そして未来へ 2 (エピローグ 3)
本日3話連続投稿の最終話です。こちらから入った方は3話前にお戻りください。
――――本当にこれで最後になりました。
お読みいただきありがとうございました。
「え?!」
俺はびっくりして固まった。
「ユウ様のおかげで有鱗種の侵攻も無事退け、獣人の奴隷の立場からの解放、有鱗種との関係改善等、我らの世界は『神』のご意志である調和に向けて日々忙しく回っております。――――誰もが忙しすぎる程に、忙しく。」
それは良い事のはずなのに、ヴィヴォは大きくため息をつく。
「ユウ様。年老いたわしには、それが急ぎ過ぎておるように見えますのじゃ。皆が皆、何かを忘れるかのように心を失くし働いておる。……特に、陛下は、おヒドイ。」
俺は思わず息をのんだ。
(アディ、お前――――)
忙しいという字は、心を亡くすと書く。忘れるという字も同じだ。
がむしゃらに働いて、周りが見えない程に……何も考えることすらできない程に働いて、心を亡くす。アディは、そんな状況にあるというのだろうか。
愕然とする俺を、ヴィヴォは下から覗きこむように見てくる。
「ユウ様、ここはひとつもう一度我らの世界に来て、陛下に“膝枕”をしてやってくださりませんか?」
「!――――」
な、なんでそれをヴィヴォが知っているんだ!?……コヴィか?いや、コヴィは獣人の言葉を話せないはずだ。コヴィが、うっかり誰かに話して、それが巡り巡ってヴィヴォの耳に入ったのだろうか?
ヴィヴォは、フォッ、フォッと笑った。
「最強の『神の賜いし御力』を持つわしにわからぬ事などありませんのじゃ。特に死して肉体から解放された今は全てがよく見えます。――――ユウ様、あなた様は今の安全な生活を捨てて見知らぬ国のために働こうとしておられる。どうかその見知らぬ国の代わりに、我らの世界に来てはいただけませぬか。我らの世界は、ユウ様あなたを必要としております。」
それは――――それこそは、俺の望んでいた事だった。
しかし、だからといっておいそれとは頷けるはずもない事でもあった。
俺は、何故か自分が異世界に行ったら、今度はもう二度とこっちに帰って来られないだろうという事が漠然とわかっていた。
――――最初に俺がアディに呼ばれて向こうに行った時、アディは異界渡りはいつでもできると言っていた。しかし実際俺が帰る際には、リーファは俺にそれは何度もできるような事ではないと言ったのだ。
つまり、異界渡りは同じ人間を何度も往復させる事ができないという事なのではないのだろうか?
おそらく、1人につき1度もしくは2度が限度。しかも、アディ達あちらの世界の者は異界渡りができないのだろうと思われた。
(まあ、ヴィヴォみたいな者は別かもしれないけれど、普通はできないんだろう。できるんだったら、あの時俺が無理に帰る必要はなかったものな。誰か適当な奴がちょこちょこっと泉に出入りすれば良かったはずだ。)
その手段をとらなかったという事実が、俺の考えを肯定していた。
だとすれば、俺はそんなに簡単にヴィヴォの誘いに乗るわけにはいかなかった。
俺自身は、自分がロダに行ってそこで暮らし、最終的にそこで一生を終えたとしてもかまわないと思っている。
しかしそれは即ち、俺がこの世界から突然いなくなるという事だった。
(急に俺が失踪なんかしたら、ヤバいだろう。)
家族だって会社だって大騒ぎになるはずだ。
想像して顔を固くする俺に、ヴィヴォは安心させるかのように力強く頷いた。
「なに、ご安心くだされ。このヴィヴォの最期の力を持ってすれば、ユウ様をお連れする事はもちろん、周囲に暗示をかけることなども造作ありませぬ。ユウ様のご家族や会社とやらの方々には、ユウ様が予定を早めて遠い国に旅立ったのじゃと思い込ませてみせましょう。遠くて連絡はとれぬが、その国でユウ様は元気に働いておるのじゃと。」
「そんな事が?――――」
そうできれば何よりの事だった。全て丸く収まることだろう。
「――――本当にそんな事が可能なんですか?」
「ウム。わしに全てお任せくだされ。――――ユウ様、来ていただけますか?」
俺は…………
「はい。」と答えた。
懸念が無くなれば、俺の答えなんて考えるまでもなく決まっている。
あの奇跡のような異世界トリップから帰ってきてから、ずっと――――そう、もうずっと、俺は、もう一度ロダに行きたいと考えていたのだから。
行って、アディやみんなに会いたかった。
そして、叶う事ならば、そのままあの世界で生きていきたいと願う。
人間と獣人と有鱗種の暮らす、不思議な、でも、みんなが熱いあの世界で――――
ヴィヴォは、しわくちゃな顔をますますしわくちゃにして笑った。
「やれ、良かった。これでわしも心置きなく大往生できますじゃ。ご安心くだされユウ様、わしが責任をもって安全確実にユウ様を我らの世界にお連れしましょう。――――そうじゃ!ユウ様、サービスに我らの世界へお渡り後の姿を、ユウ様のお好きなものに変えてさしあげますぞ。どんな種族がお好みですじゃ?」
「へっ?」
俺はびっくりして言葉を失った。
(種族?)
