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救出 7

俺達が居るのは城の2階の大広間だ。

そこには水害を逃れて城に居るほぼ全員が避難していた。


中央には俺とアディ、リーファとティツァが立っている。

エイベット卿や他の人間達は俺達の少し奥に集っていた。

出入り口に近い場所には、フィフィをはじめとする獣人達がいて、外の様子を油断なく見張り状況把握に努めている。

奥には、サウリアと逃げそびれた有鱗種達が捕えられていた。


その全員が、俺の顔を「なに言っちゃってんだ、こいつ?」みたいに見てくる。

いたたまれない沈黙がその場を支配していた。




そして…………その沈黙の中から「あ!」という小さな声が漏れる。

俺の言葉の意味を最初に理解したのは、リーファだった。


「イヤです!!ユウさまっ――――」


ハッとしたように青い瞳を見開き突如そう叫んだリーファは、俺の胸にすがりつく。


(リーファ、君って()は本当に俺の心臓を撃ち抜くね。……「ダメです」でも「危険です」でもなく、「イヤです!!」なんて言われたら、バカな男の心は天上に舞い上がって降りて来られなくなるよ?)


当然、俺はバカな男代表だ!


「ゴメン。リーファ。でもそれ(・・)が最善で唯一の手なんだ。」


リーファはイヤイヤと首を横に振って、ますます俺に力一杯しがみつく。


……ああ。俺、今この場で死んでもイイかも。


「どういう事だ?雨を降らすって、どうしたらそんな事ができる?」


訝しそうに顔をしかめて疑問を言葉にしたのはティツァだった。

他のみんなもわからないといった不審そうな顔をしている。

アディだけは、うすうす察しをつけているのだろう。俯き唇を噛み締めていた。



俺は――――フッと笑う。


(うわっ、俺今ちょっとカッコよくないか?)


いやいや、ここで地を出しちゃせっかくの空気がぶち壊しだ。俺はここ一番の大事なセリフを噛まないように気を引き締める。




「雨を降らせる事は、簡単だ。――――俺が、自分の世界に帰ればいいのさ。俺が今、ムリヤリ帰れば間違いなく水害が起こるんだ。そうだろう?」




それは俺がこの世界に来て最初に確認した帰還方法だった。

アディはその時、帰るのは簡単だが時機を見て欲しいと言った。異世界トリップには、し易い時機とタイミングがあって、それを誤ると反動として天変地異が起こると。


その天変地異は、水の時季である今ならば……水害だった。


「水害って事は、ほぼ確実に雨が降る。洪水にでもなればたいへんだろうけれど、有鱗種にこの国を乗っ取られる事に比べればまだマシな事態だ。俺もできるかどうかはわからないが、できるだけ雨をコントロールして酷い災害にならないようにやってみるつもりでいる。だから俺は神殿に行って雨を降らせる。」



それは同時に俺がこの世界からいなくなるという事だった。



その場にいた全員が驚いて俺を見つめてくる。

俺は安心させるようにみんなに大きく頷いた。


とはいえ、モチロン俺に雨を操るなんて能力はない。しかし、なんとなく俺は大丈夫なんじゃないかな?と思っていた。


俺がこのタイミングでこの世界に救世主として現れたのは『神の賜いし御力』のせいである。


『いつの日にか、再びこの地の調和に危機が迫った時、金と銀の光を従えし者が降り立ち、全ての人々を救うだろう』


『神』は、そう告げた。

そのお告げどおり金と銀の光を持つアディとリーファが俺を召喚したんだ。だとしたら、全ての人々を救うための救世主である俺が水害でこの国を滅ぼすなんて事は起こらないだろうと思う。


(それじゃ、何の役にも立たないものな。)


