王太后
「アディとリーファのお祖母さん?」
俺の言葉にエイベック卿が派手に顔をしかめ、騎士達が再び剣に手をかける。
畏れ多くも前の王妃――――王太后様に対して、俺の言葉はどうやら不敬だったらしい。
アディ達のお祖父さん、つまりは前国王の死去に伴い1年前に王妃の座から降りたお祖母さんは、今はこの城を離れもう少し山間の小さな神殿に暮らしているのだそうだった。
「おばあさま――――祖母は、私などより余程力の強い巫女なのです。」
うん、リーファ。俺は別に『おばあさま』呼びでも全然かまわないよ。
美少女の『おばあさま』……萌える。
もっとも脳内変換で『大バ○さま』になりそうで怖いけど。
宮○アニメの老婦人は、どうしてみんなあんなにも強いんだろう?うっかり『ゆばー○さま』に変換しないように、気をつけよう。
リーファは俺に「一緒におばあさまに会いに行きませんか?」と誘ってくれているのだった。
人生2度目のデートのお誘いに、俺のハートは舞い上がりっ放しだ。しかも、アディやリーファの両親は随分昔に亡くなっている。つまりは祖母というのはリーファの母同然で、これは親に紹介と同義語なのだ!
「そうだな。ユウに会えばきっと“おばばさま”もお喜びになる。それは楽しみだな。」
……アディ、『おばばさま』は止めてくれ。限りなく『大バ○さま』に近すぎる。
っていうか、何でお前まで一緒に行く気になっているんだよ!
「お兄さま――――陛下は、お忙しいでしょう?私がユウ様をお連れします。」
「ユウを紹介するのに俺が行かずにどうするんだ!?こればかりはいくら可愛い妹とはいえ、お前だけに任せるわけにはいかない。」
任せろよ!上の人間の甲斐性は、部下にどれだけ信頼して仕事を任せられるかにかかっているんだぞ。俺は断じてそう思う!
……頼むから俺とリーファのデートを邪魔しないで欲しい。
リア充なアディと違って、俺みたいな奴がリーファのような可愛い女の子の側に居られるなんて事は、この異世界以外では有り得ないんだ。
なのに、俺の必死の願は届かなかった。
エイベック卿もかなりの難色を示したのに、アディの強固な主張により、王太后様の元には俺とアディとリーファの3人で行くことが決まってしまう。
専制君主国家制度の弊害をこんなところで実感するとは思わなかった。
うん、やっぱり俺は民主国家が好きだ。
流石に王と巫女姫が一緒に移動するからには、警護の問題もあって明日明後日というわけにはいかず、王太后を訪問するのは後日準備が整い次第となったが、リーファと2人デートができないとわかった時点で、はっきり言って、もうどうでも良い。
むしろ行かなくても良いとさえ思ってしまう俺だ。
まあ、そんな事は言わないけどな。
そんなこんなでうだうだしている間に、リーファは神殿でのお務めの時間となり帰って行ってしまった。
……あぁ、俺の心の癒しが去って行く。
俺は、去り際に俺に向かってニコッと笑ってくれた可愛い笑みを、心のアルバムに刻み込んだ。
スマホが無いから仕方ない。なんでも異世界には道具は持ち込み厳禁なのだそうだった。かろうじて衣服だけを着けていた俺は、文字どおり着の身着のままで異世界トリップをした事になる。元の世界に帰れば、来る寸前の状態に戻ると保証してもらっているが、今現在俺のスマホはどこでどうなっているのだろう?
考えると頭がこんがらかりそうだから考えないようにしているが。
そうこうしている内に、エイベック卿も仕事だそうで出て行ってしまった。
最後の最後まで俺を胡散臭そうに睨んでいた顔は……うん、忘れてしまおう。
おっさんの顔なんて覚えていても何の得もありゃしない。
「アディ、お前は政務は良いのか?」
「昨日ユウ達が城内を回っている間に、自棄になって頑張って手を回したからな。今日はあと数時間はユウの側に居られる。」
……自棄ってなんだよ?
この国の政務が、心配になってきてしまう。
本当は、今日は俺に騎士の訓練とかいろいろ見せて、できれば体験してもらいたかったのだと、アディは残念そうに笑う。
……すみません。筋肉痛の俺には、そんなハードな体験は無理です。筋肉痛でなくたってお断りしたい。
情けなく謝る俺に、アディは「気にするな。」と笑った。
相変わらず長椅子の隣に座ったままである。
本当に近すぎるだろうと俺は思う。
キレイな笑顔が目に痛い。
警護する人数が減ったために、今この部屋に残っているのは俺とアディ、そして例の先住民上がりの黒髪の騎士だけだった。
「……アディ、彼は信用できる男か?」
俺の質問にアディはモチロンと即答する。
先住民から努力して出世した男だ。それを可能にしたのはアディの政策や差別をしないという考え方のおかげもあるだろうから、アディには心酔しているのかもしれない。
(だったら大丈夫かな?)
お偉いさんの騎士なんだから、誤解して他人を斬るなんて事もないだろう。
信じさせてくれよという視線を俺はその騎士に投げた。
怪訝そうに眉をひそめられる。
(まあ、いいさ。……なるようになれ。)
俺はアディをちょいちょいと手招きした。
無防備にアディは「何だ?」と顔を近づけてくる。
俺は――――問答無用で、その頭を俺の膝の上に引き倒した。
「なっ、ユウ!」
ガチャッと音がする。
「いいから、少し寝ろ!そんな隈のできた顔を側に寄せられたんじゃ、俺が楽々できないんだよ。」
いくらイケメンだって、一目で睡眠不足ですってわかる顔を間近で見るのは俺の精神衛生上もの凄く悪い。
ジタバタしていたアディの体が驚いたように止まった。
俺はできるだけ首を動かさないように視線だけ向けて、黒髪の騎士に上掛けを取ってくれるように頼む。
うん。俺の首の頸動脈の一歩手前で騎士の剣が止まっている。
(こ、怖ぇぇぇ〜)
騎士の腕、凄すぎだろう?……死なないで良かった。
騎士は呆気にとられたように俺を見ると、それでも俺の頼みを聞いてベッドから上掛けを1枚取ってくれた。
俺はそれを問答無用でアディの体に掛ける。
俺の膝の上でアディの金髪がもぞもぞと動いた。
「寝ろ!」
軽く頭をポンと叩いてやる。
今度は、騎士は動かなかった。
俺はいったい何が悲しくて野郎に膝枕なんかしているんだろうと天を仰ぐ。
膝の上でアディがクスクスと笑った。
「やっぱりユウは、俺の思ったとおりの男だ。」
それは褒めているのか?それとも呆れているのか?
「……ユウ、俺は?俺はお前の想像どおりだったか?」
(そんなわけあるものか!第一、小学生じゃなかったじゃないか。)
俺の想像のアディは、小学生で……素直で、熱血漢のイイ奴だ。
「−−−−ああ。お前は俺の思ったとおりの奴だったよ。」
だから、俺はそう答えた。
アディは嬉しそうに笑って……本当に寝やがった。
筋肉痛の上に膝枕なんかした俺が、暫く長椅子から立ち上がれなかった事は仕方の無い事だろう。
そんな俺の様子を見て、アディはゲラゲラ笑う。
くそっ、王様のくせにそんな笑い方していいのかよ?
「やっぱりユウは、思ったとおりのお人好しだな。」
俺は、もう二度と膝枕なんかするもんかと心に誓った。