは名前のつけ方なんてわからない。
それでも「ナナバン」と呼ぶよりは、「ソラ」と呼びたいと思った。
「よろしく、ソラ。ぼくのことはカイトって呼んで」
ぼくがそういうと、ソラは困ったように眉を下げ、少し微笑んだように見えた。
ぼくがソラと話していると、みんなが帰ってきた。今日の仕事は終わりみたいだ。
ぼくは結構な間、眠ってしまっていたらしい。夕食を仕方なく食べ(食べるというより詰め込んで)、みんなはすることもなく横になりうつらうつらとしている。
ぼくは目が冴えてしまい、ごろごろと寝返りを何度も繰り返していた。
どれくらい時間が経っただろうか。
ぼくが手持ち無沙汰なのを見かねたのか、邪魔だったのかはわからないが、二人が小声で話しかけてきた。ぼくがここに来た時に、端でひそひそと話していた二人組だ。
「なあ、七十三番。それとも、カイトって呼んだほうがいいか?」
「どっちでもいいよ」
「それじゃあ、カイト。おれは七十一番……リクっていうんだ。こっちは弟のカイ、七十二番。カイトとカイって名前、似てるな」
そう言い、七十一番――リクは隣の子を指さして笑った。それとは対照的に、七十二番、カイは伏し目がちに頭を下げた。カイはリクとは違い、人付き合いが苦手なようだ。
「兄弟なんだね」と言うと、リクが「あんま似てないってよく言われるんだけどな」と返す。
確かに、内面的には似てないかもしれないけれど、外見は似ている。少し煤けた赤い髪、褐色の肌、そして人懐こそうな眼差し。
この時代、兄弟がいる子供は珍しいだろう。ぼくのコロニー、底都では子供自体が少なかった。
それとも、他のコロニーでは事情が違うのだろうか。
「それより、昼間にぶっ倒れてたけど、大丈夫か?」
「うん、平気だよ。ソラに看病してもらったし」
ぼくがそう言うと、二人は目を見開いた。
「ソラ? 七番のことか? 名前なんてあったのか。あいつにはあまり関わんねえほうがいいぜ」
「……なんで?」
ぼくは気付くと少しムッとした声色で返していた。ソラを悪く言われるのが嫌だったのかもしれない。ぼくを看病してくれたのは本当なのに。
それに気付いたかどうかはわからないけど、リクは話を続けた。
「あいつ、ここの施設で育ってんだ。他の人間と違って、やつらの言いなりなんだよ」
小さいころからソラがここに居たことは本人からも聞いた。けれど、それでやつらの言いなりだというのは飛躍しすぎじゃないだろうか。
「前に、やつらに反抗的な人間がいたんだよ。七番とペアを組んでた、六十八番、だったかな。そいつ、仕事中にどっか行っちまったんだよ。それ以来、帰ってこねえ。ペアのあいつはいつの間にかいなくなったなんて言ってたが、怪しいもんだ。聞いた話だと他にも何人か七番のペアが消えてるらしいからな。お前も気を付けた方がいいぜ」
と言うよりも、他の奴もゾンビみたいなもんだけどな。そう言い残して二人は離れて、眠る体制になった。
それじゃあ、ソラが悪いことしたかどうかはわからないじゃないか。みんな逃げ出しただけかもしれないし、何か他の理由があるのかもしれない。
ソラを悪く言われると、何故だかぼくの気持ちも落ち着かなくなった。ぼくのことを言われているわけじゃないのに、どうしてなんだろう。
ぼくは胸の奥に燻るものを抱えたまま、眠れぬ夜は静かに更けていった。
ところで、ゾンビってなんだろう。