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もしものその後 (ユウを一番待ち望んでいたのがアディだったら)2

どこからどう見ても人間にしか見えない有隣種の二人。

彼らの正体を知った俺は、直ぐにサウリアを思い出した。

サウリアは無鱗と呼ばれる鱗の無い有隣種で、その外見は絶世の美少年だ。


(姉貴ならよだれを垂らして喜びそうな奴だったよな。……でも、無鱗っていうのは有隣種の突然変異で、滅多にいないんじゃないのか?)


そう思った俺だが、そう言えばそんなこと誰も言っていなかったことも思い出す。

サウリアと会ったのは俺がロダを去ることになった事件の起こった最後の日で、あらためて考えれば、俺は有隣種のことをほとんど何も知らない。

ひょっとしたら無鱗の有隣種は結構多くいるのかもしれなかった。それこそ、スパイとして人間世界に紛れ込ませられるくらいに――――


(スパイだよな。きっと……)


こそこそとして、「下手に喋るな」と注意して隠れるように食事をとる二人。彼らが獣人の営む食堂に来たのは、有隣種だとばれたくないからだろう。


(人間の食堂で話すのは危険だものな)


人間、獣人、有隣種の言葉の壁は高い。互いに簡単な単語くらいは理解できるが『神の賜いし御力』を持つ巫女でもなければ会話は成り立たない。

言葉の通じぬ男たちを外国人と思う者もいるだろうが、住人の中には、かつて有隣種の国で奴隷となっていた人たちもいる。


(有隣種の言葉だと気づく人だっているだろう)


正体を隠している無鱗の有隣種なんて、スパイに決まっていた。


俺がこの国を去って後、獣人を奴隷の立場から解放したアディは、有隣種とも国交を開こうとしているらしい。人間、獣人、有隣種、全てが調和することこそが神の望みだと宣言して、共に暮らせる国を作ろうとしていると聞いている。

ティツァやサウリアの協力もあって、その政策は少しずつ進んでいるようだけど、獣人はともかく、有隣種との和解は思った以上に難航しているようだ。


(全部、食堂のお客さんから聞いた噂話だけどな)


城に近いこの食堂には、城で働く獣人がよく来る。

俺は耳も聞こえないし話も出来ないって設定だから、あまり他人に聞かれたくない噂話も、俺の前では平気で話す奴も多い。まあ、解放されたとはいえ獣人が持っている情報なんか大したことないんだろうけれど。それでも、火のない所に煙は立たない。まるっきりのガセネタってことはないはずだ。


俺はもう一度二人の男の方を見た。

人間に見える彼らが入ってきた時に一瞬ざわついた店内も、今は落ち着きを取り戻している。普段通りの喧騒の中から、俺は彼らの声を拾った。


『……三日後……婚約……』

『屋根……弓……報酬……』


途切れ途切れに聞こえてくる声は、あまり脈絡もなくなんのことかわからない。

考え込む俺の目の前に、突如ふっくらとした手が現れた。


(うわっ!)


「ユウユイ、どうしたんだい、ぼんやりして? 疲れたんなら無理せずに休んでいいんだよ」


続けて丸い耳のある顔が覗き込んで来て、大丈夫かというように、俺の目の前で手をヒラヒラと振る。反対の手で二階を指さした。二階は居住スペースで、ありがたいことに俺の部屋まである。

どうやらおばちゃんは、男たちの話に意識を集中したあまり無表情で立ちつくした俺を心配したようだった。


気遣いは嬉しいが、男たちの様子が見えなくなるので目の前に立つのは止めて欲しい。


「遠慮する必要はないんだよ」


(遠慮なんてしてないからっ、頼むからそこをどいてくれ!)


ブンブンと首を横に振る俺の隣で、店内の方を向いていたおっちゃんが、急に「ありがとうございました」と言って頭を下げる。

それは客が帰る時の態度だった。


まさか! と思った俺が首を伸ばして覗いて見れば、有隣種の二人はテーブルの上に代金を置いて店を出て行くところだ。


(あっ!)


