CHAPTER5:出会いと旅立ち(後編)
―――二人はお互いを罵り合って楽しんでいた。
それを横から見つめるランツは、二人が馬鹿笑いをする度にため息をつく。
そしてその隣で、ラミネはぽかんとしながら賑やかな様子を眺めていた。
「ところでよ、ミクレス。以前に会った時、お前と一緒にいた
銀髪の坊主は今どうしてんのよ?」と、スホウ。
「え・・・あ、ああ。ファーロックのことか。最近あいつと会ってねえからなぁ。
わかんね」ミクレスは答えた。
スホウはまたハッハッハと笑うと、ミクレスを貶めるように言った。
「そうか。まああいつ、えらく強かったもんな!
魔法も剣術も両方できたし。ミクレスと違って、王国の上層部で働いてるんじゃねえか?」
「俺と違って、は余計だよ」
ミクレスとスホウはとても楽しそうだった。
さっきまでムスっとしていたミクレスも、
人が変わったように喋りだし、そして明るく笑う。
おそらく、この賑やかな雰囲気をつくっているのはスホウだろう。
彼がやってきてから、全てが彼のペースに巻き込まれたような気がする。
そんなことを考えているとき、スホウが大きく身を反らして、ラミネに向いた。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったな。なんていう名前なんだ?」
ラミネはピクっと反応して答えた。
「あ、ラミネといいます」
「はっはっは、別に敬語じゃなくてもいいぞ。そうか、ラミネか。
・・・・・・・もしかして、ミクレスの恋人か!?」
また、時折スホウは意味不明な言動をする。
そんな彼に、ミクレスは本気でバカだなと思いながら、呆れたように呟いた。
「頭痛いんじゃないのか?」
そして、一言「バーカ」と付け加える。
何か言い返そうとしたスホウより先に、ランツばあさんが口を挟んだ。
「馬鹿笑いして楽しむのはいいけど、初対面の女の子に変なこと言うんじゃないよ!」
その言葉の殆どが、スホウに向かって言っているのだということがわかった。
ラミネはクスクスと笑いながら、「愉快な人たちだな」と思った。
実は、彼女はその身分ゆえか、生まれてこの十三年間、
こんなに気軽に話しかけたり笑ったりする人たちを見るのは初めてだった。
自分の周辺はいつも上品でいて当然で、
常に何かに牽制されているかのような状態で、でもどこかで
それは礼儀だから仕方ないのだ、と思っている自分がいた。
しかし、彼らの陽気で堂々とした笑いを見ていると、
そんな形だけの振る舞いをしていた過去の自分がバカらしく思えてくる。
そして、自分は今まで何をしてきたんだろう、と思わされる。
スホウは一瞬困ったような顔をした後、ミクレスの肩に手をおいてから言った。
「それよりミクレス、お前ラブレイズに入って弱くなったんじゃねえか?
今からちょっと腕試しでもしようじゃないか!」
と、スホウは上手い具合に話を誤魔化した。
「おいおいスホウ、そんなんで話誤魔化してんじゃねえよ」
ミクレスは冷笑して言う。
「そんなんじゃねえよ。な、ランツ。ちょっとやってきていいか?」
「はぁ・・・まあ、行くなら行っておいで。
そのかわり、あんまり遅くまでやるんじゃないよ」
ランツばあさんは情けなさそうな顔をしてそれを許可した。
陽気なスホウは何故か両手の拳を握り締めて言った。
「よっしゃ、行くぞ! ミクレス!」
「おいおい、何勝手に話し進めてんだよ」
ミクレスは外に向かおうとするスホウを呼び止めるように言った・・・が、
スホウは返事もせずに開きっぱなしの扉を抜けて外に出た。
「ったく・・・」
仕方なくミクレスは、勝手なスホウに従うことにした。
「怪我するんじゃないよ」
バカな話をしていると思ったら急に真面目な質問に変わって、
質問をし終わったと思った瞬間にまた罵り合いが始まる。
調子の波が激しい二人だったが、ランツばあさんはいつも一定の波を保っており、
彼らの言動には慣れているみたいだった。
ランツばあさんは木のコップを取り出して、保存していた水を入れ始めた。
そして、少し水を入れた後、ラミネに手渡して言った。
「バカばっかりですまないねえ」
「いえ、凄く面白いですよ」
ランツは玄関の前に倒されていた、自分の身体よりも大きな扉を持ち上げ、
玄関に合わせようとした。
なんとか中を見えないようにするくらいにはできたが、
扉は玄関にはしっかり嵌っておらず、どちらかといえばもたれているだけ、といった
感じであった。
ランツは、ふうっと息を吹いてから言う。
