Episode.Ⅲ 任務開始~オペレーションスタート~
ゴォォォと低くくぐもったエアコンの音が狭い室内に響き渡る。通常、エアコンというものは27〜28℃と相場が決まっている。しかしこの部屋の温度は18℃。極寒と言わざるをえない環境で、貧弱な僕には到底耐えられない温度だが、『彼ら』には快適な温度なのである。
部屋の明かりもない暗がりの中で、ディスプレイの光を頼りにしながら辺りを見回す。周りには脱ぎ散らかした服や下着、インスタント麺のカップやコンビニのレジ袋が散乱している。そろそろ片付けないと大変なことになりそうだ。
そんな事を考えながら中途半端に伸びたボサボサの金髪を掻き毟る。
「はあ・・・・・・思い切って言い出したのは良いけど、僕に出来るかな・・・・・・・。もし失敗したらどうしよう・・・・・僕の指示ミスで誰か怪我したらどうしよう!最悪誰か死んじゃうかも!!」
その言葉が口から出た瞬間、最悪の展開が脳裏を過ぎる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!ヤダヤダそんなの、僕に出来るわけ無い!!でも言い出したのは自分だし、やれるとこまでやらないと・・・・・・。でもその『やれるとこ』って一体何処なんだよぉぉぉぉぉ!!!」
頭を抱えて天井を見上げながら、情けない悲鳴を部屋一杯に撒き散らす。きっと廊下まで聞こえてるだろう。
『おいベン、ちょっと黙れ。耳元で叫ぶな』
ヘッドホンの向こうからシグマの声がした。任務中は暗号回線で各自の通信機で連絡が取れるようにしてあることを思い出した。つまり今のが全て筒抜けになっているという事。
「やっちゃった・・・・・・」
その事を理解した瞬間、身体の芯が急激に熱くなるのを感じた。めちゃくちゃ恥ずかしい。
僕、ベンジャミン・オークウッドはワケアリで3年ほど前から自宅警備を生業としだした。
この職についてから1年半ほど経ったある日のこと。僕のPCに一通のメールが届いた。そのメールのアドレスに、僕は不信感を抱いた。知らないアドレスだったのもあるが、僕がいくつか所有しているPCメールのアドレスの中から、プライベートでしか使っていないアドレスに、ピンポイントで送られてきたのだ。
送り主は・・・・・・そう、他でもないビアンカ本人だ。
僕は大いに焦った。自分のPCがハッキングされたと考えたからだ。だが、調べてみるとハッキングされていたのは僕のPCではなく、PCメールサービス会社のサーバーだったのだ。恐らく、メールの送受信のログをある条件で篩にかけて、僕のPCメールを特定したと考えられる。メールの内容からも、僕に敵意は無いように思えたが、自分の性分ゆえになかなか気を抜けなかったわけだ。
そして、僕は彼女のPCをハッキングしてみた。少し特殊なファイアウォールが仕掛けられていただけで、それ以外は何の変哲もないPCだった。
しかし、問題はその中身だ。
ビアンカのPCの全データとログを閲覧すると、そこには世界中で起こった凶悪犯罪の犯人と手口、全てが事細かにまとめられていた。それと同時にビアンカからメールが届いた。
─────────────────私の手伝いをしてほしい。
それが、僕とビアンカの出会い。そこで彼女から機械や電脳世界の知識を買われて、探偵団に入ったわけだ。元々、機械には詳しい方だったが、興味の矛先が電子情報に向き、それがいつの間にか『天才ハッカー』と世間に言わしめるまでになっていた。かなりの大出世で、自分でもかなり驚いている。
『で、僕たちはどうすれば良いんだい?』
シグマの次に葵の声が聞こえた。遠くの方から車のエンジン音が聞こえる。もう移動を開始したんだろう。
「潜入チームと突撃チームは、僕が目標ポイントまで誘導する。突撃チームへの合図は僕が中継するよ。続いて陽動チームだけど、手ごろな重機が本社ビル西棟の玄関前に農耕用重機が何台が止めてあるはずだから、それ使って。陽動チームが注意を引いてる間に、潜入チームは東棟を壁伝いに最上階から侵入。セオリーどおり、セキュリティレベルの高い区画からしらみつぶしに当たって行こう。ある程度スムーズに動いて欲しいから、あらかじめ内部の地図を送っておく。突撃チームは工場南側にある搬入口から、兵器製造ラインがあると予測される地下のエリアまでこっちで誘導する。そっちにもルートを示した地図を送っておくよ」
僕はキーボードを操作し、二つのチームに建物内部の地図データを転送した。転送されたのを確認し、そして大きく溜息をつく。
「大丈夫、僕ならできる・・・・・・・・・・よね?」
昔からそうだ。自分でも恐ろしいほど、自分に自信がもてない。何とかなりそうな状況でも、失敗してしまうことだけが、僕の頭を埋め尽くす。
究極のネガティブシンキング。それが自宅警備を始めた原因の一つでもある。探偵団に入ってからは多少改善された実感はあるが、完全にマイナス思考を無くすのには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「到着までには時間があるな・・・・・・。それまでどうやって時間を────────────」
そこまで言葉に出すと、僕は目を見開いて固まった。
「あ────────────」
そうぽつりと呟いた途端、突然下腹部あたりを殴られた後、なにか強力な引力で引っ張られているかのような感覚に襲われた。
少し涙目になって床に膝をつく。毛穴という毛穴から、汗が滝のように流れ出す。
この感覚は間違いない、『アイツ』だ!
