CHAPTER27:災厄の覚醒
「人の世には過去と未来が存在する。たとえば、貴方に何か嬉しい思い出があったとするでしょ。でもそれは貴方にとって、過ぎてしまった時のこと。そのことを一般的に{過去}というわ」
女性―――F・Iは円形状の広場の周辺に沿って歩いた。
「未来とはその逆。たとえば、これから三国による大戦争が起こるかもしれないわ。でも、それはまだ起こってもいない先の時のこと。そのことを一般的に{未来}という」
そしてミクレスと少し離れたところで立ち止まり、遥か広がる荒野を見渡した。
「なるほど……ってことは、未来から来たっていうあんたの発言は矛盾していることになるんじゃないか?」
ミクレスはいぶかしげに聞く。
未来から来た、ということは、彼女からすれば過去に戻った、ということになる。でもそう考えるとなると、いくつもの矛盾が発生する。しかもそれ以前に、過去に後戻りすることなんてできないじゃないか。
「ええ、そうよ。でもね、人の世にはもう一つ、時の流れに関係するものがあるのよ」
F・Iは得意げに答える。
「それは、過去・現在・未来を繋ぐ、{時空}よ」
「……時空?」
また何かよくわからないような言葉が飛び交ってきた、とミクレスは思った。
「そう。時空は、どの時代にもどの世界にも存在する、人間世界とは全く別の異空間のこと。そしてそれは人間世界と密接な関係にあり、強大なエネルギーの凝縮によって両方の空間をこじ開けることが出来る。さっきも言ったように、時空は過去・現在・未来を繋いでいる空間だから、時空を移動する装置を使えば過去や未来を自由に移動することが出来るのよ」
理解しがたい内容で、でもなんとなく理解することが出来た。
簡単に言うと、時空は過去・現在・未来を自由に行き来できる空間だということ。なんだ、そんな難しい言葉並べなくても一言でまとめられることじゃないか。
「ふーん、それであんたは、時空を移動する装置を使って、この時代に来たと? いったい何のために……?」
ミクレスはF・Iを見つめた。彼女はミクレスに目もやらず、ただひたすら遠くを眺めていた。
「物事には必ず起源というものがある。たとえば、そうね、貴方が作物を育てようと思ったとき、成長過程において一番最初に当たる部分はなんだと思う?」
そのときF・Iはやっとミクレスに目を向けた。
ミクレスは眉をひそめてから呟く。
「……種を植える?」
「正解よ。種を植えなければ、作物はできない。つまり、種を植える行為自体が、その作物の起源なのよ」
F・Iはミクレスに近づいた。
「つまりね、あたしはこの時代に未来を変えに来たの」
冷たい風が吹き抜ける。
「どういう意味?」
ミクレスは聞いた。F・Iはミクレスの前で立ち止まった。
その質問をすると、F・Iの目が急に悲しくなったような気がした。なんだか無理に微笑みをつくっているような、そんな感じ。
「あたしの住んでいる、つまり、未来の世界はね。ログタントがさっき言っていた、ダーククリスタルが大量に存在しているの」
ついにF・Iの顔から笑みが消えた。
「そのおかげで、あたしたちは皆奴隷。歯向かう者は皆殺され、あたしたちは反対運動を起こす気力も失ったわ。なぜなら、人が死ぬことでダーククリスタルの魔力も増幅してさらに敵の勢力が拡大したからよ」
ミクレスはその話を黙って聞いていた。F・Iはとても悔しそうだった。
「そして、奴隷制度をつくり、各地にダーククリスタルを設け、世界の王として君臨しているのが、カビレッジ・カリアハイムという男」
「……え?」
ミクレスは目を大きく見開いた。
「カリアハイム……って……」
ミクレスは驚愕した。カリアハイムって、かつての親友、ファーロック・カリアハイムと同じ名前じゃないか。
いや、でもまだあいつだとは決まったわけじゃない。同名の人物なんていくらでもいるだろう。ミクレスは息を吹いた。
「カビレッジの起源をたどっていくと、この時代に行き着いたわ。そしてちょうどこの時代、初めてダーククリスタルというものが生成されたということもわかった。あたしの直感は外れていなかった。おそらく、あのログタントとかいう組織のリーダーがカビレッジ・カリアハイムの直系。そいつを倒せば、未来は作り直され、あたしたちは奴隷から解放されるわ」
「なるほどな……」
「もう既に、敵の位置は把握できている。ログタントのリーダーがいるところは、このフィアーシル島の中心、{秘境}と呼ばれているところよ」
