CHAPTER30:開幕の時
「とりあえず……どうやってここから降りるかだよな……」
ミクレスは崖下を覗き込んだ。あまりの高さにめまいがしそうになる。
「それならコレを使えば良いんじゃない?」
F・Iが陽気な声で言う。ミクレスは、F・Iがしっかりと握る鎖に目をやった。
F・Iはミクレスの隣に並び、鎖を思い切り振り下ろした。ジジジという鎖が擦れ合う音と共に、鎖は勢いよく直進し、やがて地面に突き刺さる。F・Iは鎖を持ちながらミクレスに言った。
「あんた先に行きなさいよ」
何故か命令形。ミクレスは変な顔をして首をかしげた。
「ん、なんで?」
ミクレスが問い返すと、F・Iはからかうような笑みを浮かべて言った。
「だって、あんたが下なら、上にいるあたしの―――」
途中まででも、何が言いたいのかやっとわかった。
「死ね」
くだらないと言いたげに流す。
(ったく、この女、俺をどこかの女たらしさんと勘違いしてるんじゃないか?)
「もっと素直になったほうがいいんじゃないの〜?」
(ていうかコイツがたらしだな。男たらし。女たらしと男たらしなら気が合うかな……)
「今度お前に相性よさそうな男紹介してやるよ」
ミクレスは苦笑して言った。
「それはどうも」
次は真面目だ。
「つーか、降りるんじゃなくて下に落としたスカイボード拾ったほうが早いんじゃない?」
そしてF・Iの目を見つめる。F・Iも、なるほど、と納得して鎖を引き寄せ始めた。
こんなとき彼女は、余計な言葉を付け加える。
「でもさ、あんたにとっては、降りたほうが嬉しかったよね」
{嬉しかった}という表現が逆に腹が立つ。ミクレスは返事もせず鎖を見つめていた。
鎖は、手繰り寄せているのではなく、縮んでいっているので、すぐにF・Iの手元に収まった。
次にスカイボードをつかまえるのだが……ここからだとスカイボードがどこに落ちているのかよく見えない。
「確か……このへんで落としたよな……」
ミクレスは崖下を見下ろして呟く。
「そうね……でも、ここからじゃよく見えないわ」
考え込むミクレスを横に、F・Iは無邪気な子供のような声で言った。
「そんなときにコレの出番よ! ジャジャーン! 双眼鏡!」
しかし、ミクレスにとっては初めて見るもの。
「ん?なにそれ?」
不思議そうに聞く。しかし、F・Iは舌を出してベーっと言った。
「いちいち説明するの面倒くさいわ」
ミクレスはむっとする。
「同感。俺も説明聞くの面倒くさい」
ミクレスは淡々とした口調で呟いた。F・Iは気にせず双眼鏡に目を通した。
「ふーん、あそこか……」
F・Iはスカイボードを見つけ、次に双眼鏡と肉眼とでその位置を見比べた。そして、なんとなく位置を把握した後、双眼鏡を直し、思い切り鎖を振り下ろした。
「さすが未来の道具だな」
「いえ、こんなものくらいなら数十年後に開発されるはずよ」
(数十年経ってもこんな腐ったものしか開発されないなんて、俺が生きてる間は期待できないな)
ミクレスははぁっとため息をついた。
「ん……どうやらヒットしたみたいよ」
F・Iは微笑みながら言う。
「後はこれを引けば……」
鎖は勢いよく縮んでいった。ミクレスも軽く引っ張り挙げる鎖、スカイボードくらい何ら苦でもないだろう。
やがてスカイボードは引き上げられた。
「へぇー。この高さから落ちても傷一つつかないんだな」
ミクレスが感心したように言う。
スカイボードは壊れている様子もなく、むしろ傷の一つさえもついていない状態だった。しかし、F・Iはそれを見て困ったように言う。
「あーあ、サブエンジンがぶっ壊れちゃってるわ。こりゃ長く飛べそうに無いわね」
見た目は大丈夫でも、中身は壊れている。当然、そんなことミクレスにわかるはずもなかった。
「どこか悪いのか?」
心配そうにミクレスは聞く。もし飛べないとなると、歩いて帰らなければならないじゃないか。
「う〜ん、メインエンジンは大丈夫みたいだから、多分問題ないと思うけど……」
「長く飛べそうもないのに問題ないのか?」
「ええ。とりあえず、時空移動装置のあるところまでいければ……」
ミクレスは相槌を打った。とりあえず、未来の機械のことを言われてもわからない。
ミクレスはなんとなく崖下に視線を落とす。そのとき、ミクレスの顔が歪んだ。
「何だ……あれ?」