『あの場所』へ向かうべく、慌てて床に膝をつき立ち上がる。すると、一瞬クラクラと空間が蠢いた。座るか寝るかが普段の生活スタイルだから、立ち眩みがするのも当然だろう。普段ならなんのこれしきだが、今は状況が悪い。眩暈のせいで足がもたついた。
「くっそぉ・・・・・・こんな時に・・・・・・!!」
ドアを開けて廊下に踏み出すと、そこは温泉のサウナを彷彿とさせるような熱気と湿気であった。マシンの適正温度で3年間過ごしてきたため、すっかり熱いのが苦手になってしまった。しかも、普段から耐寒装備として布団か毛布で身体を包んでいる。体感温度が一気に上昇する。
再び足止めをくらってしまった。再度自室のドアを開け、包まっていた毛布を部屋に投げ入れれると急ぎ足でトイレの前に向かった。
トイレのドアを雑にノックして、中に誰かいるか確認する。
「は~い、入ってます」
バッドタイミング‼︎扉の向こうから声が聞こえた。依頼人の彼女だ。
「あがっ・・・・・・・!!」
やばい、かなり危険な状況だ。もう『やつ』がそこまで迫っている。僕は彼女を急かすべく、トイレの扉を拳で連打した。
「ちょ、どうかした!大丈夫?」
「ベンジャミンです、お願い早く・・・・・・・・・・!」
「ベン君!?待ってて、今すぐ開ける!」
ドアが少し開いた瞬間、その隙間をすり抜けてトイレの中に入った。
「ふぅ、間に合った・・・・・・・・・」
僕は大きく、安堵の息を吐いた。そしてズボンをずらし、便器に座り込む。
これはもう”体質”と言うべきものだ。小さい頃から緊張がある程度まで達すると、『アイツ』がカクカクシカジカで・・・・・・・・。とどのつまり、僕は極度のあがり症のせいでよく腹を壊すのだ。そのせいで苦い思いでも多々ある。
『アイツ』との勝負に決着がつき、僕はトイレの扉を開けた。扉の前の廊下には彼女が立っていた。
「あの、大丈夫・・・・・・ですか?」
彼女がそう言うと、いきなり彼女を中心に廊下中が明るく照らされたかのように感じた。
「う、眩しい・・・・・・・」
僕は不覚にも目を逸らしてしまった。彼女が僕を心配するあの表情がどれだけ輝かしいか。彼女は女神なのか?後光がスゴいぞ、後光が。
しかしそんな僕の逡巡を知らず、彼女はキョトンとした表情で言った。
「ホントに大丈夫?さっきから様子おかしいけど」
「だ、大丈夫です全然問題ありません、ハイ。それじゃあ失礼します!」
急に声を掛けられたため、明らかに棒読みになってしまった謎のメッセージを残して、僕は瞬時に部屋に戻った。
「はぁ、焦った・・・・・・・・・」
人との会話には慣れていない。3年間ネットで繋がっていたとは言え、所詮チャットとかコメント欄での会話だ。緊張を解きほぐすために脱力して、ドアに凭れる。そして、大きく息を吐く。
「ねぇ、ホントに大丈夫?」
ドアの向こうで彼女の声がした。安定ラインまで達した僕のメンタルの数値が一気にマイナスに傾く。いや、傾くどころじゃないな。180度一瞬で大回転だ。
「ホ、ホントに大丈夫。気にしないで下さい・・・・・・・」
どれだけ眩しいんだ、彼女は!その輝きが薄暗いこの部屋まで漏れてるじゃないか!
「そう・・・・・・。ねぇ、ドアの隙間からすっごく冷たい風が出てくるんだけどさ。エアコン下げすぎじゃない?」
「そんなこと無いよ、これが丁度良いんだ。マシンにとっては」
彼女は「ふぅ~ん」と呟いた。
「あ、暑い・・・・・・・・?」
「へ?」
「いや・・・・・そっちが暑いか聞いてるんだよ・・・・」
彼女はしばらく考えてから言った。
「暑いけど、それがどうかした?」
また便意が込み上げてきそうだ。心臓が圧迫されるようだ。だがそれらの一切を飲み込んで僕は言葉を発する。
「・・・・・・・・・は、入る?」
僕はボソッと、呟くように言った。と言うか、それ位の音量しか出せなかった。
彼女は依然、沈黙状態を保っていた。
「だから、そっちは暑いだろうから・・・・・・・・・こっちに入れてあげるって言ってるんだよ」
「え・・・・・・・?」
「か、勘違いしないでよ!そっちのエアコン下げすぎるとサクラが煩いし、ここなら別に何度まで下げても良いから・・・・・・・」
「ありがとう」
その言葉が耳を通過し脳に届いた途端、脳がオーバーヒートして『ボンッ!!』と、爆発したように思えた。顔が熱い。恐らくトマトみたいに真っ赤になっていることだろう。
こんなみっともないところを彼女に見られまいと、僕は頭を横に振って雑念を払った。
彼女はドアノブを捻り、扉を開けた。
「おじゃましまぁ~す・・・・・・・うわっ、暗っ」
彼女は辺りを見回した。そして座布団の上に座ると、ブルブルと身震いした。スーツを着ているが、それでも夏用の生地の薄いやつだ。そりゃあ寒いだろう。
「何か羽織ったほうが良いよ。はいこれ」
僕は彼女に毛布を差し出した。彼女はそれを受け取り、肩に掛けた。
「こんなに暗いところで画面見てて、目悪くしないの?」
「目ならとっくに悪いよ、小さい時から」
「コンタクト?」
「うん。メガネは縁が邪魔だからね」
僕はそもそも眼鏡を掛けるという行為自体が、そもそもどうかと思う。仕方のないこととは言え、いちいちズレた眼鏡を元の位置に戻すのがとにかく面倒だ。眼鏡ごときに集中力を削がれたりしたら、堪ったもんじゃない。
「でも、風邪とかはひくんじゃない?」
「いや・・・・・風邪はあまり引かないね。元々寒い地域出身だからさ」
「そうなんだ・・・・・・・それでも寒くない?」
「・・・・・・・・・・・」
僕の出身はヨーロッパの北のほうで、確か10歳までは向こうにいた。毎年冬には氷点下、外に出れば一面真っ白な生活をしていたものだから、先のとおり、寒さにはある程度耐性がある。あるのだが・・・・・・・実のところ、少し肌寒かったりする。
「普段は何しているの?」
「普段は見てのとおりさ。ずっとパソコンしかやってない。まぁ、一昔前は僕みたいなやつのことを『ニート』って言ったらしいね」
そう、ニート。確か、幾つかの単語の頭文字を取った略語か何かだったはずだ。
しかし、ネットゲームやチャット、動画・アニメ鑑賞等、自宅警備を始める前は多少抵抗があったものの、実際部屋に篭るとやることといったらこの3つプラスαに絞られてくる。
今まで世間で罵られてきた自宅警備員たちよ、馬鹿にして悪かった。君等と同じ立場になったから分かるよ。・・・・・・・・・・・・うん。
なんだか、自分で言って辛くなるのはなんでだろう。
『ベン、もうすぐ目的地だ』
ヘッドホンからジンの声が漏れて聞こえた。
「分かった。どこか適当なところに車を隠して。見つかると面倒だ」
僕はキーボードのボタンをカタカタと叩き、ビル周辺の地図を出した。
