CHAPTER25:攻防と脱出
「ククク、人質って便利なものだよな! アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!」
レフェードはミクレスのそばで大笑いをする。ミクレスは怒っていたが、ものも言えなかった。
「……っ!」
レフェードはミクレスの肩をパンパンと叩いてから、その隣を通り過ぎていった。それと同時にカリドールら四人も振り向き、部屋の奥へと歩いていった。
ミクレスはそこで悔しそうに立ち尽くしていた。拳を握り締め、歯を食いしばる。込み上げてくる遺憾を押さえ、さぞ無念そうな面持ちだ。
そんなミクレスを放っておいて、カリドールたちは五人で集まり、極秘事項に関しての会話を始めた。おそらくミクレスに聞かれてはまずいことがあるため、あえて離れたのだろう。
「ダーククリスタルが完成するまでには後どのくらいの魔力が必要なのだ?」
カリドールは眉間のしわをさらに寄せて問う。キラは得意げに答えた。
「ザッと八万人ほどが死んでくれれば、まず問題ないと思われます」
「ふむ、そうか」
無愛想な返事。そして、カリドールは手を頭に当てて考えた。
しばらく考え込むカリドールに、レフェードは言った。
「なーに、ある程度死者が出れば機を見て闇の軍隊を放出させればいいさ。もともと、フィアーシル島の住人が全滅したって問題ないからな」
軽率な発言だった。カリドールは少し顔を上げて、それを否定した。
「現在のフィアーシル島に在住する総人口は約六百万人。たった八万人を消すくらい、ダークフォースなど無用」
「それを決めるのはあの方。貴方の意見はもっともだけど、残念ながら貴方はこの組織の指導者ではない」
法衣の女は話の腰を折った。
「へぇー、なるほどね……」
パイプの上、一人の女性が眼下の様子を眺めていた。
女性は、赤いボトムの下から白い太腿を見せ、脚は革のブーツを履いていた。上半身は白い絹製の滑らかな洋服で、首には蝶のネックレスをつけている。顔は目が大きくて可愛く、頬は柔らかくほんのりと丸みを帯びている。髪の毛は金髪に近い茶髪で、あごのラインに沿って生えている。全体的にとても上品で華麗なイメージがあり、20代女性でもかなりのナイススタイルと言われるだろうと思う。そして、背中には細長いバッグを背負っており、さらに左右の腰には何やら短剣を入れているような小さな革の鞘がつけてあった。
そんな彼女は、パイプの上で敵に見つからないように身を潜め、何やらぶつぶつと呟いていた。
「彼らは部下であり、リーダーと呼ばれる者と主従関係を結んでいる。おそらくリーダーはカビレッジの祖先にあたる者だろう……」
そう独り言を言うと、ふふっと微笑む。
「なるほどね、だんだん読めてきた」
そして立ち上がった。
(冷静に考えろ。ラミネは今スホウの近くにいる。フルクもアレイラも、王国軍の中にいる。そう考えればまずこいつらにやられることはないはずだ。それに、俺がこいつらにいいようにされていること自体がまずい。ならばどうする……逃げるか……?)
ミクレスはそこでただ一人考え込んでいた。今ならログタントの五人とも距離がある。逃げるのには好機だが、しかしキラの無茶苦茶なスピードから果たして逃げ切れるだろうか。
そんなことで頭を悩ませていたときだった。会議が終わったのか、五人はこちらへと歩み始めていた。
(くっ……今はこらえるしかないか……)
とりあえず今はリーダーに会うまでの間、おとなしくして時間を稼ごう。
ミクレスの中で、一つの決心がついた。おそらく今逃げようとしても、出口もわからないし第一逃げ切れる自信がない。今は素直に彼らに従うのだ。それが、現時点での賢明な判断だろう。
しかし、ミクレスの判断もことごとく崩されることになる。そのとき、ミクレスの身体に、ガッシリと鎖が巻きついただった。
「っ……!?」
ミクレスはその鎖を目で辿っていった。どうやら、鎖はパイプの上から伸びてきているらしい。でもしかし、何故そんなところから……?
