CHAPTER9:合流
ミクレスは、ラミネを引き連れてしぶしぶ城下町へと向かっていた。
ランツの家から本部までは五日前後だったが、
今度は何日かかるだろうか?五日?七日?いや、十日?
そう考えるたびに、向こうから本部に来ればいいのに、と思う。
わざわざ自分たちが遠回りをして、非効率的なことをしている暇はあるのか?
そんなことを考えていながら、ただひたすらに続く平原を歩いているのだった。
あるときラミネはこんなことを言った。
「ラフェルフォードって、やっぱり必死なんだね」
何気ない言葉だった。ミクレスはあえて返事をしなかった。
それは、ラフェルフォードに限らず三国どの国にとっても同じことだから。
しかし、ラミネが本当に言いたいことは、そんなことではなかった。
遠くを見つめながら、彼女は数週間前に起こった出来事を語り始めた。
それは、彼女が姫という立場で城に住んでいたころの話である。
レフェードと名乗る男に、突然城を襲われ、
たくさんの人を殺し、父さえも殺し、自身も殺されかけたこと、
そして、男がラフェルフォードの紋章をつけていたことだ。
「その男は、{ウソと引き換えに、リンディア国の秘密を知ることができた。
リンディア人をまんまと騙したんだ}と言っていた。
まるで勝ち誇ったように・・・」
その一部始終を話し終えたラミネは、背中越しに聞くミクレスに、こう言った。
「でも、私はその男が本当にラフェルフォードの戦士だとは思わないの。
ラブレイズ本部のことを見てた限り、彼が言っていた言葉は全ておかしい。
それに・・・・ラフェルフォードの人々は、皆良い人だった」
ラミネは俯いた。その様子を、ミクレスは一瞬振り向いて見る。
ミクレスは手を服のポケットに突っ込んだ後、辛辣そうに言った。
「ラフェルフォード人が良い人かどうかはともかく、
そいつの発言は確かにおかしいな。
・・・・・そうか、何故リンディアから関係を断ち切られたのか
ひそかな疑問だったが、そういうことだったのか」
もし、彼女の話が本当だとしたら、その騒動を起こしたのはおそらく帝国軍だろう。
二国の関係がぶち壊れて最終的に得をするのは帝国しかない。
それに・・・そんな卑劣なことを平気でできるのは、
冷酷非道な帝王を持つ帝国軍以外有り得ないからだ。
ミクレスは拳を握り締めた。帝国軍が起こしたこの戦争で、
何人の仲間が死んでいったと思っているんだ?
そして、尚もラフェルフォードを貶めて、どこまで俺らを苦しめたら気が済むんだ?
ミクレスは、このとき初めて厭戦ではなく厭世というものを強く感じた。
・・・しかし、今はどういったところで仕方がなかった、やるべきことをやるしかないのだ。
「クソッ!」
低く、しかしとても感情が篭った声だった。
それからラフェルフォード城下町に着くまでの十日間、
体調管理以外での会話は殆ど交わされることはなかった。
ラフィーネから手紙を受け取ることもなかったし、
特にこれといった事件もなかった。
―――そして十日後。
彼らの食料も尽き、ラフィーネの届けてくる小さなパンや木の実などで
旅をしていたところだった。
丘を登ったすぐ先に、巨大な城壁が現れた。
「これがラフェルフォード城だ」
ミクレスはつぶやく。ラミネは、ラブレイズ本部のときよりかリアクションも低く、
いたって普通の表情をしていた。
太陽と向かい側にある城壁の面には、二人の兵士に見張られた大きな門があり、
どうやら城下町へと続いているようだ。
ミクレスたちは、少し安心したようにそこへと向かった。
門を通り抜けようとする旅人に、二人の兵士は槍をクロスして行く手を塞いだ。
何か言うかと思えば、二人はそこを通さないだけで、ただひたすらと無言を続けていた。
「俺たち、ラブレイズ本部からセレディー調査隊員と合流するため
やってきた者だよ。連絡はもらってるはずだろ?」と、ミクレス。
兵士たちは、互いに目で合図を取り合った。
何やら{若すぎるだろ}や{本当に通していいのか}と言った様な
実にくだらないことを言い合っているような様子だ。
「ああ、じゃこれでいいだろ?」
そういうと、ミクレスは面倒くさそうに短剣を取り出し、
そのつかを兵士たちに見せつけた。
「ホラ、ラフェルフォードの紋章だ」
そこには、確かにラフェルフォードの紋章が彫られていた。
それをしばらく見つめた兵士たちは、速やかに槍を退け、
申し訳なさそうにこう言った。
「し、失礼いたしました。どうぞ、お通りください」
ミクレスは、フンと鼻を鳴らして短剣を直した。
ミクレスたちはまず、城下町に出た。
城下町は、絶えず人々で賑わっており、
剣士や住民たちが至るところで会話や買い物などを楽しんでいた。
すぐ右側には、{宿屋バッテル}と書かれた看板を掲げた宿屋があり、
昼間からぼんやりとランプに火を灯している。
正面には城へと続く大きな道があり、その右側には
武具屋・食堂・食料売り場などが賑わっていた。
左側には城下町を二等分するような水道が横切っており、
そこには小さな橋がかけられ、そのさらに向こうには教会や
キャリナーショップ(キャリナー用品を売る店)などがあった。
ミクレスたちは、セレディー調査隊員と合流する前に、まず食料を補給することにした。
人が集まる食料売り場ではなく、行商人から購入したほうが効率がよさそうだ。
巨大な荷物を背負った小太りの男に、ミクレスたちは歩み寄った。
「へいらっしゃい!!!」
よく通った、うるさいくらいの声だ。
ミクレスはラミネと隣に並び、彼女に先に食料を買うように言った。
「日持ちの良いパンと果物、後、ボトル二杯分の水をください」
旅をするには十分な注文だった。
ミクレスは、彼女の言葉に付け足すように言った。
「パンは八個、果物は五個、後、酸性角砂糖を二十個付け足してくれ」
「ほう、酸性角砂糖か。あんた、変わったもん注文してくるんだねえ!!
いいだろう! 合わせて60ティルだ」
ティルとはこの世界の通貨。1ティル=30円 よって60ティルは1800円だ。
ちなみに、食料売り場の店員は、酸性角砂糖を普通の人には売らないだろう。
それをあえて踏まえての行商人だ。
行商人は{売れればいい}的な考えを持つ傾向が強いため、
いちいち{自分のアティーチが食べる}などと説明しなくても簡単に手に入る。
ミクレスはバッグから60ティルを取り出し、
男に手渡した。
「まいど!!」
行商人が商品を手にとっている間に、ミクレスはラミネに尋ねた。
「お前さ、キャリナーバード持ってるの?」
これは、以前から不思議に思っていたことだ。
ここ数日、ラミネと共に旅をしてきたが、彼女のキャリナーを見たことはない。
「ああ、安心して。あんまりなついていないけど、ちゃんといるよ」
ラミネは答えた。そして、ニコっと微笑んだ。
そのときだった。妙に馴れ馴れしい口調で、背後から声をかけられたのは。
「君たちが、俺らと一緒にセレディーの調査に向かうヤツかい?」
二人は振り向く。
そこには、男と女の二人組みが微笑しながら立っていた。
おそらく、彼らが共にセレディーへと向かうメンバーだろう。
いったい、どんな人たちなのだろうか・・・?