「今から指示を出す。時間がないから移動しながらよく聞いて。まず陽動チーム、そこから北側入り口の農業用重機をジャック。潜入チームは南側入り口まで行って、最上階から侵入。突入チームは本社ビル東側にある本社工場の搬入口で待機。みんな、配置について」
何故だろう、不思議だ。依頼者の彼女、荻原夏樹と会話しているときより緊張していない。やっぱりあまり関わりのない人と会話するのは慣れないな・・・・・・・・・。そうだ、探偵団に来たばっかりの僕もこんな感じだったな。
「さて・・・・・・・・はじめるか」
PCのキーボードに手を置く。そして画面をじっと睨む。
「目が据わってる・・・・・・・・・・」
彼女はボソッと呟いた。
何も分からない。
何も感じない。
唯一分かっていることは、僕はもう違う次元にいるということだ。意識は今ディスプレイの前で座っている体から切り離され、暗闇を彷徨う。そして煌めく一縷の光を見つけ、それに触れる。すると意識は乖離したはずの体に戻っている。目の前にあるのは暗闇でも光でもなく、PCの画面だ。
「さぁて・・・・・・・・荒らしてやるか」
僕は猛烈な速さでキーボードを叩いた。会社のサーバーへの侵入を防ごうと、幾多のファイアウォールが僕の侵攻を阻む。
ハッキングというのは、実はパズルみたいなものだ。何百ピースとあるジクソーパズルを思い浮かべてもらったらわかりやすいと思う。幾つかのヒント、例えばパズルの絵やピースのはまり具合、形なんかのヒントからぴったりはまる一つを探し出す。その探し出したピースが、ファイアウォールを破るコードなのだ。
それでもピースの数や形、パズルの絵を変えてくるのがセキュリティというものだ。しかし、そのスピードを上回って防壁を破れば侵入できる。迫りくるセキュリティを次々と打ち破り、ハッキングのアラートを鳴らす管制の制御を断ち切った。これで少々派手にやってもバレなくなる。
「まだまだ。ここから対侵入者用の防衛システムを止める・・・・・・・」
『ベン、俺だ。サクラと定位置についた。作戦指示を』
「了解、その近くに重機があるでしょ?それの保護プログラムを書き換えて暴走させる。今から上書き用のプログラムを転送する」
ボクは一段落ついたところで、二人の携帯にプログラムを送った。
「それがあれば、遠隔操作かコンピュータ制御でマシンを暴走させられる。ただ、初期設定にしたままだとオート制御になるから操作はできないんだけど。それと、マシンに直接インストールさせないといけない。出来そう?」
『分かった、出来るところまでやってみる』
ジンは物分りが早くて助かる。それに比べてサクラはガミガミ煩いし、細かいことイチイチ気にするし、何かと気に障る言動が多いし・・・・・・。言い出したらキリが無いくらい僕と馬が合わない。自分でもびっくりだ。
「頼む・・・・・・・見つからないでよ」
PCのディスプレイには、暴走プログラムのロード状況が映し出されていた。現在全体の27%までロード完了。
この間が実にもどかしい。この画面をジッと、ただ見つめているだけと言うのがもどかしい。
「あと68%・・・・・・・・・早く・・・・・・!」
少しずつ、ほんの少しずつ残りの数値が減少している。
「ジン、サクラ。マシンを離れて。もう残り50%を切った。後はインストールが完了するのを待つだけで良い。悟られてデータ抜き取られたらオシマイだ」
インストールはもう半分済んだんだ。これ以上マシンの傍にいるのはキケ───────」
『やっべ!!見つかった!!』
ジンのその言葉を聞いた瞬間、全身を脱力感が襲う。
「何やってるんだよ全く!!何で見つかっちゃうのさ!」
「まぁ、落ち着いて・・・・・・ね?」
そう言って彼女は僕をなだめた。
『おいどうすんだよ、サクラ!』
『はぁ!?知らないわよ!私の所為じゃないでしょ!?』
流石に僕の堪忍袋の緒も限界に達するだろう。
「もうどっちの責任でもいいよ!!とにかくインストールが完了するまで人を近づけないで頼むから!!」
ボクは酷く雑にキーボードをガタガタ叩きながら、ビルのセキュリティを蝕み続けていた。少しでも、シグマと葵の負担を減らすために。
「早くしてくれよ・・・・・‼︎」
インストール状況は9割に到達。残り5秒と表示されていた。しかし、2秒ほど経っても数字は減るどころか7秒に増えていた。また2秒ほど経っても、7秒で固まっている。たった4,5秒なら一気に取り込んでしまえばいいものを、表示された時間より明らかに長い時間をかけてインストールするのか。僕は不思議でならない。
しかし、イライラしながらキーボードを叩いていると、表示されていた数字は一瞬で消え、インストールが完了した。
「よし来た!!!二人とも、すぐマシンから離れて!オートだと近づく物は無差別に攻撃するから!」
『だぁぁぁーー!!ちょ、ま、タンマ!ぎゃぁぁぁぁぁーーーー!!!』
忠告した時には遅かったのか、耳元からジンのとてもとても情けない悲鳴が聞こえる。それに紛れて表に出てきた社員達の『何だこれは!』と言う叫びや、『祟りだ!祟りが起こったんだ!』と言う声も聞こえる。僕はしめしめと、口元を緩ませた。その付近の監視カメラの映像を傍受し、ディスプレイの端に表示した。よし、重機は二人を追いかけてはいない。上手い具合に暴れてくれてる。
「潜入チーム、ビルに潜入して!」
『もうとっくに最上階の廊下だ。で、こっからどう進めばいい?』
ジンとは相反して、落ち着いた声色でシグマは言った。流石は最強の殺し屋と世間に言わせるだけはある。完全に仕事モードだ。
「そこの廊下、一直線でしょ?そこの角を右折。そしたら突き当りを右。右側の奥から3番目の部屋。そこが怪しい」
隣にある予備のディスプレイの電源を入れ、ジャックした監視カメラの映像を映し出す。その映像の一つに、二人が自分の指定した部屋に入っていく様子が映し出されていた。
『畜生、ハズレだ。この部屋じゃない』
シグマがそう言った。
「そうか。次は一個下のフロアだ。そこから一番最初のところまで戻って、その廊下の突き当たりにエレベーターがある。その隣の階段を使って」
カメラ映像を確認しながら慎重に指示を出す。
「次の部屋が総合してセキュリティのレベルが高い。案外スグ見つかるかも・・・・・・・・」
そんな事を考えていたら、部屋中にけたましいサイレンが鳴り響いた。
「な!まさか・・・・・・・・・・・」
シグマたちが見つかったのか?いや違う。監視システムはこっちが掌握してる。シグマたちが見つかるわけがない。だとすれば・・・・・・・最悪の事態が頭に思い浮かぶ。恐らく、何処かに隠したんだろう、『アレ』を。一体何処に隠したと言うのだろうか。それも考慮して不審な点が無いか全て見ていたつもりだったのに。
