CHAPTER28:ラインズマジック
―――こちらはラミネ。ミクレスがさらわれてから三日後の話である。
ラミネはスホウに出会い、さっそく修行にはげんでいるところだった。
ここはクラフェータ大草原のど真ん中。ユラユラと若草色の草原がゆれている。
「魔法とは、精神力と念を混合し、それを具現化したものである。よって、魔法弾を創り出すときにはより強く物体を想像することが大切だ」
スホウは剣士ながらも、魔法使いの先生のような教え方で修行を進めていた。
「君も既知しているだろうが、魔法を使用したときは大きな負担が身体にかかる。ならば、どうすれば効率よく戦闘を優位に立てられるのかというと……」
スホウは以前見せた優しい表情はなく、とても真剣で険しい様子だった。
「無駄を無くすこと。これに限る」
ラミネはスホウと向かい合い、スホウの話を真面目に聞いていた。風がヒューヒューと吹きぬけ、髪の毛を揺らす。
天候はくもりで、今にも雨が降り出しそうな様態だった。
「口だけではわかりにくいだろうから、実際にやってみよう」
ラミネはこくんと頷いた。
しばらくラミネは指示されるのを待っていたが、スホウは何もする気配がなかった。ある程度待っていると、スホウは「なるほど」と呟き、鋭い目でラミネを見つめた。
「今俺は何回手を挙げた?」
突然の質問に、ラミネはきょとんとした。
「え、挙げてないんじゃないんですか……?」
すぐに答える。だって、彼は一度も動いていなかったし。
スホウは腕組みをして言った。
「今俺は十二回手を挙げた」
「……!?」
ラミネは思わずえっと声を漏らした。言っている事が理解できなかったからだ。
「この速さなら、君は反応することさえ出来ない。つまり言うと、この速さの敵が現れたとき、君は何も出来ないままに殺られてしまうというわけだ」
スホウは目を閉じた。そして、フンと鼻を鳴らした。
「では君は、このときどうする?」
この速さの敵。ラミネは、目にも留まらぬ速さで自分を半殺しにしたレフェードの姿を思い浮かべた。あのときは怒りのあまり、無闇やたらに魔法弾を放ってしまったが、もしも今の冷静さを取り戻していたとしたら、どうする?
答えは一つしかない。こちらが相手に合わせるのではなく、相手をこちらに合わさせるのだ。つまり、相手の動きを遅くする魔法をかける。これしかない。
「相手の動きを遅くします」
ラミネは堂々と答えた。スホウは小さく頷く。
「では、時術系魔法を使って、俺が十秒間に何度手を挙げたか数えてみろ」
ラミネは言われたとおり、スホウに灰色の魔法弾を放った。スホウはそれを直に受け、よろしいと言う。ラミネは目を凝らしてスホウの動きに注目した。
「……」
十秒間、それはあっという間だ。しかし、その瞬間がとても長く感じられたのは、ラミネだけではない。
「終了だ。では聞く。俺は何度手を挙げた」
「……見えませんでした」
ラミネは残念そうに呟いた。正直、魔法を使ってさえも見えなかったのだ。
「そうか……ちなみに今のは五回だ」
「はい……」
ラミネは許してもらえると思った。そんな自分が甘かった。スホウは、まるでムチを打つかのように怒鳴り声を上げ、怖い顔をして言った。
「全然なっていない! 無駄が多すぎるのだ! もう一度やれ!!」
以前に話したときと全然違っていて、ラミネはびっくりした。
ラミネはすくみあがって動けなくなってしまった。それを見て、スホウは不機嫌そうに近づく。そして、ラミネの前に巨体のごとく聳え立つと、次の瞬間、パチンという音と共にラミネは吹っ飛ばされてしまった。
「きゃあ!」
頬がジンジンと痛む。ラミネは息を呑んだ。
イメージとは全く違う人柄であった。とても厳しく、時には暴力を振るい、できるまで修行をさせる。なるほど、道理でミクレスがあんなに強いわけだ。
ラミネは立ち上がった。優しい修行なんて、もはや修行なんかじゃない。修行というなれば、やはりこれくらいの厳しさがなければ意味が無い。
そしてまた、スホウと向かい合うのであった。
一日が過ぎた。ラミネは、昨日夜の遅くまで修行をして、もう身体はボロボロであった。でもその甲斐あって、スホウの動きを見極められるようになっていた。
スホウは朝日が登ったと同時にラミネを起こし、本日の修行を開始した。
「そうだな……今日は破壊系魔法の修行をしようか」
ここはラフェルフォード西海岸。ラミネに向かって左側には、キラキラと光り輝く大きな海があった。すぐ右にはクラフェータ大草原が広がっており、現在いる地点は砂浜の上だ。
破壊系魔法とは、以前説明したことがある、物体を破壊する魔法のことだ。魔法の中でも一番体力を消費し、中堅クラスの魔法使いでさえ使いこなすことが難しいといわれる魔法だ。
「下級魔法など覚えても仕方ない。できれば提唱による上級魔法を覚えよう。もちろん、習得には多大な時間がかかるし、疲労も半端じゃないはずだ」
