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もしものその後(ユウを一番待ち望んでいるのがアディだったら)6

スラリと均整の取れた長身。

伸びた背中は真っ直ぐで、威風堂々とした力強さに満ちている。

以前より長くなった金髪は陽光にキラキラと輝き波打っていた。


衆目を一身に集めて、この国の国王――――アディグラファ・ロダ・マーティが、そこに居る。


(ティツァもすごいイケメンになったと思ったけど、アディも負けていないじゃないか! 元々イケメンな奴がさらにイケメンになってどうするんだ?)


なんたる不条理!

富める者はますます富、貧しき者は持っているわずかなものさえ奪われる、この悲哀!

俺は、世のあまりの不平等さを嘆き悲しむ。


そのイケメン度合いを少しでいいから俺に回して欲しい。


(……まあ、女になった俺には、今更不要なものだけどな)





――――やめよう。空しさが増幅する。


俺は、救いを求めて、視界の中で輝いて見えるアディから視線を逸らした。

見れば、アディの後方に厳めしい軍服に身を包んだ軍人たちがいる。真ん中の黒髪の男は多分コヴィだろう。相変わらず冗談の一つも通じないようなクソ真面目な雰囲気が、この距離でもわかる。

あいつ、よくあんな生き方で疲れないよな。

俺は、つくづく感心する。


おっ、あそこの偉そうなおっさんはエイベット卿じゃないか?

そう思った俺は、コヴィたち騎士の隣に立つおっさん集団に目を移した。

中でも一番不機嫌オーラを出しているのが、エイベット卿だ。

おっさんは、年月が経ってもおっさんのままだった。……まあ、当たり前か。

彼にしてみたら、有隣種の花嫁なんか不本意以外のなにものでもないだろう。今回のことを、あのエイベット卿がよく了承したものだと、俺は感心する。

背後に王太后さまとか動いているのかもしれない。彼を言い負かせられるのなんて、王太后さま以外思いつかないからな。

もし、エイベット卿が王太后さまにやりこめられていたのだとしたら、ちょっと同情してしまわなくもなくもない。


(いや、やっぱりエイベット卿に同情なんて、ムリだな)


俺は、そう思いながら、視線を早々にエイベット卿から移した。

おっさんの姿なんか、誰が長々見ていたいものか。



そして、――――


俺は、声もなく歓喜に震える!!

舞台の中央、奥まった場所に、純白の衣装を着た女性がいた。ふわりと流れる白銀の髪に、透きとおるような白い肌。唇は赤く、鼻筋は通って、大きな青い目が真っ直ぐ前を見つめている。

凛として立つ、優美なその姿。


(リーファ!)


俺の心の天使は、女神に進化していた!


ホントに、女神としか形容しようのない美しさだ。

イケメンがさらなるイケメンになるのは許しがたいけれど、美少女が美女になるのは、まったく、全然、OKだ。


(ああ、リーファ、……もっと近くで顔が見たい)


俺は、フラフラと前に出て、張ってあったロープにツンと引っかかった。


「お前! 何をしている。下がれ!」


近くで警備をしていた獣人の騎士が、怖い顔で近づいてくる。

俺は呆然として、目の前のロープと、舞台の上のアディたちを交互に見た。

たかが5メートルの距離が、とてつもなく遠く感じる。


「この中は、“一般住民”は立ち入り禁止だ。大人しくしていなければ、後ろに下がらせるぞ」


耳をピンと立てた騎士は、シッシと俺を追い払う仕草をする。



(…… 一般住民)


そう。今の俺は、間違いなく一般住民だった。

アディの友人でも、この世界の救世主でもなく、なんの力も地位もないただの住民。


(ハハ…… 当たり前だ。俺が自分でアディの手を振り払ったんだものな)


もし、あのままアディの手により召喚されていたら、俺は国一番の重要人物だっただろう。

でも、今の俺には、そんなものはなにもない。

今さらの事実に、何故か俺は打ちのめされる。


項垂れかけて――――




(いや、そんな場合じゃないだろう!)


ハッとして、俺は顔を上げた。

違う、違う、俺は、なんのためにここに来たんだった?

ついついアディのイケメンぶりや、リーファの神々しい姿に気を取られてしまったが、俺はここに、式典に乗じてアディを狙う奴がいないかどうか確かめに来たんだった。


忘れちゃいけないことだったのに、いったい俺は何をしていたんだ。


俺は舞台の上を、もう一度見る。


今度は、右端の有隣種の一行をよく観察した。

みんな豪奢な服装だけど、中でも一番派手でヒラヒラ飾り立てているのが花嫁だろう。深いベールを被っているから顔はよく見えないが、他の有隣種より一回り小さいから間違いない。


その花嫁にも他の有隣種にも、おかしな動きは、今のところ見えない。


でも、そうだ。

舞台の上にいるのは、今回の婚約に賛成している一派で、事を起こそうとしている一派は、別なのかもしれない。

彼らが連動しているとは限らないんだ。



あの無鱗の有隣種二人は、なんと言っていただろう?