「ひょっとして・・・・・・・一番最初の防壁に?」
このビルのセキュリティが真っ直ぐ伸びる一本道だとしたら、僕の言う『アレ』は後ろから僕を追うような形で迫ってきていた。
「こんな時に攻性防壁なんてッッ!!!」
セキュリティには、ただ守るだけじゃなく、攻撃された時に反撃して、ハッキング元のPCをクラックするように設定された防壁もあるのだ。それが『攻性防壁』。
死に物狂いでキーボードを操作して防壁の攻撃を回避しようとするが、防壁はしつこく付きまとう。
「クッソ!!振り切れない!」
頭の上がユラユラと揺れる感覚に襲われる。非常に機嫌が悪い。
「仕方が無い・・・・・・・数少ないか らあんまり使いたくないんだけど」
ボクはそう言いながらキーボードを叩き、特殊なコードを打ち込んだ。そして、高らかに音を立ててエンターキーを押す。
『ピーーーーーーーーーー!』
「え?どうなっちゃったの?後ろの赤いのが止まったよ?」
「これでいいんだ・・・・・・・・・。これで暫くは追って来ない・・・・・ハズだ」
この期に及んで未だに自信が持てない。あれは自分が持っている中でも一番持ってる数が多い分、スペックはあまり高くない代物だ。自信がないのも当然といえば当然だが。
「今使ったのは『ミガワリ』。正しくは『身代わり防壁』って言うんだ。今使ったのは一時的にセキュリティの注意対象をそらすくらいしか出来ないけど、強力なものだったら今追われてたのくらい一瞬で粉砕しちゃうんだよね。展開するまでに時間が掛かるのと、使える回数が少ないから普段は使わないんだけど、多分あれは振り切れなかったし、出し惜しみしててもね」
チラッと隣のディスプレイに目をやる。
『ベン、この部屋か?』
「そうそう、ちょっと待ってて。今すぐそこの扉を─────────」
『やっべ‼︎警備ロボットに見つかった!』
シグマのその言葉を聞いた瞬間、上半身の力が一気に抜けた。身体が支えをなくし、へなへなとテーブルに頭が墜落する。
「何で皆見つかっちゃうのさ!!『潜入』の意味が全く無いじゃないか!!」
「ベン君落ち着いてってば」
きっと今の叫びも聞こえてないんだろう。耳元から乾いた銃声が聞こえる。交戦を開始したようだ。監視カメラの映像を見る限り、数がどんどん増えていっている。早く扉を開けなければ。
「待ってて、すぐ扉開ける!!」
僕はキーボードを手元に引き寄せて、ドアロックの解除コードを打ち込み始めた。
暑い。エアコンの温度をそれなりに下げているというのに暑い。額に汗がにじむのを感じる。
「くっそ・・・・・っ‼︎」
汗など拭う間もなく、セキュリティを徐々に蝕んでいく。それでも足りない。セキュリティは次々と新たな防壁を構築していく。それを上回る速度でクラックしなければこの扉は開かない。あと少し・・・・・・・・・。あと少しなんだ。あと少しで開錠できる。早く・・・・・ッ!!
迫り来るファイアウォールを潜り抜け、決死の覚悟で電脳の奥深くへと飛び込んでいく。緊張のあまり全身の筋肉が硬直し、瞬きさえも忘れてしまっている。キーボードを叩く強さも次第に強くなっていく。
「開けぇぇぇぇぇッッ!!!!!」
勢いのついた人差し指の腹で、エンターキーを叩く。耳元で微かに油圧パイプと、何重もの鍵で重く閉ざされた鋼鉄の扉の開く音が聞こえた。
「二人とも中に入って!」
二人が室内に入ったのを確認して、ドアを再び閉めた。ドアの回りには、無数のおおよそ人の形をした警備ドロイドがグンタイアリのように群がっていた。
「すっごい、これ全部警備ドロイドだ・・・・・・・・・」
彼女はカメラの映像に見入っていた。別画面に全部屋にある監視カメラの映像を映し出すが、二人が映されているものはない。どうやら、二人の入った部屋に監視カメラはないらしい。これは、『アタリ』の確率が高い。
「二人とも、何かある?」
鼓動はまだ跳ね気味で、少し息が上がっている。息を整えつつ二人に尋ねる。
『今のところ、普通の資料室ってかんじかな。検索用の端末と書類ケースがいっぱい並んでる』
『探ってみないことには、だな』
葵、シグマの順で僕の耳に声が届く。
「分かった。でもあんまりゆっくりはしてられないよ。外のドロイドが扉を破ろうとしてる」
『急がないとね。・・・・・・ってシグマ、これ‼︎これじゃない?』
『あん、どれだ?・・・・・・・ああ、これだな』
『すごいよ、こっちの棚のも全部それっぽいのが入ってる』
「ちょっと、勝手に話進めないでよ。結局あったの?カメラが無いから確認できないんだ」
『結論から言えばアタリだ。見た感じ、全部設計図か密売の関係書類の類だな』
シグマが言うなら100%間違いないだろう。
『じゃあこれでビアンカ達も潜入できるってこと?』
「そういうこと」
見つかった上に多少ドンパチやったくせにビアンカ達「も」とは、一体どの口が言ってるんだか。
『おい葵、これ見ろ。この端末に設計図が全部入ってやがる』
シグマの驚愕の声が聞こえた。
「ホント?それのデータ、コピーできる?」
『ああ、やってみる』
シグマは全身義体、つまりサイボーグだ。人口の脊髄を通して、合金製の背面骨格の首部分、生身の人間で言ううなじの部分に様々なデバイスと自分の脳を接続できるようにコネクタが設けられている。そこからセキュリティに忍び込んだり、電子機器から直接情報を入手できる。
「証拠の方はあっちに任せるとして、ボクは出来る限り逃げ回るか」
先ほど身代わりを投下したが、それもダミーとバレてしまった。ファイアウォールがこちらに向かって真っ直ぐ突き進んできている。今の僕には、大昔放送されていた某警察ドキュメンタリーの逃走犯の様に逃げるしか残された選択肢は無い。
* *
場所は移り変わり、シグマ&葵サイド
「ねぇシグマ、こんなにいっぱい武器作ってさ 、何になるんだろ?」
設計資料の山を漁りながら葵がシグマに問う。
「んなモン単純だ。売り飛ばすんだよ、紛争地帯に。そんで金にする。ただそれだけだ。戦争を起こすのは、自分とこと向こうさんだけじゃない。武器商もその中に入ってるんだ。第三者ってわけだな」
シグマはコンピューターの安置されているオフィステーブルに凭れながら言った。
「それに、この戦闘用ドロイド・・・・・・資料にあるのはまだ開発途中っぽいが、それのひとつ前のバージョンを見たことがある」
シグマは手元にあったその設計資料をヒラヒラさせながら葵に見せた。
「あ、そっか・・・・・・・シグマは少年兵だったんだね」
あまり多くを語らないシグマであっても、この経歴だけは全員に打ち明けていた。