思わず引き留めようとした俺だが――――そのまま動きを止めた。


(なんて言って止めるつもりだ……)


今聞いた会話の内容だけでは彼らを捕まえることはできない。

そもそも耳の聞こえない獣人だという設定の俺が、彼らの話を聞いて理解できたなんて、絶対信じてもらえないだろう。

彼らより、俺の方が疑われて終わりだ。

運よく彼らを無鱗の有隣種だと証明できたとしても、ただそれだけで彼らを拘束できるはずもない。


(アディは、有隣種とも仲良くしようとしているんだもんな)


どう考えても彼らを捕まえる術はなかった。


唯一、俺が正体を現して、彼らは危険だとアディに進言したらなんとかなるのかもしれないが――――


(いやいや、俺ってば、なに影の実力者になろうとしているんだよ)


今の俺は救世主でもなんでもないただの一般人だ。アディは友人だけど、俺の私見だけで国の政策を覆すような判断をさせちゃだめだろう。


そして、何よりそれ以前に、俺が自分を“ユウ”だと名乗り出たとしても、アディが俺を俺として認めてくれるかどうか、わからなかった。


(姉貴そっくりってことは、この顔は俺にも似ているはずだけど……)


元々俺と姉貴はそんなに似ている姉弟じゃない。少なくとも俺たち自身は、互いに絶対似てないと思っていた。


男のユウが女になって現れましたなんて、信じてくれと言う方が無理だ。


(王太后さまなら信じてくれるかもしれないけれど)


アディのおばあちゃんである王太后さまの住む神殿は、馬車で何時間もかかるような山間(やまあい)にある。今の俺じゃ無事辿り着くかどうかも怪しい場所だ。


(まあ、まだ彼らがスパイだとも危険だとも決まったわけじゃないしな)


今の段階で俺のできることは何もないってのが、現状だった。



ぼんやりと出口を見つめる俺を、おばちゃんが本気で心配してくる。


「ああ、やっぱり重いフライパンなんか持たされたのがいけなかったんだね。今日はもういいから休みな」


おっちゃんを睨みつけながら俺の頭を撫でるおばちゃん。

俺は、慌てて首を横に振った。安心させるようにニカッと笑ってみせる。


「ああ。もう、この()は、ホントに健気な働き者なんだから! うちの亭主に爪の垢でも煎じて呑ませてやりたいよ」


おばちゃんのセリフに、おっちゃんは苦笑いしながら俺を見てくる。

ヴィヴォといい王太后さまといい、この世界の女性の権威は、明らかに男より上のようだ。

まあ、うちの母親もばあちゃんも強かったから、女性が強いのは地球も変わらないんだろうけどな。俺だって、いまだに姉貴に頭が上がらない――――



(それにしても、「三日後」と「婚約」ってなんだ?)


あらためて有隣種の言葉を思い出し、俺は悩んでしまう。

しかし、その疑問への答えは、呆気ないほどに直ぐわかった。


この後、城からの帰宅途中に食堂に寄った獣人の客が話してくれたのだ。



「聞いたか? いよいよ王さまが結婚(・・)するらしい。お相手は、無鱗とかいう人間そっくりの有隣種で、“三日後”船で着くってさ。王さま直々出迎えて、その後“婚約式”だって噂だぜ!」


「有隣種だって!?」


「そんなこと、可能なのか?」


「どう見ても政略結婚だろう」


「でも、お相手はものすごい美人だって話だぞ」



たちまち食堂は、ハチの巣をつついたような大騒ぎになった。

その中で――――




(アディが…………結婚)




ショックで目の前が真っ暗になるって、本当だったんだな……

俺はそんなことを考える。

――――こんな発見したくなかった。


まるでか弱い女性のように、その場で俺は意識を失った。


(いや、正真正銘本物の女性だけどな!)


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