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2.子供たち、そして七番との出会い

 


「おい、七三番。飯を食え」


 平坦な、感情のこもっていない声が部屋に響いた。、ぼくに出されたのは、残飯ではないかと思うほどにみすぼらしい食事だった。何かわからない植物の茎を茹でたものと、何かの肉が生で渡された。

 到底、食べようとは思えない。植物はまだしも、肉を生で食べたことはなく、抵抗がある。しかし、ぼくの周りにいる人間は特に気にする様子はなく、表情をピクリともさせず食事をしていた。

 まるでやつらみたいだ、とぼくは思った。ぼくも、こうなってしまうのだろうか。それは嫌だ。

 食べなければ身体が持たないとは思うけれど、結局ぼくは食欲が湧かず、その食事に全く手を付けなかった。


 やつらは自分たちのことを、新人類と呼称していた。ぼくらは旧人類、絶滅危惧種(ゼツメツキグシュ)なんだそうだ。

 しかし、その絶滅危惧種と言うのはぼくら人類全体のことを指すのではないらしい。大人は害獣(ガイジュウ)と呼ばれ、子供だけが絶滅危惧種なんだそうだ。

 ぼくの周りにいる人間も、ぼくと同年代か、少し年上が多い。ぼくらを集めて何をしているのかとやつら――新人類に訊ねたところ、他の集落(コロニー)を探し当て、子供を回収し管理するためのようだ。

 コロニーと言うのは、ぼくらと同じ地下に避難した人類の住処のことをそう呼ぶらしい。底都の他にも同じような地下都市があったというのは初耳だった。


 ぼくも、やつらに回収されて今ここに居る。最初に針で皮膚を指されたときは結局ぼくも殺されるのだと思い恐怖したけれど、そうではなかった。

 地上の環境に適応させるためにその針を刺したのだという。注射(チュウシャ)と呼ばれているそうだ。

 大人にはこの注射が効かないため、害獣として排除されてしまうらしい。

 でも、管理されるといってこんな質素な食事はどうなのだろう。地下にいたころは貧しいと言われていたがそれでもここまでお粗末な食事は初めてだった。

 彼らにとって、ぼくらが死のうが生きようがどうでもいいのかもしれない。ただ、利用価値があるから世話をしているだけ。きっとそうだ。


「七十三番、食わないのか」


 さきほどもぼくに向かってナナジュウサンバンと呼びかけていたけれど、もしかしてぼくのことを呼んでいるのだろうか。


「お前だ、七十三番。聞いているのか」


 そう言い、そいつはぼくを指さした。ぼくにはカイトという名前があるというのに。


「ぼくはカイトだ」

「口答えするな。今日からお前は七十三番だ。わかったな」


 理不尽だ。そう思った。でも、ぼくには何もできない。やつらには勝てないし、抗う手段も方法も思いつかない。ぼくは静かに頷いた。


「それでは、そうだな。七番。お前を七十三番の教育係に任命する。七番のペアは何番だ」

「あたしです。六十五番」

「そうか、ではお前は隣に移動だ」


 そう言い残してそいつは六十五番と自称した少女を連れて去っていった。ペアと言う言葉から、この中でぼくらは二人組で生活するのだろうと予想した。

 後には静寂だけが残った、と言うわけではなかった。


 ぼくの傍に歩いて来る人影があった。黒い髪は長いがぼさぼさで、真っ白な肌は疎らに赤く荒れ、ボロボロの服の隙間から痩せこけた身体を覗かせている。皮膚が内蔵に張り付いたような体つきのその人物は、血管がはっきりと浮かび上がった腕をぼくに差し出してこう言った。


「わたしは七番。わからないことがあったら聞いて」


 声で、女の子だとわかった。歳はぼくより下――いや、栄養が少ないからそう見えるのかもしれない。身体の起伏が少なく、痩せ細った少年のようにも見えた。

 ぼくは彼女を見つめていた。今日初めて見た、夜空のように深淵に煌めく漆黒の瞳から、目を離せずにいた。

 七番と名乗った少女は、それだけ告げると踵を返してしまった。


 ぼくにはわからないことばかりだ。それでも、これからここで生きていくしかないのだろうと思う。

 底都のみんなを思い出す。

 ぼくはあまり人付き合いのいい方じゃなかった。というより、底都の人間はあまり活発な行動をとらなかった。最低限、生きるだけの行動を、食べて眠る、ある意味では原始的な生活を、機械的に送っていた。

 それでも、仲のいい人はいたし、友達もいた。その誰もが、死んだ。やつらの手によって殺された。

 家族は――ばあちゃんだけだった。母親はぼくを生んだ時に、父親は赤ん坊の頃落盤で亡くなったらしい。

 ばあちゃんはいつもぼくに言っていた。あたしが逝っちまっても泣くんじゃないよ、どうせ老い先短い、いつ死ぬかわからないまま今日まで生き延びてしまっただけだ、と。

 そして、何があっても生きることを諦めてはいけない、とも。

 だからぼくは泣かなかった。とても悲しかったし、なにもできなくてあの時は茫然としたけど、今は悔しい。でも泣かない。約束だから。ばあちゃんたちの代わりに、ぼくは頑張らないとならない。


 底都に住んでいた子供はぼくだけだ。三つ隣のセリカは確か十七歳、大人と思われても仕方のない年齢だった。ぼくが十歳で最年少だった。

 底都では、赤ん坊が生まれることもそう無くなっていた。ぼくの後にも、二人子供が生まれたそうだが、そのどちらもが栄養失調と病気で死んだ。

 ぼくはみんなの分まで生きなければいけないと思った。

 醜くても、這い回ってでも、縋りついて、この世界を生き抜いてやろうと、そう心に誓った。


 その決意を胸に、辺りを再び見回す。

 周囲にはやはり胡乱な眼差しで悄然と俯く子供たちがいた。数えると、ぼくを含めて十人。その全員が、番号で呼ばれているのだろうと思うと、苛立ちより先に憂鬱な気持ちになる。ぼくたちは、動物みたいなものだと。

 その中で一人、ぼくを見ていた少女に気が付く。

 先程ぼくの教育係になった、七番。彼女は、この生活をどう思っているのだろうか。


 彼女の名前を知りたい、と思った。


 

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