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もしものその後(ユウを一番待ち望んでいるのがアディだったら)5

三日なんてあっという間だ。


(年を取れば取るだけ、時間って早く過ぎるんだよな)


確か“ジャネーの法則”ってやつだ。時間の心理的長さは年齢に反比例する。

俺も、もうじき三十路だ。うんうん、年を取ったんだよな。



……まあ、つまり、何を言いたいかっていうと、――――あれから三日経ったが、俺は、全然、まったく、何一つ、一切、決められていないってことだった。


(誰だ、あと三日あるなんて言って悠長に構えていたやつは!)


……他でもない、俺だ。

ああ、もし時が遡れるなら三日前の俺を殴りつけてやりたい!

“あと三日ある”じゃなくって、“もう三日しかない”だったんだ。

学生時代のテスト前とかに、同じような失敗を何回も繰り返したはずなのに、どうして俺は懲りないんだろう? 俺の学習能力は皆無なのか?

自分で自分が情けなくなってくる。



ああ、でも自己嫌悪に陥っている場合じゃないよな。今日は式典当日。事件が起こるなら今日のはずなんだ。


こんな俺だけど、まるっきり何もしなかったわけじゃない。

なんと俺は今日、お休みをもらっているのだ!


なんだそれくらい、とか言わないで欲しい。大恩あるおばちゃんとおっちゃんに、式典で賑わう今日という日にお休みをもらうのは、ものすごく心苦しかったんだから。

もう、最後の最後までどうしようかと迷った。こんな忙しい日にお休みもらうとか、クソだろう俺! とか、悩みに悩んで、それでも休ませて欲しいとお願いしたんだ。


あ、当然、獣人の言葉は話せない(という設定だ)から、カレンダーの三日後を指さして拝む真似をしたり、おばちゃんお手製いフリフリエプロン(ぐっ……)を脱いで見せたりと、そこそこ苦労した。



「ユウユイ! まさか、その日にいなくなってしまうのかい?」


おばちゃんは、ショックを受けたようにそう言った。

そりゃあ一番の書入れ時だ。おばちゃんのショックも当然だろう。


「……お前、決めていたはずだろう。いつかユウユイが言い出したら、引き止めたりせずに送り出してやろうって」


そんなおばちゃんの肩に手を置きながら、重々しくおっちゃんが言い聞かせる。

どうやら、おっちゃんは、俺が式典の日に休みをもらうことを予想していたらしかった。

まあ、王さまの婚約式なんて派手な式典を、若い女の子が見たがることは、容易に想像できるのかもしれない。


「でも、こんな急に!」


おばちゃんは、顔を歪めて叫んだ。

それでも、おっちゃんが静かに首を横に振れば、諦めたように下を向く。


「……そうだ。そうだったね。私たちは、いつかその日がきたら、快くユウユイを見送ってやろうと決めていたんだ。……ユウユイは、今まで、こんな小さな店でよく働いてくれた。笑顔で許してやることが、私たちにできる最善の贈り物だよ」


悲壮な顔でおばちゃんは笑った。



――――俺は、正直、たかが一日お休みをもらうだけで、そこまで深刻にならなくてもいいんじゃないか? と思った。

しかし、よくよく考えてみれば、国王の婚約式の式典なんてものは、それこそ一生一度あるかないかの一大イベントに違いない。その日の食堂の稼ぎにかける、おばちゃんとおっちゃんの熱意は、とても大きいのだろうと思い直す。


(こんな日にお休みなんて、ホント、ゴメン!)


心の中で謝りながらも、どうしても休みたかった俺は、素直におばちゃんたちの好意に甘えることにしたのだった。




(でも、出かける時に、わざわざ俺を見送りに出て来てくれたのは、やり過ぎだろうって思うけど)


ひょっとして、休む俺に対する嫌味だろうか? なんてうがった見方をしてしまったが、おばちゃんとおっちゃんに限って、そんなはずがない!

論より証拠、二人は、俺の姿が見えなくなるまで食堂の入り口に立って、ずっと俺を見送ってくれた。


本当に何度振り返っても俺を見ているから、俺は思わず「田舎に○まろう」という某テレビ番組を思い出す。あの番組のラストで、お泊りした芸能人を家の人はずっと見送ってやっていたんだよな。

あんなのテレビの中だけで、実際にそこまで見送る人なんていないと、俺は思っていたんだけれど――――


いたよ、実際、ここに!


