CHAPTER8:それぞれの任務
暗い、螺旋状の階段だった。蝋燭がないため、足元も見えない状態である。
ミクレスたちは、壁を手で追いながら、螺旋状に続く階段を下りていった。
やがて出口らしきところに、小さな光が見えた。
二人は、暗闇に慣れていたで、眩しい光を浴びたような感覚にとらわれながらも、
そこに広がる世界を見つめた。
「これが・・・ラブレイズ・・・」
ラミネは驚嘆した。
ラブレイズ本部とは、地下都市。
ラブレイズ本部とは、地下の世界に栄える一つの王国。
予想を遥かに超える規模の大組織だ。
眼下には、屋根が針のように尖る家々が続いていた。
その中心を真っ直ぐ貫く、巨大な道の先には、屋根が天井に突き刺さるほどの高さを持つ
石造りの巨大で頑丈そうな城が築かれていた。
その背後は真っ暗で、ほとんどよく見えないが、おそらく壁だろうと予想できる。
空気はひんやりと冷たく、湿っていた。
それは、どことなく寂しげな感じがした。
ラミネは目を丸くしてその圧巻たる風景を眺めていた。
「凄い・・・想像以上に、凄い」
「フィアーシル島の自治組織ではおそらく最高だろうな」
ラブレイズ本部は、地下都市ゆえか、かなり殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
どっしりとした重い空気と、じんまりした厚い壁が、その迫力を生み出している。
ミクレスたちはさらに階段を下りていった。
足元が地に触れた。
中心を貫く広大な面積の大通りに出たとき、ミクレスは不思議そうに呟く。
「おかしいな・・・。何故誰もいないんだ?」
この大通りは、いつもむさ苦しい剣士たちで賑わっているはずだった。
しかし、今日に限ってその様子はどこにも見られない。
ここに来る途中から、何かが変だと思っていた。
本部には三百人ほどの剣士が所属しており、
しかも今回は支部からも召集しているはずなのに、
ここへ来る途中、その誰とも出くわすことはなかった。
ミクレスは、急に嫌な不安に駆られた。
「まさか!」
咄嗟に走り出す。
「ミクレス!?」
ラミネもすぐさま追いかけた。
ミクレスはとても焦っている様子だった。
ミクレスは急いで眼前の城に向かった。
もしも、もしもだ。
ラブレイズ本部帰還命令を聞きつけ、本部に向かうラブレイズを襲うものがいたとしたら?
好機と見て、ラブレイズ狩りを行う者がいたとしたら?
もしもそうなら、ラブレイズは・・・。
頭に一瞬、絶望の文字がよぎった。
冷や汗が頬をつたる。
ミクレスは、城門を突き破るような勢いで押し開けた。
ミクレスは、そこで信じられないものを目にした。
「遅かったではないか」
ラブレイズ総隊長、フォローガルの声だ。
何も心配する必要はなかった。
冷静に考えてみれば、ラブレイズがそう簡単に崩壊するはずがない。
門を開けた先は、大きな中庭だった。
そして、中庭を埋め尽くしてしまうかのような大勢の剣士たちが、
フォローガルの言葉でそのミクレスの存在に気付き、遅れてきた彼に悪態をついた。
「おせえんだよこのノロマ!」
「何日待ったと思っているんだい!?」
「そこで土下座して謝れ、カス野郎!」
ミクレスは、自分が来たことで一気に辺りがざわついたのだと思った。
自分より遥かに年下のくせに、自分と同じ土俵に立って
活躍しているミクレスに、よく思っていない連中は少なからずいる。
彼らにとっては今こそ罵詈雑言を浴びせられる絶好の機会なのだろう。
「ミクレス!」
すぐ後ろで、ラミネの声がした。
「ああ・・・」ミクレスは微妙な返事をする。
たくさんの男女から冷たい視線を浴び、悪口を言われているミクレスを見て、
ラミネはすぐ耳元でささやいた。