俺は『神』なんてものは信じないけれど、この世界の住民の『神』への尊敬は信じる。これだけの思いを裏切れるような奴はいないだろう。


だから俺は、無責任にも、もうひとつ空手形を振り出した。


「サウリア。俺は、俺が帰る事によって起こる雨を有鱗種の国にも降らせようと思っている。君は、海を越え人間達に危機を報せようとしてくれた。そして傷ついた人間を癒してくれた。君のために俺は雨を降らせよう。でも、これは一時しのぎにしかならない。……だからサウリア、君は君の仲間を説得してくれ。人間と戦ってはいけないと。本当に自分達の国を救いたいなら人間と平等の立場で人間を招き、和平を結び、調和しろと。――――それが『神』のご意志なんだと。」


この空手形は、おそらく空手形では終わらないだろうという自信があった。


救世主たる俺の行うことによって雨の降らない有鱗種の国に雨が降る確率は高いだろう。ならばそれを最大限に利用して有鱗種に行いを改めてもらいたいと思う。


俺の言葉に、サウリアは感極まったように体を震わせその場にひれ伏した。


『必ず!……救世主様、ありがとうございます。』


サウリアって見かけによらず熱血漢だよな。他の有鱗種もサウリアに引き摺られるように、次々に頭を下げた。俺を見る目に畏怖の念がこもる。



大広間には、どこか厳粛な雰囲気が満ちた。

静かになった部屋に、ドォォ――という水の流れる音が聞こえてくる。




「イヤです!ユウ様。」


その静寂を、リーファの悲痛な声が破った。


「帰られてしまうなんてイヤです。異界渡りはそんなに何度も行えるようなものではありません。ここでユウ様が帰ってしまわれれば、次にいつお呼びできるかは何もわからないんです。……それに、何より危険です!時機を外した異界渡りは確かにこの世界に天変地異を呼びますが、その害が実際に異界を渡るユウ様ご自身に及ばぬ保証はありません。無事に元の世界に戻れるのかどうかすらわからないのです!そんな危険にユウ様を遭わせるなんて……。」


リーファは泣いて潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


――――うん。その可能性は俺も考えたよ。

天変地異を起こすほどの現象が、その中心にいるだろう俺に何らかの影響を及ぼす可能性は大きいと思う。


無事に帰れるのかどうか?

帰れたとしても五体満足ですむのか?

……ひょっとしたら命だって失うかもしれない。


今までの俺なら、絶対そんな事はしないだろうと思える程の危険がそこにはあった。


なのに、おかしいよな。

俺の心には不思議なくらい迷いがない。




――――リーファ。俺はもう二度と後悔はしないと決めてしまったんだ。




「大丈夫だよ。リーファ。俺はね、どうやら救世主みたいなんだ。俺が救世主なら俺には『神』様の加護がある。リーファの『神』様は絶対だろう?」


リーファは、悲壮な顔をした。

自分の、『神』を信じる巫女としての立場と、俺を危険な目に遭わせたくないという優しさが心の中で葛藤となってリーファを苦しめているのだろう。



「ユウ様!私も――私も反対です!そんな危険をユウ様が犯す必要なんてありません。獣人の力ならば、いくらでもお貸しします。みんなで力を合わせて有鱗種を倒せばいいんです。――――ユウ様。帰らないでくださいっ。」


長い耳をフルフルと震わせて、フィフィが俺に訴えかけてきた。


ああ。スゴイ。

可愛い女の子2人から心配して引き止められるなんて、夢みたいだ。

少なくとも俺の今までの人生では一度もなかった事態に俺は顔を歪めて笑う。


「フィフィ、ありがとう。その気持ちは嬉しいけれど、今から兵を集めていたんじゃ武装して攻めてきた有鱗種にはどうやっても勝てないよ。まごまごしていたら、捕まえた人間達を連れていかれてしまう。」


俺の言葉を聞いたフィフィは、ガクリとその場に膝をついた。



俺は、胸にこみ上げる熱い思いを抱えたままで視線を移す。



「そう思うだろう?ティツァ……アディ。」



俺が目をやった先の2人は、揃って苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

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