CHAPTER6:忍び寄る魔の手
ミクレスたちが旅立つ前夜の話である。
――――ここはカイレトラン帝国。
三国の中で唯一、奴隷制度を設け、
唯一、国家統一主義(国家を統一し、世界は一つの国だけで成り立たせようという考え)
を掲げている帝国である。
さらに、帝国は弱肉強食の世界で、剣術が優れるものならば
誰でも国の頂点に立つことさえも許されるという、非常に不安定な国である。
つまりいえば、帝王は相当の腕前を持つということである。
そして、現在帝国を治める王は、
赤く高貴なマントを身に纏った、キャリオルという名の男である。
キャリオルは、その独裁的な政治の仕方で国家統一主義をたてまえに
三国の大戦争を引き起こした元凶だ。
とても冷酷非道な性質で、気に入らないヤツは排斥しようとする性格を持つ。
しかもその上、彼は剣術において一頭地を抜く実力を誇っており、
誰も彼に逆らうことができない。
そして、彼ととても意気投合する味方が、
フィアーシル四天王の一人、ルルカ・シャトルークである。
{氷の白影}という二つ名を持ち、
その名の通り、戦闘に出るときは常に白く厚い鎧に身を包み、
何の躊躇もなく笑いながら人をなぎ倒していく冷酷な心を持っている。
彼のそのような志にえらく感心を持ったキャリオルは、
ルルカを第一直属特攻隊として最も前線で、最も暴れられる位置につかせたという。
王座に座るキャリオルの前でひざまずく、少し太った部隊長が言った。
「キャリオル様、ブラッドグリフの空軍の準備は既に整っております。
命令次第で、いつでも出撃させられましょう」
「進撃相手はどちらにしつけておいたのだ?」
キャリオルの質問に、部隊長は顔を上げて言う。
「はい、ラフェルフォードを対象として・・・」
その言葉に、キャリオルは顔をしかめた。
「今すぐリンディア対象に変更しろ」
「はっ、しかし・・・」
「何だ?」
キャリオルは部隊長を、冷たい目で見つめた。
その瞬間、この上ない恐怖のかたまりが部隊長を襲う。
恐怖に引きつった部隊長の顔を見て、キャリオルはクククと笑った。
「ラフェルフォードは領土も兵力もたかが知れてる。
リンディアと決裂したことでもはや国とも言い難い
弱小国家へと成り下がってくれた。そんな弱敵に、
我々の主力部隊を送る必要などない。数を送っていればそのうち落ちる。
それに、そのことは貴様も承知のことだろう?
ならば、我々の敵はリンディア魔法国一つということは
言わなくても判る自然な答えであろうが。
判ったらさっさとその豚みたいな身体を退けろ」
キャリオルはだんだんと口調を強め、最後は憤慨した。
部隊長は震えながら返事をし、早々とその場を立ち去った。
その傍らで二人の会話を眺めていたルルカは、
友達感覚のような気軽な口調で提案した。
「ラフェルフォードは確かに小勢力でしょうが、
彼らにはフィアーシル四天王が二人います。
たかが二人かもしれませんが、大きな脅威に―――」
キャリオルは微笑みながら彼の言葉を遮った。
「そのうちの一人は隠居でコソコソと暮らしている臆病者だ。四天王が聞いて呆れる。
そんなクズどもの集まりに恐れることなど何もない。」
どうやらキャリオルは、ラフェルフォードを敵とすら思っていないようだった。
あえて言うなら、リンディアのオマケといったようなものである。
「我々の力ならばリンディアも同様に数で圧倒することができるだろう。
だが、彼らには広範囲を一度に攻撃できる{魔法}が存在する。
特に提唱によって発動する上級魔法は多大な被害を被りかねない。
数が少ないからといってラフェルフォードと同列に扱うのは危険だ」
ルルカはいつもと同様、得意げにずかずかと言った。
「突出的な戦力がないからといって、ラフェルフォードを甘く見るのは危険です」
キャリオルはルルカにチラっと視線を送る。
「フッ、詭弁だな。仮に甘く見る行為が愚行だとしても、
彼らと総力的に比較すれば頭数だけでも我々が圧倒的に優勢なのは事実」
「全く、貴方ときたら・・・」
そういいながらも、ルルカはニヤニヤと笑っていた。
ルルカからしても、キャリオルの絶対的自身に溢れた言動は
非常に興味深いものがあり、信頼できるものがある。
事実、彼が起こしたこの大戦争も、実行前は無茶だといわれ続けた戦法で
形勢を優位に運んできているのだ。