「後はあのバカどもに任せるかねえ」
ランツは忙しいそうであった。
水を汲んできたり、掃除をしたり、家事は殆ど一人でやっている。
ラミネは、その様子をただ見ているだけでは悪いと感じ、ランツに呼びかけた。
「私にできることがあれば、手伝います」
さきほどの遠慮がちにおどおどしたものは既になく、
少し力強い口調だった。
ラミネとランツは表に出て、洗濯物を棒に引っ掛けた。
ベッドから降りたときに気付いたのだが、ラミネは洋服ではなく
綺麗な絹のローブを着用していた。
ランツより少しばかり身長が高いラミネは、その作業をほとんど一人でこなした。
「あんたがやってくれてほんとに助かったよ」と、ランツ。
ラミネは「いえ」と小さく呟いた後、組み手をするスホウとミクレスのほうに目をやった。
「あの二人は、どういう関係なんですか?」
ラミネは聞いた。
「ただの師弟関係さ。まあ、義理の親子というのもあるがね」
家のほうに戻りながら、ランツは答えた。
―――ミクレスとスホウは組み手をしていた。
組み手といっても、ミクレスの一方的な攻撃で、
それをスホウがかわしたり受け止めたりしているだけだった。
「ちょっとは強くなったかい?」
スホウは挑発するように言った。
「この三年間、遊んでたわけじゃねえんだ」
「そうかい!」
力強い口調になったと思った瞬間、スホウは初めて反撃を仕掛ける。
「うぐ!」
ミクレスは吹っ飛んだ。
ミクレスは手加減なしで本気で攻撃しているのだが、まるで通用しない。
闘うたびに感じることなのだが、彼にまともな攻撃を当てるのは
不可能だと思わされる。
絶対に当たるはずの攻撃が、絶対的な防壁に弾かれる。
彼の周りにはスキというものが存在しないように思えた。
腹部を押さえながら、ミクレスは立ち上がる。
「一発でもまともな攻撃を当てれたら、今日の特訓は終了な!」
「いつから特訓になったんだよ!」
ミクレスは面倒くさそうに呟くと、また絶壁に向かって飛び掛っていった。
まともな攻撃というのは、単に身体に当てるだけの攻撃ではない。
スキというものを狙い、防御を破って確実に当てることこそが、
まともな攻撃を当てるということである。
この男にそれをするためには、やはり気を引きながらスキをつくるしかない。
ミクレスは手のひらで掴めるくらいの石を拾った。
(ワンパターンな戦法だな)と、スホウは思った。
石を投げ注意を引いてスキを衝く。
まず一発先手を入れるときに使う、常套手段だな。
案の定、ミクレスは石を顔面に投げつけてきた。
スホウはそれを上半身をひょいと逸らしてかわす。
そして、ミクレスは飛び掛ってきていた。
(避けて終いだ、この若造め)
ミクレスは脚を前にして、飛び蹴りを食らわそうとしていたが、
それを読んでいたスホウは驚くこともなく楽々とその攻撃をかわした。
ミクレスはスホウの目の前を通り抜けていく。
情けないと言いたげに、目を閉じながらこう言った。
「残念だったな」
そして、目を開けて続きを言う。
「その手は・・・」
次の瞬間、首がひね曲がってしまいそうな重い何かが、
スホウの頬に激突した。不意を衝かれたことで、スホウは一瞬よろめいた。
「ちょっと避けたくらいでいい気になりやがって。このバカ師匠が」
ミクレスは得意げに言う。
そのとき、何が起こったのか初めてわかった。
「そうか、三重攻撃か」
戦法はいたって簡単だった。
まず、石を顔面に投げて相手に反撃ができないような状況をつくる。
その次に一回目、脚から突っ込んでいくような飛び蹴りをして、
スホウの隣を通り抜けていく。
予想通りの攻撃をかわして、油断しているスキに、
木を強く蹴って軌道をもう一度スホウに戻し、
後は思い切り殴るだけ、というわけだ。
もちろん油断せずに相手の動きを見ている敵には
全くもって通用しない、それどころか逆効果になるような戦法だ。
「俺としたことが、バカだと思って油断したぜ」
「もう夕暮れどきだし、ちょうどいい」
ミクレスたちは、長い組み手を終えて、夕食の待つ?ランツの家へと
向かっていった。
ラミネとランツは協力して料理をつくっていた。
といっても、森でとれた果物や木の実をナイフで切って
皿に乗せるだけの、料理ともいえないシンプルなものだ。
四つの皿に、色とりどりの果物を乗せて、夕食が完成したとき、
組み手を終えた二人が家に戻ってきた。
「ただいま〜」
スホウはもたれかかっている玄関扉を横に退けた。
そのとき、見違えるほど元気な様子でラミネが言った。
