1.プロローグ
――光が。
僅かな隙間から差し込む光輝に、ぼくは思わず目を細める。
神々しい、なんて表現が昔にはあったらしい。それは神様っていう存在が、人々にとっての光みたいなものだったころの話だけれど。
ぼくは知っている。神様はいないし、人間は神様にはなれないんだということを。
ぼくは――ぼくらは箱の中に閉じ込められていた。
継ぎ接ぎだらけの箱庭。その間隙を縫い破り、光はぼくらの眼に届いた。
それまで、ぼくらには闇しかなかった。
いや、光のある所に闇ができるのであれば、或いはそこは闇ですらない、虚無とでも呼ぶべき場所であったのかもしれない。
そんなことはぼくにとっては関係のない、どうでもいいことだと思っていた。
しかし、平穏は唐突に破られ、ぼくは――ぼくらは箱からも追い出された。
ぼくらは、再び地上に立った。
◆
昔々、ぼくらのご先祖であるところの人類とよばれていた生物は、自らの生み出した生命によってその地上から追いやられ、やがて地下深くに――光の届かない虚無へと辿り着き、根を下ろした。それが今ぼくらが過ごしている――今までぼくらが過ごしていた底都テイトと呼ばれるところだった。
身に余る光が、人々を焼き尽くしたかのように。かつての人々は地下に逃げ込んだ。
土塊の都市。この巨大な空洞をどうにか人が住める環境にしたものは、年寄り連中にはそう呼ばれていた。
かつての人類が生み出した、地上に蔓延る『やつら』は地下には現れない。やつらは光がないと生きることができないと言われている。人類の作った闇とも呼べるその存在は、光無しでは生きられない。
人間は神様にはなれない。それでも、神様の真似事はできるらしい。
底都の中――闇の中でも生きていけるように、かつての人類は眼を改良した。詳しくは知らないけれど、地上で暮らしていたころの人類は、光がないとなにも見えない、真っ暗であったらしい。でも、ぼくらはそうではない。ごく僅かな光――ヒカリダケの放つ極小の光でも、周囲の存在を把握することができる。
逆に、ぼくらは明るい光を見ると目が眩んでしまうという。
目が眩む、という感覚を今までぼくは知らなかったけれど、地上の光はとても目は開けていられなくて、思わず目を細めてしまった。目が灼けてしまうかと思うほどだ。
また、地上では朝、昼、夜と呼ばれる時間帯によって、明るさが変化するらしい。地下ではいつも暗闇に閉ざされているため、その感覚が理解できなかった。
夜、は暗いらしいが、それでもやつらが存在するための最低限の灯りはどこからか届いているようだ。
地上には、天井の代わりに空と呼ばれるものがあり、壁も何もない空間が広がっているらしい。
その空から、星と呼ばれるものから光が届くのだ、と今まで聞かされていても、どこか他人事だった。
見たことがないものは、想像できないのだから。天井がない空間、というものを、ぼくらは今まで想像することができなかった。
――でも。
やつらが地上から地下深くに風穴を、僅かでも開けてしまったおかげで、ぼくらはその存在をついに確認した。
空と呼ばれるそれは、天井より遥かに高い位置に、遥かに広大に世界を包み込んでいた。
そして、僅かに蠢く煙みたいなもの――雲がフワフワと浮いていて、現実ではないみたいだった。
闇の中で生きてきたぼくらの眼に、それは鮮明に映った。初めて見た地上の、こんなにも色鮮やかで、なんと美しいのだろう。首が痛くなるほどにぼくらは空を見上げ、そこに輝く星々を、夜空を目に焼き付けた。
やつらがぼくらの街を、生活を、命を脅かそうというのに、ぼくらは誰も動くことができずにいた。
いや、既に意識はやつらにではなく外の世界に向いていたのだ。ただ、空を見つめ続けていた。それは感傷というものかもしれない。
青が濃くなったような不思議な色の空の中を、一筋の光が流れた。ぼくは目を奪われ、ただそれを見つめていた。
かつて手放すこととなった世界を、ついに目にすることとなったぼくら底都の住民は――次の瞬間、やつらに掃討されていた。
底都の住人、約百人が、死んだ。
ぼく一人を除いて。
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