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もしものその後(ユウを一番待ち望んでいたのがアディだったら)

もしもバージョンの続編を書いてみました。

2~3話で終わりますが、不定期更新です。

よろしければお付き合いください。

「ユウユイ! 大なべの湯が沸くよ! 青菜を茹でておくれ!」


洗った青菜の入った大きなザルを、よいしょっと持ち上げたおばちゃんが、青菜とザルを順番に指さし、ジェスチャーで指示をしながら、俺を呼ぶ。

俺は、わかったと言う代わりに片手を高く上げた。

それを確認した食堂のおばちゃんは「頼むよ」と言って、ニカッと笑う。頭の上の丸くて黒い耳がおばちゃんの動作にあわせて、ピコピコと動いた。


(間違いなくおばちゃんなのに可愛って、なんだよ)


おまけに、背を向けたおばちゃんの大きな尻についている丸い尻尾までポンポン揺れるから、俺はついついそれを視線で追ってしまう。


(いかんいかん! 俺に、熟女趣味はないぞ!)


慌てて首を横に振りながら、俺は大なべに向かった。


「ユウユイ、それが終わったら肉を焼きはじめてくれないか?」


大なべのわきのシンクで、芋の皮を剥いていた食堂のおっちゃんが、わざわざ包丁を置いて、肉とフライパンを指さし、肉を焼くジェスチャーを見せる。

俺は、コクリと大きく頷いた。

おばちゃんそっくりにニカッと笑ったおっちゃんは、大きな手で俺の頭をグリグリなでてくる。

止めて欲しいとは思うが、“獣人”相手に力で敵うはずもなく、俺は、甘んじて撫でられた。


(前の俺でも無理だったのに、“今”の俺じゃ絶対逆らえないもんな)


目の前のおっちゃんとおばちゃんは“獣人”の番だ。お城に近いこの場所で、主に獣人相手の食堂を営んでいる。

おっちゃんの頭にも、丸くて茶色い耳が付いていた。


(いや、いくらなんでも、俺は、おっちゃんの耳を可愛いとか言うつもりはないぞ!)


堅い決意を胸に秘め、俺は青菜を茹で始める。


「ユウユイちゃんは、まだ聞こえないし、喋られないのかい? ……馬車の事故の後遺症だって? 可哀相に、あんなに可愛い()なのにねぇ」


食堂の常連客の一人(当然ケモ耳付きだ)が、カウンターから厨房をのぞきながら、おばちゃんに話しかけているのが聞こえる(・・・・)


(誰が、可愛い娘だ!)


俺は、心の中で憤慨して叫んだ! 


残念なことに、“可愛い娘”というのは、何を隠そう“俺”のことである。

俺――――坂上 (ゆう) 27歳 男。

地球で立派? なサラリーマンだったはずの俺は、現在、異世界のロダ帝国で、正真正銘、本物の女性になっていた。


(チクショウ! どうして、こうなった!?)


俺の魂の叫びは、誰にも聞いてもらえない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



一年前、俺の運命を変えたあの晩。

うっかり獣人族最高齢の巫女ヴィヴォに「はい」と答えた俺は、彼女の最期の力によって、再び異世界トリップをした。しかも、そこで俺を一番待ち望む者と結ばれる姿に変わるというオプション付きで。


(こんなオプション、望んでない!)


俺の心からの叫びとは関係なく、ヴィヴォの呪い(うん、もう絶対、呪いだろう。こんなオプション!)は、いかんなく効力を発揮し、男だった俺は、トリップの最中に立派な女になってしまった。付け加えて言うならば、種別は人間だ。獣人や有鱗種にならなかっただけ、まだましだと思っておこう。


(しかし、人間の女ってことは、俺を一番待ち望んでいたのは、アディだったってことか? ……まぁ、熱血アディだもんな。方向性はともかく、思い込みの強さは一番だ)


アディとは、異世界ロダの若き国王アディグラファ・ロダ・マーティのことだ。いろいろあって俺の友人になった男で、素直でいい奴なんだけど熱血漢過ぎるイケメンである。


――――そう、俺とアディは友人だ!

誰がなんと言おうと、アディが俺に持っているのは友情なのだ!

