王都 1
インフラ……社会基盤の整備は文明を支える重要事項である。
がっちりとした強固なインフラの上にこそ、高度で豊かな文明は栄える。
「我々は現状を直視し、持てる叡智の全てをもって後世に残るインフラを整備していかなければならない!」
アディの力説を聞いて……俺は、穴を掘ってどこかに隠れたくなった。
俺が偉そうにアディに語って聞かせた言葉を、そっくりそのまま国王の演説として拝聴させられるなんて、どんな拷問だと思う。
(恥ずかし過ぎる。)
うん。もう二度と調子に乗って語るのは止めよう。話すのと聞くのとでは大違いだ。
――――俺とアディは、お忍びの視察という名目で王都に来ていた。
そう、お忍びなんである。アディは地味な服を着て帽子を深く被り目立つ金髪を隠している。
(……全然、役立っていないだろう?)
背が高くイケメンなアディは……髪なんか隠してもやっぱりイケメンで、もの凄く目立っていた。どこからどう見てもアディが一般市民でないことなんか、丸わかりだ。
(騎士だっているし。)
当然、周囲は警護の騎士達で囲まれていた。もちろん彼らも私服で目立たぬようにとの努力はしているようだったが、威圧感と迫力が半端ない。
強面でがたいのイイ男達を引き連れて歩くイケメン兄ちゃん…………に懐かれている、平凡な俺。
(どんな図だよ……)
俺の泳いだ視線が、例の黒髪の騎士と合った。相変わらずニコリともしない不機嫌そうな顔をしていたが、その目からは以前のような警戒の光が消えている。
俺の縋り付くようなSOSの視線をサラッと無視しやがった。
「ユウ!彼らに下水のトラップ枡の役割と必要性を教えてやってくれ。」
トラップ枡とは、雨水なんかを汚水と合流させる際に、汚水の臭いや虫、有毒ガスが上がるのを防ぐために汚水管の空気を遮断する仕組みの枡である。
そう、俺達は下水道工事の現場に来ているのであった。
(お忍びの視察は、どこ行ったんだよ。)
工事現場に着いたアディは、さっさと工事の責任者に自ら身分を明かし、工事の進捗状況を聞いて労働者をねぎらい、演説をぶっ放して、真剣に打ち合わせをはじめていた。
これが普通の王都案内なのか?
(どうでもいいけど、俺を巻き込むな!)
アディはニコニコと無駄にキレイな笑みを振りまいて、上機嫌に俺を呼ぶ。
「彼はユウ。この上下水道整備をはじめとした最近の都市計画の立案者で、俺の信頼する一番の友だ。」
周囲の人々の目が驚愕に見開かれ、信じられないように俺を見た。
まあ、当然の反応だよな。これが反対の立場なら、俺だって信じたくない。
黒髪黒瞳もあいまって、俺はどう見てもちょっと顔立ちの変わった先住民の一般人にしか見えないのだろう。
「ユウ。それと、ここの工事だが……」
だが、そんな俺や周囲におかまいなしに、アディは俺を傍らに呼び寄せ、図面を見せて相談してくる。
(ああ。もうっ……)
仕方なしに、俺はその相談に乗ってやった。
「そもそも、下水道計画の基本は、汚水量と雨水量をできるだけ正確に推定することだ。――――」
気づけば俺は、トラップ枡の説明はもちろん、汚水や雨水の計画水量の推定方法と共に下水処理のより良い方法、発生する汚泥処理の有効活用までを……滔々と語っていた。
アディは、もの凄く嬉しそうに頷きながら聞いている。
周囲は、ほとんど……ドン引いていた。
我に返った俺は、言葉を失い、口をパクパクと開閉する。
だって仕方ないだろう!アディみたいな熱心な聞き手は滅多にいないんだ。っていうか、俺がここまで語っても呆れない相手に出会えたのは、アディがはじめてだ。
助けを求めるように見回した視線が、黒髪の騎士に合い……黙って視線を逸らされた。
(……終わった。)
俺はがっくりと肩を落とした。
しかも、何故かアディの隣にアディ同様嬉しそうに、俺を熱心に見てくるおっさんがいる。
「ユウ様。分流式の下水道の利点と必要性ですが――――」
ユウ様って誰だよ。……あぁ、俺か。畏れ多くも王様の“お友だち”だものな。
工事の設計士だというそのおっさんは俺を質問攻めにした。俺の答えにだんだんと目の輝きが強くなるのが、怖い。
おっさんの熱い視線……マジいらねぇ。
時間に急かされ惜しまれながらも工事現場を後にして、俺は心底ホッとした。
しかし、なんと俺は、その後もう2回同じ失敗を繰り返した。
道路工事現場では、「道路網の形状は、都市の形や特徴をつくり出す大きな要因で――――」と道路交通網の重要性を語りつくし、
学校の建設予定地では、「用途地域別の建築物の規制として――――」と、小中高校までの建設許可区域と大学、各種学校等の建設許可区域の違いから始まり、どうして都市計画や土地の利用制限が必要なのかを長々と喋ってしまった。
……うん。最近1人暮らしが染みついて、他人との会話、特に話を聞いてくれる人に飢えていたもんな。
これは孤独な俺には抗いきれない誘惑だったんだ。俺は何も悪くない。悪いのは、メールやLINEの普及に伴い、人対人のコミュニケーションが不足してきている現代日本の社会構造だ!