「これ、どういうこと?」
「俺の早とちりだったみたいだ」
そのときだった。
「静まれ!!」
耳をつんざくような大声が、地下中にこだました。フォローガルだ。
流れが急に逆流したかのように、あたりは一瞬にして静まり返った。
フォローガルは城内前の扉に立っていて、その隣には
ラブレイズ第六天の五人(フォローガルを入れて六人)がいた。
彼ら六人は、胸に、剣をクロスさせたような紋章をつけた、
白く滑らかで薄そうな服を着ていた。
第六天の中でも、フォローガルは最も背が低く、一番年老いている。
彼は、薄い白髪と刺すように鋭い目つきが特徴の、
ラブレイズを総統する七十歳の老人だ。
腰はまだ曲がっておらず、まだまだ現役のフィアーシル四天王の一人である。
フォローガルは、階段の上から数百人の剣士を見下ろしてこう言った。
「そこの小僧は後でわしから直々に説教をしておこう」
その言葉を聞いたとたん、一部の剣士たちの間から歓声が起こった。
フォローガルは一瞬微笑んだが、すぐに顔色を変えた。
「さて、本日君たちラブレイズに集まってもらったのは、
極秘事項を我ら第六天より直々に伝えるためである。
よって、これから話すことは一度しか言わぬからよく聞いておくことだ」
そういうとフォローガルは後ろに下がり、第六天の一人、シズと交代した。
「そこで、私からまず詳細を説明いたします。
無論、貴方たちがある程度既知しているということを前提で、
序論は省きます」
シズは、顔つき、ロンゲ、スタイル、口調、戦闘、その全てが{滑らか}ということが
特徴の若い青年だ。また、非常にマイペースである。
「我が王国軍は、まだ万全な態勢にありません。
言い換えれば穴だらけ、衝かれれば痛い急所が多い。
また、知ってのとおり、帝国軍には圧倒的な兵力、魔法国軍には魔法という
脅威的な武器があります。
それに対抗するには、現在ある未完成の部分を強化するとともに、
万全な態勢を整えることが第一だと判断しました」
その後、シズの長々しい演説のような話が続いた。
やがて人々が飽き飽きしてきたころ、シズはリストという男に交代した。
「ある程度理解して頂けたかと思いますので、
今から貴方たちに、一つずつ任務を与えていきます。
一度しか言わないのでよく聞いていてください。
まず、ピクバネン、ジガル、ロロフザンの組―――」
リストは、人々に一つずつ任務を与えていった。
彼はとても知的で、数百人の任務を全て記憶しているかのように、
全く詰まることなく易々と伝えていった。
任務を与えられた者は、早速現地へ向かい、もうここでの用は済んだ。
{たったこれだけのためにわざわざここまで呼んだのか!?}と
文句を言う者も結構いる。
ミクレスたちは最後列からその様子を眺めており、
だんだんと空いていく広間を、自分に任務が与えられるまでじっと待っていた。
「ねえ、どんな任務を与えられるのかな?」
ラミネは聞いた。
「わからねえ。ただ、もの凄く危険な任務を与えられるだろうよ」
とうとうミクレスたちの番まで回ってきたときには、
もう周りには誰もおらず、つまり、ミクレスたちが最後だった。
そのころには、中庭の中心にある噴水や、ベンチなどがよく見渡せた。
しかし、しばらくしてもリストはミクレスたちに任務を与える様子はない。
「おい、どうしたんだよ?」
ミクレスは首をひねって叫んだ。
そのとき、フォローガルは不機嫌そうな表情でつぶやいた。
「どうしたもこうしたもあるか、このたわけめ!
我々を何日も待たせた上に、リンディア人の娘に本部の場所をバラしおって・・・」
「!!」
ミクレスはドキっとした。
彼らには完全に見透かされている!?