「そんときゃあ、『最新型のドロイド』だの何だのっつって腐るほど砂漠の上歩いてやがった」
その当時の情景はハッキリと脳裏に焼きついていた。ガシャン、ガシャンと音を立てて砂の上を歩き、装備された機銃で砲撃していた。自分の雇われていた軍の戦闘員達が、胸や頭から血を流して倒れていくさまを、飽きるほどに見てきた。
「まさか、アレの強化版を作ろうとしてたとはな・・・・・・・・・」
シグマはそう言うと、手に持っていたその紙をぐしゃっと握りつぶして言った。
「気にくわねぇ・・・・・・・」
葵は知っていた。シグマの、その負の感情しか詰め込まれていない言葉ひとつに込められた真意。それは、人の命火の消える瞬間に立ち会った彼が知っている辛さ。葵は今の一言から全てを読み取った。
『バゴン!バゴン!』
『ドガガガガガガガガ!!!』
扉の向こうから、イヤな予感をよぎらせる音が聞こえた。激しく金属がぶつかり合う音だ。
「ヤバい・・・・・・・・・シグマ、コピーは?」
「あと20%ってとこか」
アタフタする葵とは反して、全く危機感を感じてないようにシグマは振舞う。
バキバキと何かドアをロックするのに大切な物が、音を立てて折れ曲がる音が聞こえた。
「あああああああ!!早く!早くしてよッ!!」
「大丈夫だって、もし入ってきやがったら口から散弾ぶっ放すから」
「君にそんな機能無いでしょ!!気休め言わないで!」
コンピューターの画面には、残り5% と表示されていた。
「クソ・・・・・・・・・・あと少しなのに」
さすがにシグマも焦りだした。
その瞬間、激しい轟音と共にぶ厚い鋼鉄の扉がぶっ飛ばされた。外からは、不気味な足音と共に無数の警備ドロイドが流れ出してきた。
「逃げるぞッ!!」
シグマはうなじのコードを引き抜き、葵を抱きかかえた。そして、一直線に窓の方へ跳躍して窓を打ち破った。
地上十数メートルからの落下は浮遊感を伴い、続いて地球の引力によって強引に地面に引き寄せられる。
シグマは、コートの右の袖の内側から小型のアンカーの付いたワイヤーを射出して、窓のサッシに引っ掛けた。そして壁に足をつける。
「っぐぉぉ!!」
壁に着地した衝撃が葵の脇腹に衝撃を加える。それを数回繰り返し、再び浮遊感が重ずれた後に落下感がやってきた。
「うげぇっ!!」
シグマが抱え込むように抱いていた為、葵の横腹に着地の全衝撃が叩き込まれる。
「ふぅ・・・・・ここまでこればとりあえずは大丈夫だろ」
シグマは安心した表情を見せ、自分の身体同じくらいの穴が開いた窓を見上げる。葵はヨタヨタと土の上にへたり込み、悶えながら自分の脇腹をさする。
「うっ・・・・・・・いったぁ~・・・・・・」
「あんまボサッとしてられる暇はなさそうだな。連中が降りてくる前に隠れるぞ」
「う、うん」
* *
場所は再び、ベンジャミンの部屋へ・・・・・・・・・
『ベン、無事全てコピーできたぞ』
「そう、じゃあそのデータをボクのPCに転送して」
どうやら、データの奪取に成功したようだ。僕はホッと胸をなでおろす。全く一時はどうなることかと思った。シグマが思いのほか冷静に対処してくれたおかげで助かった。
「よし・・・・・証拠は掴んだ。突入チーム、突入開始!」
『了解』
ビアンカの声が聞こえた。ここまできたらラストスパートだ。一気にやってやる。
「この会社の兵器製造のデータ、全部ネットにぶちまけてやる」
「『ぶちまける』って、何のために?」
ボクのそばにいる荻原が画面を覗き込みながら尋ねた。
「こんな世の中だ、ネットでの情報の伝達は女の子の噂より広がるのが早い。そのスピードに対応するために、雑誌や新聞の編集者にはそういった情報を見るためだけのPCがあるくらいだ」
だべりながらも、ボクは着々と情報流出の準備を整える。
「ただ、流すのは雑誌や新聞社の情報網の内側に直接。そうすれば記者達がミツバ重工のビルに集まる」
「それで、敵を締め上げるんだね」
荻原は目を輝かせながら言った。
「いや、これにはまだ続きがある。情報をリークするだけじゃ足りないんだ」
「え?」
「ビル付近に住んでる人間が、今頃警察に通報してるはずだ。そこで、警察に最後は兵器製造の真犯人を抑えてもらうのさ。僕らは『逮捕』するのが仕事じゃなくて、『止める』のが仕事だから」
そう、いつだってそうだ。そのやり方を貫いてきた。街の闇に紛れ、闇を暴く──────────────。その悪を持って悪を征すやり方。それがボクら西東京探偵団の基本スタイル。
「ボクはそのやり方に誇りを持っている。だって、カッコいいじゃん。『ダークヒーロー』ってさ、なんか底知れない魅力を感じるんだよね」
* *
場所は移り、突撃チームサイド
「さ、行くわよ」
ビアンカは立ち上がり、茂みを抜けた。
「よっしゃぁー!悪者待ってろよ~!」
秋奈は待ちかねた様に準備運動をし始めた。
「秋奈、声のボリューム下げろ。バレたらどうすんだよ」
「そういうアンタはお菓子食べながら行こうとするな」
秋奈に釘を刺されたミキトはポテトチップスを食べる手を止めた。
「はぁ・・・・・仕方が無い。ここに置いてこう。こうやってクリップで留めて・・・・・・」
「あ~もう、遅い!」
いつまでもモタモタしているミキトに、秋奈は蹴りを入れた。
「いって!!分かったよ、ほら」
ミキトは手頃な垣根の根元にポテトチップスの袋を隠した。
「ったく、ビアンカがいて正解だよ」
秋奈はそう言いながらビアンカのほうに目をやる。彼女は愛用の銃、FNファイブセブンに、弾丸を装填しているところだった。
秋奈も、自分の銃の残弾を確認する。
「よし、ウチは準備OKだよ」
「俺もよし・・・・・・・・・・・・っと」
3人は、工場内へと歩みを進めた。搬入口から潜入し、天井付近の鉄骨を伝って兵器の製造場所まで行く。
工場の中に入ると、金属をプレスする音や裁断する音など、様々な音が大音量で見事なまでの不協和音を奏でており、今にも耳がどうにかなりそうだった。
「これ位煩ければさぁ、逆に気付かれないかも・・・・・・・」
「そうね。でも油断は禁物よ?」
「こんな所で兵器作ってるとは思えないな・・・・・・・」
耳についているマイクとスピーカ一体型の無線を通して会話しているが、その音声さえも騒音にかき消されそうだ。
搬入口周辺、そして少し先は何処にでもある機械部品の製造工場と何ら変わりない。ここの最下層部で戦争で使用される兵器が産み出されている事を、今ここにいる従業員達は知っているのだろうか。恐らく、知っているとされる人間はごく限られた者だろう。それなりに地位が高い者。上層部の内通者。浮かび上がる可能性は様々だ。
「そう言えばこの見取り図、記してあるのは1,2階の見取り図だけだな」
