CHAPTER12:死者が語るもの(後編)
急な騒動で、ミクレスたちは入り口のすぐ前で待たされることになった。
「しっかし綺麗だな。一面雪景色ってのは」
フルクは足元の雪を踏みながら呟いた。
確かに、太陽に反射して光る雪の姿は絶景である。
キラキラと光の粒が輝き、まるで白い空に星が浮かんでいるような光景だった。
しかし、アレイラは気が気でしかたなかったらしい。
「ガムラスさんたち、何があったんだろう?」
心配そうに呟いた。
ミクレスは静かに言った。
「今はあのおっさんが言っていた通り、待つしかないよ。
考えたところで何もわからない」
その通りだった。
しばらくして、雪山に続く山道からガムラスが帰ってきた。
ミクレスたちは一斉にそこを見遣る。
ガムラスはミクレスたちに歩み寄り、怒りを堪えたような低い声で
申し訳なさそうに言った。
「待たせて悪かったね」
鋭く何事も見据えていた目も、虚ろとしている。
「実は、仲間が一人死んだんだ」
アレイラはガムラスに一歩近づいた。
あまりに彼が青ざめているので、聞くのも躊躇いそうになったが、
それでもという思いで尋ねた。
「あの・・・何があったんですか?」
「わからない。私も、今さっき知らされたばかりでね。
ただ、何か鋭い爪のようなもので引っ掻かれたような痕があったそうだ」
ガムラスはさらに落ち込んだ。
「彼は勇敢だった。弓術でも、アクスラ機関でトップを争うような・・・」
ミクレスたちは悲嘆するガムラスにはこれ以上何も言わないほうがいいと感じ、
彼が来た道、山道のほうへと向かっていった。
ラミネはうごめく感情を抑えきれなくなり、咄嗟に言い放った。
「ねえ、おかしくない?」
一向はの視線がラミネに送られた。
「だって、セレディー大雪山は凶暴な動物は生息していないはずでしょ?」
冷たい風が吹き抜ける。フルクはラミネをまじまじと見つめて言った。
「それは調査済みの区間での話しだよ。セレディー全土では
もしかしたら人を襲う怪物だっているかもしれない」
ラミネは何も言い返さなかった。
一向は人の足跡がたくさん残った山道を登っていった。
右も左も雪の岩壁に覆われていて、とても硬そうな氷がこびり付いていた。
山道の先には古びた看板が立っており、ミクレスたちは、それに向かって歩いた。
看板にはこう書かれていた。
{ここより先、関係者以外立ち入り禁止}
赤い字だ。看板は今にも倒れそうな様子で立ち尽くしていた。
「これはアクスラ機関が立てたものだろう。その証拠に、ほら」
フルクは看板の先を指差した。
そこは先ほどのよりも少し小さな円形状の広場が広がっており、
矢の練習をするときに使う的のような板が周辺部に立てられていた。
その手前には大きな一軒家があり、屋根が雪で真っ白になっている。
アレイラは看板をじっと見つめた後、四人に視線を戻して
確認するように言った。
「あたしたち、関係者よね?」
そして、また看板を見つめなおす。
ミクレスは辺りをキョロキョロと見回した。
誰かアクスラ機関の人と一緒でないと、ここは通れそうにない。
もし誤って射殺されたらたまったもんじゃないからな。
そのとき、ミクレスの目はある一点に止まった。
「誰か来る」
三人は一斉にそこを見つめた。
見ると、一軒家のほうから黒いローブを着用している
男か女かわからないような顔つきの人がこちらに向かってきていた。
その者はミクレスたちの手前で立ち止まり、四人を交互に眺めながら聞いた。
「何者だ? どうやってここまで来た?」
声からすると、どうやら女らしい。
それに気付いていたはずのフルクは、いつになく静かにしていた。
「ガムラスって人に案内されてここまで来ました」
アレイラは敵対するように答えた。
女は、眉をピクっと動かしてしつこく聞いた。
「ガムラス様に?」
「心配いらんよ、シャメリア」
ミクレスたちの背後から声が聞こえた。
四人はばっと振り向く。ガムラスだ。
「その者たちは今回のセレディー調査に協力してくれる方々だ」
「こんな子供が!?」
女は殆どミクレスに向かって言った。
ミクレスは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ぶっきらぼうに言い返した。
「子供で悪かったな」
ガムラスは先ほどの青ざめた顔も晴れて、鋭い目つきの彼に戻っていた。
「今日はそこの宿で休みなさい。調査は明日からでも遅くはないだろう」
四人は頷いた。女は納得がいかない様子だったが、
ガムラスに見つめられて仕方なく頷いた。
ミクレスたちはガムラスに連れられて、宿の二階へと上がった。
フルクだけ一階に下りて、弓術の稽古を教わろうとしていた。
ミクレスたちは今にも底が抜けてしまいそうなガタガタで古い階段を上り、
二階の一番奥の部屋へと案内された。
その部屋の中には、ベッドが五つあること以外は何もなく、
本当に宿のようなところであった。
ガムラスは去り際に呟く。
「この部屋は自由に使ってくれていい。ああ、あと、他の部屋には立ち入らないでくれ」
そして扉を閉めた。
フルクはアクスラ機関の練習場に乱入していた。
遥か先にある的を狙って、六人の男たちが矢を放っていた。
こういう神聖な場所を荒らすのは最悪の行為だということはわかっていたが、
