CHAPTER23:さらわれたミクレス
―――「……う……うーん」
ミクレスは暗い部屋で目を覚ました。身体が痛い。
「どこだ……? ここは」
上半身を起こし、辺りを見渡す。暗い。真っ暗というほどでもないが、これでは無闇に動けない。
「……」
ミクレスはまず地面を指で擦った。
「……石? いや、レンガか……?」
はっきりとはわからないが、おそらくそのような類のものだろう。ひんやりと冷たく、少し滑りやすかった。
空気は寒いくらいに冷たかった。しかし、なんだか乾燥している。のどが痛い。
ミクレスは頭上に警戒して、その場に立ち上がった。大丈夫、高さはそこそこあるようだ。しかし、肝心の周りが見えないため、それ以上動くことが出来なかった。
数十分もそこにいると、だんだんと目が慣れてきた。ぼんやりとその場所の状態をうかがえる。
「牢屋か……」
ミクレスはポツリと呟いた。すぐそばに、波線を描いた鉄格子があった。
ミクレスはそのとき、どういういきさつでこうなったのかを理解した。そうか、自分はあのとき変な三人組に殴られ、気絶させられてしまったんだ。そしてここはやつらの基地か何かだろう。自分はやつらに連れられ、逃げられないようにこんな頑丈な部屋に閉じ込めたというわけだ。
「なるほどな……」
ミクレスはため息をついた。だとすれば、ミクレスの所持品は全て奪い取られているだろう。剣はもちろん、お金や地図まで。ならば、脱出するには自力で鉄格子を突き破るしかない、か。
鉄格子を破るくらいは大して苦ではない。ヤツラにすれば失態なことに、ミクレスの手足を括り付けていなかったのだ。ならば力でぶっ飛ばすのみ。
「っ!!」
ミクレスはさっそく蹴り始めた。鉄格子はガンガンと悲鳴を上げる。手ごたえでわかったが、大した細工もされていないようだ。
しかしそのときであった。ミクレスは、鉄格子の向こうに何者かが現れたため、蹴りをやめた。
「アッヒャッヒャ、そんなに焦らなくても安心しろよ。今すぐ出してやるから!」
この声は、雪山で聞いたあの不気味な笑い声をする、レフェードだ。
(そうか、確かこいつもやつらの仲間だったな。ログタントとかいったか……?)
レフェードは鉄格子の鍵を開け、扉を開いた。そして警戒するミクレスに、レフェードはなだめるように言った。
「そう邪険にすんなよ。君が反抗しなければ何もしない。いい加減わかってくれよ」
「……」
敵に従うのは本心じゃなかったが、ミクレスは黙ってレフェードについていくことにした。この者たちの強さは、身をもって痛感している。
確かシノビとかいったか、あの女、動きも攻撃も技術も半端ない。正直、相手の動きについていくことができなかった。だとすればこの男たちはそれ以上に強いかもしれない。無謀に反抗すればいつ殺されるかわかったもんじゃない。
レフェードは扉を開け、さらに廊下を歩き、また扉を開け、そんな一連の動作を何度も繰り返した。その途中でわかったことなのだが、ここは地下だ。セレディー大雪山で見掛けた、あの洞窟のような通路がここにもある。とても暗く、ところどころで補強が施された洞窟。だが、明らかにセレディー大雪山の洞窟とは違っているようだった。
「さあ、ついたよ」
レフェードは急に振り向いて言った。レフェードの先を見ると、そこはただの壁。なんだ、行き止まりについたのか、とミクレスは思った。
「何も無いじゃないか」
声を荒くして言う。もともと、こいつには普通に接するつもりは無い。
ミクレスの言葉に、レフェードはクククと笑った。
「まあ見てなよ。凄く上手くできた仕掛けだよ」
嫌味な口調。そして、レフェードは壁にゆっくりと手を触れ、何かをなぞり始めた。
「ああ、ここだここ。目が慣れてもやっぱり触ってみなくちゃわかりにくいね」
そして、{ここ}を強く押した。壁がズボっと沈む。
そのとたん、ゴゴゴという音を立てて、壁が二つに分かれ始めた。実に不思議な光景で、分かれた壁の間に、新たに道が出来る。その先は、ミクレスがさっきいたような石造りでしかも特大の部屋があった。
ミクレスは唖然とした。目を丸くしてその様子を見つめる。
「まあ君たち凡人にはあんまり見慣れない光景かもしれないけどね」
レフェードは言う。そして、またケラケラと笑った。
二人は中に入った。広く、そして必要以上に高い部屋。上にはパイプが絡み合っており、プスプスと蒸気を噴出している。5Mほどの高台が左右にあり、その上には白衣の男、そしてトゲトゲの生えた奇妙な法衣を纏う女が立っており、その下には青い毛皮の男、そしてシノビの女が立っていた。レフェードとミクレスはその視線が集まる中心に立ち、四人を見渡した。
「つれてきたぜ」
レフェードは言う。それと同時に、白衣の男と法衣の女が飛び降りた。
「やっと目が覚めたのね。やれやれ、そんなに強くやったつもりはないのに、脆弱な子」
シノビの女――キラは呆れたように言う。ミクレスはそれを無視した。
四人は円状に集まった。皆そり立つ壁のような雰囲気を醸し出していて恐ろしい。ミクレスは、今は黙ってこの者たちに従うようにした。
「事情を説明しておこう」