それ以外、断じて認めない! 絶対、認めないからなぁっ!! (ハア、ハア……)


心の中で息を切らし、俺は思いっきり宣言する。頭のどこかで『やれ、諦めの悪いところも、あのヘタレ――前国王に似ておられる』とかいう幻聴が聞こえたが、

……絶対幻聴だ! 幻聴だったら幻聴だ! (ハア、ハア……)



――――元へ、


そんなこんなで異世界トリップした俺だが、不幸中の幸いにして、トリップの最後の最後で自分を掴んでいたアディと思われる手を振り払うことに成功した。


『ユウ!! 』


焦ったアディの悲痛な声が、ちょっと心に痛かったが、あのまま城にある神殿の泉になんかに出ちまったら、俺は恥ずかしさのあまり死んでしまった自信がある。

女になった姿をアディや、誰より俺の心の天使リーファに見られたくない!

あ、リーファっていうのは、アディの妹で、すこぶるつきの美少女で、尚且つ性格も文句なしに素晴らしい! という天使もかくやというほどの、俺の理想だ。

ああ、思い出したら会いたくなって、ちょっぴり泣きたくなるな。

俺の目尻に涙が滲んだのは、茹でて水洗いした青菜の水がはねただけじゃないかもしれない……

でも、悲しいことに、俺はもう二度と、彼女に会えないだろうと思っている。

理由は二つ。

一つは、今の俺の姿をリーファが見たら、きっと悲しむだろうこと。

そしてもう一つ、リーファの側には必ずアディがいるということだ。


アディが――――あの、むやみやたらに責任感の強い奴が、俺のこの姿を見たらどう思うだろう。

しかも、俺がこの姿になった理由が、自分が俺と会いたいと思い込み過ぎていたせいだとわかったら――――


あいつのことだ、責任とって俺と結婚するなんて言い出してしまうかもしれない。

いや、きっと言うだろう。

アディは、本当にバカがつくほど真面目でいい奴なんだから。


しかし、俺は、それだけは、嫌だ! 嫌だったら、嫌だ!

だって、俺は、今は女の姿だけど、れっきとした男だったんだぞ。

……しかも、女の子が、大好きな!(キッパリ!)


そんな俺が、男と結婚?

有り得無さ過ぎて、涙が出てくる。

今、俺の目尻に涙が滲んでいるのは、焼いた肉の煙が目に染みただけじゃ、絶対ないはずだ。


(……それに、責任感だけでアディに結婚させるなんて、ダメだろう)


そう思った俺は、なんだか心が重くなって、下を向いた。



そんな俺の肩を、大きく温かい手がポンと叩く。

慌てて顔を上げれば、そこにいたのは、おばちゃんだった。


「ユウユイ、ご苦労さん。……まあ、なんてこったい! 汗が目に沁みて泣いているみたいになっているじゃないか? お前さん! ユウユイにこんな重いフライパンは無理だっていつも言っていただろう! いったい、なにやってんだい!」


俺の様子を見に来たおばちゃんが、俺の涙に驚き、亭主のおっちゃんを叱りつけている。

俺は、慌てて獣人夫婦の間に入った。おばちゃんに、ニコニコと笑いかけ、大丈夫だと伝える。

心配そうにしながらも、おばちゃんはおっちゃんを叱るのを止めてくれた。



――――実は、この獣人夫婦は、俺を助けてくれた恩人だ。


泉に出る寸前のトリップの途中でアディの手を振り払った俺。

そんな俺が落ちた先が、この食堂の二階にある夫婦の住む部屋の一つだった。

幸いなことに、おばちゃん愛用のどでかいクッションの上で、ケガ一つすることなく落ちたんだが……

俺は別の意味で、多大なショックを受けてしまった。


「え? 姉貴?」


なんと、俺の目の前には、何故か日本にいるはずの姉貴がいたんだ! しかも、ずいぶん若作りの可愛い顔で。

いったいどうして? と、頭の上に「?」マークを飛ばした俺なんだが、その疑問は直ぐに解けた。


俺が見ていたのは、部屋にあった大きな姿見――――つまり鏡だったのだ。


映っていたのは、当然俺で……ショックのあまり俺が放心したのは、仕方のないことだろう。

いや、トリップ途中で、自分の体がみるみる小さく頼りなく変わっていくのを感じて、俺は自分が女になったんだってことは、わかっちゃいたよ。

だからこそ、アディの手を振り払い、別の場所に落ちようとしたんだし――――


でもな、聞くと見るとじゃ大違いだったんだよ!

