苦くて甘い
執筆練習中。何かのお話のワンシーンを想像しながら書きました。
女の子がホットチョコを作って食べるだけのお話です。とくに落ちはありません。
真っ白な生クリームで満たした小鍋を弱火にかけ、ちょっと待つ。
ぷくぷくと泡が浮かんでくる。そろそろ頃合い。
カカオ70%の板ビターチョコを一枚、バキバキと割りながら投入する。
チョコレートはとろりと白い海に溶け込んでいく。
木ベラでゆるゆるとかき混ぜると、マーブル模様はやがて一色になり、変化をやめる。
部屋はチョコレートのほろ苦い香に包まれた。
「このくらいでいいかな。」
すぅっと匂いを吸い込むと、ユーリアは火を止めた。
透き通るような朝日が差し込む部屋で、ユーリアは慎重に作業を続ける。
火から鍋を下ろし、中のダークブラウンの液体をマグカップにそそいでいく。
とろとろのチョコレートがカップの底にこぽこぽと音を立てて堆積していった。
ユーリアは大きな琥珀色の目でじっとその様子を見つめていた。
いつの時代もどこの国でも、このちょっぴり苦くて甘い液体は乙女心をくすぐるものだ。
一口味見してみたいが、はやる気持ちをなんとかおさる。
鍋を流しに置き、マグカップをリビングへ運ぶ。
歩くたびにユーリアの豊かな赤い髪がゆれる。
毎日丹念に手入れをして、彼女は腰丈ほどもあるさらさらのストレートヘアを維持していた。その髪の滑らかさと言ったら街の髪結師にも褒められるほどだ。
こんなに髪質がいい赤髪は見たことがないと。
もちろん社交辞令も含まれるかもしれないが、それを抜きにしても彼女の髪は本当に綺麗だった。
その赤い髪だけで充分にユーリアは華やかだったから、彼女はいつも黒っぽい服に身を包んでいた。今日は黒のタートルネックに、やっぱり下も黒のスキニーパンツ。引き締まった体の、やわらかな曲線がはっきりと見て取れる。今はその上に白いエプロンを身につけていた。気をつけながら作業をしていたので、エプロンには汚れ一つついていない。
甘い香りを赤い髪にまとわせながらユーリアはホットチョコを運ぶ。
彼女の後ろからは、いつの間にか白猫がついてきていた。
「にゃああん」
「ごめんね。君には毒だからあげられないんだ」
チョコレートは猫にとってはただに毒にしかならないという。
ユーリアは常々、のんびりふわふわと生きている猫に憧れをもっていたが、このチョコレートが食べられないという一点だけは人間が勝っているなどと、意味もない張り合いをしていた。
リビングに到着。
樫の木で出来たテーブルにマグカップを静かに置き、積み上がっていた本を脇へよせる。
ときどき本には見ていないところで足が生えているんじゃないかと思う。気が付くといつも奴らは積み上がっている。最近冷えるから、本同士で身を寄せ合っているのかもしれない。
同じく樫の木でできた椅子に腰掛けると、猫が膝の上にのってきた。ほわほわの生き物は膝の上でもぞもぞしていたが、すぐに大人しくなる。
さて。
「いただきます」
マグカップと一緒に運んでいた銀の匙でチョコ液をすくい上げる。
そのままカップに口をつけてホットチョコもあるが、ユーリアの好みはスプーンで「食べる」タイプのものだ。濃厚で、舌触りが良い。量と濃度を加減しないと最後にはくどくなってしまうのが難点だが。
誰にも邪魔されたくない、朝の特別な時間。
ユーリアは人類の特権をたっぷりと享受する。
膝の上でまるまった白い猫が、あくびを一つした。
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