CHAPTER3:出会いと旅立ち(前編)
あの後、コーリスとの会話は後味の悪い終わり方をした。
そして王国軍の考えに深く失望した。それが最善の決断だということにも深く失望した。
もう勝ち目のない負け戦だ。そう感じさせるほど、絶望的な状況である。
そして二日後、コーリスとは一度も話すこともなく支部を出た。
別に喧嘩したわけでもない。けれども、彼とは話をする気にはなれなかった。
とりあえずミクレスは、近くの知人の家に向かうことにした。
もともと立ち寄るつもりではあったが、今なら「ついで」である。
ついでとは言ってもやはり会いたい気持ちは強かった。
ミクレスは、少し小高い丘の上に立ち、クラフェータ大草原を遥か遠くまで見渡した。
地平線の先まで広がる雄大な草原に、波のような風が吹き渡り、草をなびかせる。
その草は、太陽の光を受けて反射しているのか、とても綺麗に見えた。
この自然がもたらす、ただ綺麗なだけとは違う「絶景」こそが、
ミクレスの心を唯一落ち着かせてくれるものであった。
ミクレスは斜面を下り、若草色の大草原を歩き出した。
草につられたかのように、マントも風に揺られて踊りだした。
知人の家にたどり着くには約二日かかる。
まあ焦らなくても大丈夫だろう。ゆっくり行こう・・・とは言ったものの、
彼は夜までひと時の休憩を取らずに歩き続けた。
これは彼の旅のスタイル、いわゆる癖だからだ。
ラブレイズから受けた遠出の任務をこなしているうちに、
自然と「不休」という癖を身につけたらしい。
その癖を繰り返しているうちに、旅のスタイルという固定的なモノになったというわけだ。
そしてミクレスは、昼食もとらなければ夕食もとらなかった。
この時代には既に一日三食の習慣が身についているはずなのに、
彼にはそれがない。なぜかと聞けば、「面倒くさいから」で、
食べたいときに食べるという何とも気まぐれな性格である。
そして月が昇り始めたころ、適当に寝場所を探して眠りにつく。
また朝が来て、朝日の光に目を覚まされた後、軽く朝食をとり(これも気まぐれで決まる)
すぐに出発する。そしてまた夜まで歩き続け―――――
その繰り返しをするという感じのスタイルだ。
ちょっと変わってるかもしれないが、実に単純である。
太陽が高く昇ったころ、彼は{桜の森}という場所に辿り着いた。
そこは、まさに希少地帯ともいえる珍しい自然である。
{桜の森}の名前の通り、この森は桜が集まってできた森である。
しかもその桜はこれまた珍しく、三年を基準に
咲き時期(桜が花を開く時期)と枯れ時期(桜の木が枯れる時期)を交互に繰り返す
桜なのだ。
特に咲き時期のこの森は圧巻で、見渡す限りの美しい桜が広がっている。
もちろん、この森の動物たちも非常に珍しいものばかりである。
一度土の中に潜ると五年は外に出てこないコカシノや、
まるで歌を歌っているかのような鳴き声をする鳥メンルル、
桜の花びらに擬態して、ただ観賞する者を驚かせるためだけに生きるサクラモドキなど、
その種類は約三十種類といわれている。
しかし、実際のところはもっと多いと予想されているらしい。
そして、ミクレスが訪れたときの森は咲き時期、特に満開の時であった。
遥か先まで続く淡いピンク色が、目に焼きつくほどの絶景であった。
動物の姿は見えなかったが、小鳥のさえずりは聞こえてくる。
チュンチュンといった、可愛い鳴き声だった。
ミクレスは桜を鑑賞しながらも、森の半ばまで進んでいった。
この方角で進んでいれば、森を抜けたあたりに木の家があるはずだ。
なんとなくの感覚で森を進んでいると、突然、ラフィーネの様子がおかしくなった。
急にミクレスの肩から離れ、しつこいくらいに鳴き始める。
「どうした? ラフィーネ」
「ピー!」
そして、ラフィーネは進行方向と全く別の方向に進み始めた。
「おい、待てよ」
しかし、ラフィーネは止まろうとしない。
ミクレスは慌ててラフィーネの後を追った。すぐに追いつけるほどゆっくりな速さだったが、
ミクレスがすぐ後ろに来たのを確認した瞬間、急にスピードを上げた。
「あ、おい!」
ミクレスは駆け足でついていく。
しばらく進んだころ、彼らは円形状の広場のような場所に出た。
まるで森の一角を切り取ったような、広く澄んだ場所だった。
その中心に、大きな翼を広げた、獣と鳥を融合させたような奇妙な動物と、
そのそばで倒れる一人の少女の姿があった。
ラフィーネはそこまでミクレスを誘導すると、ゆっくりと肩に留まった。
ラフィーネはこれを伝えたかったのだ。
ミクレスは少女に駆け寄った。いかにも高価そうな、綺麗な白い服を着ている。
「おい、大丈夫か!? おい!」
しかし、少女は返事もしない。まるで死んでしまったかのように
ぐったりとして気を失っていた。
さらに、右腕が赤くはれ上がっていた。おそらく折れているのだろう・・・。
ミクレスが現れたことで、安心した怪鳥は、静かにその場を後にした。
きっと、彼女を乗せてここまで運んできたのだろう。
命を救える誰かに気付いてもらうために。
いったいどうすれば・・・?
ミクレスは必死に考えた。この近くでこの子を助けられるのは・・・
思い当たるのは、ミクレスがこれから会いに行こうとしていた知人しかいなかった。
一番近く、一番彼女を助けられるような気がする。
ぐったりとした彼女を背中に乗せた。
もう死んでしまっているのではないかと思わせるほど、力が感じられない。
「頑張れよ!」
ミクレスはそういいながら、知人の家へと向かった。
会話が極端に少ない、というか、なかったですね…。
まあそれを踏まえての「前編」なんですけど、
ちょっと反省すべきところがあったと、自分でも感じています…(汗