表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/37

CHAPTER1:陰謀なる襲撃

城の中はめちゃくちゃになっていた。赤い絨毯が敷き詰められた城の廊下には、

剣士を象った石像が倒れ、見回りの兵士の死体が転がり、一面の殺風景が広がっていた。


その中を駆け抜ける、一人の少女がいた。

彼女の名はラミネ、この城を中心として栄える、ロラッタ地方の姫である。

ラミネはまだ十三歳で、体格も細く、胸も小さな膨らみを見せ始めた程度。

赤色の滑らかな短髪が特徴で、桜の花櫛がその特徴を大きく引き出していた。

顔は、ほんのりと丸く、薄紅色の頬は、美しさより可愛らしさをよく表している。

服は、滑らかな肌触りの品質を使った、王族が着る高価な洋服で、色は白。

身軽で動きやすいその洋服は、彼女にとって唯一の普段着であった。


夜の城内は静まり返っていた。その中に、少女の息遣いと足音だけが響き渡っている。

蝋燭の火は全て消えていて、光といえば、窓から差し込む月の光くらいであった。


ラミネは四階へと続く螺旋状の階段を上り、王の間へと続く直線廊下に出た。

直線廊下は、大きな鷹の紋章が描かれた赤い絨毯があるのと、

左右両方の壁が全面窓であるということが特徴だ。


その窓全面から入り込む月の光に照らされて、一人の男が姿を現した。

「クックック、やっと来たか。ラミネ姫」

立ち止まったラミネは何者かと問う。男は、不気味に微笑みながら答えた。

「俺はレフェード」

そう名乗った男は、まるでラミネを見下しているかのような口調であった。


炎を模したような派手なコートを身にまとうその男は、

背丈が百七十五センチくらいで、全体的にスマートな体格をしていた。

トゲのように尖った髪の毛はとても手入れを施されているような感じであった。

しかし、ラミネの視線は男の容姿ではなく殆どが、ある一点に向けられた。

それは、男の胸元にある、ラフェルフォードの紋章だ。

「貴様、ラフェルフォードの者か? 一体どういうつもりで・・・」

ラミネは驚いたように言う。


驚くのも無理はなかった。

ラフェルフォード王国とリンディア魔法国は、帝国軍に対抗するため、同盟を結んでいたのだから。

「我々は、共に帝国軍と戦うのではなかったのか?」

ラミネの口調は次第に強くなっていった。


ラフェルフォード王国にとって、帝国軍に対抗するためにはリンディアの協力が不可欠なはずである。それを一方的に破る行為が、ラミネには理解できなかった。


レフェードはクククと嘲笑した後、やれやれといった仕草をしながらこう言った。

「まさか、あんな形だけの同盟を本気にしていたのか? だとしたら滑稽だな。

 我々ラフェルフォードは、ガセネタと引き換えにリンディア国の秘密を得ることができたの

 だから」

「何!? まさか、貴様らは・・・」

ラミネがそう言いかけたとき、レフェードはその続きを言った。

「そう、お前らリンディア人をまんまと騙したってわけ」

「・・・くっ!」


レフェードは平然としていた。むしろ、ラミネが悔しがっているのを見て、楽しんでいる様子だった。

ラミネが何かを言おうとしたとき、レフェードはその言葉を遮った。

「あ、そうそう! 姫に見せたいものがあってな」

そういいながら、男はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。

それは、見せたい何かを早く見せてやりたいと言いたげな表情だった。

レフェードは振り向いて、王の間へと続く扉の、赤い取っ手に手を触れた。


次の瞬間、ラミネは唖然として立ち尽くすほかなかった―――


扉がバっと開かれた。そこには、一番避けたかった最悪の事態があった。


ラミネの目に、まず飛び込んできたのが、

王座の前に倒れる父の姿だった。


それを見たとき、彼女の体にこの上ない衝撃が走る―――


そして、激しい怒りが込み上げてくるのを感じた。

自分の不幸に満ちた顔を見て嬉々する男に対しての怒り。

たった一人の父の命を奪った男に対しての怒り・・・