ミキトがボソッと、ギリギリ無線のマイクが音を拾えるほどの声量で呟いた。依頼者の荻原が提供してくれた見取り図には、工場1,2階の見取り図しか示されていなかった。彼女の権力では、工場内の構造を知るにはこれが限界だったのだろう。
『ビアンカ、聞こえる?』
「ベン、聞こえてるわ。案の定、と言った感じね」
ビアンカは、ベンからの指示を聞き漏らさないようにスピーカーの音量を少し上げた。
『だろうと思った。今から地図を送るよ。僕も出来るとこまでナビゲートするよ』
ビアンカの携帯端末に表示されていた見取り図が更新され、工場1,2階の更に詳細な間取り、そして、地下1階。更には最下層部と思われる地下2階の立体図が浮かび上がる。
『会社のデータベースに侵入して失敬した物だから、間違いないはずだ。地下に降りるには、そこからずっと真っ直ぐ行って階段で一度2階に上がるんだ』
「了解したわ。ひとまず2階に向かいましょ、二人とも」
ビアンカは二人を連れ、2階に上がるための階段を目指し始めた。
フロアは、幾つかの壁と扉で仕切られており、向こうの区画へは通勤口を通っていく必要がある。音を立てないように慎重に枠を外し、
狭いダクトを這って進んでいく。
ダクトを出て、次の区画に入った。ここはかなり奥行きが広く、建物の枠組みを伝って行くにはかなり長い距離だ。
「あった。アレじゃない、ビアンカ?」
秋奈は遥か前方を指差す。その方向をビアンカはすかさず手元の端末で確認する。そこには確かに階段があり、それは二階へと伸びていた。
秋奈はかなり視力がいい。運動神経や、頭が悪いながらも実戦時では驚きの頭の回転の速さを発揮する。典型的な『練習よりも試合の方が本気になれる』と言う性分だ。
「秋奈、静かに。ここからは慎重に行くわよ。この辺りは作られたパーツを精査して選別する場所だから、少しでも音を立てたら一瞬で気付かれる・・・・・・・・」
秋奈はスッと視線を落とした。自分たちの真下ではキラリと蛍光灯の光を、大量の鉄の表面が反射していた。そして、かなりの人数の従業員がここで作業をしている。
「危うく見つかるところだった・・・・・・・・」
秋奈はホッと胸を撫で下ろす。ミキトは落ち着いていこうと彼女に念を押す。秋奈は無言で小さく頷いた。
慎重に、獲物を見つけた虎のように天井の鉄骨の上をゆっくりと進んでゆく。そして、階段付近まで来ると、鉄骨から降り、階段を音を立てないように上って行く。
3人は再び鉄骨の上を行く。ゆっくり、慎重に。
だが、あまりにも悠長にはしていられない。
「あと少し、この部屋の奥にエレベーターがある」
そのエレベーターは、製造機のあるエリアの物置の裏、謂わば隠し区画にある。1階にいる人々は、勿論その隠しエレベーターの存在を知っていない。だが、2階には、その存在を知る限られた人間が多い。よってその存在を知っている物が大半だろう。
───────────────カッ!
なにかとなにかが軽くぶつかる音が聞こえた。下にいた人間が次々と天井の方を見つめる。
ビアンカは相変わらず無表情だ。ミキトは眉間に皺を寄せる。そして、秋奈はいかにも、やらかした、と言った具合の渋い表情を見せる。そう、彼女が鉄骨を踏み外し、音を立てたのだ。
その瞬間、真っ赤な光が3人の顔を照らした。工場の中には警報音が響き渡り、武装した警備用ドロイドが次々と起動し始めた。
「二人は先に行って!ここは私が引き受ける!!」
自分のせいだと思っているのだろう。秋奈は鉄骨を飛び降り、肩にホルダーで提げていた愛用のショットガン、スパスM11を構え、警備用ドロイドに向けて発砲した。
ドロイドは反撃に移る。武装していた機関銃を秋奈に向け、乱射した。秋奈は持ち前の動体視力で弾丸の軌道を見切り、神がかった身体能力を生かして弾丸を回避した。
「よっ!!」
秋奈は片足で地面を強く蹴り上げ、ドロイドに蹴りかかった。ドロイドの頭部を蹴飛ばした瞬間、銃口をそこに向けて引き金を引いた。
「ビアンカ、今のうちだ。俺達だけで行くしかない」
「そうね、先を急ぎましょう」
2人はコソコソ隠れるのを止め、鉄骨から飛び降りた。そして、ドロイドと人間の入り乱れた通路を駆け抜ける。襲い来る敵を、ミキトは確実に仕留めていった。
「あった、あの扉の奥だ!!」
ミキトは扉を蹴破った。室内には3人の男がいた。恐らく、警備員か何かだろう。ミキトは迷わず彼らを蹴飛ばし、エレベーターの扉を閉めて降下させた。
「ったく、何で一番達者なやつがやらかすんだよ」
ミキトは愚痴を溢しながら、弾丸の残量を確認する。
「そうね。でもこうなってしまった以上は時間との勝負よ」
ビアンカも残弾を確認する。あまり弾は使っていない。だが、隠密行動を前提で考えていたため、今手元にある銃のマガジンは残り三つ。弾の無駄遣いだけは避けたいところだ。
「そうなってくると、秋奈の弾の消費が心配だな」
「彼女なら大丈夫よ。弾が無くなったら無くなったで、何か行動を起こすわ」
ビアンカは秋奈の頭の回転の速さ(戦闘中のみ)を高く評価している。それはミキトも同じだ。だが、後先考えずに突っ走る性分のため、今は現状を維持できていても後々苦しくなるのは火を見るより明らか。
ミキトは少しずつだが焦りを感じていた。
エレベーターが停止した。扉の向こうには無数の警備ドロイドが身構えていた。
だが、エレベーター内に2人の姿は無い。2人はエレベーターの天井から中を抜け出し、エレベーターホール内にある排気用ダクトを通っていた。
「くっそ、ガスくせぇ・・・・・・・・・。地図によると、もう少し先の分かれ道を右に行って、次の角を左に曲がると出口がある」
「そう、そこまでの辛抱ね」
さすがのビアンカもこの強烈な臭いをガマンしているようだ。本音を口に出している。
埃と排ガスのコンビネーションアタック耐え凌ぎ、ダクトを出た二人は再び鉄骨の上を静かにひた走る。
「こっから階段でもう1階降りるのか・・・・・・・」
2人は鉄骨を飛び降り、階段を1段飛ばしで下りていく。地下2階の踊り場で再び鉄骨に飛び乗り、最深部の部屋に侵入した。
「ッ・・・・・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・」
ガコン!ガコン!と轟音を立てて、2人の真下では多種多様な兵器が作られていた。銃器類から手榴弾などの爆発物類、対人もしくは対戦車地雷・・・・・・・。2人は目を疑った。
2人は鉄骨から飛び降り、床に足をつけた。その場にいた全員の視線が自分たちに集中する。
ザワザワとどよめきの声が立ち始める。懐から銃を取り出したビアンカは、次の瞬間驚きの行動に出た。
────────────パァーン!!