「はい!」
ラミネは力強く返事をした。スホウは微笑みながら頷く。
「では、そこの岩を破壊することを強く想像し、{クライアライン}と唱えるんだ」
{そこ}の岩は、スホウと同じくらいの背丈がある、とても硬く頑丈そうな岩だった。表面には塩がこびりついていて、満潮時にはここまで海水が上がるということがわかった。
ラミネは両手を前に出し、岩が砕ける場面を強く想像した。そして次の瞬間、クライアラインという叫び声とともに白い光がラミネの手を包み込んだ。しかし、それは魔法弾に変化することなくポっと小さな爆発音を立てて消えていってしまった。
ラミネはスホウにまた怒鳴られるのかと思った。が、スホウは逆に驚いていた。
「ほぉー、初めてにしては上出来だな。後もう少しで成功していたぞ? うんうん」
スホウは腕組みをし、感心したように首を縦に振った。
「はい、頑張ります!」
そんなこんなで、破壊術系魔法の修行は丸一日にも渡った。もうラミネの身体は限界に達していることも知っていながら、スホウはあえてやめさせようとはしなかった。
やがて空は暗く沈み、高々と月が昇った。そのころになると、ラミネは地に身体を伏せて眠ってしまっていた。
「こんな様子を見ていると、あいつを思い出してしまうわ……」
眠るラミネの隣で、空を見上げてスホウは呟いた。
「よく怒鳴り蹴りしたもんだよなぁミクレスよ」
空に問い掛けるように言った。毎日毎日ミクレスの苦しむ姿を見てきて、だんだんと強くなってくるミクレスの姿を見た。このラミネも、どこか彼に似ている。むしろミクレスよりも、この女のほうが才能があるかもしれない。
スホウは空を見て微笑んでいた。海は青暗く光っており、とても綺麗。また、水平線のギリギリまで続く無数の星一つ一つが燦然と輝いていた。
スホウは前日と同じく、朝日が昇ったのを確認したときにラミネを起こした。ラミネは目を擦りながら身体を起こす。スホウは立ち上がり、さっそく修行場に向かった。
「さあ今日こそは、この岩を砕いてみせようぞ!」
スホウは高らかに言う。ラミネはピシっと気持ちを切り替えて修行モードになった。
ラミネは目を閉じ、岩が粉砕する場面を完全に頭に描いた。もう頭の中では一つの世界が広がってるかと思うくらい、細かくリアルな想像であった。
そして手を前に出し、全神経を腕に集中した。身体の中で何かが駆け巡る。昨日の疲労もすっかりとれ、何だかいけるような気がしてきた。
手のひらに白い光が集まってきた。だがしかし、ラミネは提唱しない。彼女はどのタイミングで提唱すれば最も効果的か、何度も行ううちにつかんでいたのだ。
「おっ?」
スホウは空を見上げた。その声で気が散ったのか、ラミネの手のひらから光が消えた。ラミネは全身の力が抜けたかのようにその場に座り込む。
「あのバカ弟子の青毛じゃんか」
スホウは微笑んで言う。ラミネも空を見つめた。
すぐ上に、たくさんの手紙を脚に括り付けた鳥が浮遊していた。ラフィーネだ。ようやく、ミクレスから連絡が届いたのだ。
ラミネは嬉しそうに微笑んだ。ラフィーネはスホウの前で静止し、手紙を外されるのを待った。スホウは急いで紐をほどく。
「一通はラミネ宛てみたいだ。ホレ!」
スホウは手紙を器用にも投げた。それは綺麗にラミネの足元に落ちる。ラミネはそれを拾った。
さっそく中身を開き、内容を読んだ。
{ようラミネ。元気にしてたか? ちょっと色々あって、連絡遅くなったけどよ、
約束どおりちゃんと届けたからな!
それよりさ、お前修行できてるか? スホウの修行は厳しいだろ?
まぁ死なない程度に頑張れよ。あと、スホウに殴られたら怒鳴り返せよ! じゃあな }
字はガタガタで、おそらく地面の上で書いたのだと思われる。
ラミネはそれを大事にしまった。ご機嫌そうにふふっと微笑む。しかし、スホウは何やら険しい表情で視線を手紙に落としていた。
「なんだと……? どういうことだ!」
と、独り言。
何があったのだろうと、ラミネは近づいたが、スホウは辛辣そうにこう言った。
「少し用事ができたようだ。悪いが、ランツの家に行ってくれないか。すぐに行かなければならない」
「あ……はい」
ラミネはポツリと呟いた。スホウはラミネの頭を撫で、ニっと笑って言った。
「短い間だったけど、ありがとな! じゃ、ちょっといってくるわ」
ラミネはそこで、ただ一人突っ立っていた。
何があったんだろうと不思議に思いながらも、岩に向かって手を伸ばした。
「クライアライン!」
そのとたん、ラミネの手に溢れんばかりの強烈な光が纏わり、次の瞬間、それは魔法弾となって発射されていった。
もうすぐ三十章です! いやぁ自分でもよくここまで続いたなぁと思います。あ、でも、まだまだ続きますよ!かなりの長編になりそうなので、暖かく見守ってあげてください^^