CHAPTER17:不安の先は
ミクレスたちは山道を下り、まずは穴のもとへと向かった。
ミクレスの予想では、彼女たちはそこにはいない。
既に下山し、アクスラ機関の宿屋で治療を受けているはずだ。
フルクも同様のことを考えていた。
ただ、ラミネがアクスラ機関の基地までアレイラを連れて行けるかが心配だった。
案の定、穴の中には誰もいなかった。
フルクは、あの怪物がここで自分たちを待ち構えていたのだと思うと身震いをした。
逆にミクレスは、魔獣誕生の秘話をかじる程度だが知っているため、
苦しみながら敵を狙っていたのか、と思うと少し哀しい顔をした。
「やっぱり、もうここにはいないな」
フルクは呟いた。ミクレスはフルクの顔を覗き込む。
フルクは、とても心配そうな顔をしていた。
穴の中心あたりに、人の血痕らしきものがこびりついていた。
ちょうど、ミクレスたちが逃げ込むときに使った穴の真下にあたるところだ。
そこからは光が漏れ出していたため、血痕がよく見えたのだ。
「帰ろうか」
ミクレスはフルクに視線を移してから言った。
「ああ」
二人はさらに山道を下っていった。
ミクレスたちの足跡はくっきりと残っており、
それが帰り道への目印となって非常に助かった。
ラミネも同じことを考えていたのか、他の何者かが山道を下ったような足跡があった。
しかし、何故か不思議なことにそこには血の跡が残っていなかった。
あれだけ血を流していたアレイラを、仮に背負って歩いたとしても、
一滴の血痕を残さずに山を下ることが出来るだろうか。
そんな不可解なことを幾つも発見しながらも、
二人は会話を交わすことなく山道を下っていった。
やがて分岐点の看板が見えた。
もうすぐだ、と心の中で呟いた二人は休むことなくひたすら歩き続けた。
そしてアクスラ機関の宿屋が見え始めたころ、
それとほぼ同時にミクレスたちを待つガムラスの姿が見えた。
「おーい!!」
二人は駆け出した。
フルクはガムラスに近づくなり、急に焦ったように問い掛けた。
「ラミネたちがここに来なかったか!?」
「ああ、今宿屋の二階にいるよ」
ひどく落ち着いた様子だった。
しかし、どことなく哀しげな表情をしていた。
その表情が、フルクをさらに不安にさせる。
「アレイラは、アレイラは無事なのか!?」
フルクはガムラスの肩を掴んで、詰め寄るように聞いた。
ガムラスは質問に答えることもなければ、首を縦に振ることも横に振ることもなかった。
ただ一言、小さくこう呟いた。
「自分の目で確かめて来なさい」
フルクとミクレスは急いで二階へと向かった。
ギーギーという階段の音が耳に障る。
こういう状況に置かれると、人は物事を悪い方向へ想像してしまう。
フルクは今、{死んでしまっていたら}と考えていた。
そして、このときの何いえぬ緊迫感というのは想像以上に辛い。
フルクは二階の奥の部屋を乱暴に開け、すぐさま叫んだ。
「アレイラ!」
「フルク・・・!」
何の心配もいらなかった。アレイラはベッドに上半身を起こして座り、
そのそばにはラミネが腰掛けていた。
そしてアレイラの容態だが、ローブを着用しており、
もう治ってしまったかのようにやわらかな微笑みを浮かべていた。
フルクはその様子を見てホッとし、近くの椅子に力無しに座り込んだ。
「ふう・・・それで、傷のほうはどうなんだ?」
ため息をついた後、彼女たちに尋ねる。
「傷はもう完治したわ。実は、今さっき気がついたばかりなの」
ラミネはすぐに答えた。
フルクは不可解な返答に、耳を疑った。
「完治?」
そう聞き返したとほぼ同時に、ミクレスも部屋に入ってきた。
「あれ・・・意外と元気そうじゃないか」
そういうと、彼は近くのベッドに座った。
「神泉の水を使ったのよ」
実は、ラミネはあのとき、アレイラを背負ってアクスラ機関に向かおうとした。
しかしそれでは間に合わないだろうと思った彼女は、
かつて自分の重傷を数日で完治させた{女神の神泉の水}を所持していたことに気付き、
さっそく取り出しそれをアレイラに飲ませたのだという。
その効果はやはり絶大で、みるみるうちに傷は癒えていった。
しかしアレイラは気を失ったままだったので、
ラミネが背負ってここまで連れてきたらしい。
ミクレスとフルクはあっと声を漏らした。
なるほど!だから山道には血の跡がなかったのか。
「ありがとうな、ラミネ」
フルクは優しく微笑んで言った。
アレイラは感謝いっぱいの笑顔でささやくように言った。
「貴方は命の恩人よ」
ラミネはチラっとアレイラに視線を送ったあと、すぐに視線を戻して聞いた。
「それより、二人は大丈夫なの?」
優しさに溢れた表情だった。
その顔を見て、フルクはまた気障になって答えた。
「勿論さ。僕の巧みな快進撃のおかげで見事魔獣を打ち倒すことが出来たよ」
そして、前髪をスっと払った。
ラミネは返事に困ったような顔をした。
その様子を見つめていたアレイラは苦笑して言う。
「また調子に乗って・・・」
そして一同は幸せそうに笑った。
アレイラは生きていた。
それがどれだけ、フルクにとって嬉しかったことか。
フルクは心の中でもう一度呟いた。ありがとう、と。