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暗闇グルメ  作者: 八花月
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6. まずは自己紹介

「具体的に何をすればいいんでしょうね?」

 峻は直截に聞いてみた。

 これは、何かをしなくてはいけないルールなのだ。

 ただいまの状況では霊と対話出来ない以上、こちらから探っていくしかない。

「食い物がなくなるんでしょ? じゃあ食いもん関係じゃないかねえ?」

 しごく納得のいく答えである。

 しかし、『食い物ねえ』と、峻はいまいち気の乗らない返事をした。

「そうそうそう! それですよそれ!」

 大いに横から乗ってきた者がいる。

 背広の男が、ガタガタ騒がしい音を立てながら、どこかから登場した。

「読んでくださいよこれ!」

 手に何やら本のような物を持っている。

 それにしても、えらく嬉しそうな様子だった。

「あなたも、こっちに来てたんですね」

 本を受け取り、頁を繰る。

 どうも誰かの日記のようだが、字が汚すぎて読めない。

「これ日記でね、答え書いてあります」

 ニコニコしながら、顔を覗かせこれ、と男は言った。

「絵が書いてありますね」

 鉛筆画である。古くて薄汚れており、とても見にくい。

 ただ、それが何か料理の絵だということは分かった。

「つまりこれを作れ、ってことかい」

 女は大義そうに息を漏らす。

 身体の前面でゆらゆらと髪が揺れた。

 海藻のようで気持ちが悪い。

「……餓死した人でも居るんですかね。この家」 

 峻は吐息と共に呟く。

「うーん……。食いもんに執着してるのは間違いない……。しかしいかんせん、もうご主人に話を聞けないからねえ……ところであんた、その本どこで?」

 女が、背広の男に訊ねる。

 ああ、落ちてたんですよ、と軽く答えた。

 どこに? との問いに

「ああ、外に。」

 と爽やかな笑顔で応じる。

 何処ともしれぬ異空間の暗い部屋の中で、場違いなことこの上ない。

「えっ? 外?」

 しかし、峻は聞き逃さなかった。

「外って出られるの?」 

「だってワタシ、外から来ましたよ。ふと気付いたら、なんかヘンテコな原っぱみたいな場所に居たんです」 

 女と背広の男は、屈託なく会話している。

 男に導かれるまま、玄関に向かう。

 峻が手をかけると、苦もなく扉は横滑りしていった。

 微風が顔の表面を撫ぜていく。

 ふむ、玄関からは出られるのか、と呟きながら女はモジャモジャの頭を左右に動かした。

 一面の草っぱらが、海中のようにゆらゆら揺れる。

 空には星もなく、黒一色で塗りつぶされていた。

「異空間っていえば異空間だけど……光源もないのに、薄明るくて妙な感じですね」

「あそこ、丘がありますよ」 

 男が指差した、その意図は峻にも伝わる。

 現実でもその場所は小高くなっているのだ。

 と、いうことは、ここは何らかの形で現実と地続きの場所であるということ。

 ここを作った者がいるとして、全くの『異空間』にしなかった、という意味がどこかにあるはずなのだ。

「ちょっとそれ見せて」

 女が本をスッと取った。

 蜘蛛のような、気配を感じさせない動きである。

 男が返事をする間もなかった。

「……読めない」

 峻も後ろから開いている紙面を覗いてみる。

「きったない字ですねえ」

 蚯蚓ののたくったような線が、縦横無尽に駆け回っていた。

「汚い字というのとは違いますが、読みにくいのは確かですな」

 妙な口調で男が口を挟む。

「絵で推理していくしかないね」 

 とりあえず建物の中に戻りながら、三人はぼそぼそと話し合った。

 暗い室内で喋るのは何となく隠微な、いけない事をしているようで、声が小さくなってしまう。

「取りあえず自己紹介しとこう。私は支妙藍しみょうあい。近所に住んでるの」

 いきなり、ぶっきらぼうな自己紹介がはじまって終わった。

 ほとんど何も言っていないようなものだが、少なくとも名前はわかる。

「私は堤正一つつみしょういち。霊能者をしてます。TVで呼ばれてきました」

 なんと屈託ない笑顔。

「僕も近所に住んでます。幡野峻です」

 何となく一人だけ頭を下げた。

 峻は、おそらくこの中で一番年下だろうと考えたのだ。

 屋内は暗いが、何故か縞模様のムラのように明暗がある。

 比較的明るい場所に行き、本を開いた。

「……これ、〝鯨〟って字に見えませんか?」

 峻は、遠慮しつつ発言する。

「…………見えるけど、鯨の肉なんか手に入れようがないだろ」

 先程、藍と名乗った女が無愛想な返事をした。

「でも魚編なのは間違いありませんよ」 

 正一も闊達に口を挟む。

「鯨なんかどうしようもないよ。こんなとこで」

 女が急にバッ、と手を開く。

 この周辺を現すジェスチャーのようだ。

「冷蔵庫見てみましょう」

 男に従い、ぞろぞろと台所に向かう。

 殺風景な台所。

 薄暗く人の気配のない世界では、それだけでどこか古びて見える。 

「電気とかどうなってるんですかね」 

 どうでもいい事を言いながら、峻は冷蔵庫の扉を開けてみた。

 原理はよくわからないが、パッと灯りが点く。

 部屋と状況にそぐわぬ、現代的な大きい冷蔵庫だった。

 容積も大きい。

 棚は全てまっさらで、食べられるような物は何もなかった。

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