CHAPTER14:死闘、そして悲鳴
「倒すって・・・お前正気か!?」
ミクレスは怒って叫んだ。
「それに、アレイラはどうするんだよ!?」
しかしその言葉は、あまりの怒りに我を忘れているフルクには届かない。
「ラミネ」
フルクは、まるで黒いオーラを放っているかのように見えた。
恐ろしく引きつった形相と、今にも逆立ちそうな金髪がそれをさらに引き出している。
そして、彼の放つとてつもない威圧感だ。女を口説いているときの彼とは明らかに違う。
それは、ミクレスを信頼させるには十分なほど、圧迫感のあるものであった。
「アレイラを頼む!」
その言葉には、単に他人任せなフルクの弱い気持ちではなく、
何かグッと胸を押されるような力強い感情が篭っているように思えた。
フルクは出口へと駆け出した。
ミクレスも、ラミネに{安心しろ}という視線を送り、後に続く。
「ミクレス!」
ラミネはミクレスを呼び止めた。ミクレスは振り向きもしなかったが、
この思いは伝わったように感じた。
「死なないで」
彼らは雪の山道を駆け上がり、魔獣のいる広場へと向かった。
正直、あの魔物と対面するだけでゾッとする。
恐怖、絶望、死、数々の思いが頭の中で交錯する。
でも今はそんな気持ちはなかった。魔獣を倒す!ただそれだけだ!
魔獣は物足りないというように、広場の真ん中で甲高く吼えていた。
それを前に、二人の男が堂々と現れる。
「この俺の前で、女性を傷つけたのは災難だったな」
フルクは完全に血が上っていた。顔の血管がビキっと浮き出る。
「覚悟しやがれ!!」
ミクレスは彼が言っていた言葉を思い出した。
――――1センチでいい ヤツに傷をつけろ
魔獣に1センチの傷を与えるには骨が折れそうだ。
さきほど斬りつけたときの感覚からすると、
例えるならば、魔獣は全身ダイヤモンドだ。
しかし、この際つべこべ言ってられない。
倒さなければいけないんだ。
ラミネとアレイラのためにも、ラフェルフォードのためにも!
ミクレスはさきほど弾き飛ばされた際に落とした剣を拾い上げた。
その瞬間、魔獣が拳を引っ込めるのを片目で捉えた。
ミクレスは地面を強く蹴り、高く飛び上がった。
魔獣はただ目の前の敵を殺すことだけを考えて行動している。
ならば相手の攻撃を誘って、スキだらけの本体に反撃を仕掛ければいいだけのことだ。
ミクレスの予想も的中し、魔獣の拳はミクレスの真下を通り過ぎた。
ミクレスは身を小さくしてその拳の上に着地する。
次の瞬間、身体のバネを利用して高速で魔獣の眼前へと飛び込んだ。
その戦いぶりを見つめていたフルクは、毒矢をセットしながら呟く。
「さすが天才少年剣士だ。身体能力もまるで伊達じゃない」
フルクは、彼の持つ毒の中でも最も強力な{猛毒の液体}を
矢先に塗りつけ、万全を期していた。
猛毒の液体、毒の中でも最上級の
破壊力を誇っており、たった一滴で通常の動物なら致死量に至るといわれている。
もちろんフルクだって触れると即死の超危険薬物である。
彼は気をつけながらドロドロの液を塗り、ミクレスが傷を与えてくれるのを待った。
ミクレスは頭を真っ二つにしてしまうかというような勢いで剣を振り下ろした。
しかし、やはり魔獣には通用しない。そして、金属の弾く音が耳に鳴り響いた。
問題は弾かれた後だ。反作用という強力な反動は、その後の体勢に大きく響く。
さっきは想定外だった。でも、次は違う。予め想定していたことだ。
ミクレスは受け身を取って飛び降りた。
クシャっと雪を踏む音がする。ミクレスは大きく後ろに跳び、
体勢を立て直そうとした。
「うあああ!!」
急に目の前が真っ暗になったと思った瞬間、
彼は魔獣の手のひらの中にしっかりと握り締められていた。
「ミクレス!!」
フルクは慌てて叫ぶ。しかし、どうしようもできない。
魔獣は嬉々したように高く吼え、腕の筋肉を通常の二倍にも膨らました後、
その腕を天高く振り上げた。
「やめろぉぉおお!!!」
握力だけでぺしゃんこにされてしまいそうな苦しさに襲われた。
身体の骨が粉々に砕かれてしまいそうだった。
振りほどこうとしても、自分の何十倍もあるこの腕にとうてい勝てるはずがない。
叫ぼうとしても、息が詰まって声が出ない。強いめまいを感じる。
――――もう、どうしようもない
絶望、そして死。ミクレスを待ち受けるのはその二つの言葉しかなかった。
そりゃ、これだけ高く持ち上げられて、
その上身動きがとれないとなれば、諦めがつくというものだ。
フルクは弓を持ち上げ、矢先を魔獣の胸に向けた。
仮に弾かれたとしても、毒が染み込んでヤツを倒せるかもしれない。
そうでなくとも、多少のダメージを与えられるかもしれない。
ミクレスをわしづかみにする腕は、現状魔獣が出せる中で最高の位置に挙げられた。
これを振り下ろし、地に叩きつければ、ミクレスは間違いなく死ぬ!まさに絶体絶命だ。
そして、次の瞬間―――
「あああああああああああああ!!!!!!!」
雪山中に一つの悲鳴が響き渡った―――