(確か、……「屋根」と「弓」だったよな?)


俺は、視線を舞台の上から、引き離す。

周囲の「屋根」を見回した。


ゴーラは、広場だ。その面積は広く、屋根があるような建物は舞台の近くにはない。


(弓の射程距離ってどのくらいだ? 上から狙うとして、それができそうな場所は?)


考えながら、俺は広場を囲む高い建物に目を凝らした。



そして、ホッと安堵する。

この場を弓で狙えそうな屋根の上には、当然のことながら、騎士が陣取っていた。

そりゃそうだ。

万が一何かあればたいへんなんだ。そんな場所が警備の対象にならないはずがない。

見回せば、会場にはかなりの数の騎士がいて、隙など見いだせないほどの警備体制が敷かれていた。


その中には、ティツァとフィフィとおぼしき獣人の姿も見える。


(そっか。式典までには帰ってきたいって言っていたもんな。間に合ったんだな)


俺は、心からの安堵の息を吐く。

もう、大丈夫だ。

ティツァやフィフィもいる騎士団の警備に、穴なんてあるはずがない。

アディは、絶対大丈夫だ。




(…………帰ろう)


アディの無事を確認して、俺にはもうこの場所でやることなんて、何もなかった。


(今から帰れば、見物客が帰りに食堂によるまでには、十分間に合うよな。おばちゃんとおっちゃん、喜んでくれるかな)


ここで何もできなくたって、俺には食堂でできることがある。


だから、大丈夫だ。


胸が、苦しくって、喉が詰まるような気がするのなんて……俺の気のせいだ。


舞台の上が――――アディが、あんまりキラキラしてて、遠くって、でも、それが寂しいなんて……そんなこと、思っていない。


(いや、でも、数年ぶりの再会だ。少しは、寂しくてもいいよな)


こっちから一方的に見ただけのものを再会と言っていいものかどうかは悩むけど、……でも、だから、俺は、懐かしくって、センチメンタルな気分になっているのだろう。


(センチメンタルなんて、女の子みたいだな)


いや、正真正銘、体は女の子だけど。


ブンブンと首を横に振った俺は、ゆっくり後ろへと足を一歩引いた。

それでも最後にもう一度と、周囲を確認する。


青い空をバックにしたレンガ造りの建物の屋根を見回した。




そして――――




(…………………へっ?)


俺は、びっくりして口をポカンと開ける。

目をゴシゴシと擦った。


(み、見間違いだと思いたい)


燦燦と降り注ぐ陽光の下、一つの屋根のその上に、丸くて小さい耳とふさふさ尻尾のついた姿が、宙に浮かんでいた。



(ヴィヴォ?)



俺と目が合ったヴィヴォは、ニタァ~っと笑う。


(なっ! なんで、ヴィヴォ? ヴィヴォは死んだはずじゃ? いや、宙に浮いているなんて、間違いなく幽霊なんだろうけれど)


俺は、そ~っと周囲の人々を見回す。

みんな舞台を見ているからかもしれないけれど、誰一人宙に浮かぶ怪異(ヴィヴォ)に気づく人はいなかった。

それどころか、広場の周りに油断なく目を配っている騎士たちでさえ、ヴィヴォを気にする者はいない。さっき俺にシッシと手を振った獣人が、ヴィヴォの浮いているあたりを見上げ、そのまま何も気づかずにスルーしていく。


間違いない。ヴィヴォの姿が見えるのは、俺だけだ。


俺は、見たくないと思いながらも、仕方なくヴィヴォの方に目をやった。

無視するなんて、怖すぎる。


満面の笑みを浮かべたヴィヴォは、自分のすぐ下の屋根に立つ二人の騎士を指さしていた。


(え?)


俺は、目を凝らして騎士を見る。


ロダ帝国の騎士服に身を包んだ二人の騎士は、弓に矢を番え――――なんと、舞台の上を狙っていた!


その矢の先に立つのは、アディだ!


俺の視界の中で、キリキリと弓が引き絞られていく。


俺は――――思わず、叫んだ!





「伏せろっ!! ……アディッ~!!」





その瞬間、世界が止まった。


最終話が長すぎたので2話に分けました。

次でラストです。

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