もうミクレスは、殆どのことが理解できていた。F・Iは奴隷解放のため、この時代にいるカリアハイムの血を絶ち、歴史自体を変えてしまおうというのだろう。なんとも大胆で、危険な行為だろうか。でも、それなら何故、危険を冒してまでミクレスを助けようとしたのか。それだけは疑問だ。
「だいたいわかったよ。でもさ、それが目的なら何故俺を助けたんだ? もし下手をすれば、あのときあんたは死んでいたんだぞ?」
ミクレスは聞いてみることにした。しかし、明瞭な答えは返ってこなかった。
「さあ……なんだか、助けなくちゃいけないような気がして」
そして、F・Iはそこにしゃがみこんだ。相変わらず遠くにある何かを見つめている。
そのとき、ミクレスはあることに気がついた。
「あ、そうだ……スホウたちに伝えておかないと」
ラミネ、フルク、アレイラは少なくとも人質になっている。このことを知っているか否かだけでもだいぶ違うだろう。でも、ラミネにはこのことを伝えるのはあまり気が進まない。ラミネにはちょっとした手紙を送って、人質のことはスホウに伝えることにしよう。
ミクレスは紙を取り出し、地面に紙を置いてその内容諸々を書き始めた。
F・Iは不思議そうに視線を紙に落とす。
「何かいてるの?」
次は身体もこっちに向けた。ミクレスはぶっきらぼうに答える。
「仲間への手紙。さすがに現状を伝えておかないと、マズイだろ?」
「なるほどね……」
F・Iは三角座りでその様子を見つめていた。ミクレスは目をそらして呟く。
「あのさ……その体勢やめてくれないかな……」
少し困ったような声だった。
正直、相手がボトムなだけに目のやり場がない。どうやらF・Iも気付いたようだった。
「ああ、まあ慣れてるからいいよ」
かなり予想外の返答だった。ミクレスは怒りを抑えたように言い返す。
「そういう問題じゃないっつーの!……」
やがてミクレスは、スホウ・ラミネ・フルク・アレイラ・そしてフォローガル宛ての手紙を書き終えた。続いてこれを届ける役目だが……。
「ラフィーネ!!」
空に向かって叫ぶ。すると、地平線の向こうから黒い影がこちらに向かって飛んできた。
ミクレスは腕を前に出した。そしてその上に、青い羽毛の鳥が乗る。ミクレスはさっそく手紙を脚に付けた。
「ラフィーネ、これはスホウに、これはラミネに―――」
と言った感じで指示を与え、最後に頼んだぞと叫ぶと、大空にラフィーネを放ってやった。
「へえ……あんな鳥がいるんだ……」
F・Iは感心していた。やはり、未来の世界はもっと違う伝書の仕方をしているのだろうか。
「この時代ならアレが普通さ」
ミクレスは答える。
ミクレスとF・Iは空の向こうを眺め、ラフィーネが地平線に消えるのを見届けていた。ラフィーネの影はだんだんと黒くなり、やがて点になって地平線の彼方に消えていってしまった。ミクレスはふうっと息をつく。しかし、そのときだった。
「クックック、良いムードなところ、大変失礼」
この声は、カリドールだ!
二人は咄嗟に振り向き、立ち上がった。
カリドールは片手にガリガリの人間を抱え、冷たい笑みを浮かべていた。
「……どうやってここに……」
ミクレスは呟いた。しかし、聞かなくてもその答えがすぐにわかった。
頭上にはラフェグリフが旋回していた。おそらく、あれにつかまってここまで来たのだろう。
「なるほどな……」
ミクレスは空を見上げて呟いた。
「いったい何の用? たった一人じゃ、何もできないんじゃない?」
半ば挑発的にF・Iは言う。
しかしカリドールは、さぞ得意げな表情を浮かべていた。
「一人だと? それは見当違いじゃないのか?」
逆に挑発的に問い返す。ミクレスは首をかしげた。
F・Iの言ったように、戦えそうな者はカリドール一人。ヤツが抱えているガリガリの男だって、ぐったりしていてもはや相手にもならないはず。まさかラフェグリフを? いや、そうでもなさそうだ。
カリドールは抱えていた男を落とし、クククと笑った。
「こいつが君たちの対戦相手だ」
カリドールは確かにガリガリの男を指差していた。そして次の瞬間、最悪の事態が起ころうとしていた。
ミクレスはその瞬間、何が起こるのか察知した。
「なっ! 貴様、やめろ!!」
咄嗟に叫ぶ。しかし、もう遅かった。
カリドールは男の口に、紫色に光る何かを運び、それを食べさせた。
「……くっ!」
「なっなに? 何が起こるっていうの?」
F・Iはカリドールとミクレスを交互に見て、慌てたように聞いた。
ミクレスは低く唸るような声で呟く。
「逃げる準備をしたほうがいいぞ……」
ちなみにF・Iは17歳です!
スタイル抜群です!(笑