「おかえり!」
ミクレスとスホウは、彼女の揚々とした態度に驚いた。
しかし、スホウはまたにっこりと笑顔を見せて、
「ただいま!!」
と明るく返事をした。
四人は、食事が並ぶテーブルについて、
この時代ならではの掛け声ではじめた。
「では、たくさんの命に感謝をして――――」
「ラシャーナー!!!!」
最後は四人全員で一斉に言った。
食事を済ませ、彼らはしばらく談笑した。
やがて夜も深くなり、人々が眠りにつくころになった。
スホウは壁にもたれ、ランツは椅子に座り、すやすやと眠っていた。
そして、ラミネも眠りにつこうと、掛け布団を被ろうとしていたときである。
ミクレスは、剣をテーブルの上に置き、ウエストポーチも外して、
就寝ではなく表へと向かった。
他の三人を起こさないようにと、ゆっくり扉を横に滑らし、
半開きの部分から外へと出て行った。
気になったラミネは、掛け布団を退け、床に足を下ろした。
「こんな時間に、いったいどこにいくんだろう・・・?」
ラミネは裸足で静かにミクレスの後を追いかけ、外に出た。
ミクレスは、別にどこか遠くへ行ってはいなかった。
すぐ手前の草原の上で腰を下ろし、遥か頭上に広がる
一面の星空を眺めていたのだ。
「ミクレス?」
ラミネは呼んだ。このときには既に、彼を呼び捨てにできるまでになっていた。
驚いたミクレスは、ばっと振り向く。
「なんだ、ラミネか」
そう言ったときには既に、ラミネはミクレスのそばまで来ていた。
「空・・・見てるの?」
「ああ」
ラミネはミクレスのそばに立ち、同じように星空を眺めた。
一瞬ミクレスをチラっと見たラミネは、こんな質問を問い掛けた。
「ミクレスは、王国のもとで戦っているの?」
「まあな」ミクレスはぶっきらぼうに答える。続けて言った。
「正確にはラブレイズってところだけど、まあ似たようなもんだ」
ミクレスは、ラミネがリンディア人で、リンディア国でも身分の高い
地位にいたということは既知していた。
本来ならば、{探り}と警戒しながら話さなければいけないのだが、
彼女にそんなつもりはないということはわかっていた。
「なんで?」
ラミネは質問を続けた。
「なんで戦うの?」
ミクレスは、星を見つめながら、ただ一言、こう言った。
「平和にするためかな」
実は、ミクレスは戦うというものほど嫌いなものはなかった。
争いごと、面倒ごと、厄介ごとなど、くだらないことで
労力を使ったりするのはこの上なく嫌いであった。
それなのに、彼が自らラブレイズという一つの剣士育成機関に入ったかというと
このためである。
戦いが嫌いだからこそ戦い、戦いを終わらせる。
これこそ彼自身の中で最大の決断だった。
「そっか・・・」
ラミネは呟いた。
ミクレスの言葉を聞き、少し感動させられた。
たった一言だったけれど、優しくそして強い声色から、深い決断があったのだとわかる。
二人はそれ以上会話を交わすことなく、ただじっと星を眺めていた。
しばらくしてからラミネは、ミクレスに目で合図を送って
家に戻り、静かに眠りについた。
夜が明けた。窓から朝日が差し込んでくる。
光に照らされ、部屋にいた三人は目を覚ました。
「う〜ん」
スホウは大きく伸びをする。
そして、ミクレスがいないことに気付いた。
「あれ、バカ弟子は?」
「きっと外に・・・」
そのとき、玄関扉がギギっと音をたてて動いた。
「あー、やっと起きた? じゃさ、俺もう行くから」
ミクレスは扉の外から少しだけ顔を出し、三人にそう言った。
「えらく早い出発だな。急いでるのか?」
「ああ、ラブレイズから帰還命令が出てるんだ。
のんびりしてたら間に合わないよ」
と、言いつつも昨日はずいぶんとのんびりしていたはずだ。
「そうか。まあ仕方ねえな。また連絡くれよ!」
「気をつけてな」
スホウとランツはのほほんとしながら言う。
ミクレスは安心して出発した。
ラミネは慌てて扉を開け、ミクレスを追いかけた。
草原を歩く彼の背中に向かって、こう叫んだ。
「待って! 私も・・・私も連れていって!」
ミクレスは振り向く。そして、こう答えた。
「好きにしろ」
そのとき、ランツがラミネに、あるものを手渡した。
「これは・・・」
手渡されたのは、ラミネが最初着ていた洋服だった。
「頑張ってきなさい」
ランツは優しく微笑んだ。
こうして、ミクレスとラミネは、共に旅をすることになったのだった。
早くも5章まで参りました!
この調子でどんどんいきたいと思います!