4. 収録中断、調査開始
家の主人が部屋に入ってきた。
「こんにちはー。今日はこの、川島市郎さんのお宅にお邪魔しておりまーす」
「ど、どうも」
赤西が言うと、困惑気味に主人が挨拶した。
今まで峻も忘れていたが、この男は川島という性であった。
「今回、この家には悪霊が出る、ということだったのですが……」
「ええ、まあ」
水を向けると、主人が喋り始めた。
「悪霊というか、何というか、よくわからんのです。正直」
心底困った顔をしている。
「食べ物がなくなるんですよ」
「食べ物……ですか」
赤西は微妙な顔をしている。
峻も、気持ちはわかった。
「ええ、こう言うと、動物や、私の家族が犯人じゃないのか、と思うでしょう?」
ほとほと疲れた、という顔で主人は言う。
最早慣れっこになっているようだ。
「違うんですよ。そんな量ではないんです」
「ほうほう……詳しく言って貰えますか?」
赤西は興味津津と言った態で訊ねる。
「全部なくなるんですよ。家の中のものが」
「中のもの……と言いますと?」
赤西は、今いち呑み込めていない。
「文字通り、全部です。何もかも……調味料の類は無くならないんですけど」
あくまで真顔の川島である。
「冷蔵庫の中とかは、どうなんです?」
「勿論なくなりますよ」
横の背広の男の質問にも、間をおかず答えた。
「しかし、じゃあ、何を食べてるんですか?」
「家の中に食べ物は置けないから、外で食べてますね」
会話が止まってしまう。
あまりに突飛で、皆押し黙ってしまったのだ。
「ちょっと、カメラ止めてもらえますか」
しばらくして、赤西が言った。
「あの……申し訳ありませんが、普通に喋ってもらえますか?」
「普通に?」
主人には、意味が通じていないようだ。
「ええ……過剰にテレビとか意識しないで大丈夫ですよ」
どうも、この司会者は嘘だと思っているようだ。
クククク、と黒づくめが笑っている。
「どういう意味です?」
川島は、まだわかっていない。
「要するにウケるために、嘘を言ってると思ってるんですよ」
見かねて、峻はそっと主人に耳打ちした。
「な、なんだそれは!」
主人の声が大きくなる。
まあ無理もない、と峻は思った。
「この人達は、TVで来てるんです。僕がどうにかしますよ」
出来るだけ、他に聞こえないように言ったつもりだったが、そうもいかなかったようだ。
早速、黒づくめの男が、
「どうにか……」
と、鸚鵡返しに言いながら忍び笑いを始めた。
「君、これどうなってんのかわかるの?」
背広が顔を寄せてくる。
やっぱりこっちの方が話が通りやすそうだ。
「わかりませんよ、だから調べようと」
「どうする? 一緒にやる? ワタシも正直あっちのお兄さんとは、あんまり関わりたくないだよねー」
背広はヘラヘラ笑っている。
峻も全く同感であった。
「かまわないと言えば、かまいませんが……」
曖昧な事を言いながら、峻は考えている事がある。
屋内に入る前にいた、不審な人物についてであった。
「……あの」
「堤だよ」
背広の男がニッコリしながら言う。
案外笑うと人が良さそうに見えた。
「収録は収録で適当にやって、本格的な問題の解決はまた別にやろう。そっちの方が面白そうだ」
「わかりました」
峻ももう異論はなかった。
最初からそのつもりではあったのだが、協力者がいた方が良い。
「あー、すいません」
局の人間らしき男が、話しかけてくる。
「ちょっと、事前の打ち合わせが上手くいってなかったみたいで……始まるまで、もうちょっとかかりますから、好きにしてていいですよ」
TV局の人間が、川島をなだめるのに時間がかかるということだろう。
峻と堤は、連れだって部屋を出た。
取りあえず、座敷から庭に下りて、玄関からもう一回屋内に入りなおした。
主人は忙しそうだから、他の誰かに家の中の調査の許しを得なければならない。
「どうしました?」
ちょうどいい具合に、奥さんらしき人がやってくる。
「ちょっと、家の中を見せて欲しいんですが……」
二人で事情を説明すると、簡単に承諾を得る事が出来た。
「さて、どの辺からいく?」
「そうですね……」
屋内はわりと広い。
手分けした方がいいように思えた。
「僕は一階をやりますよ」
じゃ、こっちは二階だね、と言い背広の男はさっさと階上へあがる。
一階、と言ってもかなり広い。
何を探したらいいのかもわからないが、まあうろうろしていたら何とかなるだろう、と峻は思った。
最近こういうのはやっていないが、今までの経験からするとそうなのだ。
「さて……」
食べ物がなくなるのなら、まず行くのは台所だろう。
そう思って行ってみたが、一見したところ、変わった所はなにもない。
冷蔵庫を開けてみた。
「おお」
確かに、綺麗に何一つなくなっていた。
冷凍庫も開けてみる。
こちらも同様。
『幽霊って冷凍のものも食べるんかな……?』
考えていても結論は出ない。
「やめな」
声が響く。
周囲を見渡すが、声の主は見えなかった。
と、なると、普通のモノではない事は間違いない。
「なんで?」
峻は、自分でも驚くほど短刀直入に訊いていた。今更色々考えてもしょうがないと思ったのだ。
「専門家にまかせときなよ。取り返しつかなくなるよ」
声に聞き覚えはない。
「どういう意味?」
内容のない事を言いながら、まだその辺を漁る。
「やめろってのに!」
峻は思わずよろけて、体勢を崩した。
何かで頭を思い切りはたかれたのだ。
「何を! ……」
顔を上げて周囲を見渡し、茫然とした。