始まりよ、さよなら。
「うわぁ、すっげー!」
高らかに汽笛を鳴らし、そびえ立つ城門をくぐり抜けると、古いけれど情緒ある国の都心部・アネストタウンに辿り着く。
幼い頃何度か祖父母と訪れたことがあるくらいだった都会に、田舎者の僕は興奮がおさまらない。
立ち並ぶ古く趣のある建物。
流行の最先端を行く店が並び、前に来た時よりは印象が全然違う事に少し戸惑った。
「ローズアイドホテル、って何処だ? あー、もうなんなんだよココ、道がぐちゃぐちゃしてて分かりづらい……」
汽車を降りて駅を出ると、そこは人の波で溢れかえっていて、入り組んだ道が何本もあり、とても軽く通れるものではなかった。
――とりあえず、誰かに道を聞いてみるか……
小春日和。5月半ばのこの時期、都心まで出てくると体感温度はもう夏の始めと同じぐらいになる。
田舎にいた頃はこんな人も建物も一切なく、村に住んでいた人達は自分達で野菜を作って近所に分けている、なんてことも珍しくない地域だった為、人酔いするのにもそう時間はかからないだろう。
ヘロヘロになりながらも『交番』の目印を見つけ、僕はそこへと駆け込んだ。
すると、涼しい冷房の風がひんやりと身体を包む。
「どうしたんだい」
入るとすぐに、僕の様子に気付いた警官が心配そうに話しかけてきた。
「あの、ローズアイドホテルへの行き方を教えてください…」
「……ん? ローズアイド?」
ホテルのパンフレットを指差してそう言うと、お巡りさんは暫くぽかんとしていたが、ブッと吹き出し笑い始めた。あまりにも派手に笑い出すから、こっちが恥ずかしくなる。
「坊っちゃん、これは『ローズアイド』じゃなくて、『ローズエイド』だよ。もしかして田舎者か?」
「そ、そうなんだ……。今日、コートスから出てきたばっかだけど」
コートス――その村の名前を聞いた途端、お巡りさんの顔が少し険しくなった。この街にだって、コートスの出身の人は少なくないはずなのに。
「ローズエイドホテルなら、ここを左に出て2本目の角を曲がったらすぐ見えるぞ。長旅ご苦労さん」
「あ、ありがとうございます…………」
急に素っ気なくそう言うお巡りさんを、僕は横目で見ながら、交番を後にした。
お巡りさんの言う通り、ホテルの読み方は『ローズエイドホテル』で、駅からも近く分かり易い場所に建っていた。僕はこれからこのホテルで暫く過ごしながら、住む部屋を見つけるつもりでいる。
……田舎者、という言葉が嫌いだった。
方言が嫌な訳じゃない。生活の仕方が嫌な訳じゃない。だけど……ただ、『田舎者』という響きが嫌だった。
ぼん、と持っていた荷物をベッドに乱暴に投げ、自身もそのベッドに倒れ込む。
「眠い……」
あまり乗らない汽車に揺られて1時間。都会に出てきたのはいいけれど、これからどうしていくかが分からない。
部屋、見つかるかな……
そんな不安がよぎる中、僕は睡魔に負けて眠りについてしまった。
――……
――……
ギン、ガンッ、ガンッ。
ガギィン!
……ん? 何の音だろう。
部屋の外から、何か硬いものが擦れ合うような音が聞こえる。聞き慣れないその音に、僕はすぐ目が覚めた。
そして、ベッドから起き上がったその時――
「ぎゃああああああ」
男性の叫び声が聞こえ、辺りが静かになった。何か不穏な空気が流れ、辺りの空気がピリピリしているのに気付いた僕は、おそるおそる外へ出てみることにした。
……なんだ? なんか嫌な予感が……
“今、何時なんだろ”
そう疑問に思うほど、ホテルの外は人通りは少なく、ほとんど誰も歩いていない。
キョロキョロと周りを見渡した後、ふと路地裏に入った時。
「…………っ!!」
――そこには、1人の男性の死体が横たわっていた。身体に詰まっている血液を全て外にぶちまけられたかと思う程に出血過多なその死体は、見慣れない僕には刺激の強すぎるものだった。
「おえっ…………なんだよコレっ…………」
突然襲ってくる吐き気に、思わずその場に蹲る。いきなりの非現実的な光景に、僕は目を背ける事しか出来なかった。
そして、やっとの思いで立ち上がり、部屋へ戻ろうとすると、上の方から数人の声がする。
「なぁ、ユウ。あいつ、殺した方が良くねぇか?」
「殺したところ見られたわけじゃないから、別にいいんじゃない。僕らの仕事は終わったんだし、帰ろう」
まさか……あいつらが……?
ただの「一般人」の僕にも、それだけは分かる。この男を殺したのは、あの2人組だ――。
このままにしてはおけない――と、良く分からない正義感が芽生えた僕は、大きく声を張り上げた。
「おいっ! こいつ殺したのはお前らか!」
すると、明るい黄土色の髪を揺らす青年が、一瞬のうちに僕の目の前に現れた。
――殺気に満ちた、その表情。
背筋が凍りついたのを感じ、一歩後ろへ後ずさる。
「お前、殺されてえのか? そうじゃねえなら、一般人が口を出すな」
カチャ、と何か冷たくて硬いものが胸のあたりに突きつけられる。それが拳銃だと分かると、額に冷や汗が滲み始めた。
その青年は僕の焦る顔を見るなり、軽い舌打ちをする。
「マオ。早く行かないと、ニーチェに怒られるよ」
もう1人――黒髪で優しい顔立ちをした青年は、殺気丸出しの青年の肩に手を置き、落ち着けと促す。
「くっそ、あのババア。面倒臭い方俺らに押し付けやがって」
眉をひそめながら言う