…………すみません。調子に乗りました。
俺が悪かったから、頼むからアディ、そのキラキラした眼差しを止めてくれ。
俺のライフが減るだろう。
しかも、何故かアディの側にはアディ同様目をキラキラさせたおっさんが増殖していた。
「ユウ様。この建ぺい率のことについてもう少し詳しく――――」
「ユウ様。人口推測の等差級数的見積法ですが――――」
……俺は、どこで間違ったんだろう。
あれか?アディのあの目の輝きは、ひょっとして伝染病なのか?
またまた質問攻めにされ、そしてその質問が俺の自尊心をくすぐるもんだから、いい気になって俺は答えてしまう。
それぞれの現場を離れる時には、俺のライフは限りなく0に近づいていた。
そして、現在俺は青空の下ベンチに腰掛けへたり込んでいる。
ここは以前リーファに教えてもらった、ゴーラと呼ばれる広場だった。
ここが本日最後の見学場所である。
結構人が集まっていて、先ほどついうっかり帽子が脱げてしまったアディは、あっという間に人々にもみくちゃにされていた。
とりあえず今のところは、アディが王様だとバレたわけではなくて、王様に似ているイケメン兄ちゃんという存在で衆目を集めているらしい。
そうだよな。こんなところに本物の王様がいるだなんて、誰も思うはずがないものな。
警護の騎士達も慌てふためいて対処に大わらわになっていた。
大っぴらに警護するためにはアディの身分を明かさなきゃならないし、あくまでお忍びを貫き通すなら派手に騒ぐのはマズイだろう。
(うん。ごくろうさん。)
俺はその人混みから充分距離をとった場所でホッと一息ついていた。
アディの周囲はますます人が集まってきている。
最期まで俺の側に残っていた黒髪の騎士も、忌々しそうに俺を睨み付けるとアディの方に駆けて行った。
失礼な。アディの帽子が脱げたのは俺のせいじゃないぞ。
それにしても、イケメンはたいへんだな。平凡で目立たない自分の容姿に今ほど感謝したことは無い。
え、アディを救出しないのかって?
そんな無謀なマネを俺がするわけないだろう。
対岸の火事は対岸だからこそ眺めていられるんだ。側に近づいたら危険に決まっている。君子危うきに近寄らずは、俺の座右の銘だ。
(落ち着いたらなんだか腹が減ってきたな。)
俺はキョロキョロと周囲を見回す。
ゴーラの一角には食べ物を売る屋台が並んでいて、美味しそうな匂いが俺の居る場所まで漂ってきていた。
幸いな事に、俺は出かける際にアディからこの世界の貨幣をほんの少しもらってある。
(アディの言うほんの少しは不安だけどな。)
まあ回りを観察しながら気をつければ、きっと俺でも屋台で買い食いくらいはできるだろう。
(ついでにちょっと都を散策もいいよな。)
思い立ったが吉日っていうのは、面倒くさがりの俺の辞書には無い言葉なんだが、何故かこの時の俺は珍しくもそんな気分になっていた。
よっこらしょっと俺は腰を上げる。
――――そして俺は、絵に描いたような迷子になってしまったのであった。
俺にドジッ子属性はなかったはずなのに…………何故だ!?