5. 『もう無理だね』
どうにも部屋の中が暗い。
明かりが消えたのか、と思ったがそれにしてもおかしかった。
窓からも光が入ってきていない。
「あーあ。もう無理だね」
何だか下の方から聞こえてくる。
「どこだ!?」
峻は大声を上げる。
「出てこい!」
明らかに何かがおかしい。
それなりに色々経験してきてはいるが、こんな事は始めてだった。
机の下から何か這い出してくる。
「な……」
絶句して、峻は後ずさった。
黒い何かがモゾモゾ動いている。
「どーも」
奇妙なくぐもった声を発しながら、黒いモノは立ちあがった。
「妙なカンジだね。よろしく」
黒いモノの中から、にゅっと手が伸びてくる。
握手を求めているらしかった。
「ど、どうも」
迷った末、してもしなくてもいいような返事をして、峻は手を握った。
黒い何かは、どうも人間の髪の毛らしい。
「アンタ、そういや家の周りウロウロしてたね」
「ああ」
呆けたような声で返事をする。
思い出した。
この家に入る前、柵の向こうで見た人物だ。
あの時はよくわからなかったが、声質からしてどうも若そうであった。
「僕は昔から、この家の人達を知ってるんですよ。あなたは?」
格好から判断しても、怪しいのは明らかに向うの方だ。
峻は、軽く先方の喋り方に苛立っていた。
「あたしゃ知らないけど、ご近所だからね」
くっくっく、と喉を鳴らしながら喋る。
奇妙な女だった。
それよりおかしいのは、この家の近所に住んでいるということは、峻の住所の近くに住んでいる、ということでもあるということだ。
今までこんな人間は見たことがない。
それを訊ねてみると、
「あんまり家から出ないんだよ」
と言って、今度は喉からゲッゲッゲ、と咳き込んでいるような、痰が絡んでいるような妙な声を出した。
どうも笑っているらしい。
「この家、食べ物がなくなるらしいんですけど、理由はわかりますか?」
訳知りな様子なので訊ねてみたが、
「それどこじゃないだろ」
と、一蹴された。
「これ、どうにかしないと、あたしらここから出られないよ」
言われて、窓に近づいてみる。
外は暗い。真っ暗と言ってよい。
夜だとしても異常である。
鍵がかかっていない窓を、思い切って引いてみる。
全くビクともしなかった。
「壊してみようかな……」
「やってみれば?」
また女が笑う。
腹立たしいが、ひとまず放っておき、その辺の固い物を窓に投げつけてみたが、やはり徒労に終わった。
音すらしない。
時間ごと凍ってしまったような印象である。
峻は、机の上のコップを持ちあげて、強く下ろしてみた。
ガツン、と鈍い音がする。
やるやる、そういうの。という言葉の後に、女の哄笑が響いた。
「外に出られないってことなんだよ。まあ、出たからってどうなるかわからないけど」
「……要するに、何かしなきゃ出られないんですね?」
知らず、峻は舌打ちしている。
ずっと以前、似たようなことがあったのを思い出したのだ。
「出してくれない、って感じかな」
「僕の他に二人、霊能者みたいな人が来てるんです。テレビの収録なんですけど」
「ふうん。そいつらもここに居んのかね」
女は考えているような口ぶりである。
峻にとっては、話が早くて助かった。
「一人はちょっと……わかんないんですけども、もう一人の人は話せば協力してくれると思います」
へえ、と女は気の抜けたような返事をする。
峻は、さっき撮影していた部屋に行ってみた。
が、誰の姿もない。
縁側の戸もがっちりと閉まっている。