白衣の男――カリドールは言う。彼の声はとても低く、そして冷酷だ。
「君も何故ここに連れてこられたか、知りたいだろう?」
鋭くギロっとした目が怖い。ミクレスは、警戒しながら首を縦に振った。
「うむ。ではその前に、まずは我々の目的から知ってもらいたい」
「目的だと……?」
カリドールは鋭い目をさらに鋭くして答えた。
「我々の目的は、世界を支配すること」
真剣な発言だった。まるで無理な言葉を、本気で言うことに少し笑える。
カリドールはミクレスの表情をうかがった。どうやら、信じていないようだ。
「君もダークネスフラグメントのことは既に知っているだろう?大いなる魔力を秘めた、最強の力。生物を突然変異させ、無敵の戦士へと覚醒させる」
ダークネスフラグメント。レフェードが以前、雪山で口にしていた言葉。たしかアレは、とてつもない変化をさせる危険なモノだった。
ミクレスの表情が一変した。
「……おいお前らまさか……!」
何が起こるかが安易に予想できる。
「フフフ、まあそう慌てないでくれ。この話には続きがある」
カリドールは微笑んで言う。彼はその笑みさえも冷酷だった。
「ダークネスフラグメントとは、もともと人の心に潜む闇を具現化させたもの。したがって、材料は人だ」
さりげなく言う言葉に、とんでもない意味が込められていた。
「……なんだと!?」
ミクレスは低く唸った。
そして、何かを言おうとしたとき、カリドールにそれを遮られた。
「人の話は最後まで聞くものだ」
ミクレスは歯を食いしばる。
人の心に潜む闇を具現化させたもの。つまり、ダークネスフラグメントは人の魂を吸収しているということだ。材料は人。つまり、魂を吸収された人たちはもうその場で廃人と化すという意味だろうか。
「人の心に潜む闇とは、誰しもが必ず持つ怒りや憎しみ、悲しみや恨み、まあこのあたりが代表的だろう。それは人一人あたりの割合が常に等しく、たとえば、今まさに憎しみに駆られている人と、穏やかで幸せな生活を送っている人の心を同時に具現化した場合、どちらの人間からもダークネスフラグメントは同じだけの闇を吸収するということだ。この意味がわかるかね?」
「ああ。つまり、誰から闇を吸収しても結果的に完成するフラグメントは全て同じだということだろ?」
ミクレスはできるだけ怒りを抑えて、低く言った。
カリドールはうんと頷く。そして、説明を続けた。
「そして、具現化の仕方だが、それはいたって簡単だ。人が死んだときに発する魂を特殊な引力によって引き寄せ、ダーククリスタルに吸収させる。ダークネスフラグメントは、ダーククリスタルの一部を削ったものといってよいだろう」
カリドールはそのとき、うつむいて微笑んだ。
ミクレスに頬に汗が流れた。
「……なるほどな。だんだん解ってきた」
人が死んだときに発する魂を吸収させる。ということは、ダークネスフラグメントを量産するには大勢の人が死ねば効率がよいということ。つまりだ……。
「そうか、お前ら、今回の三国戦争に乗じて……」
戦争ならば大量の人が死ぬ。もちろん、魂も湧くほどに吸収させられる。この者たちにとっては願っても無い絶好の機会というわけか。
「その通り。死者が増えればダーククリスタルの勢力も格段に向上するからね」
「くっ!」
(俺たちは、こいつらの手のひらの上で踊らされていたというわけか……)
「さて本題だが、我々は正直、君のような虫けらには用は無いのだ。だが、何故か我々の指導者が君に目をかけられた」
カリドールは白衣に手を突っ込む。
「よって、君はしばらくの間はここで待機してもらいたい」
ミクレスはしかめっ面をした。
「生憎のこと、俺はお前らに協力するつもりはさらさらないんだ」
生意気な口調。淡々として、吐き捨てるような言葉。
そのとき、シノビの女が一瞬視界から消える。
「っ!」
首に刃物が突きつけられた。目の前にはキラが現れ、不気味な微笑みを浮かべていた。
「君に選択の余地はない。君がもし反抗するというならば、そうだな……あのラミネとかいう女を……」
カリドールは低く言う。
「……!」
全て読まれていた。いや、行動を監視されていたのだろうか。そうもなければ仲間を人質に捕ることはできない。ミクレスは残念そうにうつむいた。
「素直な子ね。貴方みたいな可愛い坊やはとてもやりやすいわ」
キラも愉快そうに呟く。そして、静かに刃物を直した。
今は従うしかなかった。さもなくばこの者たちは本当にラミネを殺してしまうだろう。そしてその後はフルク、続いてアレイラ……。自分が命令に背けば大切な仲間が死ぬ。自分のせいで仲間を失いたくは無い。
しかしどうしてだ? 別に、ミクレスじゃなくても他にもっと強いやつはいるだろう。やはりそれは、この者たちの指導者というやつに関係しているのだろうか。
考えても仕方が無い。今はただ、この者たちに従うほかは無いのだ。
さらわれたミクレス。そして、人質を理由に絶対服従を暗示させられた。
世界の支配。始まる大戦争。全てはログタントの思う壺だった……
ログタントにとって、三国の戦争は好都合!?
次回、いったんリンディアの情勢に戻ります!