フルクはどうしても彼らの腕前を見ておきたかったのだ。
一人の男が、微かに見える的に向かって一本の矢を放った。
矢は小さな弧を描きながら空を駆け抜け、的を打ち倒した。
「へえ、やるじゃん」
フルクは思わず声を出してしまった。
男は咄嗟に振り向く。鋭い視線をフルクに送った。
「な、なんだよ?」
フルクは後ずさりをする。そんな彼に、男は低く言った。
「私は少し休憩する。やりたいのならやりたまえ」
そういうと男は後ろに下がり、弓を壁に立てかけた。
フルクはニヤっと笑い、背負っていた弓を手に持った。
そして、矢を引いて、矢先に微かに指を触れ、
標的を見失ったかのように弓を天に向けて矢を放った。
矢は真っ直ぐ空へと突き飛んでいった。
やがて彼の視界から矢が消え、それを確認した後、フルクは弓を直した。
男はその一部始終を見つめて、諦めたように立ち去ろうとするフルクに一言声をかけた。
「なんだ、失敗か?」
どことなく得意げな口調であった。
しかし、それを上回るかのような嫌味な口調でフルクは答える。
「いや、成功だ」
男は的があるほうを見つめた。
的は倒れていて、殆どその様子をうかがうことはできなかったが、
次に起こった出来事を見て、唖然した。
「なっ!? 当たった・・・。この状況で・・?」
倒れた的は、地面と平行になって殆どよく見えない。
しかし、それと垂直に立ち上がる矢をはっきりと見た。
フルクは付け足して言う。
「動かない的に当たったくらいで驚いていちゃ、あんたもまだまだだよ」
フルクはミクレスたちのいる二階の部屋に入った。
「何やってたんだ?」
窓の外を眺めながらミクレスは聞く。
「ちと油売ってた」
ニヤニヤと笑いながらフルクは答えた。
「それよりさ、今日はなんで雪が降ってないの?」
フルクは無邪気に言った。
「普通さ、雪山なら雪降ってるでしょ」
「セレディーは大雪の日と晴れの日しかないのよ。
今日はたまたま晴れの日ってわけね」
アレイラが答えた。
ミクレスたちはその日一日、宿屋にお世話になることになった。
夜の雪山はとても冷え込み、薄着の彼らには相当堪えた。
寝るときもミクレスは掛け布団を被りながらガチガチ震えており、
寝るにも寝付ける状態ではなかった。
―――朝が来た。
窓からは暖かい朝日が差し込み、部屋がまばゆい光に包まれる。
日の出と同時に現れたガムラスは入ってくるなり大声で叫んだ。
「今日は晴天日和だ。さっそく出発するがいい」
ミクレスたちは病人みたくゆっくりと上半身を起こした。
「眠い・・・昨日全然寝れなかったよ」
「あたしも」
ミクレスのぼやきにアレイラは共感した。
大きなあくびをしたミクレスは、ばっと調子を切り替えて立ち上がった。
「行くか!」
一階に出た、ミクレスたちは早々に立ち去ろうと急いで外に出た。
ここにいれば、またアクスラ機関の者にウダウダと言われそうでならなかったからだ。
この時間帯なら起きているものはそうそういない。
そして、ミクレスの予想も正しく、ミクレスたちを呼び止めるものは一人もいなかった。
こうして、彼らは易々と雪山に立ち入ることに成功した。
四人は上り坂の山道を登っていき、やがて一つの分岐点へとやってきた。
そこにもアクスラ機関の看板が立てられており、
それは余程長く置かれていたのか、ボロボロであった。
アレイラは看板の文字に顔を近づけ、声に出して読み上げた。
「なになに、{→}は調査済み、か」
「つまり、こっちの道は行かなくてもいいってことだな」
フルクは右側の道を指差して言った。
他の三人も賛同する。そしてフルクを先頭にして左側の道を進んでいった。
二時間ほど歩いただろうか。道の左側は崖になり、右側は壁、
ちょうど馬車が通れるくらいの道幅をひたすらと上っていった。
さきほど、二度くらい似たような自然の広場に出たが、
穏やかな動物が飛んだり跳ねたりしているだけで、特に異常といえるものはなかった。
どこまで行っても、雪は途切れることはない。
岩壁にも、岩にも、道にも、その全てが雪に覆われ、白い光を放っていた。
そして細道を抜けた後、また似たような円形状の広場に出た。
ここは、周りが雪の岩壁に囲まれていて、その外の様子は殆どうかがうことができない。
「自然に出来たにしてはすげえな。さすが大雪山というだけあるな」
フルクはあちこちに視線を泳がせながら言った。
そのとき―――
「あ、あれは!!」
アレイラが何かを発見した。
三人は一斉にそこへ目をやる。
そこには、ミクレスの二倍もあるかと思われるような大柄の男が、
うつ伏せにピクリとも動かず倒れていた。
四人は慌てて駆け寄った。
「大丈夫か! おっさん!」
ミクレスは男の身体を揺すぶる。しかし、返事はない。
「助けを呼ぼう!」
「いや・・・その必要はなさそうだ」フルクは否定した。
そして男の身体を下から持ち上げ、仰向けにさせた。
男の状態を見て、一同は驚愕した。
男の胸には何者かに引っ掻かれたような大きな傷跡があり、
そこの血は既に固まっていた。
吐き気がしそうになる無惨な死に方に、フルクは低く呟く。
「もう助からねえよ。それより・・・・」
そして彼は、急に目つきを鋭くして辺りを見渡した。
「何かいるぜ・・・」