CHAPTER15:放たれた一本の矢
身体を包んでいた分厚い手から離れ、
ミクレスはユラユラと沈むように落ちていった。
彼は、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
岩壁以上の高さまで持ち上げられたかと思えば、
魔獣は急に力を緩め、ミクレスを手放してしまったのだ。
ミクレスは落ちていきながら魔獣のほうを見る。
魔獣の顔から、それを覆い尽くすほどの煙がわきあがり、
モクモクと空に向かって逃げていた。
怪我をしたのか、魔獣はよろめき痛みに苦しんでいた。
少し離れていたところからその様子を見つめていたフルクでさえ、
その一瞬の間に何が起こったのかわからなかった。
ただわかることといえば、もの凄い爆音とともに、小さな何かが目にも留まらぬ速さで
魔獣の額めがけて飛んでいったこと。
そして、魔獣に直撃した瞬間、煙を上げて爆発したことだ。
悲鳴を上げたのはフルクでもなく、ミクレスでもなく、この醜い魔獣であった。
しかし、彼にとって驚いている暇などなかった。
爆発のおかげで抉れた額に毒矢を当てることができる。
それが魔獣を倒せる、絶好にして最後のチャンスなのだ。
そして魔獣にこの矢を当てることこそ
自分に課せられた最大の任務だと確信していた。
フルクは弓を構えた。
「あれだけ傷があれば余裕だぜ!」
彼の動きは、まさに迅速且つ正確な射撃であった。
ガガと弦が強く引っ張られるような音と共に、
スパっと弾くような力強い音が雪山をつたった。
矢が放たれた。矢の先端では、ドロドロで紫色の液体が風に激しく揺れている。
時々滴を落としながら、矢は魔獣の額へと直進していた。
ミクレスは地面に着地した。
そして、飛び散った紫色の液体が、目の前で雪を溶かしていくのを見て驚く。
ミクレスは、フルクがとどめの矢を放ったのだと確信した。
――――決まった
矢は魔獣の額にめり込んでいた。
そこから紫色の液が溢れ出し、ジューっと嫌な音を立てていた。
フルクはそれを見て心底ホっとし、弓を片付けた。
後は魔獣が毒に殺られるのを待てばいいだけなのだ。
猛毒の液体の威力は半端じゃない。
即効性且つ強力で、あれだけの毒を体内に送り込めば、瞬く間に機能を停止させるだろう。
魔獣はピクピクと震えていた。毒が内臓を破壊しているのだ。
フルクは嬉々し、勝利に喜びながらミクレスにガッツポーズをした。
しかし、ミクレスは必死の形相でフルクを見つめていた。
そして、駆け寄りながら慌てて叫ぶ。
「フルク! 危ない!!」
フルクは一瞬混乱した。何をしていいのかわからなくなった。
そのたったコンマ数秒の遅れが、最悪の事態を招くことになる。
「なにっ!!?」
フルクの足元に大きな影が現れた。
次の瞬間彼は、研ぎ澄まされた大きな爪と太い指を揃える巨大な手の
下敷きになってしまった。
「フルク!!」
ミクレスは立ち止まり、剣を右手に魔獣に斬りかかろうとした、そのときだった。
漆黒の肉体から黒い炎のような煙のようなものが現れ、
まるで浄化していくかのように、次第に空へと消えていった。
それはだんだんと身体中に広がっていき、
やがて炎は魔獣の全てを空に奪い去ってしまった。
「なんだったんだ・・・?」
ミクレスは目を丸くして呟いた。
剣を右手に握ったまま、ただ呆然と立ち尽くす。
フルクは次こそ本当に終わったのだ、とため息をつき、
微笑みながら言った。
「俺らは勝ったんだよ・・・。なんかよくわかんないけどな」
思えば不思議でいっぱいだった。
剣さえも弾き返してしまう鋼の肉体、矢をも通さぬ頑丈な目、
途中で起こった謎の爆発、致死量一滴とも言われる猛毒をあれだけ浴びてもまだ動く能力何もかもが異常で、二人が今までに経験したことのないことばかりであった。
しかし、自分たちはそれに打ち勝つことができた。
自信を持って誇れよう。自信を持ってこう言えよう。
「任務完了!」
ミクレスとフルク、お疲れ様です。
いやー、とうとうやっちゃいましたね。
あの「ミッションコンプリート」の部分が大好きです(笑)この作品を書こうと思ったときから入れようと思ってました☆
章の題名にしようか迷ったんですが、それだと題名見るだけで「勝ったんだな」とわかってしまうんで、あえて直接的な表現は避けました。