そして殆ど考える暇もなく、ミクレスの身体は宙に浮き、パイプの上へと引き寄せられていった。ミクレスは驚いた様子で、でも鎖に身をまかせて鎖の先へと飛んでいった。
鎖は手繰り寄せているというよりは、縮んでいっているといった表現のほうが正しい。つまり、この鎖は伸縮自在の鎖なのだろう。何故それがわかったかというと、鎖はだらんと垂れた様子もなく、ピンと張ったまま伸びていたからだ。
ログタントのメンバーもその様子に気付いたみたいだった。
「なんだあれは……?」
カリドールは咄嗟に駆け出した。しかしすぐに立ち止まり、頭上を見上げる。
キラはその場に身を低くした。そして、遥か上にあるパイプを見つめる。次の瞬間、彼女は地面が陥没しそうなほどの強さで地を蹴り、宙高く飛び上がった。
鎖の先には二十歳くらいの女性がいた。女性はミクレスを引き寄せた後、すぐに鎖をほどき、それを懐に直した。ミクレスは半ば混乱状態で問い掛ける。
「あんた誰だよ……?」
しかしそのときだ。ミクレスたちの隣からキラが現れたのは。
女性は微笑みを浮かべて言う。
「今はそれどころじゃないでしょ!」
そしてミクレスの手を引き、駆け出した。
「逃がしはしない」
キラの目が大きく開かれた。次にあの超人的な身体から何が繰り出されるのかと考えると恐ろしい。しかし、女性はニっと笑い、腰から短剣―――いや、何か引き金がついた武器のようなものを取り出した。
その先端部分をキラに向ける。そして次の瞬間、パンという爆音とともに何か高速の弾丸のようなものが発射された。
しかしそれはキラに当たらない。キラはもう被弾位置からは消えており、遥か二人の上を浮遊していた。女性はわざとらしく驚きながら呟く。
「うっそー! 銃弾かわすなんてあいつ人間?」
そんなことを言いながらも何故笑っていられるのかがミクレスには理解できなかった。そしてそのとたん、ミクレスはその女性から手を離された。
「そのまま壁に向かって走りなさい!」
女性はその場に立ち止まった。そして、先ほどの引き金のついた武器を二つ取り出す。
「おい! あんたはどうするんだよ!?」
ミクレスは慌てて問う。いくらなんでも心配だ。
「決まってるでしょ! あいつを止めるのよ!」
女性は頭上を駆けるキラに武器の先端を合わせながら、その引き金を引いた。
また、バンバンという音が鳴る。しかし次の瞬間、キラは視界から姿を消した。
「っ!」
後ろだ。女性は咄嗟に身をかがめ、キラの攻撃をかわす。そして、振り向いたと思うと、また武器の先端をキラに向け、バンバンという音とともに何かを発射した。
ミクレスはひたすらパイプの上を走り続けていた。少し先に壁が見える。しかし、壁に向かって走ったところでどうしろと言うのだ……。
だいたいあの女はいったい何者なのだ? 突然現れ、しかもあのキラと互角に対峙している。何やら見たことも無い飛び道具を使って戦うし、ますます謎であった。
(こりゃさすがに相手が悪いわね……)
女性の頬に冷や汗が流れた。さっきまで余裕を見せていた彼女も、キラの超人的な身体能力に焦らされてきているのだ。
「悪いけど、逃げさせてもらいますわ」
女性は苦笑いを浮かべながらそう言い、キラの足元のパイプを四発撃った。
「……!?」
ガタンと言う音とともに、その部分のパイプが深く沈んだ。
キラはバランスを崩してよろめく。
女性はそのスキに、人が二人くらい乗れそうな白いボードを取り出した。
先に説明しておくが、これはスカイボードといい、空中を滑ることができる超便利な乗り物である。
「じゃあねっ!」
女性はボードを空中に捨てるかのような勢いで投げた。そしてそのまま落ちていってしまうのかと思えば、ボードは見事に空中で浮いた。
女性は急いでそれに乗る。次の瞬間、ボードは炎をボウボウと噴き出して高速で前進した。
だいぶ先にミクレスが走っていた。しかしそんなこともお構い無しに、すぐに追いつく。女性は片手で乱暴にミクレスを引き寄せ、もう片方の手で巨大な望遠鏡のようなものを取り出した。
その望遠鏡のようなものは前方に聳え立つ壁を対象に向けられた。ある程度近づくと、彼女は秒読みを開始する。そしてその数字が「0」になった瞬間、望遠鏡のようなものの先端からミサイルが発射された。
鈍い爆音とともに、炎と煙が巻き起こった。これは、どこかで見たことのある光景だった。
女性は煙の中へと直進した。ミクレスは壁に激突するのかと思い、思わず目を瞑っていた。
「これはオマケよ!」
そう言うと、女性は丸いタマゴ型の何かを取り出し、そこについてある糸をビっと引いた。そして、さきほど爆発したところに投げ捨てた。
「くっ……待て!」
キラは煙の向こうに消えたミクレスたちを追って、煙の中へと突入した。しかし、そのときだった。
「ぬっ!!」
二発目の大爆発。敵の武器の特徴さえも知らないキラにとって、この爆発は予想外のものだった。
キラは、咄嗟に顔面を腕で覆った。その部分はなんとか助かったが、砕けた石の破片が群れとなってキラを襲う。キラは全身傷だらけになった。
そして、爆風とともに大きく吹っ飛ばされてしまった。あまりに突然のことだったので、受け身もとれるはずもなく、そのまま地表へと落下していった。
しかし、キラは別に焦った様子も無かった。むしろ、落下中にこんなことを考えていた。
(あの女……あの武器……一体何者なのだ……)
引き金があり、銃弾といえば……?
望遠鏡のような形で、ミサイルのようなものを発射するものといえば……?
糸を引くと、数秒後に爆発するタマゴ型の爆弾といえば……?
ある程度、どんな名前でどんな武器なのか理解できるんじゃないですか?笑
ちなみにスカイボードはエンジンで動いています。何故浮くの?という質問はナシの方向で。