「ん?」
F・Iも同様に崖下を見つめた。
「なんだろうね……ここからじゃよく見えないわ」
崖下には、さっきはなかった黒い物体が群れを成してうじゃうじゃしていた。しかし、やはりこの高さからではそれが何なのかわからない。二人は不思議そうにそれを見つめた。
と、そのときF・Iは双眼鏡と呼ばれるものに目を当て、その様子を眺めた。
「へぇ〜なるほどね!」
何故か微笑んでいた。
「何が見える?」
ミクレスは一瞬F・Iに視線を移して聞いた。
「アレは魔法国軍だね。あーあ、もうすぐフィアーシル史上最悪の大戦争が始まるわ」
F・Iはなんだか愉快そうに答える。続いてミクレスは呆れたように言った。
「あれが魔法国軍? まるでアリの群れだな」
ミクレスはフンと鼻を鳴らした。
「冗談言っている場合じゃなさそうだ。早く行こう」
「ええ、わかったわ」
二人は視線を合わせてから、スカイボードに乗った。
―――一方、帝国軍では。
「キャ、キャリオル様ー! ようやく、北西部との連絡がとれましたー!」
下級兵士の叫び声。キャリオルはニヤっと笑った。
「フフフ、フハハハハハハハハハハハハハ! ついにこのときが来たか!」
冷たい表情。怖い声。
「ガメイン、北西部に出撃命令の書状を送れ! ロッド、今すぐホワイトホースの用意をしろ! 豚野郎、ブラッドグリフ部隊の準備だ!」
「はっ……しかし、キャリオル様……」
下級兵士は恐る恐る顔を上げる。しかし、キャリオルの冷たい目が兵士を襲った。
「何だ?」
兵士はすくみあがった。
「いえ……何も……」
キャリオルはフンと鼻を鳴らし、したり顔で剣を抜いた。
「歯向かう者は全員ぶっ殺せ! 帝国軍の真の恐ろしさを思い知らせてやるのだ!!
フハハハハハ―――アッハハハハハハハハハハハハハハ―――――」
―――こちらはラブレイズ第六天の二人。
「ようやくリンディアも、次いではカイレトランも進撃を開始したようだぞ」
フォローガルは苦笑いを浮かべ、二刀の剣を抜いた。
「意外と早かったですね。私たちの初期配置が大きく狂わされました」
「なーに、心配はいらん。このまま帝国軍に直行すればいいのだからな」
地平線の先には、何十万ともいえる大群の姿が見えた。フォローガルたちはたった二人でそれに向かって進行していた。
シズは冷や汗を流しながら呟く。
「やれやれ、アレをどうにかしようなんて、少し頭を冷やしたほうがいいですよ」
フォローガルも今回ばかりは焦っていた。
「そうだな……死ぬ気でいかねば……な」
―――こちらはセレディー大雪山。
「ガムラス様! 矢雨の準備は整っております」
「ふむ、そうか。……敵はどのあたりまで来ている?」
ここは、セレディーの山頂部。以前ミクレスたちが倒した、あの魔獣が塞いでいた山の奥にあたるところである。
弓兵は敬礼をしながら答えた。
「はい、カイレトランはもう姿が見えてきております。リンディアのほうは、ちょうどラズナ荒野の峡谷を使って静かに進行している模様です」
「ふむ……そうか……」
ガムラスは厳かな顔を、よりいっそう険しくしてささやいた。
「とうとう伝説邂逅というわけか」
そして、大きく息を吸ってから、雪山全土に響き渡るような大声で指示を与えた。
「ものども配置につけー! ラフェルフォードを援護するのだー!!」
―――こちらはログタント。
傷だらけのキラは、嘲笑して言った。
「カリドールが死んだよ。ほんと無様な死に方だった! アハハハ!」
「えー、カリドール死んじゃったのー? アンラッキーアンラッキー」
青い毛皮の男が無邪気に騒ぐ。キラはざまーみろと言いたげに呟いた。
「調子に乗ってるから死んだのよ! むしろベリーラッキー!」
それを聞いていたレフェードは、目を閉じながら得意げに言う。
「俺もそろそろ行かなくちゃな……なんか楽しいことになってきたー ゾクゾク」
レフェードはケラケラと笑う。
そんなとき、手紙を見つめていた法衣の女が、頷いて言った。
「ねえ、みんな。我がリーダーから直々の命令があったよ」
そこで法衣の女は顔を上げる。そして、かつてないほどの冷笑を見せてこう叫んだ。
「闇の軍隊を始動せよ! と!」
三国の大戦争、ついに開戦!
果たしてログタントの言うダークフォースとはいったい何なのでしょうか?
人類の運命をかけた、最終決戦!