「どんな姿もお好みのままですじゃ。さあ、どれになされますかの?」
「どれって……別にそんな。」
あんまりびっくりした俺は、ついそう答えてしまった。どれでも良いって意味じゃない。そんな必要ないっていう意味でそう言ったんだ!
なのに、俺のその言葉を聞いたヴィヴォは嬉しそうに笑みを深くする。
俺の背中には、何故か悪寒が走った。
「ユウ様は遠慮深いお方じゃのう。――――わかりました。では、ユウ様のお姿は、我らの世界で一番ユウ様のお出でを願っている者に合わせたモノにするといたしましょう。生きとし生ける者にとって、一番の幸せは自分を一番恋うてくれる者と両想いになって添い遂げる事ですじゃ。我らのために異世界に渡るユウ様には誰よりも幸せになってもらわねばなりませんからのぉ。」
ヴィヴォの笑みは、今まで見たどんな笑みよりもイイものだった。
「へ?――――合わせるって。」
「つまり、ユウ様はあちらでユウ様を一番待ち望んでいる者と結ばれる姿に変わるのですじゃ。――――例えば、それがフィフィであれば、ユウ様は獣人の男になるという事です。」
「獣人!……俺が?」
「そう。フィフィであればですがの。リーファ様であれば、人間の男のままになりますかの。」
……俺は、言われた内容をじっくりゆっくり考えてみた。
(――――俺を、一番待ち望んでいる者に合わせた姿に?)
そしてその相手と両想いになって向こうの世界で添い遂げろとヴィヴォは言っているのだろうか?
(え?それって何か俺の常識と違いはしないか?)
普通は自分が一番好きな相手と両想いになるのが幸せの定番だろう?
異世界だから考え方が違うのだろうかと、俺は真剣に考え始めたのだが――――
(……って!ちょっと待て!)
俺は、重大な言葉を見落としていたことに気がついた。
獣人だの人間だのはともかく、どうしてそこに“男”って断りが付くんだ!?
ヴィヴォは、ニタァと笑った。
「ちなみに、わしがこの話をした時点での神殿関係者の予測の一番人気は、ユウ様は“人間となってロダの王妃となる”でしたじゃ。対抗馬が“獣人族の長の番となる”で、大穴は、“有鱗種となり産卵記録を塗り替える”でしたな。」
「なっ、なっ、なっ――――」
俺は口をパクパクと開けては閉じた。
(有鱗種って、卵生だったのかっ?――――って、違う!何だ、王妃って!?)
王妃というからには、その性別は……
俺は顔を真っ青にして、首をブルブルと横に振った。
ヴィヴォは尚も嬉しそうに言葉を続ける。
「わしの個人的なお薦めルートは、“王妃となったユウ様を諦めきれずに獣人族の長がさらい――――そのため人間と獣人族の間に争いが起こり――――その争いの中で人間の王と獣人の長を同時に庇った王妃が倒れ――――愛しい者の死によって、ようやく戦いの愚かさに気づいた王と獣人の長が永遠の平和を誓う!”という、愛と感動の一大スペクタクル、ヒューマン、ハッピーエンド物語ですじゃ。……ああ。想像しただけで、感動の涙がこみ上げてきますじゃ。死んでしまってこの先を自分の目で見られぬ事が口惜しい!」
……ヴィヴォは、本当に涙ぐんでいた。
ちょっと、待て!その話のどこがハッピーエンドなんだ?
っていうか、俺死んじゃっているよね?
女になったあげく、死んでしまう物語なんて、怖すぎるだろう!?
俺は慌てて力一杯断ろうとした。
「ヴィヴォ、俺は別にこのままで――――」
「ご遠慮なさいますな。全てこのヴィヴォに、ドン!と任せておきなされ。」
(――――任せられるかぁっ!!)
俺の心からの叫びが声になる前に――――急に目の前がクラクラと霞みはじめた。
以前たった一度だけ経験した立ちくらみに焦る俺の手が、誰かにガシッ!と掴まれる。
『ユウ!!』
懐かしい、滅多にないような魅惑的なバリトンボイスが聞こえた。
胸がドクリと鳴って……ジンと、痺れる。
急激に引っ張り上げられて、釣り上げられる魚の気分を味わう。
(――――俺はどうなってしまうんだぁっ!?)
懐かしいあの世界に俺が帰るまで――――あと、もう少し。
めちゃくちゃに焦りながらも、俺の胸はドキドキと高鳴っていた。
ハッピーエンド?
(絶対、違うだろうっ!!)
俺の人生2度目の、そして最後の異世界トリップがはじまった――――
ハッピーエンドタグの詐称でない事を祈っています。