知恵と経験から、ラミネがリンディア人だと見極めたのだろうか。
何にせよ、これはマズイ。なんとかして誤魔化さなければ。
「おいおい、ちょっと待てよ。
確かにこいつはラブレイズじゃないけど、リンディア人なんて―――」
「とぼけても無駄ですよ」
シズは微笑みながら言った。ダメだ。彼らを騙すなんて不可能だ。
ミクレスは手に汗を握った。
心臓が激しく鼓動する。そして、こういう言葉を思い出す。
「本部の秘密を他国に明かせば殺処分、及び、暗殺命令の発信}
ミクレスは、そのとき本気で死を覚悟した。
ラミネも息を呑んで第六天を見つめていた。なんとなく何が起こるか理解できる。
規則を破ったことで、罰を与えようというのだろう。それも、重い罰を。
ラミネは、まるで、かつてレフェードと対戦したときに覚えた恐怖が
よみがえってくるようだった。
恐怖に顔が引きつる二人に、フォローガルは微笑んで言った。
「ハッハッハ、どうせおぬしのことだから
いつかこんなことをやらかすと思っていたよ」
「こいつは、俺の仲間なんだ。敵じゃねえよ!」
ミクレスは必死で叫んだ。
その様子を見るたびに、フォローガルはだんだんと笑みを増す。
「わかってる。元々、おぬしらを罰する気はこれっぽっちもない」
「は!?」
一瞬意味がわからなかった。
「今回だけは許してやろう」
フォローガルは高らかに笑った。
そのたった一言で、急に楽になったような気がした。
「ったく、人が悪いんだよ・・・・。で、任務ってのは何なんだ?」
「君たちの任務は、セレディー大雪山の
調査をすること、それだけだ」リストは答えた。
セレディー大雪山とは、アクスラ機関の近くにあるラフェルフォード最大の雪山である。
ちなみに、{大雪山}は、大雪が降る山ではなく、大きな雪山という意味である。
セレディー大雪山は、貴重な自然として国から直接保護されており、
本格的な調査はまだ実行されていない。
「つまり、セレディーに何か異常がないか、確かめて来いということか?」
このように、セレディーと略されることもある。
「言い換えればそういうことだ。あそこはアクスラ機関の実力を
最も発揮できる唯一の神山だからね」シズは滑らかに答える。
「なるほど、わかった。じゃさっさと終わらせよう。ラミネ」
「うん」ラミネは小さく返事をした。
早々と立ち去ろうとする二人に、フォローガルは慌てて呼び止めた。
「まあ待て。・・・お前たちには王国軍から援軍が呼ばれておる。
まずはその者たちのもとへ向かうのだ。
ミクレスは立ち止まった。
「・・・・・わかった。で、そいつらはどこにいるんだ?」
「ラフェルフォード城下町だ」
ミクレスは不可解そうな表情を浮かべた。
「城下町って、セレディーに向かうなら
そいつらがこっちに来たほうが早いじゃねえか?」
「まあそういうな」
ラフェルフォード城下町は、王国の中心部にある。
そして、セレディー大雪山はラフェルフォード最北端の山だ。
つまり、ラブレイズ本部からラフェルフォード城下町に行き、
セレディー大雪山に向かうのはかなり遠回りになるというわけだ。
ミクレスはぶっきらぼうに返事をした。
「ちっ、わかったよ。じゃ、もう行くぜ」
ミクレスは、少し納得がいかない、という表情をしながらラブレイズ本部を後にした。
誰もいない中庭に、第六天だけが突っ立っていた。
やがて、シズとフォローガル以外の第六天は城内へと戻っていった。
フォローガルは尋ねた。
「シズよ、帝国軍のリハイム大橋が落ち、さらにディンブールも崩壊したという
情報は聞いたか?」
「はい。帝国軍の中でも基本的に内密になっておりますが、
偵察者の連絡より、既に第六天には。」シズは答える。
フォローガルは不気味な笑みを浮かべた。
その笑みが、シズに嫌な心配を与えさせる。
「フォローガル様、あまり無茶はお考えにならないでください・・・」
シズはつぶやく。しかし・・・。
「思っても見なかった最大の好機だ。
奴らの前線部隊、ザッと見積もって五千人ほど葬っておこうではないか」
―――やはり聞いていなかった。
そして、そんな無茶苦茶な作戦にさえもシズは共に行かなければ成らない。
なぜなら、シズは総隊長直属護衛兵だからである。
「はあ・・・・。言い出したら聞かない」
「そうと決まれば早速出発する。これは任務だ」
そして今、最上層部を含めた、それぞれの任務が始まるのであった。