独裁という形をとれば、価値観の相違によって謬見や批判の声が飛び交ってくるが、
彼はキャリオルの発言にこそ絶対性があり、信頼性があると信じている。
「それよりルルカよ。以前にフォローガルと再戦したいと言っていたが、
本当にそれでいいのか? 私としては、お前を危険に曝すという行為自体が
好ましくないのだが」
フォローガルとは、フィアーシル四天王の一人であり、
ラブレイズを指揮する最高司令官の男のことである。
以前にルルカは、フォローガルと雌雄を決する戦いをしたのだが、
思わぬアクシデントのためにルルカの敗退として終わってしまったのだ。
自分の剣術に絶対的な自信を持つルルカは、納得のいかない終わり方に
悲嘆し、次こそ必ずフォローガルの首をとることを誓ったのだ。
ルルカは、周りにいるものを畏怖させてしまうようなほどの形相で言った。
「あいつの首は俺が狩る! 誰にも邪魔はさせねえ!」
まるで狂ってしまったかのような発言だった。
「わかった。貴様に任せよう」キャリオルは言った。
ラフェルフォードは、強者社会の帝国と違って、
剣術を学ぶのは個人の自由としている。
故に、ルルカが敵の頭を潰してくれれば、
後は大した力を使わなくても勝てるだろう。
圧倒的な戦力を持つということは、この上なく快感なことである。
全力でかかってさえも捻じ伏せることのできる強さ。
指示一つでそれを行うことのできる権力。
全ては帝王という地位につけたからできることだ。
だとすれば、なんと素晴らしい地位なのだろうか。
キャリオルは立ち上がり、歩き出した。
「どちらへ?」と、ルルカ。
「お休みの時間だ」
キャリオルは微笑んだ。
キャリオルは、直線に敷かれている赤い絨毯の上を大股で歩いた。
王の間の扉の前へ来、取っ手に触れようとした瞬間、
眼前の扉がバッと開いた。
「あ、キャリオル様! 大変でございます!」
見回りの兵士が、何やら慌てた様子で叫んだ。
「何だ、騒々しい」
「そ、それが、たった今、リハイム大橋が落ちたという連絡を受け取り・・・」
「何だと!?」
リハイム大橋というのは、帝国中部から北西部を繋ぐ唯一の鉄橋のことである。
それが落ちてしまったなれば、北西部との行き来ができなくなるのだ。
急な事態に驚いていたキャリオルに、さらなる悪夢が襲い掛かった。
突然現れたもう一人の兵士が、慌てた様子で言った。
「た、た、大変です! ディンブールが、ディンブールが落とされました!!」
「野郎!」
キャリオルは兵士の胸倉をつかんで持ち上げた。
「それは確かなのか!?」
「は、はい!! たった今、連絡が・・・」
「クソ!」
キャリオルは震える兵士を投げ飛ばした。
そして、振り向き駆け足でバルコニーへと向かう。
焦った様子で駆ける帝王に、ルルカはいぶかしげな顔をして聞いた。
「何事ですか?」
「黙れ」
キャリオルはルルカを軽く流した後、バルコニーへの扉を両手で押し開いた。
キャリオルは遥か遠くを眺めた。
青々と続く夜空の先、地平線が赤く燃えている。
「クソ! いったい何が起こったというのだ!?」
キャリオルは叫んだ。
眼前に燃えるディアンブールを前に、二人の影が映った。
トゲトゲが生える奇妙な法衣を身に纏う女と、
炎を模したように燃えるコートを着た男―――レフェードだ。
「よく燃えるねえ! メラメラだねえ!」レフェードは微笑みながら言った。
「ところでレフェードよ、貴様は帝国の担当ではないはずだろう?
では何故ここにいるのだ?」鋭い視線をレフェードに移した女は問うた。
「リンディアの任務があまりに早く終わっちまってな。手伝いにきたんだよ」
「フン、私一人で十分な仕事だよ」
女はそういうと、呆れた様子でその場を立ち去ろうとした。
「おいおい、待てってば」
レフェードも後に続く。
そして二人は、燃え盛る炎を背に、カイレトラン帝国を後にした。
王国軍でもなく、魔法国軍でもなく、そして帝国軍でもない。
では彼らはいったい何者なのか?
謎は深まるばかりであった―――
一日一日順調に更新中です!
この調子で頑張ります!←(これ前も同じこと言ってた!?)
とりあえず、今回はこれを覚えましょう!
※提唱による上級魔法
意思だけで発動させることができる下級魔法に対して上級魔法は言葉を唱えなければ発動しない仕組みになっている。