(うん。あんまり見送られると、俺が帰り辛くなるから、いい加減止めて欲しいな)


俺は、人混みに紛れて式典会場に近づいて、周囲に危険がないかどうかだけ確かめたら、すぐ帰るつもりでいる。

そうすれば、式典を見終わった後のお客さんの対応には間に合うだろう?

なのに、こんなに大袈裟に見送られたら、すぐただいまって帰ってこられなくなる。


(ホント、今日のことは、俺の取り越し苦労なだけかもしれないんだから……)


そうであって欲しい!

いや、きっとそうだろう!

そうに、違いない!


心に言い聞かせながら、俺は式典会場へと近づいていった。





会場は、俺もよく知っているゴーラと呼ばれる広場だ。

ここで、王であるアディと有隣種の国から来た花嫁が対面し、揃って国民の前に姿を現すらしい。

少なくとも、俺の周囲でごった返している人々の話では、そうだった。



――――すでに、おわかりだろう。

今現在、俺は、王とその婚約者を一目見ようと集まった野次馬たちの中に埋もれている。


そりゃそうだよな。こんな世紀の一大イベントに、人が集まらないはずがないんだ。

ましてやロダにはテレビもラジオもない。引きこもりだった頃の俺は、人混みに出かけるくらいなら家でのんびりテレビ中継を見る派だったんだが、この世界ではそれもできないんだ。


右を見ても左を見ても、人、獣人、人、そしてごくごく稀に有隣種――――というファンタジー色満載な集団に、俺は押しつぶされかけていた。



(いや、マジでつぶされそうなんだけど……)


男だった時からあまり背が高くなかった俺だが、女になってからは更に小さくなってしまって、今の身長は155センチあるかないかってところだ。

あまりに小さいせいか、ぎゅうぎゅうには押されないのだが、それでも目に入るのは人の背中や腕、お腹ばかりで、俺は久方ぶりに通勤時間帯の満員電車を思い出してしまった。


これでは、会場に危険があるかどうかの確認なんかできるわけもない。



(……もう諦めて、帰ろうかな)


俺は何もしなかったわけじゃない。

やろうとしたけど、できなかっただけなんだ。

そうだよ、俺はここまで出かけて来たじゃないか。


俺は、俺自身に“言い訳”の言葉を呟き続ける。




――――そう、“言い訳”だ。


俺が、何もできなかったことへの……“言い訳”。


突然、俺の脳裏に、暗闇の中で燃え盛る真っ赤な炎を浮かび上がった。

以前俺がこの世界に来た時に見た、惨状だ。


あの時、この広場も炎に包まれたのだろうか?




俺は、……ギュッと唇をかみしめた!


「すみません! 通してください!」


大声を出して、周囲の人々の隙間に突進する。


「あっ? なんだ?」

「割り込むなよ! 嬢ちゃん」


たちまち、俺が押し退けたり、かき分けたりした相手から文句の声が上がった。


「すいません! 緊急事態なんです!」


俺は、怒られながらも前に進んで行く。


何もできずに後悔するのは、もうこりごりだった。

いくら学習能力のない俺だって、もう二度と、あんな辛い思いはしたくない!



「頼む! 通してくれ!」



必死な俺の様子が伝わったのだろう。周囲に隙間ができ、なんとか俺は前へと進んで行く。

途中で何かに引っかかったのか、髪や服が引っ張られる感じがあったが、そんなものにかまっていられなかった。



「通せ! 通して――――っ! と……」



突如、目の前が開ける。


いつの間にか俺は、式典を見に来ていた観衆の先頭に飛び出していた。

目の前には、この先進入禁止を表すロープが張られている。


俺から5メートルくらい先のゴーラの中心部に大きな舞台が組み立てられていた。

周囲を人と獣人からなる騎士部隊が守っている。


舞台の上の右端には煌びやかな服装をした有隣種の一行がいた。

反対側の左端には、同じく豪華な服装をした人間が整列して並んでいる。



(……っ!)



その列の先頭に、陽光にきらめく金の髪を持つ男がいた。


威風堂々と立つその姿。


俺は思わず息を呑む。




――――アディは、遠目で見てもはっきりわかるほど、相変わらずのイケメンだった。




(…………チクショウ! イケメン、爆死しろ!)




俺は、心の中で思いっきり叫んだ!


ようやくアディ登場!

多分、あと一話で完結できると思います。

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