その日
幼稚園が終わり、いつもならバス停に迎えに来ている母がいなかった。
同じアパートの二階に同級生の女の子が住んでいて彼女のお母さんが気を使って声を掛けてくれた。
「あれ?今日はママ来てないのね?」
「うん。でも、おうちにいるかも。」
「じゃあ、三人で帰りましょうか。」
そうして、三人で、手を繋いで帰った。
細い砂利道を抜けてアパートに着いた。
部屋の前で、同級生のお母さんが言った。
「もし、ママがお出掛けだったら鍵空いてないんじゃない?」
「ちょっと待ってね。」
僕は、ドアノブに手を伸ばした。
鍵は掛かっていなかった。
「ありがとー。空いてたよ。」
「そう、よかったわ。じゃあまた明日ね。」
「バイバーイ。」
そうして、同級生達と別れた。
僕は、鍵の掛かっていなかった玄関の扉を開けた。
「ただいまー。」
返事はなかった。
部屋に入ると、全裸の母が布団の上で仰向けで倒れていた。
その横で弟が、ずっと「ママ、ママ、ママ」と呼びかけていた。
僕は、母が寝ていると思って母に毛布を掛けた。
その後、泣いている弟をあやして弟と教育テレビを見ていた。
途中で、何度か母に起きてと声を掛けたが返事がなかった。
しばらくして、家のインターホンがなった。
僕が玄関を開けると大人の人が沢山たっていた。
「誰ですか?」
「こんにちは、あっちのお兄さんと一緒に車に乗ってくれるかな。」
一番前に立っていたおじさんの指を指した方向にパトカーが止まっていた。
僕は、そのまま弟とパトカーに乗った。
警察署に着いて、沢山の大人達に優しくしてもらった。
僕は、何が起きているのかわからなった。
弟も警察署でスヤスヤと寝ていた。
実際に、僕が真相を知って全て理解したのはずっと後の話になるが、殺人事件だった。
無言電話の相手が、母を殺した。
犯人は、母の店の客でずっとつきまとっていたそうだ。
〝今の旦那と別れて俺と結婚しよう″
母はこれを拒んで首を絞められて殺されたらしい。
弟は現場にいたが無事だった。
犯人は、その数時間後に自首した。
この日、僕ら家族が壊された。