「よくも!」

とっさにラミネは、その場で右手を大きく引いた。


「はぁああああ!」


そして、右手の中に、卵サイズの青い玉が現れたのを目で確かめた瞬間、

腕を思い切り前に突き出した。

手の中で創り出された青い魔法弾は、空を切って飛んでいく。


レフェードはその魔法弾を、身をひょいっと逸らしてかわした。

魔法の攻撃に対して、驚いた様子は全くなく、

むしろ、「この程度か」というような表情をしている。


「知情意に身を任せるのもいいが、それでは惰弱な父の二の舞だぞ?」


「黙れ!」


今度は両手に魔法弾を構えた。

しかし、レフェードの高速な動きに翻弄されて、対応できなかった。


「きゃあ!」


ラミネは横腹に激しい痛みを感じた。


そして、窓際に蹴飛ばされていた。

ラミネは、窓に当たるギリギリ手前のところで持ちこたえていた。

もう一メートル後ろだったら、と考えるとゾッとする。


ラミネはよろよろと立ち上がった。すぐ目の前にレフェードの姿がある。

このとき、生まれて初めて{死に対する恐怖}というものを感じたかのように思えた。

「脆い身に今の蹴りは痛いだろ? まあ安心しろ。すぐに父のもとへ逝かせてやるからよ」


男はやはり不気味な笑みを浮かべていた。


脆い身というのは、リンディア人のことだろう。リンディアの地で生まれ育ったもの、

あるいは魔法使いの血を引いて生まれた者は、生まれながらにして知性と精神力が突出し、

逆に肉体や運動能力が極端に低いのだ。だから、他民族の軽い攻撃を受けただけでも大きなダメージにつながってしまう。


ラミネは痛みを振り切り、必死の思いで反撃しようとした。

しかし、その反撃さえもこの男の前では無力であった。



そのとき、ラミネのすぐ近くでガラスの割れるような音がした。

耳をつんざくような、大きくてよく響く音だ。

ラミネがその音を聞いた、次の瞬間、ラミネの身体は宙に投げ出されていた。


このときラミネの脳は、周りにあるもの全てをスローモーションで映し出していた。

宙を舞うガラスの破片一つ一つがリアルに見える。

空に浮かぶ月も、月の後ろから少しだけ顔を出している青い惑星も、

自分を蹴り飛ばしたレフェードの姿も、全てがゆっくりと見えた。

まるで、死に際に、過去を思い出す時間を与えてくれているかのようだった。


ラミネの身体はだんだん斜め向きに傾いていった。

背中いっぱいに風の抵抗を感じる。

やがてラミネの身体は大地と垂直になり、ほぼ倒立状態になっていった。


自分はこのまま、遥か下にある草原に叩きつけられてしまうのだろうか。


だとしたら、なんと無様なことだろう。


それだけは自分自身が許さない。


いや、許されないのだ。



大地がだんだんと近くなってくる中


ラミネは、無意識のうちに、両手に緑の魔法弾を創り出していた――――









レフェードは割れた窓の外を見つめていた。

この日もまた、たくさんの星が燦然と煌いている。

地上がどんな状況にあっても、星空はいつも見てみぬふりをしているのだ。


背後にいる白衣の男に、レフェードはこう問い掛けた。

「あの小娘、死んだか?」


その質問は、レフェードにとって珍しいものだった。

なぜなら、レフェードは普通、すぐに生死の確認ができない殺し方はしないからである。

生かすか殺すか、白黒がはっきりしたその二つにしか興味がないのだ。


白衣の男はレフェードの隣に立ち、四階の高さを確かめながら答えた。

「生存率は50%といったところか。普通に行けば間違いなく死ぬが、

 あの娘が風術系魔法を使えるのならば、生きている可能性は高い」

白衣の男は、少し丸に近い顔立ちと黒髪のオールバックが特徴で、名はカリドールという。

眉間には常にしわが寄っており、冷酷そうな顔つきが、彼の印象を特に強めていた。

背丈はレフェードと肩が並ぶくらいで、百七十五センチ前後。

体格は丸くもなく細くもない、どこにでもいそうな普通の体つきであった。


レフェードはカリドールの言葉を聞き、歓心したように言った。