妙に乾いた音が工場内に響き渡る。と同時に、設置されてあった警備ドロイドのけたましいサイレンと、人々の悲鳴で埋め尽くされた。
ここで逃げられては困る。ビアンカはまず扉の指紋認証装置に向けて数発発砲した。セキュリティが頑丈なこの工場及び本社ビルは、限られた人間を区別するためにこういったシステムを設けている。今は何処にでもあるセキュリティだが、システムの制御装置をピンポイントで破壊すれば、扉の開閉システムが機能しなくなる。
つまり、閉じ込められるのだ。
ドロイドの破壊は着々と進む。あまり戦闘向きではないビアンカはスローペースながら確実に一体ずつ破壊していく。
「おいどうするんだ!!」
「開かないぞ!!」
ビアンカの判断は正しかった。
しかし、2人は肝心なことを忘れていた。
「な・・・・・・・・・・・ッ!!」
ドロイドを破壊すべく、ミキトは銃身の先に目を凝らした。いつもなら引き金を引くとそれなりの感触が手元を過ぎ去ったあと、風船が弾け飛ぶような音がして鉄の塊が撃ち出される。
だが、何度引き金を引こうとその一連の現象が起こることは無かった。つまり、弾切れだ・・・・・・・・・・・。
「残弾数・・・・・・・・忘れてた」
我に返り地面に視線を落とすと、無我夢中になり放り捨てた空のマガジンが転がっていた。
シグマなら弾丸に気を配り、今頃格闘に切り替えていただろうか・・・・・・・・。
ミキトはそんな事を考えつつ後ずさりする。
先程までパニックになってうろたえていた従業員達の顔が、今や自分より弱い立場の奴を見下す表情になっている。
「形勢逆転ってやつだな・・・・・・・・・・」
「蜂の巣にしちまえッ!!」
様々なのヤジが飛び交うが、ミキトは全くそれを気にする素振りを見せなかった。端から見れば極限の絶望的状況で、ミキトは笑みを浮かべる。
「ったく、何チンタラしてやがったんだあの野郎は・・・・・・・・」
「全く持って同感よ」
ビアンカは呆れた表情をして見せた。困惑のあまり眉間に皺を寄せる従業員達。扉の奥では謎の轟音が、次第に上がるボリュームと地響きを携えて近づいてくる。いち早く二人は動き、扉の前から離れた。
そして、ボリュームが最大になった瞬間、
───────────────ドッゴォォォォォォォォォォォン!!!
重く閉ざされていた鋼鉄の扉が大音量で吹き飛んだ。吹き飛ばされた扉の上には胴体を大きくへこませたドロイドが、関節をガタガタさせながら横たわっていた。
さらに、扉の奥にはクレーンのような物で宙吊りにされた鉄骨の上で、赤茶色の短髪を掻き毟りながら仁王立ちする秋奈の姿があった。
「いやぁ~、ゴメン!少し遅くなっちゃった」
その場にいた従業員達が驚きの余り目を大きく見開き、だらしなく口を開ける。
「お前、あんだけの数全部ぶっ飛ばしてきたのか!?よく残弾持ったな・・・・・」
何故かミキトまで驚愕の心境を露にする。
「エヘヘ、服の内側に予備のマガジン仕込んでおいたんだ。それとね、スパスだけじゃなくてイングラムの方もこっそり持って来てたんだ~♪」
「どうやってそんな数持ち運んでたんだよッ!!」
「いやぁ~、もうその辺はかの有名な○次元ポケ───────」
「だぁーーーーッ、それ以上言うな!」
二人の奇っ怪なやりとりに呆気をとられる従業員に現実を叩きつけるが如く、ビアンカは秋奈から銃を取り上げ、銃身を真上に向けて引き金を引いた。自分達の置かれている状況を再び脳内に叩き込まれた彼らは、顔から血の色を無くしていた。
「な、何てことだ・・・・・・・・・」
未だ信じられないかのようにうなだれた声を漏らす従業員に、ビアンカはこう言った。
「あなた達が武器製造に関わっていた事は知っている・・・・・・・・。それの証拠も、既に私たちの手元にある。分からないでしょうけど、今頃本社ビルと地上の工場の周辺は警察に包囲されてる。あなた達に逃げ場は無いわ」
ビアンカは冷酷に言い放った。
「そんな事が信じられるかッ!!子供の遊びに付き合ってる暇はな─────」
彼女は、男の言葉を遮るように男の額に銃口を当てた。
「本物の銃を撃ったり、ドロイドを鉄骨で吹き飛ばしたりするのが子供の遊びに思えるのね、あなたは」
ビアンカは、極低温まで冷え切ったような瞳で男を睨んだ。男の頬を汗が伝う。
「秋奈、あなたのポケットに私の銃のマガジンはあるのかしら」
秋奈は自分に突然話を振られたことに多少驚いたが、すぐに自分の服の内側を探り出した。
「あった、背中んところに。ちょっ、ミキト、悪いけど取って」
秋奈は背中を指差す。ミキトは服の裏側に手を突っ込み、マガジンを引っ張り出した。そして、それをビアンカの方に向かって投げた。
ビアンカは空になったマガジンを捨てると、新たに手に持ったマガジンを挿入し、スライドを引いた。
「お、お前らは一体何なんだッ!!ドロイドぶっ飛ばしたりして!何が目的だ!」
お約束のような台詞を男は撒き散らした。
「俺達はある人に依頼されて来たんだ。ただそれだけだよ・・・・・・」
ミキトが言う。
「今その気になれば、ここにいる全員殺すことも出来るけど?」
続いて秋奈が言う。
「私たちがどれだけ本気か、ここで見せてあげる」
ビアンカはそう言うと、引き金に指をかける。男は動揺を隠せず、汗を大量に垂れ流していた。