……いや、この場合聞くというのは、違うんだろうけど。


――――ともかく、実際女になった自分の姿を見た俺のショックは、ものすごくでかかった。


(それも、姉貴そっくりだなんて……どうせなら、俺好みの美少女になりたかった)


やっぱり、この異世界トリップは、ヴィヴォの呪いだったんだ。


二重にショックを受け、放心していた俺を、おばちゃんとおっちゃんの夫婦が見つけたのは、そのすぐ後だった。


「なんで、家に人間の女の子が!?」


驚くおばちゃんに質問攻めにされたけど、ショックの大き過ぎた俺は、何一つまともに答えることができなかった。


それを――――


「おいおい、お前。この娘は人間だ。人間に俺らの言葉がわかるはずがないだろう」


いち早く常識を思い出したおっちゃんが、止めてくれる。

そう言えばそうだった。

人間と獣人は言葉が通じないってことを、俺もようやく思い出す。いや、俺はどっちの言葉もわかるけど。


(でも、普通の人間にわかるはずがないんだし、俺もわかる素振りを見せない方がいいよな?)


獣人の言葉がわかるなんて驚かれて、俺のことがティツァの耳に入ったら困る。

あ、ティツァっていうのは獣人で、口も態度も悪い俺様だけど、意外と面倒見のいい奴だ。なんでも、次代の獣人の長とか期待されているらしく、獣人の情報網も持っている。

獣人の言葉がわかる人間が現れたなんて噂になったら、あっという間に調べに来るに違いない。


あの怖い顔で問い詰められたら、俺は、きっと自分の正体を洗いざらい白状してしまうだろう。

うん。絶対勝てない自信がある! いや、威張れることじゃないけどさ。


それに、ティツァの側には、きっとフィフィもいる。

フィフィは、ウサギの長い垂れ耳を持つ可愛い獣人の女の子で、俺の心のオアシスだ。

リーファ同様、フィフィにも、俺はこの姿を見られたくない!

わかってくれるよな? 会いたいのに会えない、切ない俺のこの気持ち。


リーファとフィフィを思い出し、俺が心を飛ばしている間に、突如自分たちの家に現れた人間の女の子の正体をああでもないこうでもないと、勝手に推察してくれた夫婦は、結果として、俺を『不幸せな境遇から逃げ出してきた可哀相な人間』と結論付けたらしい。


「よっぽどひどい目に遭っていたんだろうね」


「もう大丈夫だぞ。安心してこの家にいるといい」


なんというか、思い込みの激しい、でも、優しくてイイ夫婦だった。

あとで知ったんだが、この夫婦には俺と同じ黒い髪の娘がいたそうで、一年前にその子を病気で亡くしたばかりだった。

その娘の代わりってわけじゃないだろうけど、俺のことを放り出せなかったらしい。


そして、俺はこの夫婦の営む食堂で、獣人のふりをして暮らすことになった。

丸いケモ耳付きのカツラとポンポン尻尾を付けた俺は、馬車の事故で聴力と声を失ったって設定で働いている。

身振り手振りで「名前は?」て聞かれた俺が、


「ユウ……っ、ユイ」


なんて、ついつい自分の名前を答えて、慌てて姉貴の名前を言い直したおかげで「ユウユイ」なんてへんてこな名前になってしまったが、まあまあ元気に暮らせている現状だ。


奴隷の立場から解放された獣人は、今ではこの夫婦のように小さな食堂や店をはじめる者も増えている。

アディがきちんと獣人を解放してくれたことがわかって、嬉しくも誇らしい俺だ。


まあ、とはいっても、お客は同じ獣人がほとんどで、人間なんかは滅多に来ないんだが――――




と、俺が考えていたところに、ガラッと戸が開いて人間の男が二人入ってきた。


(うぉっ! 珍しい)


俺と同じように驚いたのだろう、店の中にざわざわとした空気が走る。


『頼む』


獣人には伝わらない言葉と同時に手をあげた人間の側に、慌てておばちゃんが近づいていった。

同時に俺は(え?)となって首を傾げる。


(今の、……この国の言葉だったか?)


いや、異世界トリップ特典自動翻訳能力を持っている俺は、この国の言葉なんかまるっきりわからないんだが、でも、なんか響きっていうか、感じが違うと思う。


『おい! 下手に喋るなよ』


『かまわんだろう。どうせ獣人には人間の言葉も俺たちの言葉もわからないんだから』


注意する相手を制し、メニューを指さしおばちゃんに注文する人間の男。

この店のメニューは、文字ではなく絵で描かれているんだ。だから、言葉のわからない人間でも注文ができる。

注文を聞いて厨房に戻ってくるおばちゃんの向こうの人間の言葉に、俺は耳をそばだてた。


『それでも、注意するに越したことはない』


『気にし過ぎだぞ。あっちの大陸ならまだしも、こっちの獣人に有隣種(・・・)の言葉を聞いた奴がいるはずないだろう』


聞いた途端、俺はもう少しで持っていた皿を割るところだった。



(なっ!? なんだって!)



店に入って来たのは、どうやら有隣種のようだった。


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