「なら、これはもう要らねえな!」

そして、胸に付けていたラフェルフォードの紋章のタトゥーを外す。

普段は付ける機会さえないこのタトゥーが気になって仕方なかったのだろう。

カリドールはその様子をじっと見つめてから注意するように言った。

「それは捨てるなよ。・・・我々の任務はラフェルフォード兵を装って

 リンディアを襲撃し、両国の関係を崩すことだ。リンディア人がゴミとなった

 ラフェルフォードの証を拾えば、不思議に思われるだろう?」

「なるほど、確かにそうだな」

レフェードは納得したように言うと、タトゥーをコートのポッケにしまいこんだ。


続けてレフェードは問う。

「ところでよ、あいつは今どうしてるんだよ?」

彼らの中では「あいつ」と言うだけで誰のことなのか通じる。

カリドールはフンと一瞬苦笑すると、手を白衣の後ろに回してこう答えた。

「彼の行方は依然として不明だ。まあいつものことだが・・・。

 連絡といえば、殆どラフェグリフに任されているよ」


不可解な返答に、レフェードは怪訝そうな顔で言った。

「ラフェグリフ? なんであんな怪鳥を?」

ラフェグリフというのは、ハービラ荒野に生息する凶暴な鳥である。

獣と鳥を融合させたような奇妙な姿をしており、怪鳥だとか神獣だとか言われている。

レフェードは、そんな希少生物を何故連絡のために利用するのかが理解できなかった。


世間知らずのレフェードに呆れたカリドールは、面倒くさそうに問い返した。

「レフェード、キャリナーバードは知っているか?」

「いいや」

レフェードは即答した。知らないどころか、聞いたことさえもない様子だった。

これが本当に、同じ目的を持った仲間なのか?と、カリドールは思った。

以前に、「いい加減にその不知さをどうにかしろ」と言った事があるが、

ここまで酷いと怒るより先に呆れてしまう。


カリドールは仕方なく説明することにした。

「キャリナーバードとは、伝書を職業とする鳥のことだ。

 俗にキャリナーと略されることもある。

 そして、キャリナーバードには二種類あり、野生の鳥をなつかせ、

 自らの手でキャリナーとして育て上げた{アティーチ}と、

 市販で購入することができる、既に訓練された{アビラブル}とだ。

 彼のラフェグリフはおそらく前者、アティーチだろう」

それは、非常に単純でぶっきらぼうな説明だった。

レフェードは中途半端にわかったようなわかっていないような様子で確認する。

「とにかく、あいつは野生のラフェグリフをしつけて、伝書鳩にしてるってことか」

「まあ・・・そんなところだろう」


くだらない説明に時間を使ってしまった、とカリドールは思った。


そして、カリドールはここにいる意味はもうないと感じていた。

任務は既に完了し、しかも次の任務がまだ残っている。

「私はそろそろ行かせてもらうよ」

そういうと、カリドールは振り向き階段のほうへと向かった。


「次はキラたちとラフェルフォードをデートかい?」

レフェードのふざけた問い掛けに、カリドールは返事もしなければ振り向きもしなかった。


ただ一人残されたレフェードは、窓の外に輝く星たちを見て、一言こう呟いた。

「人間世界はこんなに荒れ狂っているのに、星は相変わらずのん気だな」





一章・用語辞典(重要項目は※)


・ロラッタ地方

リンディア魔法国の南東に位置する海岸線沿いの地方。

・氷術系魔法

ラミネが放った青い魔法弾がこれ。

一般的に被弾者を凍結させる。特例もある。

・風術系魔法

魔法弾を創り出し、それを風に変える魔法。

※キャリナーバード

伝書用に訓練された鳥のこと。

訓練課程において二種類に分類される。

キャリナーと略されることが多い。

※アティーチ

キャリナーバードの成長過程が

「野生の鳥をなつかせ、主人自らの手で訓練させた鳥」である鳥のこと。

※アビラブル

キャリナーバードを購入した場合の鳥のこと。

一般的に使用されているのがこれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