『パンッ!』と、軽く鈍い音がする。男は重力に従い、仰向けになるように倒れる。が、特に目立った外傷はない。
ビアンカが放ったのは銃弾でもなんでもない。そもそも撃ってなどいないのだ。彼女は、銃に入っていた空のマガジンと、ミキトが放り投げたものを器用に入れ替えたのだ。よってマガジンの中身は当然、空箱状態だった。男はあまりの恐怖に気絶して倒れたのだろう。
「安心して、ちょっとしたジョークよ。この依頼にあなた達の殺害は含まれていないわ。ここで大人しくして、警察に捕まってくれればそれでいいの」
ビアンカがそう言うと、3人は鉄骨に飛び乗った。
「秋奈、彼らが逃げないように鉄骨を撃ち落として逃げ道を塞いでおいて頂戴」
「了解ッ!!」
額に右手を当てた秋奈は、銃を構え、鉄骨に向けて散弾銃の引き金を引いた。
* *
「げっ、もう1階まで来てるのかよ」
「何処でもいい、早くここから出ましょう」
ビアンカは傍にある窓をそっと開いた。下を覗き見ると、そこにはシグマと葵の二人がいた。
「やっと出てきたか。早く降りて来い、ズラかるぞ!」
「僕らが受け止めるよ!」
ビアンカは窓枠を蹴り、宙を舞った。そのまま垂直に落下してシグマの腕の中に飛び込んだ。続いて秋奈が飛び降りる。最後はミキトが窓を閉めて飛び降りた。
秋奈は誰の助けも無しで着地した。ミキトは葵の方に落下する。
「おぐっ!!・・・・・・・・・ミキト、また体重増えたでしょ!?」
「そうか?」
二人を他所にして、いつも通り冷静なシグマとビアンカは辺りを見回す。
「早くこの場から離れよう。警察に見つかったら終わりだ」
「そうね、皆行きましょう」
5人は森の中に姿を消した。
* *
「な、何だこれ!?」
まだ西東京エリアD-25にある警察署に配属になったばかりの青年、久遠成音は驚愕のあまり声を上げた。
彼が目にしたものは、工場内にある既にガラクタと化した警備用ドロイドの残骸だった。
「先輩、これは一体・・・・・・・・」
久遠が”先輩”と呼ぶ男は、36歳とまだ若いながらも腕の立つ刑事であり、久遠の相棒、波端誠人。
「ちょっと黙ってろ。今考えてんだから」
波端は煙草を咥え、現場を睨んだ。そして、しばらく間を空けて、口を開いた。
「なぁ久遠、今から結構馬鹿げたこと訊くが、いいか?」
「何か心当たりあるんですか?」
「いや、心当たりってほどでもねぇんだけどよ。このヤマ、8人の『ある集団』がやったって言ったら、お前信じるか?」
「え?それじゃあホシは少数精鋭の特殊部隊かなにかですか?」
久遠は、ありえないだろうと言わんばかりのはにかみを見せた。確かにそう考えるのは妥当だし、一番現実味がある。波端も最初はそう考えていた。
「そうかい。まぁ、確かにそうだな」
そう言っているが、波端には一つの確信があった。その確信を、いずれは彼にも話すことになるだろう。
* *
「皆さん、本当にありがとうございました!!」
荻原は深々と頭を下げた。
「いいえ、礼には及ばないわ。私たちは依頼をこなしただけよ」
ビアンカは、彼女に笑い返す。
「でも、これからどうするの?働き口、探してあげよっか?」
桜子はソファに腰掛けたまま言った。ミツバ重工はここ数日の間に間違いなく潰される。そうなってしまったら、荻原には収入源が無くなる。彼女は視線を床に落とした。
しかし、顔を上げてこう言った。
「いえ、大丈夫です。自分のことくらい、自分でどうにかできないと。それより、本当にありがとうございました」
荻原は再び頭を下げる。すると、スピーカーがノイズを吐きながら彼の声を流しだした。
『ったく、しつこいね君も。礼なら別にいいのに』
ついでにテレビの電源もオンになり、ベンジャミンの顔を映し出した。
「あ、ベン君。ありがとね、色々お世話になっちゃって」
ベンジャミンは彼女の笑顔を見て、少し頬を赤らめた。
「へぇ~、アンタってこういう人がタイプなんだぁ~」
桜子はニタリと笑いながら画面を見つめる。
『なっ!バカかお前ら、ソンナワケナイダロウ!!?』
ベンジャミンは顔を真っ赤にしながら抗議した。
「そうなんだ、確かにイイかもねこういう人」
葵は微笑みながら言う。
「おいおい、ベンが先に目ェつけてんだぞ?横取りしてやんなって」
仁一がからかう。
「どうでもいいけどさぁ、ポテチあっちにおきっぱにしちゃったよ」
「アンタ、ホントどうでもいい話題出してきたね・・・・・・」
がっくりと項垂れるミキトに秋奈が呆れる。
「お前ら、ベンが可哀想だろ?」
シグマは薄っすらと笑みを浮かべながら。しかしそれがどうにもからかっているように見える。
『だから違うってば!!』
「フフッ・・・・・・」
萩原が笑った。その声に、一同は静まり返る。
『どうして笑ってるのさ』
むすっとした表情で、ベンジャミンが問う。
「何だか、ここにいると楽しいの」
荻原は笑みを浮かべた。その笑顔には一点の曇りも無かった。
『ま、また・・・・・・・・・遊びに来なよ。僕達はいつでも、ここにいるからさ』
ベンがそういった瞬間、「ヒュー、ヒュー!」と全員が煽る。ベンは再び頬を赤らめ、俯く。
「分かってる。仕事も見つけて、また落ち着いたらゆっくり遊びに来るよ」
荻原がそう言うと、ベンは顔を上げて少し間を空けた後に笑顔を見せた。
任務完了|ミッション・コンプリート|────────────